□【獣神】マグロ
決闘が終わったあと、集まっていた船舶は各々の航路に向けて散っていった。
その多くは観戦目的だったために拠点へ戻ったが、【ビアンコ・グランデ号】はそのまま東へと舵を切っている。
南海の拠点から出港し、今回の決闘を観戦したこの船は、そのまま東海拠点へと遊覧するスケジュールになっているからだ。
日程は一週間。その間はこの海上の宮殿で豪華絢爛な贅沢三昧、恐ろしく優雅な船旅もあったものである。
そのスケジュール一日目のメインイベントである決闘を見終わった私は、今度こそこの船旅を最大限楽しもうとカトリ様を連れて船内を散策し、それも一通り終わってデッキへ上がっていた。
気付けば時刻はとっくに夜更けを示していて、遠景では鮮やかな月が陰り一つない夜空に浮かんでいる。
グランバロアに来て初めて知った海上の夜景に改めて見惚れていると、不意にカトリ様が視線を海面に落とした。
「どうしました?」
「珍客だ。ふむ、少し
言うやいなや、そのまま手すりを乗り越え海へ身を投げだす。
幽かな月光が照らし出す海面はあっという間に人影を飲み込み、とてもではないがデッキからは様子を確認できない。
咄嗟に周囲を見渡すが、幸い他の乗客の視線はなかった。ちょうど今の時間帯は船内のレストランでディナーショーの真っ最中だ。
カトリ様のことだから心配はしていないけど、もし現場を誰かに見られていたらとんだ大騒ぎになるところだ。
一体何事だろうと思ってそのまましばらく見下ろしていると、数分もしてから青白い影がゆっくりと浮上してきて――それの正体を掴んだ瞬間、プシュー、と盛大に噴き上がった潮に晒され顔がずぶ濡れになる。
「うぇぇ、ぺっぺっ……な、なにぃ~~!?」
「おおーう、わりィわりィ! 大丈夫かぁ!?」
慌てて顔を拭っていると、見下ろしていた海面からそう案じる声が届いた。
改めて見下ろすと、そこには青白い影――海面に半身を浮き出した白鯨の背に乗った、小麦色をした肌の女性が。
見覚えのある、というよりは今日見かけたばかりの姿に目を丸くしていると、彼女は一旦海中に潜ってから、勢いをつけたドルフィンジャンプで甲板に降り立った。
「よっと……今の時間なら見てる人間もいねぇと思ってたんだけどな。アンタがあの姐さんの<マスター>かい?」
「えっ? あ、はい」
「おもしれーメイデンだな。まさかの身投げかと思ってビビったぜ。ま、杞憂だったけどよ」
女性――【鰭神】ビスマルクさんは、男勝りのする表情で笑うと、海面に佇む白鯨を見下ろす。
そこにはなぜかカトリ様も同乗していて、まるで我が物顔で鯨の背で寛いでいた。
「あっ、その、すみませんうちのカトリ様がっ! ご迷惑ではなかったですか……?」
「いいや、全然? むしろ気に入ったね、度胸のあるやつは好きだぜ。なぁ
『KYUOOOOOOOOOON――!』
モビィと呼びかけられたその鯨は、応じるように独特な鳴き声をあげた。
どうやら彼も特に気にした様子も無く、カトリ様が好きにしているのを嫌がる素振りもない。
むしろどこか楽しげに鳴き声をあげて、彼女が構うのに応じていた。
その姿はまるで人懐っこい大型犬のようだ。それとはあまりにサイズが違いすぎるけども。
「アンタ、最近南で話題になってた他所者だろ? ランドルのおっさんからも話は聞いたぜ、どうやらオレが抜けた穴を埋めてくれたみたいじゃねーか。今更だけど礼を言っとくぜ、ありがとよ!」
「あ、いえ! どういたしまして……、ランドルさんとお知り合いで? あっ、私はマグロって言います!」
言って、そういえば自己紹介もまだだったことに遅れて気付き、慌てて名乗る。
思わぬ有名人との対面に緊張が奔るが、彼女は「グランバロア向きの名前だな!」と快活に笑って答えた。
「オレはビスマルク、こっちは相棒のモビィ。ここにいるってことは今日の決闘も観てくれたんだろ?」
「は、はい! その、すごかったです……ギデオンの闘技とは全然違って、ダイナミックで!」
「あっはっは、なるほどアンタ王国から来たのか! 向こうとこっちじゃ全然違って驚いたろ? 楽しんでもらえたなら何よりだぜ。今回の相手はなかなか骨があったからな、いつもより大分派手になった」
――ま、それでもオレたちは負けねぇけどな!
