□【獣神】マグロ
ランドルさんから頂いた特等チケットが示した場所は、拠点に集った船舶の中でも一際巨大な豪華客船だった。
名を【ビアンコ・グランデ号】というこの客船は、貿易船団を統括するグランバロアの四大名家が一角、グランレフト家の肝煎りで建造された新造船らしい。
先日処女航海を終え「偉大なる白」と名付けられたこの船は、その名に恥じない純白の威容を蒼海に君臨させていた。
現実では俗に「海上のテーマパーク」とも形容される豪華客船の類も、こと造船技術において他の追随を許さないグランバロアが手掛けたならば、その表現ですら物足りないほどの様相を呈している。
幾多もの船が寄り集まって街を形成しているのがグランバロアの街並みならば、その街並みを丸ごとひとつの船に収めればこうなるのではないかというような、とにかく筆舌に尽くし難い光景である。
商業ブロックにはグランバロア国内のもののみならず他国特産の品々を商う店舗がずらりと並び、およそ存在しない施設というものがない。(【調香王】ドン・カッツォさんの新作も並んでいた)
海を一望できるデッキには贅を凝らした美食の数々が無数に並び、それらを各国から招待された富豪たちが優雅に行き交う様は、まるで異世界に迷い込んだような非現実感を醸し出していた。
……この国に居着いて一ヶ月以上もたった今、いい加減慣れてきたものだと思っていたけれど。まだまだあるところにはあるんだなぁ、こういうの。
またまたおのぼりさん丸出しで呆けていると、途端に自分の身なりが恥ずかしく思えてきたものだが、意外なほど好奇の視線は少ない。
これほどの上流の場ともなると、そこにいることそのものが一種の身分証明として働き、見てくれはどうあれ同類と見做され注目を集めにくいものなのだ。
当然乗船には厳重なチェックが設けられるのだが、グランバロアでも有力らしいランドルさんの一筆が認められた招待状は、私のような外様ですらVIP待遇で迎えられるに足るものだったということらしい。
特等チケット恐るべし。
商業大国カルディナの高級ホテルでもそうはない最上級客室のベッド(なんと天蓋付き!)に身を投げ出しながら、あまりの綺羅びやかさに疲れ気味の両目を揉み解しつつ情けない声を漏らした。
「うぁぁぁぁ……決闘の開催までまだ時間あるなぁ……」
根が小市民……というか世間知らずな私には、ザ・上流階級な船内は些か目に毒だったらしい。
その点カトリ様は慣れた様子で練り歩いていたけれど、生憎私ではついていけそうになかった。なので現在は別行動中である。
財布はあちらに預けてあるし、懐も今のところはまだまだ余裕がある――<超級>の戦力というのは金策を容易にする――ので、心配も無い。
もったいない気もするが、もう少し空気に慣れるまでは部屋でおとなしくしておこう。
そんなことを考えているうちに、やがて瞼は重くなり……着の身着のまま私は眠りについていた。
◇◇◇
『――たせしました。間もなく闘技を執り行います。ご観戦のお客様は――』
「起きろ」
「ふぎゃっ!?」
ぼやけたように遠い船内放送を聞き拾ったと同時、ベッドから蹴落とされて頭を打った。
「あ、もう時間ですか!?」
「惰眠を貪りすぎだ、戯け」
戦果物であろう各国特産の果物を頬張りながら見下ろすカトリ様。
慌てて身嗜みを整え部屋を出ると、あれだけいた乗客はみんなデッキへ移動したのか、通路はがらんとしていた。
完全に出遅れてしまったらしい。これでは見晴らしの良い場所なんてどこも先約済みだろう。
「っと、ここであってるかな? 貸し切りですね!」
「ふむ、悪くはない」
幸い私達には特等チケットがあるので、闘技の観戦も専用のボックス席があった。
ギデオンの中央大闘技場にも引けを取らない豪華な間取り。
前面の壁は特殊強化加工を施されたガラス張りになっていて、広い戦場を一望できる。
ルームサービスも充実していて、高価な品々の並んだメニューには値段が書かれていなかった。
「ひぇ……」
「何を呆けておる。そろそろ始まるぞ」
何から何までセレブリティな状況に戦慄している私を差し置き、カトリ様は心得たものとばかりに寛いでいた。
いつの間にかルームサービスも呼んでグラスを傾けている。(どうやら生ワインらしい。私も飲んでみたけど、渋い)
そんな優雅な一時をしばし過ごすうちに船が揺れ……ゆっくりと移動を開始した。
南海拠点に停泊していた船が錨を上げ、東に向けて舵を取る。
それは【ビアンコ・グランデ号】だけではなく、大小様々な船が続々と動き、東の遠洋へ向けて行進していく。
船の行軍はやがてとある地点で動きを変え、さながら円陣を組むように展開し、一つの包囲網を形作った。
