我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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神獣神楽、修羅舞台

 □天地西方面・森林部

 

 

「な――」

「なぜ、という質問への答えは単純です。貴方こそが生き試しに相応しいと、僕が思ったからです」

 

 唐突な一騎打ちの申込み。その理由を問い質そうとしたマグロの言葉を遮って刺客が言い放った。

 マグロが以前会ったキョウという少年――クラン<悪鬼夜行>オーナー狂獄は、猛るでもなく冷静そのものの様子で、戸惑う彼女へ真っ直ぐに戦意を向けていた。

 そこに敵意は無く、あるのは死闘への興味のみ。彼の言う生き試しの結果にのみ関心を向け、その他の雑念を一切排除して、彼の中で確定した事項のみを事実として告げている。

 

「貴方のガードナーはお気付きのようなので白状しますが、不躾ながらこの数日間、貴方の行動は逐一見張らせていただきました。貴方が街の外で狩りに励む一部始終を観察し、その結果として一騎打ちを所望する次第です」

『随分と勝手な物言いではないか。無礼極まりない慮外者もいたものだな?』

「それは重々承知しています。ですが僕は悪いPKなので、基本的に相手の事情は斟酌しません」

 

 不愉快を示す言葉とは裏腹に、嗤うように牙を剥いて言ったテスカトリポカへ、狂獄はにこりともせず淡々と答える。

 PKの自白と彼の態度から、これが不可避の衝突であることを誰もが察した。

 牙を剥くテスカトリポカと刃を向ける狂獄。二人の間に鬩ぎ合う火花が激しさを増しつつある中で、それを遮るようにGA.LVERの重い声が響く。

 

「……キミは先程『姫君を招いている』と言ったね。彼女のことも見張っていたのかい?」

「はい。……ああ、二人がかりで攻められるのは困りますので、これも先に言っておきましょう。貴方達が探している姫君、ニエさんの生殺与奪は僕達が握っています」

「……そうかい」

 

 先んじて放たれた言葉により、GA.LVERはにじり寄らせていた足を止めた。

 固く握られた拳はそのままに、視線は狂獄の一挙一動も見逃すまいと注がれていたが、そこまでだ。

 人質が正しく機能していることに狂獄は頷き、言葉を続けるべく口を開く。

 

「話がしやすくて助かります。流石の僕も<超級>を二人同時に……それもあの"最高記録"も相手取るのは無謀にすぎますから。少なくとも今は、僕の敵は貴方ではないので。この場での敵対はご遠慮します」

「僕のことを知っていて尚押し通るのかい?」

「はい。それが僕達の望みでありますので」

「……やっぱり、PKの考えは理解できないな」

 

 あくまでも冷静に、真っ向から反論した狂獄に、GA.LVERは唸るように零した。

 PKとは、各々の都合を至上として無理を押し通す無法者である。

 道理を踏み躙り、良識すら意に介さず、ただ己が良しとしたことのみを貫く反逆児達。

 彼らの姿勢は、マグロやGA.LVERのような善性の人間にとっては理解し難い理不尽そのもので、だからこその嘆息だった。

 

「理解はともかく、得心はされたようなので続けましょう。改めて申し上げますが、僕の望みはマグロさんとの一騎打ちただそれのみ。それが叶うならば彼の進行は邪魔立てしません。後ろから不意を打つこともしないと誓いましょう」

「……それが約束される保証は?」

「ありませんが、だからといってそれを無視できる立場でもないでしょう?」

 

 身勝手な申し出への疑惑の答えも、また身勝手。

 元より期待はせずに問うたマグロだったが、あまりに身も蓋もない答えに二の句を告げない。

 大多数のプレイヤーにとっては()()()ティアンの命だが、二人にとってのそれはこの上なく重い。

 "世界派"である以前に個人として命を軽視できない善性の二人だからこそ、理不尽と思いつつも狂獄の言に従う他なかった。

 

「……私が決闘に応じれば、ニエさんは無事なんですね?」

「それは貴方の連れの努力次第、とだけ言っておきましょう。要求が通るならば、少なくとも僕がこれ以上妨害することはありません」

「……私、初めて誰かを嫌いになれそうです」

 

 苦渋に表情を歪ませながら零した言葉は、マグロ自身、自分でも驚くほどの感情の発露だった。

 都市一つを巻き添えにする惨事を引き起こした【歌姫】――クジラにさえこうも大きくは抱かなかった黒い怒りが燃え盛り、マグロの心中を焦がしていく。

 彼女には、リアルでの羨望と好意、そして行動はどうあれ善性は確かにあった本性から心底までには憎みきれなかったが、狂獄は違う。

 

