我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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"世界最高"の漢

 

 □■姫君の告白

 

 

 わたくしが生まれ育った白鷺領は美しい郷でございました。

 領土は狭けれど山々の恵みに満ち、数は少なけれど屈強なる武士(もののふ)達に護られた安寧の地。

 長きに渡り戦乱の渦巻く天地にあって一度として侵されたことはなく、まさにこの世の楽園であったと胸を張って誇れましょう。

 

 その地を治める白鷺の御家に生まれ、先祖伝来の土地と御家がため身魂を尽くさんとすることに、一体何の疑いを抱きましょうや。

 女子として生まれ、いずれ何処へと嫁ぐものでも、それが御家の繁栄に繋がるならば、わたくしは何の躊躇もございません。

 たとえ人目に触れず、閉ざされた離れだけがわたくしの世界であろうとも、それが御家のため。

 わたくしは当主である父上が求めるままに、我が身を磨いてまいりました。

 

 辛く、厳しい叱責ばかりが飛び交っていたと思います。

 世話役は厳しく、女としてあるべきあらゆる作法の習熟を求められ、のみならず武芸までも指南されました。

 ひたすら繰り返される勉学と修練の日々。ひょっとしたら、女だてらに武芸を求められる御家に嫁ぐのかとも思いましたが、それを当時のわたくしは知る由もありません。

 ただただ日夜課される稽古に取り組み、来るべき時までじっと耐えておりました。

 ……いいえ、なにも不幸なことなどございません。武家の女の幸福は、すなわち御家の隆盛。そこに疑問を差し挟む余地などどこにもありませぬ。

 

 ……そうして幾年月を経たでしょうか。

 やがて女としての成熟を自覚し始めた頃、それまで一度として足を踏み入れたことのない父上がいらっしゃったのです。

 家中の者が一堂に会する式典以外でお会いしたことのない父上の来訪に、さてはわたくしの嫁入りが決まったのかと心躍ったのを覚えております。

 逸る心を押さえつけ、神妙を取り繕って父上の言葉を待ち――知らされたのは想像だにしなかった凶報でした。

 

 <UBM>……と、いうのですね。

 世に蔓延る魔物の中でもとりわけ凶猛な、御家を脅かす生ける災害。

 わたくしは知り得ませんでしたが、白鷺領は長きに渡ってその大災厄に脅かされ、生贄を差し出すことでその命脈を繋いできたというのです。

 歯向かおうにもその<UBM>は滅法強く、過去幾度となく手練を送って討伐を試みたものの、尽く返り討ちに遭ってきたとのこと。

 そのたびに御家は恐るべき祟りに見舞われ、故にやむなく頭を垂れていた……と。

 

 わたくしは己を恥じました。

 日々の厳しい稽古に弱音を吐くこともありましたが、しかしそれすらも些事でしかない危難を父上は耐えてきていたのだと。

 わたくしが安穏と嫁入りを夢見ていた一方で父上は我が身を切る思いをしておられ、当主としての重責に耐えてきておられた。……そう己が不明を恥じたのです。

 

 父上は言いました。

 かの魔物は見目麗しい女子を生贄に求めている。

 そしてその生贄に白鷺家の姫君――すなわちわたくしを求めているのだと、嗚咽を漏らしながらおっしゃられました。

 あの厳格な父上が涙を流してわたくしに頭を垂れる……青天の霹靂でございました。

 

 わたくしは居ても立ってもおられず、ならばこちらから出向いてくれるとその申し出を了承しました。

 幸いにしてわたくしは【剣豪】、領一番の武芸者として天稟に恵まれておりましたから、<UBM>何するものぞと気炎を吐き、手ずから誅伐してくれると意気込んでいたのです。

 先人の敗北など忘れて驕っていたと言われれば、その通りかもしれません。

 しかし当時のわたくしは自制を忘れ、愛する御家と白鷺の地を脅かす<UBM>の怒りに燃えていたのです。

 

 果たして嫁入りの手筈は整えられ、わたくしは家中の者に見送られながら<UBM>のもとへ向かいました。

 家人が背負う輿に乗り込み、白無垢で己を着飾りながらもその内には刃を秘め、手弱女が輿入れするとばかり思うているだろう彼奴の寝首を掻くことを考えながら。

 