どうやら彼女にとっても今回の相手は強敵だったらしい。そう語る一方で、しかし一歩も譲らない負けん気の強さは、彼女が歴戦の猛者であることを物語っているようだった。
◇
そこからしばらく互いの身の上を話し合い、過去の冒険話で花を咲かせていった。
彼女はとあるクランのサブオーナーらしく、この船へはクランとして請け負った護衛任務で同乗しているらしい。
船の航行そのものはオーナーに任せ、ビスマルクさんは自分の<エンブリオ>と一緒に周辺の警戒ついでに遊泳を楽しんでいたようだった。
【
カトリ様の推測通り水泳スキル特化型超級職に就いた彼女の力量は、この国に所属する七人の<超級>――<グランバロア七大エンブリオ>を除けばトップクラスを誇る。
そして彼女の所属するクラン<
その実力と実績を買われて今回の船旅を貿易船団に雇われたようだ。
「そういうマグロも随分と派手にやったらしいじゃねぇか。あのランドルのおっさんがべた褒めしてたぜ。まぁ大半は釣りで勝っただのとか言ってたが……負けたのか?」
「……負けました」
「あっはっはっ!! あのおっさんに負けるなんて相当だぜ! そこまでいくと逆に才能だな! あのおっさん、指揮の腕はいいが竿の扱いはさっぱりだからなぁ。まだ一桁のガキにボロ負けしてべそかいてたってのによ!」
「知りたくなかったなぁ、そんな情報……!」
あのダンディが子供に釣りで負けて泣いてる姿はあんまり想像したくない。
だけど、こうして人づてに聞くほどに褒められていたというのは、やっぱり嬉しいものだ。
「どうだいアンタ、このままウチに所属してみねぇか? 今なら<グランバロア八大エンブリオ>を名乗れるぜ?」
「いやぁ、そういうのは……」
「ちぇっ。ならしゃーねぇか……、ったくゼタのクソ野郎が裏切ってなけりゃ今頃もうちょい楽だったんだけどなぁ……」
「ビスマルクさんこそどうです?」
「オレも目指してんだけど、最近はちぃっと伸び悩んでてな。まぁ
そこでふと、彼女の言葉に引っ掛かる節があり視線を彷徨わせる。
そして海面で戯れるカトリ様と鯨――モビィを見て、その既視感に気付いた。
「白鯨でモビィって……」
「よく出来てるもんだろ? こいつの名前は【モビーディック】ってんだよ」
思い至る要素としてはあまりに有名なワード。
世界に名だたる名作に登場する世界一有名な鯨の名は、確かに<エンブリオ>の銘となるに相応しいだろう。
けれどその名前は、この国においては大変な
「それはその、大変……です?」
「いんや、そうでもないぜ? あいつとこいつが別物ってのは皆わかってっからな。けどなぁ……」
『KYUOOOOOOONN……』
「大好きな
「旦那って……」
「醤油――ああこう言ったら嫌がるんだった、コーキンの旦那だよ。なまじ名前のモチーフが同じで、見てくれも似てるから余計に、な。……それに、あんときの旦那はすげー尖ってたしよ」
醤油……コーキン……ああ、グランバロア最強と名高い醤油抗菌さんのことか。
彼は確か【モビーディック・ツイン】討伐のMVPだと聞いているが、そこに重い因縁があるのだろうか。
当事者ならぬ私には窺い知れないけれど、今もしこりが残るほどに思い悩んでいるのには勝手ながら同情してしまう。
私自身【グローリア】との一戦で王国を離れ旅している身だ。勝手ながらシンパシーのようなものすら感じている。
一方でこんなに大きな体なのにも関わらず、そんな傷心ぶりを見せるモビィがなんだかとても健気で、
「可愛いですね」
「ん? ……あっはっはっ、だろう? ウチの相棒は可愛いんだよ!」
「うちののカトリ様も負けてませんけどね」
「ああ、アンタの姐さんも大した別嬪だ! てかその『カトリ様』ってのなんだよ! 変わってんなぁ、アンタ!」
私達TYPE:ガードナー系列の<マスター>というのは、どうしたって自分の<エンブリオ>が可愛いものだ。
言葉の端々からビスマルクさんが彼をとても可愛がっているのは感じられたし、それ以上の信頼を置いているのもよくわかる。
そしてそれは私のとってのカトリ様も同じことで……いつの間にやら話題はうちの子は可愛い談義に切り替わっていて、気付けばすっかり意気投合していた。
結局その夜はビスマルクさんとデッキで飲み合い、そんな<マスター>二人を尻目にカトリ様とモビィの<エンブリオ>二名は暗い夜の海を遊泳していた。
◇◇◇
■大陸南南東海域・???