 仔細までは把握しきれていないが、己の都合でニエを利用している。

 自分は知らないニエの何かを知りながら、それを利用して己の目的を、悪を為そうと目論んでいる。

 所詮為人を知りもしない赤の他人の悪意だからと言ってしまえばそれだけだが、マグロとGA.LVER、二人の良心を踏み躙るが如き凶行に、マグロははっきりと怒りを自覚した。

 

 かつてカルディナで【歌姫】を止めようとしたときにも抱いた感情。

 人はそれを、()()という。

 

「GA.LVERさん、行ってください」

「……任せていいんだね?」

「はい。GA.LVERさんさえ無事なら彼女は追えますから、ここは私達に任せていってください」

「わかった。――キミの勇気と献身に敬意を!」

 

 マグロは過去になく冷徹な目で、言葉だけでGA.LVERを送った。

 一言だけ確認を取って振り返らずに駆けた彼の背を、しかし狂獄の刃は追わない。

 それは口先で誓った約束を果たしたからか。それともマグロが――テスカトリポカが揃って狂獄を見ていたからかはわからない。

 しかし少なくとも狂獄にとって、ここで誓いを反故にすることのリスクを考えさせるだけの()は確かに存在した。

 

「お望み通り一騎打ちです。仮に貴方がGA.LVERさんを追おうとしても、私達が止めます」

「……結構。ならばこそ僕も本懐を果たせるというもの」

 

 場に取り残された二人の<マスター>は、互いの決意を露わに静かに相対した。

 

 テスカトリポカはいつの間にか白蛇へと姿を変えてマグロに巻き付いている。

 狂獄は深く腰を落として、肩に大剣を背負うような構えを見せた。

 

「――疾ッ」

「――殺ッ」

 

 棒立ちのマグロから飛び跳ねるようにしてテスカトリポカが蛇身を伸ばす。

 十分に加速した鞭のようにしなるそれを、前へ転ぶように飛び出た狂獄の大剣が打ち据え擦過する。

 ギャリギャリと異音を鳴らして火花を散らす様は鍔迫り合いの如く拮抗。しかしそれも数瞬のことで、瞬きの次には互いに最初の位置へ戻って睨み合っていた。

 

『大層な形をして随分なナマクラのようだな。重さも鋭さも足りぬ、それでは蛇身一つ断つには足りんぞ』

「まさしくご指摘の通りでして、僕の愛刀は武器性能では格が落ちます。そういう貴方は大変素晴らしい。たったの一合で間違いなく過去最強のガードナーであると断言できます」

『お褒めに与り恐悦至極。しかし礼節を弁えぬ下郎の言とあっては、欠片も余の心には響かぬな。もしそのナマクラを見せたいだけなら、つまらぬ。早々に片を付けてくれようが』

 

 戦闘速度の領域が超音速に達していないマグロには到底把握し得ぬ一合。

 彼女の目からすれば自分の腕から放たれた白銀の鞭のしなりも、狂獄の強撃も、等しく微かな残像のみを示す陽炎に過ぎない。

 互いに放った牽制の軍配はどうやらこちらに上がったようだが、嘲るように見下すテスカトリポカは、その言動とは裏腹に一切の警戒を緩めていない。

 受けた狂獄も、そこで初めて小さく微笑を浮かべて大剣を構え直す。

 

「もし一太刀で片付くならば期待外れでしたが、杞憂だったようで」

『要らぬ心配よ。惜しまずかかってくるがいい、小童。貴様如き()()()()に侮られる余ではないぞ』

「ご忠告ありがたく。ならば遠慮無く、貴方の命――()らせていただきます」

 

 言って、狂獄は動く。

 しかしそれは先の踏み込みとは異なり、接敵せず距離を空けたままの一閃――からの不可視の斬撃だった。

 応じるテスカトリポカ、蛇身を蛇玉の如く重ねて防ぐ。蛇身に奔った裂傷から血が流れるが、それも数秒の後には再生し傷が塞がる。

 

 《剣速徹し》の効果を得て尚断ち切るに至らぬ頑強は、《硬化》を始めとした各種防御スキルの重ねがけによるものだ。

 スキルレベル一〇に達し、自身も超音速戦闘を可能とする狂獄が振るえば、如何なナマクラとて大抵の物質は割断し得る斬撃だったが、ガーディアンとしての高ステータスとそのENDを増強する防御スキルを以てすれば耐え凌ぐは容易。