 

 ――はたしてその目論見は、砂上の楼閣よりも尚脆い浅慮でした。

 

 

 指定の場所へ輿が置かれ、家人が引き払った後にわたくしを迎え入れたその魔物は……わたくしの狭い識見など木っ端の如く吹き飛ばす大怪生だったのです。

 その頭上に【奪畏天狐 ザカラ】と()を戴くその化物は、金毛紅眼をした狐尾を纏う佳人でした。

 見目の麗しさはこれまでに見たことがないほどで、ともすれば女のわたくしとて見惚れてしまうほどの美貌でしたが……それすらも吹き飛ばす絶対の()に、わたくしは堪らず総身を震え上がらせました。

 不意を打って必殺を決めるはずだった短刀も滑り落ち、ただただ蒼白するわたくしをかの妖狐は、ニタニタと裂けるような笑みで眺め、こう言ったのです。

 

 

 ――なかなか上等に仕上がっておるようじゃ

 

 ――見目も悪くない、天稟もありおる

 

 ――これならばわれが愛で喰らうに値しようぞ

 

 ――約定どおり、われの寵愛を賜わせよう

 

 

 ……言葉の意味は、そのときのわたくしにはわかりかねました。

 それを訝しむ余裕も無いほどに、わたくしは目の前の化物を恐れ切っていたのです。

 最早歯向かうなどできるはずもなく、レベル五〇〇に達した【剣豪】の肩書きすら虚しいまま、化物に生殺与奪を握られました。

 ただ最期に家族のことを想い、己の命を諦めた……そのときでした。

 

 天からなにかが飛来し、怪生を強かに打ち据えたのです。

 それはよくよく見れば身の丈の大きな偉丈夫で、怪生とは対照的に金毛ながら碧眼をした、筋骨逞しい益荒男でした。

 それがわたくしと怪生の間に堂々と立ち、握り拳を作って猛然と立ち向かったのです。

 

 ――それはわたくしが見たことのない……いえ、およそ何者であろうとも知り得ないだろう超常の戦いでした。

 奇襲を受けた【ザカラ】は立ち直るや否や、何かとても恐ろしげな()を放ち、金毛碧眼の益荒男を包み込みました。

 そのときに浮かべていた笑みから、おそらくはそれが奴にとって必勝必殺のそれであり……それはきっと間違いではなかったのでしょう。

 わたくしが触れたならばたちまち()()()()()()()()()という絶対の予感を思わせるそれにかの御仁は包まれ――しかしそれを突っ切って肉薄し、その拳で怪生の顔を真っ向から打ち抜いたのです。

 

 間際に怪生が見せた表情は驚愕だったでしょうか。

 心底信じられないといった様子で驚愕を露わにし、そのまま豪腕で撃ち抜かれ頭は爆ぜ――そのまま光の塵と化しました。

 ただの一撃でその怪生は斃れ、無傷の殿方だけがその場に立っていたのです。

 その彼はわたくしに振り向くと、安心させるような笑顔を浮かべてわたくしを案じたのです。

 

 ――間に合ってよかった、大丈夫だったかい?

 

 ――もう怖いものはいないさ、安心していいとも!

 

 敵うはずもないと生を諦めた大怪生を打ち破った殿方の声は、荒ぶる豪腕とは裏腹に慈愛に満ちておりました。

 腰を抜かしたわたくしに目線を合わせるように膝を付き、じっとわたくしの震えが収まるのを待ってくれたその方に……思わず胸が高鳴ったのは、気の所為ではないのでしょう。

 故も知れぬ異邦の殿方など、本来であれば忌避して然るべきなのに……わたくしは何の疑いも持たず差し伸べられた手を取りました。

 

 ……思えば家中の者でない殿方と触れ合ったのはこれが初めてでした。

 いえ、血縁であっても触れ合った記憶など定かではなく、ただ必要なだけの接触があったわたくしにとって、その方の温もりはこれ以上無い()となって伝わったのを覚えております。

