我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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デンドロのアニメ化おめでとうございます。
有料配信でも見なきゃ(使命感)


獣の神というもの、修羅なるもの

 

 □■天地西方面・森林部

 

 

 狂獄の必殺スキルの宣言と同時、【非情大剣 イヴァン】は()()()()()

 天に向けて捧げた切っ先から稲妻のように亀裂が奔り、無数に砕けた剣片が光の粒子と化す。

 そしてそれが狂獄の身体に次々と取り込まれて――彼は()()した。

 

『VOOOOOOooooo――……』

 

 全身を覆い隠すような発光が収まった後、そこに現れていたのは一頭の巨大な魔物。

 黒煙のように轟く鼻息を立ち昇らせ、大樹の根の如く太々とした四肢で支えられた巨躯。

 月夜にあって尚黒い外皮と体毛に覆われ、眼だけは篝火のように爛々と赤めくその姿は、例えるならば猪に近い。

 だが、それを単なる猪と形容するにはあまりに存在の規模が違いすぎた。

 

 まず、サイズが違う。

 体高だけで一〇〇メテルを優に越え、それに比例するように体長、体重の桁も規格外。

 全身を形作る筋骨の隆起は屈強という言葉でも尚足りぬほど頑健そのもの。

 吐き出す黒煙と山の如き巨体から、さながら生きた火山とでも形容すべき大魔猪であった。

 

「変身スキル!」

『予想は出来ていたことだ! しかしこれは、質量がデカすぎる!!』

 

 叫ぶマグロの言葉を受けてテスカトリポカが飛び出した。

 全身を白熱した鋭利な鞭に変えてその巨体を貫――こうとして叶わず、拘束するようにその体表へ蛇身を張り巡らせる。

 キロメテル単位での伸長を可能とする"白"の蛇身は、比較すらも虚しいサイズ差ながら易々と大魔猪の全身を絡め取る。

 

 蛇身を鎧う鱗全てが鋭利な刃物であり、また岩すら融かす超高熱でもある"白"の全身は、生半可なモンスターならば拘束過程だけで容易に溶断し得る兵装であったが、しかし大魔猪が相手では僅かに体皮を焼き焦がすだけで溶断には遠く及ばない。

 故にテスカトリポカは大魔猪の全身を隈なく拘束した蛇身に力を込め――伸長を解除した。

 

 幾百幾千も倍する体積を拘束するために伸ばしていた蛇身を元に戻せば、当然ながら捕らわれた大魔猪への縛めは強まる。

 あまりに急激な収縮。それを為したのが岩をも融かす超高熱の刃の鞭ならば、その過程で捕らわれた()()も必然的に割断される。

 単なる擦過では溶断できずとも、満身の力を込めた極大圧殺ならば――

 

『VOOOOO……成程、変身前なら為す術も無かったでしょう。しかし甘い見積もりですね』

 

 轟くような鼻息に紛れて呟かれた言葉と共に、その必殺は凌がれた。

 全身拘束から間断無く実行されようとした圧殺溶断。それを狂獄が変じた大魔猪は全身へ力を込めるただそれだけで耐え切ったのだ。

 必殺スキルの変身によって跳ね上がったSTR。その全力を全身に漲らせることで、狂獄の防護は"白"の攻撃力を上回った。

 狂獄の守備を上回れぬまま行われた収縮はその反動をテスカトリポカへと求め――"白"の蛇身はバラバラに引き千切れた。

 

「カトリ様!?」

『今の僕の身体をして重圧を感じる程度には強力な拘束でした。少なくとも今の僕でなければ決着はついていたことでしょう』

 

 他の純粋性能に長けた形態と比べれば総合的なステータスでは劣る"白"である。

 しかしそれでも、今まで一度として敗北したことはなく、ましてや強靭なる蛇身が反動に耐え切れず自滅したという事実はマグロに多大な衝撃を与えた。

 

 過去に繰り広げられた戦いの数々において、敗北を喫したことは当然ある。

 しかしその原因は本体であるマグロを狙い撃ちにされたことによるものが殆どであり、純粋にテスカトリポカが力負けしたことは無い。

 唯一の例外がかつて王国を襲った【三極竜 グローリア】であり、かの超竜を除けばテスカトリポカが正面切って敗北したことは無いのだ。

 

『どうやら<超級>としては貴方達の方が先達のようですが――見縊ってもらっては困ります。成り立ての雛とはいえ僕も<超級>。格を同じくする以上、貴方達にも全霊を以て臨んでほしい。そうでなければ()()()()の意味が無い』

 

 マグロは、自分が知らず知らずのうちに彼を下に見ていたことに気付いた。

 個人的な嫌悪も多分に含まれてはいただろうが、心のどこかでテスカトリポカならこの状況を容易く突破できると過信していた。

 四つある形態の一つとて欠けずに勝利し得ると、彼女は無自覚に楽観していたことを否定できなかった。

 

『……さぁ次です。これで終わりではないでしょう。少なくとも貴方は()()獣の姿をまだ残しているはず。どれだけの手札を隠しているかは知れませんが、温存したまま凌げるとは思わないでください』

 

 狂獄は事前の追跡行から"黒"のテスカトリポカの存在を知り得ていた。

 "赤"と"青"は巨大すぎるが故に人里から遠く離れた場所でも無い限り顕現させるには不向きで、普段の移動や狩りでは専ら"白"か"黒"を用いている。

 西街付近での狩りでも同様にその二種を用いており、それを監視していた狂獄だからこそ、まだ戦いが終わっていないことを認識しつつ次なる手を待っていた。

 

 そしてその求めに応じる声は、すぐに現れた。

 

『――よかろう。だが我が全霊を拝するには、まだちと足りぬぞ……?』

『ッ、上――!?』

 

 ――上空から飛来した"赤"のテスカトリポカが、大魔猪を鷲掴みにしていた。

 