 一見して細身ゆえに耐久性に劣ると思われがちな白蛇の姿だが、その実暗器としての役割を果たすこの形態は思いの外強靭である。

 少なくとも()()()()()()()()純粋な斬れ味や攻撃力には劣る狂獄の<エンブリオ>では、防護に専念した"白のテスカトリポカ"を斬り伏せるのは難しい。

 

「まるで鞭のアームズのようですね、存外硬い。《真空斬り》では()が立ちませんか」

『どうした、この程度か?』

「いえいえ、まだ踊れますとも」

 

 ならばと二度三度振るわれた刃から放たれたのは炎。

 次いで極低温、次いで雷撃。天属性と海属性のエネルギー攻撃が剣であるはずの得物から放たれテスカトリポカを襲う。

 それを事前に設定しておいたレジスト系スキルで減衰し、持ち前のENDで減算すれば、結果として残る傷は苛烈な攻撃と比して驚くほど微小。

 無論、本体であるマグロへもそれらの猛撃は放たれていたが、それはテスカトリポカの意思による《ライフリンク》によって引き受けられダメージにはなっていない。

 

 その後も続く乱撃は実に節操が無かった。

 ありとあらゆる属性攻撃と物理的な攻撃が嵐となって襲いかかるも、その尽くをテスカトリポカは耐え凌ぐ。

 無論守りに徹するだけの彼女ではなく、繰り出される反撃は白熱する蛇身(ヒート・ボディ)と、刃の如く研ぎ澄まされ逆立つ鱗(レイザー・スケイル)

 白蛇形態における物理攻撃は、主に《伸縮自在》を始めとした変形スキルとこれら攻撃スキルの複合による体当たりだが、その威力は並大抵の武器を遥かに凌駕する。

 狂獄は縦横無尽に駆け巡る白蛇を鞭と称したが、直接戦闘を不得手とするマグロにとってはまさしくこの"白のテスカトリポカ"こそが唯一にして最大の兵装、己が意思を持ち攻撃する自動武器。

 

 大抵の戦いはこの"白のテスカトリポカ"で片が付くほどだ。

 索敵、防護、攻撃。あらゆる局面に対応し、形状自在ゆえに隠蔽が容易く、歴戦の経験を宿すテスカトリポカそのものであるがゆえに隙が無い。

 <超級エンブリオ>へ達して以降、好んでテスカトリポカがこの形態でいるのも、それが日常において最も本体であるマグロを護衛するのに適し、小回りが利くからだ。

 超音速同士の戦場で棒立ちのマグロが生存できているのも、この()()()()()とも言うべき"白のテスカトリポカ"にその全身を守られているからに他ならない。

 

 だが、狂獄が脅威と観たのはそこではなかった。

 ただ強いだけのガードナーであるなら、彼がマグロに執着することはなかった。

 彼がマグロとの一騎打ちに固執した理由……それはここまでの攻防全てにある。

 

「――素晴らしい! やはり貴方は、僕の同類だ。僕の見立ては間違っていなかった。僕と同格で、これほどの!」

『そうか、貴様もか。確かに我らも、同系統の使い手で格を同じくする手合は、例が無かったな』

「ええ……僕達のように()()()()()に長けた<エンブリオ>の使い手は、希少ですから」

 

 

 ◇◆

 

 

 《ラーニング》というスキルがある。

 <エンブリオ>で確認される、文字通り『スキルを覚えるスキル』だ。

 特定の条件を満たすことで、あらゆる生態的・スキル的制限を無視して対象となったスキルを習得する。

 概要だけなら強力無比なこのスキル系統だが、しかしながら<マスター>間での評価は芳しくない。

 その理由は様々あるが……数多い意見の一つに()()()()()()()というものがある。

 

 第一に、ラーニングそのものの条件。

 まず確定でラーニングが可能ということはありえない。

 小難しい条件をクリアした上でなお低確率を乗り越えることで初めて習得が可能になる。

 良くて一〇%に達するかどうか。基本的には一桁、それも下限に近い低確率が基本だ。

 もし確実にラーニングを成立させようものなら、確率面以外で非情に重篤なペナルティを負うことは必至であろう。

 