 そして彼に横抱きにされると、そのまま彼は天高く飛び上がり、山を越え、川を越え、たちまち白鷺の本領へと辿り着きました。

 さながら天狗の如き早駆け。空から見下ろす故郷の風景に目を輝かせ、そのまま屋敷の前に降り立ち、わたくしを救ってくれた殿方へ礼を述べようと振り返りましたが……既にそこに彼の姿はなく、ただ天高く飛び立つ彼の背だけが星空に見えました。

 

 怒涛のように駆け抜けた一時でしたが、ともあれわたくしは屋敷へと駆けました。

 まさしく奇跡か天運かとしか例えようのない幸運によって御家を苛んでいた災いは除かれ、我が身も清らを保ったまま戻れた。

 最早御家を脅かすものはなにもないと歓喜に震え、一刻も早くこの朗報を父上に届けたいと一心に駆け、門前で呼び止める守衛すら飛び越えて、父上のいるであろう大広間の襖を開け放ち――

 

 

 ――これで御家も安泰じゃ

 

 ――苦節十余年、アレを飼い慣らすのは骨が折れたが、ようやく重荷から解き放たれたわ

 

 ――孫子の代まではこれでよかろう

 

 ――次なる(にえ)(やしな)うための手筈、今から整えておかねばなるまいが……な

 

 

 ……そう家中の者に溢しながら、盛大に酒宴を催す一族の姿がありました。

 厳格なはずの父が相好を崩して酒盃を呷り、喜色満面に賑わう家人達と飲めや歌えやの大騒ぎを演じながら、わたくしに見せた涙など一欠片も無くただただ沸いておりました。

 わたくしを怪生のもとへ送り出したときの痛切などどこへやら、とうにわたくしが亡いものとして祝っていたのです。

 

 わたくしは……最早そのとき何を考えていたのかすら判然としませんが、父上に詰め寄って問い質した……ように思います。

 眼の前の光景が信じられず、さりとて見なかった振りもできずに、全てを知るであろう父上に祝宴の理由を尋ねたのです。

 父上は……そこにわたくしが居たのを信じられないものを見る目で凝視し、しばらく鯉のように口を動かしたあと、こう言いました。

 

 ――【ザカラ】様はどうした!?

 

 と。

 わたくしではなく、仇敵であろう怪生の身を真っ先に案じたのです。

 

 ……そこから、どのような問答を重ねたのかは、よく覚えておりません。

 しかし事の次第ははっきりと理解できました。

 なにもかもが欺瞞だったのです。

 

 そもそもからして、白鷺はあの怪生が裏で糸を引く傀儡の一族でした。

 始まりは確かに父上が最初言った通りだったのでしょう。

 しかし怪生の力は凄まじく、早々に歯向かう牙を折られ、その後長きに渡って奴が裏で君臨する間に飼い慣らされ、いつしか奴のための家畜を養う牧場と化していたのが白鷺家でした。

 奴が狡猾だったのは、確かな見返りも齎していたことでしょう。

 奴は遍く生物の()を――()()()を自在に与奪し、力とする空前絶後の大怪生。

 その御業を以て一族は並の武芸者を遥かに超える力を賜り、その代価として奴の望む生贄を仕立て、献上する。

 生贄は代々()()と名付けられ、本家の奥にて密やかに養育された後、頃合いとなれば【ザカラ】の前に差し出される。

 

 ――わたくしは、ただの……単なる"(にえ)"に過ぎませんでした。

 

 気付けばわたくしは、その場に居合わせた者を悉く斬り伏せていました。

 力の源たる【ザカラ】が斃れた今、彼らに為す術は無く……【剣豪】たるわたくしに太刀打ちできるものは誰一人としていませんでした。

 わたくしに剣を指南した師すらも例外ではなく、ただわたくしの才のみが真実として凶刃を振るって、彼ら悉くの命を(みなごろし)ていたのです。

 なにもかもが偽りの、狐の威を借りた張子の虎。それが白鷺家の真実でした。

 

 愛していたはずの故郷。

 尽くしていたはずの家。

 その全てが一気に色褪せ、わたくしは堪らず逃げ出しました。

 一瞬たりとてこの場所にいたくない……その一心であてもなく駆け、その最中にふと過ったのです。

 