 大質量を有する今の狂獄と伍する体格の大怪鳥。

 翼を広げれば全長一〇〇メテルにもなる赤き魔鳥は、その鋭い鉤爪で魔猪の背をしっかと掴むと、そのまま空へと舞い上がっていく。

 

『ククク……さて、空でもその巨体は本領を発揮できるのか? 為す術も無いなら、このまま嬲り殺しにしてくれようぞ』

 

 遥か上空へと舞い上がったテスカトリポカは、そこで狂獄を解放すると落下していく彼に向けて無数の攻性魔法を見舞った。

 繰り出される魔法の数々はさながら戦闘機による戦略爆撃。広域殲滅を最も得意とする"赤"の容赦無い追撃は、地表を巻き添えにしながら無防備を晒して落ちていく狂獄を攻め立てていく。

 

「か、カトリ様ー!? 私も巻き添えになってるんですけどー!?」

『耐えろ』

 

 ……当然ながら地上にいるマグロも巻き添えになっているのだが、今のテスカトリポカは容赦がなかった。

 尊大な態度を崩しはしていないが、今のテスカトリポカは狂獄を油断ならない大敵として認めている。ここでマグロを慮って、攻撃の手を緩める選択肢は存在しなかった。

 

 マグロは慌てて【アイテムボックス】を取り出すと、そこから乙女の意匠を象った一台の()()を現出させて入り込んだ。

 【封刺猟棺 エルザマリア】。継続ダメージと引き換えに、あらゆるダメージを大きく減衰させて遮断する一種の個人シェルターである。

 かつては伝説級<UBM>【拷問棺 エルザマリア】という名の生ける拷問器具だったそれが、中に入り込んだマグロを責め苛みながらもより強力な外界の攻撃から守り抜く。

 

 普段はテスカトリポカの傍にあって庇護され使い道の無い特典武具だったが、この場においてはこの上なくその機能を発揮した。

 木々を薙ぎ倒し、地面を捲り上げ。森をズタズタに引き裂いていく魔法爆撃から虚弱なマグロを守り抜いた。

 やがて爆撃が鳴り止んだ頃、一面荒れ地となったかつての森で唯一無傷で取り残された【エルザマリア】からマグロが這々の体で姿を現すと、戦況は大きく一変していた。

 

 ――戦場を空へと移し、二頭の巨鳥が争っていた。

 

『ククク、雛鳥かと思いきや……存外上手く飛ぶではないか。ならば暫し空の舞と耽ろうぞ』

『本当に……貴方は最高の敵手だ。貴方だからこそ、僕は僕を全力で試せる!!』

 

 テスカトリポカが変じた赤き魔鳥と――大魔猪と色合いを同じくする巨鳥。

 状況からしてそれは間違いなく狂獄が変じたもので、テスカトリポカに劣らぬ高速飛翔を為し、戦線を維持していた。

 

「……カトリ様と同じ?」

 

 さっきまでは陸を駆ける獣だったものが、今は空を舞う猛禽へと化している。

 そして手段は違えど同じラーニングスキル。これまでにも見せた無数のスキルの応酬。

 あまりに似通った能力から、マグロは同種のスキルを推測した。

 

 しかし、違う。

 結果こそ酷似しているが、そのプロセスは大きく異なる。

 変幻自在に姿を変え、何ら瑕疵無くその全性能を発揮できる理由――それは彼の<エンブリオ>にあった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 リソースという概念がある。

 ある程度<Infinite Dendrogram>に触れているものならば、詳しくは知らずとも漠然と理解しているであろうそれ。

 レベル上昇のための経験値。

 スキル発動のためのコスト。

 モンスターの死亡後に遺されるアイテムの数々。

 それらは全てリソースという無形の万能エネルギーによる産物だ。

 

 ひとまずはスキル面におけるリソースについて語ろう。

 原則として、より強力なスキルほど行使に要するリソースは増大する。

 強力な魔法ほど多くのMPを消費するし、大技ほど多くのSPを消費する。

 <エンブリオ>の固有能力においても、より強力なものほど時間的・コスト的な負担が増え、それでも足りない場合はペナルティとして重くのしかかる。

 

 テスカトリポカの場合、本体であるマグロへの全ステータスマイナス補正や、《贄の血肉は罪の味》の解除不可継続ダメージ、ラーニングに際してのアイテム消費や低確率習得がそれだ。

 極めつけは必殺スキル……デスペナルティを経るまで決して回復しないHP最大値の減少がそうだろう。

 いずれも多大なペナルティを本体に強いることで、ガードナー系列の<エンブリオ>であるテスカトリポカを多重技巧型の限界を大きく超えた、全方面において万能最優のガーディアンとして君臨せしめている。

 

 かようにリソースとは奥深く複雑極まりない仕組みであり、乱暴に言えばリスクを重くするほどに大きなリターンを得られるようになっている。

 その観点から言えば、テスカトリポカはまさしくハイリスク・ハイリターンの極みと言えよう。

 

 翻って狂獄の<エンブリオ>――【非情大剣 イヴァン】はどうか。

 彼がこれまでに見せた固有能力は《カーネイジ・ラーニング》のみ。

 厳密に言えばそれによって習得した無数のスキル群だが……果たして規格外の極みと言える<超級エンブリオ>の視点から、このスキルだけを見ればどうだろう。

 ……些か、弱きに過ぎないだろうか?