そこは人の生息圏から外れた四海の遠洋。
四海の覇者たる【海竜王】の周遊ルートから外れた海域は、まさしく海の楽園である。
といってもそれは一般的に連想する意味ではなく、
【海竜王】の逆鱗に触れぬようごく限られた海域の中で、その他の水棲モンスターは弱肉強食の理のもと生を繋いでいる。
それは身を寄せ合って一つの大群を形成する下級モンスターであったり、それを餌とする上位のモンスターであったり……それすらも一呑みにする大型モンスターであったり。
しかし海の生態系が海中でのみ完結するかと言えばそうではなく、それら水棲モンスターを狙う海鳥の類の怪鳥種もいる。
その海鳥の群れは、ちょうどその海域に集まった魚群に釣られて集まってきた水棲魔獣の存在を察知していた。
地球でいうアザラシによく似た、でっぷりと太り、如何にも食いでがありそうな極上の獲物。
彼らは目の前の魚群に気を取られ、海上一〇〇〇メテルに位置した海鳥の群れには気付いた様子もない。
海鳥たちはこの海域において空の覇者であり、海の捕食者であった。
上空一〇〇〇メテルから海中の獲物を察知し得る優れた感覚器官。
水深一〇〇〇メテルもの深度まで潜行し得る頑健極まる身体構造。
そして体重一トンを下らない魔獣を咥えたまま再び空中に舞い戻れる脅威の飛翔能力。
群れを構成する数は二〇匹程度と少数ながら、いずれも上位純竜級の力量を誇る【シープレデター・アルバトロス】。
優れた知能も持ち合わせる恐るべき海上の狩人たちは、鳴き声をあげて互いに示し合わせると、その翼を折り畳み、まるでミサイルのような勢いで急降下を開始した。
その勢いは亜音速に迫り、鈍重な獲物を瞬きの間に掻っ攫うことだろう。
魚群に釣られた獲物は群れの全員が狙って尚余りある数で、狩人にとっては仕損じることなどありえない絶好の狩場だった。
一直線に海面へ突き刺さった巨体は驚くほど静かに潜行し海中の獲物を狙う。
僅かな水流の乱れでようやく捕食者の存在を察知した獲物たちが咄嗟に逃げるが、最早遅い。
海鳥は悠々とその身体を嘴に捉え、転換して急浮上を開始しようとして――
『!? ――――ッ』
――尋常ならざる負荷にそれを断念させられた。
断じて獲物の重みに身体が負けたわけではない。その程度でしくじる程度の脅威ならば、海の捕食者などと名付けられたりはしない。
ただ、
いくら藻掻いても一ミリメテル足りとも浮き上がらない。
生半可な水棲モンスターよりも泳ぎが巧みな【シープレデター・アルバトロス】が全力を発揮しても、それはなんら意味を為さない。
彼だけではなく、彼の属する群れが皆同じ有様だった。
そして気づく。
そうして引きずり込まれようとしているのは自分たちだけではなく……狙っていた獲物、それどころかそれが更に狙っていた魚群までもが、泳ぎ方を忘れたように沈降していることに。
『――ッ、――――ッ!! ――――……』
翼をもがれた鳥が為す術もなく墜落するように。
ただ下へ、下へとゆっくりと沈んでいく。
深度は一〇〇〇を、二〇〇〇を越え……一〇〇〇〇すら越えて。
やがて耐久を遥かに上回る深海域の水圧が彼らの圧し潰し――この海域の命は途絶えた。
『――――――――――――――――』
何もかもが沈んだ海は、荒波ひとつなく静かに凪いでいる。
まるで何事も無かったかのように、穏やかな表情を崩さず揺蕩うまま。
――唯一つ、遥かな底の
To be continued
【大冠鯨 モビーディック】
TYPE:ガーディアン 到達形態:Ⅵ
能力特性:???
必殺スキル:《
モチーフ:小説『白鯨』に登場する白いマッコウクジラ、『モビーディック』
備考:
全長200m程の白いマッコウクジラ。
典型的な海中特化ガードナーで、陸上では全く活動できないが海中での戦闘力は恐ろしく高い。
<マスター>であるビスマルクと合わせて準<超級>クラスの戦闘力を誇る。
クランの最大戦力。<SUBM>との交戦経験あり。
そして「気は優しくて力持ち」を地で行く穏やかな性格。人懐っこい。
一方ここ最近はずっと傷心中で、ビスマルクは手を焼いている。
(・3・)<ザ・風評被害
(・3・)<でもそんなことを言ったら全周囲からフルボッコにされると思う
(・3・)<それでも傷心中なのは本人が繊細だから(あと懐いてた人への負い目)
(・3・)<ステータスはHPとENDがめちゃくちゃ高くてとにかくタフ。質量は正義
(・3・)<だけど海中特化ガードナーとして典型的過ぎて、某鯨には為す術もなく惨敗しました