 もし……もしも、()があの場に居合わせなかったのならば、このような思いをすることもなかったのではないか。

 何も知らないまま、ただ御家を案じて命を手放していれば、こうも心かき乱されることはなかったのではないか。

 そう考えだした途端、行き場を失った感情が遂に燃え盛り、憎悪となって心に昏く灯ったのです。

 

 あまりにも身勝手で不条理な、愚かしいことこの上ない八つ当たりであることは承知していました。

 しかしそのときのわたくしには他に寄る辺も無く、ただ己を突き動かす怒りだけが原動力となり、他に思考の余地はありませんでした。

 西の空へ消えていった彼を追い、ひたすら西へ向けて駆け……道ならぬ道を往き、やがて差し掛かった人里でようやく我を取り戻し、何の準備も無かったために立ち行かなくなり拱いていたところをまぐろ様に助けられ……そして如何なる偶然か、目当ての彼と巡り会えたのです。

 

 ひと目見た瞬間、堪らず憎悪が噴き上がりました。

 咄嗟に取り繕いましたが、その矛先であるあの方――がるばぁ様はきっと気付いておいでだったでしょう。

 彼は訝しむような仕草を見せ、しばしわたくしを注視しておられましたが、しかしそれ以上探るようなことはなく、あっけらかんと笑っていました。

 わたくしは……その場での目的遂行を諦め、しばし彼の様子を見ることにしたのです。

 全ては隙を見て彼を不意打たんがため……そのつもりでした。

 

 ……元よりわたくしが生を諦めた大怪生を拳一つで倒してみせたあの方に、その目論見が通じるはずもありませんでしたが。

 そんな明白な事実からも目を背け、隙を窺うと自己弁護しながら欺瞞ばかりの監視を続ける日々。

 その中で見受けた彼は……輝かしいばかりの光に満ちた、善良そのものの姿でした。

 困っている者に手を差し伸べ、窮するものがあれば助け、昼も夜も無く誰かのために奔走し続ける、真の好漢がそこにあったのです。

 

 日に日にそのお姿を追う内に……いつしかわたくしの憎悪は薄れていきました。

 元より的外れでしかない憎悪。それが真なる善の光に照らされるうち、自然と霧消していったのです。

 そして残ったのは……偽りようのない、わたくしの罪だけでした。

 

 事情はどうあれ、わたくしは武家の人間としてやってはならない罪を犯しました。

 御家のため、先祖伝来の土地のためと宣いながら、いざ我が身が体よく利用されていただけと知れば怒りに我を忘れて一族を弑逆する。

 このような者、この天地にあってどう命を繋ぎ得ましょうや。

 最早居場所などどこにもなく、さりとて救いを求められる者もなく……そこであの方のお姿を思い浮かべたことすらも度し難く許し難い。

 彼はただ、あるべき正義を為しただけなのに……縁もゆかりも義理もないあの方に、無用の重荷を背負わせるなど、最早恥という恥に塗れたわたくしですが、それをしてはならない道理だけはかろうじて残っておりました。

 

 故にわたくしは、稚拙な別れを演じて死を決意したのです。

 誰にも邪魔されることなく……誰に看取られることもなく、ただ無名の死人として野に屍を晒す。

 

 

 そのつもりでしたのに――

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■【妖魔工房 イッポンダタラ】――内部

 

 

「ははっ、後半は随分と惚気けたなァ……いやしかし、惨いもんだ。御家のためとはいえ、そうも悪辣に騙すかね」

 

 『吾達が言えた義理じゃねェけどよ』、と。事の一部始終をニエから聞き出した対魔は吐き捨てた。

 全てを詳らかにさせられたニエは直立不動のまま、しかし涙だけを一筋流しながら語り口を終えた。

 ()()()の手慰みに話題を求めた対魔の命令で、彼女は自らの意思に反して己の罪の全てを白日の下に晒されたのだ。

 

 流した涙は、全身を支配されながらも心が示した、せめてもの抵抗だった。

 恥と呼ぶにも救い難い醜聞。死して誰にも言わず持ち去ろうとしていた真実を自らの口で喋らされ、ニエは叶うならば今すぐにでも死んでしまいたい一心だった。

 

 しかしそれは叶わない。

 今のニエを支配するのは、己の意思でも魂でもない。

 その腰に佩かれた一振りの刀。対魔が拵えた【妖刀】。

 それこそがニエの全身を支配する全てであった。

 