 

 《カーネイジ・ラーニング》は強力なスキルだ。

 殺傷を条件とするスキルの低確率習得。多くのゲームにおける大前提である戦闘を介するだけで、理論上無制限にスキルを習得できるのは、確かに強力ではある。

 だが<超級エンブリオ>の基準から見てそれのみを強みとするには――あまりに謙虚にすぎないか。

 

 【非情大剣 イヴァン】には習得したスキルを増強する機能は無い。

 ステータス補正も極めて低いオールG。TYPE:アームズ系列の真骨頂である武器としての性能も劣悪そのもの。

 単純な武器性能で言えば、生産職のハンドメイド品の方が高性能なことすらある。

 更に言えば《カーネイジ・ラーニング》の性質上ラーニング目的で対象を殺傷した場合、全リソースがラーニングのためのコストとして消費されるためレベルアップも遅くなる。

 白鷺領で多数のティアンを乱獲していなければ、そもそもテスカトリポカと渡り合う土台にすら上がれなかった程だ。

 

 <超級エンブリオ>としてはあまりに見劣りする【非情大剣 イヴァン】。

 ならばイヴァンを<超級エンブリオ>足らしめる最大要素はどこに存在するのか……残る選択肢は一つしかない。

 ()()()()()だ。

 必殺スキルこそ<超級エンブリオ>、【非情大剣 イヴァン】の真骨頂。

 

 TYPE:アドバンス・ルール・カリキュレーター。

 その特性は――()()()()

 

 元より武器としての性能など欺瞞でしかない。

 その真価は極大容量の()()()()()。その刀身には、これまで殺戮してきた数多の獲物の情報が刻まれている。

 そして必殺スキル《殺戮皇帝》は、そこに刻まれた無数の情報を狂獄へ転写し――その存在を殺戮の化身へと変える。

 

 第六形態までは必殺スキルも覚えず、単なるルール・アームズでしかなかったイヴァン。

 <超級エンブリオ>へと到達することで漸く獲得できた必殺スキルは……この上なく恐ろしい。

 

 変身可能時間、極長。

 ステータス補正、極大。

 しかしそれすらも余技でしかなく、真なる本領はカリキュレーターとしての()()()()にある。

 

 必殺スキルの効果中、狂獄は自身の身体を好きなように創り変えることができる。

 イヴァンに集積された無数の形質情報を元に、イヴァンが演算し転写し改造し、状況に応じて最も適した形へと狂獄を変質させる。

 人体とは構造を大きく違える異形での活動も、イヴァンの演算補助によって瑕疵無く行える。

 その上で《カーネイジ・ラーニング》によって獲得した無数のスキル群も管制し、最適な形で行使する。

 

 長い蛹の期間を経て漸く<超級エンブリオ>として羽化したイヴァンは強力だ。

 テスカトリポカは彼を雛鳥だと言ったが、それは違う。

 彼女でなければそのような大言は到底吐けやしない。彼女でなければ狂獄が必殺スキルを発動した時点で決着がついていてもおかしくはなかったのだ。

 

 史実においてロシア最大の"暴君"と称されるイヴァン雷帝。

 それをモチーフとする【非情大剣 イヴァン】は、その名の如く所有者を暴君へと変える。

 大権(大剣)を振り翳し、無数の権能(スキル)を思うまま奮う修羅(ツァーリ)

 

 そしてその大暴力は、【修羅】という超級職とも大いなるシナジーを発揮し――

 

 

 ◆◆◆

 

 

 遥か上空で繰り広げられるドッグファイト。

 互いに超音速で飛翔し、無数の攻性スキルを駆使し、同等の巨体を以て応酬する。

 魔法行使能力と速度において最高性能を発揮する"赤のテスカトリポカ"は、空戦の当初で優位を誇っていた。

 各種バフによって超々音速に近い戦闘速度を発揮し、四形態でも最大量のMPで強化された攻性魔法の数々は、攻撃性能において四形態中最強を誇る。

 されど相手も大したもの。およそ戦闘経験の少ない空戦において"赤のテスカトリポカ"に食らいつくのは、如何な<超級>とはいえ容易に為し得ることではない。

 とはいえ戦闘経験値の多寡で言えば全ガードナー中でも三指に入るテスカトリポカの優位は崩れず、いずれ遠からず決着はつくものと思われた。

 

 しかしそうは問屋が卸さない。

 二人には知り得ないことだったが、戦闘開始から発動し続けていた【修羅】の奥義である《修羅場》によって、狂獄の全ステータスは少しずつ増大している。

 一つ一つの補正は微量ながら、元のステータス値が桁違いであるために、必殺スキル発動後の上昇割合は発動以前とは雲泥の差であった。

 それこそ、"赤のテスカトリポカ"の戦闘領域に迫る程に。

 

 実数値としては見えないながらも、テスカトリポカは狂獄が時間を経るごとに強化されていくのを察していた。

 とうに戯れは鳴りを潜め、全力で彼を仕留めんと猛威を奮っているものの、互いの戦闘速度が高まりすぎたがために射出される攻性スキルでは既に補足が無意となり、互いの全身を用いた肉弾戦へと移行している。

 

 しかしそうなると軍配が上がるのは狂獄の方だった。

 魔法行使と速度に特化した代償に耐久面では四形態中最弱の"赤"では、純粋な肉弾戦になると途端にその戦闘価値を失う。

 幾度となく衝突し合う中で赤き魔鳥の翼は折れ、爪は砕かれ、見るも無残に打ち据えられる一方で狂獄の変じた巨鳥の傷は軽微。

 やがてダメージの蓄積も相俟って完全に狂獄が上回ると、幾度目かの離脱からの突撃で"赤のテスカトリポカ"の身体は引き裂かれ、その存在を光の粒子へと変えた。

 

『――まだだ』

『どこまで僕を喜ばせてくれるのですか、貴方は!』

 

 次いで、"青のテスカトリポカ"が現れる。

 高空で散った"赤のテスカトリポカ"の残滓が再び収束し、その身を全長五〇〇メテルにも及ぶ青き巨人へと変えた。

 極まった狂獄の戦闘速度からすればあくびが出るような鈍重。今の彼の眼には無防備な隙でしかない巨体目掛けて"赤"を仕留めた突撃を繰り出すも――

 