 第二に、習得したスキルの成長性が低い点。

 無論例外もあるが、ジョブで修得できるようなスキルとは違ってスキルレベルという概念が無いことが殆どだ。

 習得した時点での性能が全てであることが大半であり、また無数の上位・下位互換が存在するために習得難易度に比べて実用性が頗る低い。

 あるいは外付けのリソースで効果を増強するという手段もあるが、それを考えるならラーニングに頼る必要性自体が希薄になる。

 

 最後に……そもそもが把握し切れない。

 習得し得る一つ一つのスキルの性能が低いために、それを補うには数を用いるのが通例である。

 しかしそうなるとスキル同士のシナジーを考慮し、それを戦術に組み込む必要が生じ、選択肢だけは無数にあるために却って手段の限定が難しいというジレンマが生まれる。

 そもそもが常人の処理能力に限度があり、一般的な家庭用ゲームであるならともかく、VRMMOの体を取るこの<Infinite Dendrogram>での戦闘はリアルタイムで状況が推移し、そこで悠長に手札を取捨選択しようものなら、それは致命的な隙以外の何物でもない。

 

 結果として無作為にスキルを覚えるくらいなら、自分で把握しきれる範囲内のスキルを高めていくほうが余程に効率が良いという結論になる。

 多くの<マスター>にとってその認識は当然であり、またそれぞれ固有の<エンブリオ>の特性も、何かしらの方向性に特化していることがほとんどだ。

 スキル特化型の<エンブリオ>でさえ、<マスター>のパーソナリティに準じた方向性を軸として、それを逸脱する多様性はまず持ち得ない。

 

 そうした前提もあってラーニングを主軸とした<マスター>の数は少なく、ましてや実力者ともなれば全体数からすれば皆無と言っても過言ではない。

 だが極稀に、そうした前提を覆すような()()も存在する。

 

 それは己を持たないがために()()()()()()()"無貌"の不定形であったり。

 天賦の知性を、類稀な環境で磨き抜いた今はまだ存在しない<マスター>であったりするかもしれない。

 

 そして今対峙する二人もまた、その一例であった。

 

 【獣神】を冠する女は、<マスター>としては無能である。

 その存在の全てを<エンブリオ>に捧げ、自身は一切の()()を負うがために、独りでは日常の生存すらままならない最弱の<マスター>だ。

 代わりにその<エンブリオ>は規格外。本来<マスター>に備わるべきだった一切の()()を一身に背負い、求められたのは万能にして最強の守護者。

 

 第一の固有スキル、《贄の血肉は罪の味》によって全体的な火力を増強し。

 第二の固有スキル、《プレデーション・ラーニング》によって数多のスキルを備え。

 第三の固有スキル、《四狂混沌》であらゆる環境に適応した肉体を保有する。

 多重技巧によって犠牲となるべきステータスは、<マスター>側の全ステータス補正にマイナスを強いることによって克服し、<超級エンブリオ>の出力も相俟って純粋性能型にも比肩する基準を保っている。

 極めつけは必殺スキルであり――マグロが何よりも恐れる()、生き甲斐の無い現実への退去と引き換えに齎される暴虐は、短時間限定ではあるが並み居る"最強"を凌駕する。

 

 ラーニング型にしてガードナー特化型の一つの解。

 そしてTYPE:メイデンとしての特性、ジャイアントキリング。それの【四神獣妃 テスカトリポカ】における答えは、至極単純にして暴論そのもの。

 即ち『誰よりも手札があればあらゆる局面で有利になれる』、そして『死なば諸共』。

 

 

 しかし、彼は違う。

 彼の<エンブリオ>はTYPE:メイデンではない。ジャイアントキリングの特性を有してはいない。

 

 彼が掲げるのは――

 

 

 ◇◆

 

 

「僕が貴方に興味を示したのは、あまりに不釣り合いなステータスに目を引かれたからです」

『あの夜に遭遇したときか』

「ええ。僕はPKですから、初対面の相手には《看破》する癖が染み付いています。その僕の目に映ったステータスは、【獣神】という未知の【神】に、高い合計レベル。しかしそれに反してステータスは貧弱そのもの。最初は偽装を疑いましたが、それらしい装備も無い。これに興味を持つなという方が酷というものでしょう」

『成程、それで誘蛾灯に群がるが如く貴様が釣れたというわけか』

 