 【大鍛冶師】対魔の<エンブリオ>――【妖魔工房 イッポンダタラ】。

 TYPE:アドバンズ・アームズ・キャッスル。

 その特性は……呪具作成。

 ()()()()()()()()()()()呪いの装備の制作を得意とする。

 

 ニエは、あのとき対魔の拵えた刀を手にした瞬間からその全身を支配され、彼女の思うがままとなっていた。

 そしてそれは彼女だけではなく、同じく内部に立ち並ぶ多数の()()

 対魔と狂獄率いる<悪鬼夜行>のメンバー全てが、同じく対魔の仕立てた呪具に支配された傀儡達である。

 元より<悪鬼夜行>に二人以外に<マスター>はおらず、他の構成員は全て対魔の支配下にある異色のクランであった。

 

 そして彼らは皆、程度の差はあれ身体に()()を具えていた。

 その理由もまた対魔の拵えた呪具にある。

 彼女の呪具に長く触れていれば触れるほど、その心身を侵蝕され……飛躍的に力を増すのと引き換えに、彼女に従順な"鬼"と化す。

 そしてそれを可能とするからくりは、彼らが位置するイッポンダタラ内部、その一画と……先程から対魔が従事している作業にあった。

 

 対魔の背後で機構が稼働する。

 有機的な意匠の悍ましい()へと次々に投入されていく()()()

 それは先だって妖刀に支配されたニエが斬り伏せた配下達の【遺骸】であり……その他にも多くの、かつての肉体を構成していたモンスターのドロップアイテムであったり、誰とも知れぬティアンの亡骸であった。

 通常用いる鉱石類も含め、ありとあらゆるアイテムが自動操縦で炉へと投げ込まれ、一通りの加工を経た後にインゴットとして排出される。

 それは既存の如何なる鉱物とも異なる輝きを発し、それを対魔が手にすると再び炉に入れ、鎚で打ち……幾つもの工程を重ね鍛え上げられ、やがて一個の()と化した。

 

「ん~いい仕上がりだァ……やっぱりティアンの亡骸は()()()()が違う。単純に品質を求めるならティアン以上の素材は無いねェ。これが【生贄】だったなら言うことなしだったんだが……ま、無いものねだりだなァ」

 

 悍ましい素材の数々を用いて作成されたそれは何なのかと、ニエが戦慄しながら僅かにしか動かない視線を向けると、それを悟った対魔が愉しげに唇を歪める。

 

「これがなんなのか気になるかい? まァ暇潰しの話題を提供してもらった礼さ、特別に教えてやろうかい……これはよォ、吾が独自に開発した特殊合金で、銘を【魂鋼】っていうのさァ。特性は情報の集積、特に素材となった諸々の形質を蓄えて、それを基に吾の呪具――【魄刀】を拵えるって寸法さ。()()()()()()()()()()、吾だけが可能なオンリーワンよ」

 

 ニエが知る由も無かったが、それは狂獄の<エンブリオ>、【非情大剣 イヴァン】の性質と酷似していた。

 しかしそれは違う。むしろイヴァンの方が対魔の呪具を参考にして、進化の際にその原理を組み込んだのだ。

 すなわち対魔の【魂鋼】と【魄刀】が――それを生み出した【妖魔工房 イッポンダタラ】こそがオリジナル。

 故にその効果も狂獄の【非情大剣 イヴァン】――その必殺スキルと特徴を同じくする。

 

 すなわち対魔の呪具は()()()()()()()()()()()()

 殺すことで数多の情報を集積し、蓄えた無形のリソースを装備者に反映して強化せしめ、所有者が死した後はその亡骸と残った【魄刀】を再び【魂鋼】へと変え、より強力な【魄刀】へと鍛え上げる。

 そうした蠱毒にも似た無限の精錬を経た【魄刀】は、ある一定の領域に達するとその位階を高め、対魔が分類するところの【業物】【大業物】へと銘を改める。

 

 数多の【数打物】が為す共食いを経て到達したそれら名刀は、装備者に多大なる力を与え、いわばTYPE:アームズの()()()()()()()とでも言うべき恩恵を齎す。