『柔い柔い、効かんよそれでは』

『成程、耐久特化形態ですか。つくづく芸達者な方だ……!』

 

 その鉤爪は僅かな引っ掻き傷を表皮に刻むだけで、致命には程遠かった。

 驚愕で僅かに硬直する狂獄を捕らえんと"青"の巨大な手が迫るが、立ち直った狂獄の離脱で空振りに終わる。

 耐久面に特化した"青のテスカトリポカ"とはいえ亜音速は発揮できるのだが、その程度では超々音速に達した狂獄を補足するにはのろまにすぎる。

 しかし、防御力と回復力において群を抜く"青"に対して、先までの空戦は些か非効率に過ぎると狂獄は判断し。

 

『ならば!』

『ぬっ……』

 

 離脱し、戦場を大きく離れるように飛翔した。

 "青"の視界から狂獄の姿が失われ地平線の彼方へと消えていき、暫しの静寂が戦場を満たす。

 

「逃げた……?」

『いや、これは……違う! 【エルザマリア】だマスター、避難しろ!』

「は、はいっ!」

 

 あまりの急速離脱から逃走の可能性を考えたマグロだったが、テスカトリポカはそれを否定した。

 彼女の直感が戦いはまだ終わってないことを知らせ、より恐ろしい脅威が繰り出されるという予感から、手持ち最大の安全圏である【エルザマリア】への避難を命じる。

 それに応じて再び鉄棺へとマグロが姿を隠すと、人間大のそれをテスカトリポカがつまみ上げ……そのまま口に放り込んで嚥下した。

 【エルザマリア】というシェルターに退避した上で、四形態中最高のENDと防御性能を誇る"青"の体内へと《格納》される。

 これこそがマグロの安全を確保する最大手段。かつて深海での戦いでも用いた戦術である。

 

『…………来るぞ』

「な、なにが……?」

『そこでは何も見えんか。《共有》してやろう』

 

 しかして静寂の終わりは間もなく訪れる。

 危険を察知したテスカトリポカが呟き、《共有》したテスカトリポカの五感でマグロが()を見渡していると……やがて遠景から轟音が近づいてくるのが察知できた。

 マグロ本来の五感では到底知覚できない彼方から迫り来るのは――一頭の巨獣。

 

 最初に狂獄が披露した大魔猪が、そのサイズを大きく増して猛突進してくる姿が見えた。

 

「ひ、ひええぇぇ!?」

『最初に見たときよりも随分と大きい……《巨大化》か。比較的レアなスキルだが、まぁ余と同じ<超級>にまで達したのだ。持っていて不思議ではなかろう』

 

 元の大きさからサイズを数倍する《巨大化》。

 テスカトリポカも多用するためその性能は既知であり、故にこそその脅威も明らかである。

 大きさとは、最も分かりやすい強さの一つだ。

 考えなしに《巨大化》すれば、増大した質量にENDが追いつかず自滅する恐れもある諸刃の剣だが、この期に及んで相手がそのような愚を犯すはずがない。

 

 思考する数秒の間にも"青"とサイズを伍する巨獣へと変じた狂獄は迫り……その背後に津波の如き土煙を巻き上げながら、立ち並ぶ大木も障害としないまま直進していた。

 まさしく猪突猛進。走行距離が伸びるほどに速さを増す《加速》や、衝突時の反動を抑える突進系スキルも併用しての突撃であろうとあたりをつけ、事実その判断は的確であった。

 

 "青のテスカトリポカ"の視界から逃れるほどに離脱した狂獄は、単に仕切り直しを目論んだわけではない。

 その目的は標的までの十分な走行距離の確保と、フィールドに点在するモンスター群の乱獲にあった。

 離脱時の往路で空から地表のモンスター達を殺戮し、折り返し地点で再び魔猪へと変じた後、復路での突進ルートに往路で補足したモンスター達の縄張りを置いたのだ。

 

 "青のテスカトリポカ"と並ぶ程に巨大化した魔猪の突進は、それだけで広域殲滅に相当する。

 ただでさえ巨大な質量が、各種スキルの補正も得た上で十分に加速し、その衝突のインパクトすらもスキルで補強したとなれば、如何な"青"とはいえタダでは済まないだろう。

 テスカトリポカは全力で防備を固めることを決断し、設定された全防御スキルを発動する。

 

 自己バフによってENDを跳ね上げ、腰から生やした根を幾重にも大地に差してアンカーとして、適切な姿勢を取って衝突に備える。

 突進系スキルの性質上軌道を大きく変えることはできないことを熟知していた彼女は、狂獄が真っ直ぐに突撃してくることを推測し、文字通り大樹の如く待ち構えた。

 

『来るぞマスター。そこに居ても少々()()()やもしれん、口は閉じておけよ』

「~~~~!!」

 

 はっきりと視認できる距離にまで近づいた狂獄の姿は、さながら地上を滑る流星の如く。

 天から降り注ぐ大隕石にも匹敵する勢いで、速度と威力の全てを突撃に向けた一撃は、テスカトリポカでなければ回避しか選択を許されなかっただろう。

 それすらも確実とは言えない超加速の中で、AGIにおいて遥かに下回る"青のテスカトリポカ"は、しかし無数に積み重ねた戦闘経験と直感によってベストなタイミングを認識し――真正面から()()()()()

 

『ぐ、っ、うおぉおおおおおおおオオオオオオ――――!!!』

『VMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO――――!!!!』

 