これが海上決闘であることを踏まえれば、船団の中央に設けられた海域はずばり円形闘技場というべきなのだろう。
海戦という形式上、ギデオンの対人決闘よりも遥かに広大なフィールドだが、その全貌は部屋に設置されたモニターで確認できる。
音声も優れた集音装置のおかげで明瞭に拾えるようで、少し設定を弄ってみれば、【ビアンコ・グランデ号】のデッキからのみならず、他の船舶からも沸き立つような大歓声が聞こえてきた。
「出てきたな。あれが此度の闘技者たちか」
「片方は帆船で、もう片方は動力船ですね」
そうした熱狂に包まれる中、東西に配置された船団から一隻ずつ船が進み出る。
西側からは全身を鋼鉄で覆った動力船。地球でいう戦艦に似通ったフォルムで、幾つもの砲塔を備え、見るからに砲撃戦に長けた装いだ。
一方で東側からは木造建築の帆船が進み出て、西の戦艦と比べればあまりに技術格差があるように見える。
地球でいうところのガレー船に近いだろうか。形こそそれに酷似しているものの、人力で漕ぐそれとは違って両舷から櫂は生えていない。
甲板から突き出た大小のマストが特徴的だが、これではとてもではないが動力船には敵わないように思えた。
――にも関わらず、オッズは帆船の方へ大きく傾いている。
それが指し示すのは、この場において上位者たるは戦艦ではなく――帆船。
一見して重武装が優位と見える鋼の戦艦こそ、この闘技における挑戦者だった。
「挑戦者はランキング一二位の【船長】シイハブさん、防衛側はランキング六位の……【
「流石は高位ランカー、超級職か。それも【神】とはな。字面から察するに水泳スキル特化超級職と見えるが」
司会が闘技者のプロフィールを説明するのに合わせて手元のパンフレットを捲る。
挑戦者のシイハブさんはこの国でもオーソドックスな、自前の船舶を自ら操船するタイプの<マスター>らしいが、ビスマルクさんのほうは自身は遊撃を担い、フラッグを積んだ船は別の人間が操船を担当しているようだ。
個人戦ではなく船を基準としたチーム戦であることからも、ギデオンのそれとは大きく違う。
あちらの三番闘技場では水上闘技も実施されているが、それとは規模が段違いだ。
キロメートル単位で設けられた海上闘技場は、一〇〇メートル単位も珍しくない船舶やモンスター、水中戦特化<エンブリオ>。それに複数の人間が活動する上ではどうしても必要になる。
観客の安全を保障する上でも距離を置くことは必要不可欠。その上で配属された海属性魔法に長けた魔術師が大勢動員され、各種防衛用アイテムも動員されるのだから大したものだ。
海上に進み出た闘技者達が戦闘条件に合意し、所定位置に着いたと同時に配置された船舶から防衛装置が起動され、配属された魔術師達による結界魔法も展開される。
いよいよもって決闘の準備が整い、熱狂の中に張り詰めた緊張に暫しの空白を置いて――
『――決闘、開始ッ!!』
――豪ッ!!
開始を告げるアナウンスと同時、海域は荒れた。
ほんの数秒前まで穏やかに凪いでいた海面は、防衛側の【翠風術師】と【蒼海術師】の魔法によって気流と海流を操られ、通常では不可能な急加速を帆船に与えた。
大きく張られたマストが業風を受け止め、急速な海流に乗って疾走するのは、さながら動く歩道で全力疾走するようなもの。
空気抵抗すら風属性魔術によって低減され、あの巨体が亜音速での航行を可能とし、尚且つスムーズな方向転換も容易にする様は圧巻の一言に尽きる。
数十トンを下らない大質量の船首に備え付けられた
当然帆船側は突撃で生じるインパクトを逃す術は用意してあるだろうが、果たして戦艦側はどうか。
パンフレットで紹介されたスペックでは全身を古代伝説級の複合金属で覆っているとのことだが、帆船の衝角も同等の装甲で覆われている。
両者ともに互角であるならば、優位は突破力に長けた衝角が勝るだろうけど……あわや鎧袖一触かと思われた衝突の間際、突如として帆船の至近で水柱が噴き上がった。
「機雷か、大した威力だな。全周に撒いてあるのか。自らの動きを封じることになるが……ふむ」
「あ、なるほど。完全に待ちの姿勢なんですね」
モニターに併設されたソナーには、戦艦の周囲にいくつもの光点が点在しているのが映し出されていた。
そこに帆船が重なると同時に光点は消え、代わりに水柱が上がる。
鋼鉄の戦艦と比べれば遥かに軽い木造帆船は、その爆破で負うダメージも然ることながら、乱された海流に舵を取られ、狙ったとおりの動きを実現できないでいた。
当然衝角の照準もブレ、鋼の船体を引っ掻くように滑る。これではダメージにはならないだろう。