 それまでに蓄積した情報から導き出された固有の能力を発現し、武器としても非常な高性能を具え、ただのティアンを<マスター>の如き超越者へと変貌させる。

 勿論出力そのものは正規の<エンブリオ>には及ばないが、しかし第六形態の<エンブリオ>である【イッポンダタラ】と、超級職ではないながらも非常に優れたセンスを誇る【大鍛冶師】対魔の手腕によって、【業物】以上ともなれば下級エンブリオに匹敵するステータス補正と固有能力を宿すのだ。

 

 対魔が従える<悪鬼夜行>の配下、その精鋭達はいずれも【業物】以上を佩いた、下級の<マスター>など歯牙にもかけない猛者揃いである。

 対魔が切り札とする【大業物】ともなれば、伝説級モンスターにも匹敵する力量を有し、こと戦闘技術に優れたティアンとしての技量もあって、手練の<マスター>が相手でもなんら劣るものではない。

 むしろ対魔による絶対の支配の下、統制された集団戦術によってこれまで数多くの敵対者を返り討ちにしてきたほどだ。

 優れた技量をそなえた武芸者集団として見れば、これほど恐ろしいものもないだろう。

 副作用として呪具に蓄積された数多の形質が作用して、その肉体が通常の人体からかけ離れていく変化はあるが……戦力的にはデメリットではない。

 

 対魔が望む、己が鍛え上げた武器が存分に用いられる環境。

 その発露こそが【妖魔工房 イッポンダタラ】と、彼女が拵える呪具の実態であった。

 

「装備者が優秀であればあるほど……素材が優秀であればあるほど、生み出される呪具は強くなる。そういう意味ではお姫さん、アンタほど優れた()()は滅多にない。【剣豪】なんてレアジョブに就いて、尚且つレベル五〇〇(カンスト)まで到達したティアンなんざ、この天地でさえそうはいねェからなァ。そのアンタが一人で飛び出して無防備晒すなんざ、そりゃ鴨がネギ背負って鍋まで用意するようなもんさ。見過ごすやつがどこにいるかね。アンタにはとっておきの【大業物】を拵えて、精々扱き使ってやって、おっ死んだら【魂鋼】に変えて、丁寧に丁寧に鍛えてやるとも。銘はそうさね……【夜叉姫】なんてどうだい? クカカカッ」

 

 人を人とも思わない鬼の形相で、対魔はただ己の作品への興味のみを浮かべてニエへ言い放った。

 その様を無理矢理直視させられて、ニエの涙がより溢れ出す。

 

(わたくしの咎は、ただ人として死ぬことすら許されぬほどだというのでしょうか……)

 

 ニエは唯一許された心の内でそう考えて、未練がましい己を自嘲した。

 死んでしまえと己を擲ったつもりだったが、死すら生温い末路を辿ることになろうとは夢にも思わなかった。

 これが因果応報というものならば、果たして天の道理は如何なる残酷で満ちているのか。

 諦めることすら叶わない木偶の身で、ニエはただ己の心を閉ざそうとして。

 

(がるばぁ、さま……)

 

 ただ一言、許されぬ恋慕を向けた男の名を呼び。

 

 

 ――――ゴガァッ!!

 

 

 その瞬間、轟音を立ててイッポンダタラの壁が破壊された。

 濛々と立ち込める土煙に人影が浮かび上がる。

 それは身の丈の大きな、逞しい偉丈夫の姿をして威風堂々と現れる。

 

「……ハッ、ほんとに来なすったのかい! とんだお人好しだなァ、GA.LVER!」

「要求は唯一つ……」

 

 彼はその背後に無数の倒れた配下を残し。

 ただ真っ直ぐに対魔の前へと進み出る。

 

 

 もう怖いものは何もない。安心していい。

 最早ハッピーエンドは確定している。

 囚われの姫君は救われる。

 

 なぜなら――――

 

 

「ニエくんを返してもらうぞ!!」

 

 

 ――――"世界最高"の()が来た!

 

 

 To be continued

 




GA.LVER大暴れは次回になりました、ごめんなさい。
なるべく早く続きを投稿します。

そして本エピソード最大の屑はニエの実家でした(
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