 衝突の瞬間、大気は爆ぜた。

 大質量同士の超速衝突に、二体を中心にして地形が粉砕される。

 生み出された膨大な運動エネルギーが行き場を求めて荒れ狂い、周囲の環境を根こそぎにして尽く破壊しつくした。

 大魔猪の湾曲した牙を握り受け止めたテスカトリポカの腕は、衝突と同時に耳障りな異音を発して砕け折れ、尚も離さず狂獄を足止めする。

 アンカーとして根差した木々は衝突のインパクトで地表ごと木っ端微塵に砕け、その脚すらも腕と同様に骨肉から折れていたが……膝はつかない。

 ダメージは甚大なれどテスカトリポカは確かに正面から突撃を耐え切り、その事実に狂獄はこの戦い始まって一番の驚愕を露わにした。

 

『こ、れ、を……耐え凌ぎますか、貴方は! 一体どこまで規格外なのですか……!?』

『舐めるなよ小僧……余は()()()()と願われ生まれた万能の神だ! たかが戦闘狂如きに後れを取るまいぞ!!』

 

 テスカトリポカは吠え、折れた四肢を高速再生しながらより一層の万力を込め――狂獄の巨体を浮かせた。

 捕らえて離さぬ牙を支店に、上体を大きく捻り上げて……()()()

 "青のテスカトリポカ"だけが持つ、他の形態にはない特徴。それは()()()()

 巨大であるが故に真価を発揮できる相手は少ないが、形を人体と同じくするために、他の獣の形態にはない人体ならではの格闘技術を行使できる強みがあった。

 スキルだけではない、数え切れぬ程の歴戦で培った生来の技能(センススキル)を以て大魔猪を地に組み伏せマウントを取る。

 

 AGIで劣る"青"だが、こうして逃げ場を失わせてしまえばその差など無為と化す。

 仰向けに投げ出された狂獄をその巨大かつ強靭な両脚で馬乗りにし、その上から全力を込められた両拳の殴打を彼へと繰り出した。

 

『ぐっ、ガッ、ゴッオぉ……!? こ、この……グォアぁああああああ!!?』

『さぁさぁどうする小僧! このまま息の根止めるまで打ち据えてやろうか!? 餓鬼の喧嘩のように、このまま敗北を認めるのかァ!?』

『ナ、め、Ru、なぁあああアアアアアアアアアアア――!!!!』

 

 先までの澄ました態度を崩し、形振り構わず絶叫して狂獄が跳ね除ける。

 逃げ場のないマウント大勢だったが、長時間に及ぶ戦闘と突撃に際して大量に殺戮してきたモンスターとで、二種の奥義によるステータス補正がピークを迎え、遂にテスカトリポカを完全に上回らんとする。

 何より過去最大の窮地に際して極限まで高まった狂獄の戦意が限界を超えて肉体を駆動させ、その意志に応えんがためイヴァンが更なる演算を開始して、より強大な肉体へ改造せしめんと全力稼働した。

 

『貴方に勝つ、そのためなら!! 僕の身体なんてどうでもいい! 勝つために必要なら、化物にでもなんでもなってやる――!!』

『吼えたな小僧! いやさ【修羅】よ! 賢しげに取り繕っていたときよりも余程にそそるぞ<超級>!!』

 

 狂獄がこの<Infinite Dendrogram>で求めたのは『より強い自分』だった。

 はっきりと自覚はしないまでも、確かに奥底で抱いていたその願いに答えて【非情大剣 イヴァン】は生まれた。

 リアルでは寧ろ気弱な性分の、軟弱な自分を変えるために、非情を強いる剣を執った。

 殺戮によって強化され、必殺スキルによって殺戮の化身と化すスキル特性も、その過程で歩んでいた剣鬼の道も、全てはより強く大きな自分にならんがため。

 万能の庇護者を求めたマグロとは、ある種対極に位置する彼のパーソナリティ。

 そのアイデンティティを満たさんがため、狂獄はこの接戦で急速に研ぎ澄まされていった戦闘経験で、より強い自分を想像し、創造する。

 

『――――――――』

『なる、ほど……うむ』

 

 組み伏せていた狂獄が光に包まれた後、現れたのはそれまでの巨獣とは打って変わって小さな影だった。

 一〇メテルにも満たない、"青"と比較すれば小人のようでしかないそれ。

 サイズを縮小させることで緩んだ拘束から抜け出たそれは、蟲のような薄羽を広げながら飛翔してテスカトリポカの背後へと回り込み。

 

『この姿で……斃れるとは、な――』

 

 次いでテスカトリポカが全身から血を噴き出して斃れた。

 

「わっ!? きゃあああああああああ!?」

 

 光の粒子と化した"青"から投げ出された【エルザマリア】が高空から落下し、マグロの悲鳴が響く。

 五感の共有を維持していた"青のテスカトリポカ"が消えたことで戦況を把握する手段を失い、混乱の最中にあるままの落下。

 しかし防護と耐久性に特化した特典武具である【エルザマリア】はこの程度ではビクともしない。中のマグロも無事だったが、一体何が起こったのかと再び内部から這い出して見上げた彼女は。

 

「ひっ……!」

『……………………』

 

 ()()()()()()()()と化した狂獄の一瞥に呑まれ、悲鳴を漏らした。

 名実共に修羅となった狂獄の放つ《修羅の貫目》は、それだけで弱者の行動を一切封じる。

 徹頭徹尾弱者であり、故にこそ却って精神的にはタフなマグロだったが、スキル効果と単純な感情、二重の【恐怖】によってその身動きを封じられた。

 

『……さぁ、次です。おそらくは最後でしょう。白、赤、青。テスカトリポカという名。多少サブカルチャーに通じていれば連想するのは容易いことです。黒で最後なのでしょう? そしておそらくはそれが貴方達の最大戦力。僕の方も、現時点ではおそらくこの姿こそが求め得る最高の姿。いざ、終幕と参りましょう』

 

 硬質な外角。薄羽の翼。六臂に構えた大太刀は、牙や爪といった生態としての兵装の延長線だろう。

 しかし同時にれっきとした剣としても機能するその生体兵装は、《剣速徹し》の発動も可能とする。

 耐久性に特化した"青"を斬り伏せたのは、その極まったAGIを乗せた《剣速徹し》による刹那の連続斬撃だった。

 