「戦艦本体は防御力に特化させ、周囲に放流した機雷でフィールドを構築。敵手が攻めあぐねている間に高火力の砲塔で仕留めにかかる、か。単純だが良い手だな」
「機雷も特別製らしいですよ、これ。流体操作に長けた術式を施してあるとかで、爆発力よりもそちらにリソースを割いてるらしいです」
よく見れば機雷が爆発した周辺は、渦を巻くようにして海流が乱れ続けている。
周囲へランダムに配置された機雷が爆発し続けたあとともなれば、海面は無数に渦巻く海流が織りなす迷路のようなものだ。
帆船側も海流操作魔法で相殺を試みるものの、個人の魔法と専用の兵装とでは出力に大きな開きがある。
開戦当初の突撃は見る影も無く弱々しくなり、かろうじて気流操作で舵を取ってはいるものの、目的とする衝突は望むべくもなく、その様は海上をあてどなく彷徨う難破船のようですらあった。
そうして翻弄される帆船を、戦艦の砲塔が正確無比に狙い撃つ。
帆船側は搭乗した【
帆船本体に戦艦の砲撃を耐えきれるだけの耐久力は無い。本来はフットワークの軽さで翻弄するところも、先の機雷で脚を潰されては叶わない。
「余程相手を研究したと見える、帆船の弱みを見事に突いているな。戦艦そのものも大したスペックだが、この機雷を設計した【技師】は良い腕をしておるな。難点は用途が局所的すぎるところだろうが……」
「このまま大物食いが達成されちゃうんでしょうか……あっ!」
一転して戦況は挑戦者に傾き、よもやこのまま下剋上成るかと観客が固唾を飲んで見守る中、不意に帆船の傍へと青白い影が浮上した。
飛沫泡立つ荒波から垣間見えるのは、巨大な噴気孔を備えた帆船よりも巨大な生き物。
盛大に水煙を噴き上げるそれは、海の生き物と聞けば誰もが連想する特徴的なフォルムをしていた。
「
「《看破》が効かぬ。<エンブリオ>だろう。だがあの威容、間違いなく上級のそれだな。察するに――」
よくよく鯨とは縁があるものだ。
そんな感慨に耽る間もなく、鯨――全長200mを下らない
「うわっ!?」
「ほう……」
数瞬後、戦艦の四方で無数の水柱が上がった。
ソナーを見るとあれだけ点在していた機雷群が軒並み駆逐されている。
しかし機雷が爆発したということは、同時に術式も起動したということであり……全ての機雷が一斉に起動した結果、闘技場は無数の大渦が取り巻く大時化と化した。
こうも海が荒れては両者ともに航行すらままならない。
だが帆船側は事前に察知していたのか全リソースを海流制御に割き、かろうじて転覆を免れていた。
一方で戦艦側はこの事態を想定していなかったのか対応に遅れ、その大質量を大きく揺らし翻弄されている。
海流を乱す機雷を運用する都合上、パッシブスキルとして船体周囲の海流を安定化させる措置は講じていたものの、ここまで重なれば制御の外ということだろう。
それでも転覆を免れているあたり、こちらもまた優れた設計構造と言える。
しかしこれでは両者共に航行不可能、決着をつけるどころではないはずだけど……。
そんな懸念を他所に、荒れに荒れた海域を突き破って疾走する影をソナーが捉えていた。
「やはりか。あれが件の【鰭神】だ」
「速い……」
水中であるにも関わらず超音速に迫る機動。
リアルタイム映像では到底捉えきれない光景を、スローモーション撮影に切り替わったモニターが映し出す。
海中であっても陸上と変わらない明瞭な映像を映し出す特殊カメラが捉えたのは、手に螺旋状の槍を構え、足に装着したフィンで海を掻き分け疾走する小麦色をした女性の姿。
彼女こそが今回の決闘の防衛者、【鰭神】ビスマルクさんに違いない。
荒波を物ともせず真っ直ぐに突っ切って、目指す先は戦艦の艦底。
自ら撒いた機雷の爆発、あるいは想定される敵艦の魚雷着弾にも耐えられるよう一際強靭に加工を施された部位へ突き進み――
――その鋼鉄の壁を物ともせずに突き破った。
「うっわぁ……」
「決着だな」
艦底に大穴が空いて浸水するのを乗員が必至に補修していくも、ビスマルクさんは二度、三度と突撃を繰り返し、頑強な艦底を穴だらけにしていく。
為す術もないと判断した挑戦者側、【船長】シイハブさんが総員退避の号令を発すると、乗員は次々に避難艇へ乗り込んで脱出し――やがて戦艦は水底へと堕ちていった。
『決着!! 勝者、【
――ワアアァァ……!!
決着に大歓声を上げる観客を割いて、幾つかの船舶が進み出る。
避難した参加者を回収する救助船、大破着底した戦艦を引き上げるサルベージ船。
勝利の栄光に浴した【鰭神】チームも、一頻りのアピールを終えると続々と救助活動に参加していく。
そうして動く面々の中には、巨大な白鯨の口先を撫でながら微笑むビスマルクさんの姿があった。
To be continued