 愉しげにテスカトリポカが嗤う。

 互いに希少なラーニング主軸による多重技巧型、それも世界に一〇〇と居ない<超級>同士という理由もあって、テスカトリポカの関心は大きく増していた。

 攻防を繰り返す最中に言葉を交わし、一時の逢瀬を堪能する。

 双方ともに饒舌となっていき、狂獄も今や当初の冷静が嘘のように歓喜を露わに無数の攻性スキルと剣戟を繰り出していた。

 

「貴方達に興味を惹かれた後は、無粋を承知で観察させていただきました。貴方は最初からお気付きでしたが、そうでいながら僕を捨て置きましたね。まるで路傍の石を見たが如く。その高慢も、しかし狩場で数多のモンスターを屠る姿を見たあとならば高嶺の花そのもの。貴方にはそれが許される()()がある。堪らず見惚れましたとも。連日の潜伏も何ら苦ではありませんでした」

『……ククク、随分とまぁ情熱的に口説いてくれるものだ。見てくれだけはなかなかどうして、余の好みではあるが』

「生憎、既に先約がいますので。誤解を招く物言いでしたら申し訳ありません」

 

 <Infinite Dendrogram>における戦いのセオリーとして、万能型と戦う場合は能力の予想や推察は意味を為さない。

 どんなスキルをどれだけ有しているかわからないし、下手に想定を交えて戦えば思わぬ痛手を被るからだ。

 幾度となく戦闘を重ねた知己の相手ならばともかく、初対面ならばおよそ全知全能を相手取るつもりで相対すべきである。

 

 そして<超級>にして同じ万能型同士の戦いは……およそ考察の意義すら失われる壮絶なものだった。

 無数に飛び交うエネルギー。物理的衝突や攻性スキルの応酬は、互いの戦闘速度もあって目まぐるしく形を変え場所を変え、推察や推測を挟む暇も無く縦横無尽に駆け巡る。

 歴戦のテスカトリポカだが、その度合で言えば狂獄もさるもの。扱いの難しい無数の手札を巧妙に使い分け、その都度で容赦無い致命打をテスカトリポカへと見舞う。

 

 それを的確に防ぐテスカトリポカが規格外なら、狂獄もまた規格外。

 元より<超級>とは、地球の基準で言えば超人と呼ぶべき猛者が数多跋扈する<Infinite Dendrogram>において尚、常軌を逸した理不尽の権化。

 それら超越者同士の激突ともなれば、神話か伝説のそれかと見紛っても何ら不思議ではない。

 

「貴方は狩りを追えたあとは必ずドロップアイテムを消費していましたね。おそらくはそれがラーニング条件なのでしょう。モンスター由来の素材を消費することで、そのモンスターのスキルを習得する。さながら獲物の血肉を糧とする猛獣のように」

『如何にもその通り。ならば余も一つ見立ててやろう。貴様から立ち昇る噎せ返るほどの血の匂い。殺意そのものの剣呑な得物。貴様の立ち居振る舞いからして、その条件は――』

「お察しの通りかと。ならば答えましょう。僕の<エンブリオ>、【非情大剣 イヴァン】の固有スキルは《カーネイジ・ラーニング》。対象を殺害することによって低確率でのラーニングを可能とするもの」

 

 恐ろしく剣呑にして血腥い固有スキルを狂獄は述べた。

 前提からして殺戮を要求するそのスキルで、一体どれほどの屍山血河を重ねてきたのだろう。

 それは彼が放つ無数の攻性スキルが物語っている。低確率を幾度も経て得た数百ものスキル群。その背景にはおよそ正視に堪え難い殺戮の爪痕が刻まれている。

 

 前代の【修羅】を屠って生まれた新たな【修羅】。

 その座を追い求めるものなど、元より修羅道の輩以外にあり得るはずもなし。

 

「そして」

『ほう……』

 

 狂獄は徐に後退し、剣を掲げた。

 奉ずるように切っ先を天へ向け、両の手で柄を握り締める。

 攻撃のためではないその構えは、彼が真の力を目覚めさせる儀礼。

 彼が<超級>に達したことで得た、殺戮の権化を呼び起こす引き鉄。

 

「これが僕の必殺スキル。今宵貴方の屍を晒すべく、ここに鬼を始めましょう」

 

 狂獄は、吟じるように一節を詠い――、

 

 

「強権発動――――目覚めよ、《殺戮皇帝(イヴァン)》」

 

 

 ――その姿を、人の身から大きく変えた。

 

 

 To be continued

 




(・3・)<【修羅】狂獄
(・3・)<本作中最もOSR値の高い<マスター>
(・3・)<ちなみにリアルは中学二年生(14)

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