 通常の戦闘ならば"青"に刃を通せるほどにAGIを増大させる――長時間に渡って戦闘を継続し、その最中に大多数を殺戮することはなかっただろう。

 しかし狂獄の<エンブリオ>が広域殲滅を可能とし、かつ敵対するテスカトリポカが強大であったからこそ、この極致にまで到達することができた。

 狂獄とテスカトリポカ、どちらかに戦力が偏っていてはこうはならない。<超級>同士拮抗し、互いに鎬を削りあったからこそ辿り着けた境地。

 今の狂獄は、彼自身が知る限りにおいて間違いなく()()()()()だった。

 

『さて……こうも追い込まれたのはいつ振りか。かの【グローリア】を除き、<超級エンブリオ>に到達してからに限定するならば、これが初めてか……』

「カトリ様……」

 

 光が集まり、四度(よたび)姿を現したのは"黒"――原初の姿である黒いジャガーと化したテスカトリポカだった。

 こちらもまた先までの姿とは打って変わって小さい……今の狂獄と比しても半分ほどでしかない体格の四足獣。

 しかして狂獄は察する。彼女もまた、その姿こそが()()なのだと。

 彼は一切の油断無くテスカトリポカを見据え、その六刀を構えた。

 

『長いようで短い一時……まるで夢のような時間でした。これが終わってしまうのかと思えば惜しくもありますが、しかし決着をつけねば僕は満足できない。それは貴方も同じでしょう?』

『否定はせぬよ。やり口は好まぬが、戦いそのものは甘美であった。並々ならぬ強敵よ。しかし、だなぁ……』

 

 度々挟まれていた狂獄の口上は、《修羅場》による補正をより多く得るための時間稼ぎ。

 テスカトリポカも流石にそれを察してはいたが、敢えてそれを阻みもせず、いっそ悠長なまでに態度を見せて言葉を濁す。

 ひょっとして彼女もまた同系のスキルを保有しているのだろうかと狂獄は訝しんだが、《看破》で目視したステータス値に時間経過による変動は無い。

 本体(マグロ)の方に絶え間ないHPの増減はあったが、それが戦況に影響を与えることはないだろう。捨て置いた。

 静観して、テスカトリポカの言葉の続きを待つ。

 

『ここまで戦ってきてわかったが、やはり余の勝利は揺るがぬよ。貴様も一頻り暴れて多少は得るものもあっただろう? 逃げ帰るなら今だぞ、小僧』

『な、ん――――だとぉ!?』

 

 そして続けられた言葉は――今の彼にとってはこの上ない侮辱だった。

 この戦いを経て紛れもない強敵、好敵手と認めた相手が、心底から憐憫して自分を()()()()()()

 いや、悪意すらない。路傍の石をでも見るかのように、この戦いを終わったものとして彼女は見ていた。

 最早テスカトリポカの中で、狂獄との死闘は過去のものとして早くも風化しようとしている――それを侮辱と言わずして、なんと言う。

 

『あ、貴方は……お前は!! 僕との戦いを、なん、なんだと思って……ッ!!』

『知らぬよ、そんなこと。そもそも貴様、元より身勝手を貫いて我らに突っかかってきたのではないか。斟酌してやる義理がどこにある? 状況が状況でなければ構わず捨て置いたところだ。それに最早貴様の手の内は知れた。余の手札において、貴様の敗北と余の勝利は揺るがぬ。これ以上攻防を重ねるのは……余分というものだ』

 

 これ以上無い否定の言葉。

 狂獄の理性は、ここで初めて制御を失った。

 

『余分……余分、だと? 僕との決着が、余分……!? 既に三つも手札を仕留められておきながら、お前がそれを言うのか!? 優勢なのは、この僕だ!!』

『そう思うか? なら試してみるがいい。だが一つだけ断っておこう……貴様が求めていた昂揚は最早無い。期待を裏切られぬうちに、思い直すことを勧めよう』

『上等だ……、ならばお前を斬り伏せたあと! お前のマスターも千々に引き裂き、目当ての姫君も同じ目に遭わしてやる!! "最高記録"がいようと知ったことか……今の僕なら、あの男すら敵じゃあない――――!!!』

 

 どこまでも高みから見下ろすテスカトリポカの発言に、狂獄の堪忍袋の緒が切れた。

 激昂し、全性能を必殺に向けて駆動させ、超々音速で飛来しその六刀で斬り刻まんと肉薄。

 

 対する"黒のテスカトリポカ"は、ただ一吼え。大音声による咆哮を高らかに上げて――

 

 

 ――――どうしようもなく、狂獄の全身から()が抜けた。

 

 

『なっ、ァア――――!!?』

 

『――そこで激するからこのような小技に引っ掛かるのだ、戯けめ』

 

 狂獄の全身に漲っていた、【修羅】の奥義によるステータス補正。

 全ステータスにおいて完全にテスカトリポカを上回っていたはずの、全能感にも似た昂揚が"黒"の一声で剥奪され、その落差に取り繕い様のない無防備を晒す。

 その隙を彼女が見逃すはずもなく……狂獄が戦闘始まって以来最大の驚愕を露わにしている合間に、その爪で四肢を断ち、その牙で胴を喰らい、その五体で狂獄を捻じ伏せていた。

 

『い、一体何が……、何が、起きた――!?』

『有頂天に達した輩ほどよく刺さる……貴様ほどの落差は無かったがな』

 

 四肢を失った達磨と化し、その顔を前脚で踏まれ、身動きも取れないまま混乱の極みにある狂獄をテスカトリポカがつまらなそうに見遣る。

 狂獄は自身に起こった変調の理由を俄には判断し切れず、遮二無二抗う中で咄嗟に開いたステータス画面を開いて……愕然とする。

 

 奥義によって得た全ての補正値が、失われている。

 

『こ、これは……!』

 

 戦闘時間経過による補正。

 討伐数累積による補正。

 戦闘中は持続するはずの補正が全てリセットされ、今は前者だけが再び少しずつ補正を重ねようとしていた。

 

『バフの解除能力……!?』

『貴様はよくやっただろうとも。ステータス値も、保有スキルも、余は使わなんだが必殺スキルも、まさしく余と伍するに相応しい性能だった。しかし我らにあって貴様には無いものが一つある』

 

 テスカトリポカは、組み伏せた狂獄の異貌を見下ろしてニタリと笑んで。

 

『――スキル開発力だ』

『スキル……開発力……?』

『そうだ。よもや【(ザ・ワン)】の特性を知らぬわけでもあるまい? 我がマスターもまた【神】の称号を戴く者……モンスターの運用に特化した()()()、【獣神(ザ・ビースト)】』

 

 

世界(システム)が認めた究極のテイムモンスター(最高傑作)……それこそが、余である』

 

 テスカトリポカは、誇らしげにそう述べた。

 

『……ま、それも余という至尊のガードナーあっての功績だがな。あれ自体の育成能力はたかが知れている。単純な運用能力で言うならば、在野の【従魔師】の方が余程優れていようが』

 

 転職条件に謎の多い【神】シリーズだが、傾向として世界屈指の()()を持つ者が認められることは知られている。

 天・地・海、魔法の三大属性における【神】の座が、それぞれの属性の全分野において卓越した技量を要求するように……【神】という頂きは、それぞれの分野における最大才能の発露を求める。

 その観点において【獣神】が求めるものが何かと言えば……それは当然、運用するテイムモンスターの()である。

 

 数を揃えて戦術を駆使するのでもいい。

 ただ一個を極めて他に類を見ない究極の個とするのでもいい。

 それがテイムモンスターを主軸とした()であるのなら。

 それが世界すらも認める超抜の成果であるのなら、【獣神】の座は解放される。

 

 本来ならばモンスターに関するあらゆる知見を求められる。

 あらゆるモンスターの生態、能力を知り尽くし、磨き抜いた《審獣眼》によって従属下のモンスターの素質を見極め。

 その上で育成を突き詰めテイムモンスターの真なる才能を開花させねば到り得ぬ至尊の座だ。

 

 マグロにはそうしたいずれのノウハウも無い。

 彼女にあるのは、自らも犠牲にして生み出されたガードナーだけ。

 これまで従魔系統への転職に必要な最低限のテイム経験しか無く、テスカトリポカ以外の育成経験など皆無。

 ましてモンスターの素質を見抜く《審獣眼》など一度たりとて磨かれてはいない。そのスキルレベルも御粗末なものだ。

 

 だが、そんな彼女が唯一従えたモンスターは――極上の才能を秘めていた。

 無数のスキルを覚える下地を備え、そのステータスは軒並み高水準。そして才能に限界は無く、無限の可能性を秘めた個体。

 まさしく【獣神】が求める究極のモンスターの雛形そのもの。完全に偶然の産物だが、テスカトリポカの特性は【獣神】が求めるものを全て満たしていたのだ。

 

 マグロに【獣神】への道が示されたのは、テスカトリポカが第六形態に到達して暫くした後。

 ラーニングしたスキルが一定数を超え、その工夫を考え出した頃だ。

 先代の【獣神】が遺した最高傑作の残影を打ち破るという転職クエストを経てその座に就き、着手したのがそれまでに覚えてきた無数のラーニングスキルを基にしたスキル開発だった。

 

 それは決して生半可な技量では為し得ない難事だったが……それもまたテスカトリポカの性能で突破した。

 数多のスキルを組み合わせて独自のスキルを開発し……その中でも特に強力なものは、今代【獣神】だけの、ひいてはテスカトリポカだけの()()として組み込まれた。

 

 狂獄を無力化したのも、その一部。

 "黒のテスカトリポカ"が行使できる究極奥義の一つ。

 

 その名を《フェイタル・ロア》。

 

 あらゆる攻撃を減衰させる《竜王気》に着想を得て、無数の試行錯誤の末に会得したバフ解除スキル。

 魔力の干渉を乱す大咆哮によって術式を崩壊させ、一時的に無力化させるデバフ奥義。

 スキル強度の問題で<エンブリオ>の固有能力までは無効化できず、永続効果もまた同様に効果を発揮できないが……一時的な補助効果ならば一声でリセットできる。

 例えそれが超級職の奥義であっても……この技もまた、同じく超級職の()()であるが故に。

 

 そしてその効果の凶悪さは……ご覧の通りだろう。

 実力が拮抗し、あるいは補助効果で優位を保っていればいるほどに、それが失われたときの反動は大きい。

 【修羅】の奥義による補正が無くとも超高水準のステータス値を誇る、必殺スキル使用後の狂獄でさえも堪らず狼狽したように。

 一種の初見殺しだが、それが痛烈に突き刺さった結果だった。

 

『余を最後まで仕留めんとするなら、単純に余を上回るしかない。そのような手合を、余は知らぬがな』

『……成程、暴論だ。僕なんかよりも余程"暴君"の名に相応しい……そのような無理筋、"最強"達でもなければ、到底叶わないでしょうに……』

『最強、か。噂だけは伝え聞くがな。何分、我がマスターはリアルにはまったく関与せぬ故に』

『ああ……そういえば、監視していた最中も、一度としてログアウトしませんでしたね……。廃人、というやつでしょうか……』

 

 狂獄は観念したように脱力した。次いで、『……マグロさんが【神】だから、差し詰め"廃神"かな』とも。

 ともあれ彼は完全に敗北を認め、先までの激昂が嘘のように凪いでいた。

 最早抵抗の余地無しと生殺与奪をテスカトリポカに委ね、異貌ではわかりにくいが、晴れ晴れとした雰囲気を浮かべて表情を変える。

 

『……<超級>はやはり強い。僕が抱いた憧れは間違いじゃなかった。僕も、まだまだ強くならないと……この程度じゃあ、やっぱり満足できない』

『……余のような<エンブリオ>が、<マスター>に善悪を問える筋合いも無いがな。折れぬならば励むといい。再戦も受けて立とう。無論、次は今回のような無粋は遠慮するがな』

『……そうですね。その節は大変無作法を致しました。次は堂々と果たし状を送らせてもらいましょう。勝手ながら、貴方を僕の好敵手として定めさせていただきます』

 

 止めどなく溢れる異形の血。

 やがて致死量に達した出血は彼をデスペナルティへと追い込み、間もなく彼は光の塵と化すだろう。

 その間際において、彼は置き土産のように言葉を残した。

 

『……ニエさんのことならご心配無く。彼が出張った以上、間違いなく対魔さんの目論見は崩れ……彼女は助け出されるでしょうから。元より、彼がこの地に存在していた時点で、僕達の目的は完遂不可能だったことです』

「それなのに、こんな真似をしたんですか? 負けるとわかっているのに、こんな天地にいられなくなるようなことをして……」

『負けるつもりで勝負を挑んだわけではありませんが……ああ、貴方はやっぱり善性の人間なんですね。"世界派"……というやつでしょうか? 生憎と僕は、そうした枠組みには興味が無いもので……』

「…………」

『無辜の民を巻き込んだ僕が許せませんか? ニエさんを体よく利用したことも。……ですが僕は悪いPKですから、そうした他者の都合は斟酌しません。所詮はゲームですから、楽しんだもの勝ちです。……そういう意味では、僕の勝ち逃げかもしれませんね』

 

 『この状況では負け惜しみにしかなりませんが』、と狂獄は笑う。

 凶相で嗤うのではなく、心底楽しげに笑い上げる。

 一頻り呵々大笑した後、静かにマグロの顔を見上げた。

 

『もしこの世界に入れ込んでいるなら、程々にしておいたほうがいいですよ。僕のような若輩が言うのもなんですが、所詮はゲームなんですから。楽しみましょう、それが正義です』

「……私は、貴方との戦いは楽しくありませんでした。今もずっと、心がもやもやしてます」

『……そうですか。だけど僕は、楽しかったですよ。本当に……たのし、かった……なぁ……』

 

 最後まで死闘への歓喜を寿いで、彼は<Infinite Dendrogram(この世界)>から消失した。

 

 そして戦場跡に静寂が満ちる。

 勝ち残ったマグロは苦渋を浮かべ、敗れ去った狂獄が満足を抱く。

 

 

 ――マグロはやはり、最後まで彼らPKの心理が理解できなかった。

 

 

 To be continued

 




・余談

【非情大剣 イヴァン】
TYPE:アドバンス・ルール・カリキュレーター 到達形態:Ⅶ
能力特性:自己改造
必殺スキル:《殺戮皇帝(イヴァン)
モチーフ:ロシア史における暴君"イヴァン雷帝"
備考:
遅咲きながら<超級>に到達するまで必殺スキルを覚えなかった稀有な<エンブリオ>。
ステータス補正は軒並みG。武器性能は劣悪。ラーニングスキルの増強能力も無いと、基本性能が著しく低い分、必殺スキルの出力に特化した<超級エンブリオ>。
所有者である狂獄を乗騎と見做し改造する"アドバンス"であり、殺傷によるラーニングを可能とする"ルール"であり、殺害対象の情報を蓄積し演算する"カリキュレーター"である三種複合型。第六形態まではルール・アームズだった。
武器としての性能が低いのは、そもそもが武器としての運用が主目的ではないため。ステータスでゴリ押してたが、殆ど鉄板を振り回すようなもの。
その真価は本文中でも描写した通り必殺スキルにあり、必殺スキルとしての質は規格外ばかりの<超級>でも屈指。
最後はさらっとテスカトリポカの奥義で倒されたが、逆に言うと奥義が無ければ普通に負けてた。マグロが必殺スキルを使ってたとしても逃げに徹されたら、速度的に追撃できる"赤"も脱落していたので時間切れで負ける。
ちなみに必殺スキルの発動後は、スキルの性質的に彼の種族は『キメラ』へと変更される。

(・3・)<結局どんな<エンブリオ>なのかと言えば
(・3・)<帰刃(身も蓋もない表現)
(・3・)<必殺スキルの性能にほぼ全振りした結果、魔改造アーロニーロさんとでも言うべき性能に
(・3・)<特性的に殺害した対象の種類が増える程バリエーションも増える
(・3・)<なので世にも珍しい「成長性のある」必殺スキル
(・3・)<今後登場するかは知らん。多分出ない(その前に終わる)


・《フェイタル・ロア》

(・3・)<ぶっちゃけるといてつくはどう(身も蓋もry)
(・3・)<スキル成立過程的にマジャスティスとかのほうが近いかも
(・3・)<基礎スペックをバフで補うタイプほど刺さる
(・3・)<狂獄の場合、過去に例のない長時間戦闘・大量殺傷・同格との戦いで完全にハイになってただけにギャップで無防備を晒しすぎた
(・3・)<たぶん二度目以降は今回ほど効果は発揮できない
(・3・)<が、それを差し引いても強力。黒限定の究極奥義の一つ
(・3・)<ちなみにスキル強度の問題で、例えばフィガロさんのコル・レオニスのバフとかは打ち消せない

(・3・)<主人公視点でのクライマックスは今回でほぼ終わりなんだけど
(・3・)<次回、GA.LVER大暴れ
(・3・)<自作の別作品からのゲスト出演みたいなものだけど
(・3・)<どうかもう暫くお付き合いください
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