我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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<ENS>

 □【獣神】マグロ

 

 豪華客船の旅三日目。

 航路は半ばに差し掛かり、乗客も船上での生活に慣れ始めた頃合いだ。

 イベントの類も鳴りを潜め、ややだらけた空気が漂いだした船内は、私にとってはようやく過ごしやすい雰囲気になってきたと言える。

 そんな中、私が改めて何をしているのかと言えば、

 

「…………」

 

 船内の展望レストランでランチを楽しんでいた。

 各国の豪商や富豪が集いだけあって、用意されたスタッフも超一流の腕利き揃いの【ビアンコ・グランデ号】は、当然【料理人】の質も極上のもの。

 国籍を感じさせない種々様々な料理の数々は、美食に通じた彼らも唸らせるほどの出来で、決して食通というわけでもない私でさえ普段の食事との格の違いを思い知らされるほどだ。

 そんな高級レストランの一席に私は一人でいる。

 

 美食を相手取るとき、自然と姿勢は正され、口数は少なくなる。

 スープを掬うスプーンは頬張らず、傾けるように静かに口へ流し込む。

 ナイフとフォークを握る手は余計な音を立てないよう静かに動かし、小さく綺麗に切り分けたそれを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。

 口内を美味という至福が満たしていけば、その余韻に絡ませるようにワインを一口。

 強い甘みと確かな酒精、豊かな香りをじっくりと舌で転がし、喉で味わうように嚥下する。

 

 一連のテーブルマナーはカトリ様の教育によるものだ。

 なにせ私ときたらリアルでは流動食か点滴くらいしか経験が無く、箸の持ち方一つさえ満足ではなく幼児もかくやと言わんばかりの有様だった。

 そして気位の高いカトリ様はそうした私の不格好を許さず、どこで覚えたのやら徹底的に私を躾けたのである。

 

 その訓練は厳しかったが、こうした場でも違和感なく溶け込み楽しめているのは間違いなく彼女のおかげだ。

 そしてマナーというものは一旦身につくとなかなか忘れないもので、それを守れないことに恥を覚えるようになるものらしい。

 言ってみればこうした()()()()()が一種の彩りを楽しみを演出するらしく、一言で言えば今私はこの上なく満喫していた。

 

 ……まぁその間絶え間なく全身を激痛が襲っているのだけど。

 それが示すのはカトリ様が現在戦闘中ということで……彼女は今()()()にいた。

 

『遠洋は素晴らしいな! 近海では見ない大物がそこかしこにいるぞ!』

『ご機嫌ですね、カトリ様』

 

 当初こそ船内での贅沢に耽っていたカトリ様だけど、二日目に入ったときには若干の退屈を見せ、三日目の今に至りすっかり飽きてしまって戦闘意欲を持て余していたようだった。

 そこで彼女は"青"の運用訓練と称して海へ飛び込み、船から離れた沖合で水棲モンスター相手に狩りを楽しんでいる真っ最中だ。

 巨体を思う存分動かせる海中はカトリ様にとっても最高のストレス発散になったのか、いつにないハイテンションで大立ち回りを演じていた。

 

 瞼を伏せスキルで共有した視覚で見たところ、ちょうど鮫の大型モンスターを仕留めたところのようだった。

 その口だけで小舟を丸呑みできそうなほどの巨体だけど、今のカトリ様と比べればまるで観賞魚だ。

 ドロップ品のモンスター素材を早速消費した彼女は、有用なスキルでも獲得できたのか満足そうに頷くと船へ向けて進路をとった。

 

 どうやら狩りを切り上げて戻ってくるらしい。

 引いた痛みに肩を回してコリをほぐしつつ、さてもう少し料理を楽しんでいこうかとメニューを開いたところ、

 

「のうのう、お主」

「はい?」

 

 そんな耳慣れない声と同時に肩を叩かれ、私は振り向いた。

 

 

 ◇

 

 

「よかった~~~~!! 儂超ビビったわ!!!」

「す、すみませんでした~~~~~~~~~~!!!!」

 

 誰何のあとこっそり呼び出されたスタッフルームで、そうオーバーに安堵する少女に私は全力で平身低頭した。

 

「いやいや、故意じゃなかったならいいんじゃよ? つーか話が通じる相手でよかったわい」

「大変申し訳なく……!」

「ままま、他国の出なら仕方なかろ。面を上げい」

 

 古風な口調で宥める少女の言葉に甘え、おずおずと頭を上げる。

 優雅なランチから一転、なぜこうして平謝りするハメになっているのかと言えば……何のことはない、カトリ様が原因だった。

 

 カトリ様が気晴らしに出掛けた遠泳を船の観測機器に察知され、それが五〇〇メートル級の超大型生命反応だったためにすわ強力な水棲モンスターの襲撃かと大騒ぎになってしまったのだ。

 幸いにして船を害する様子はなく、遠洋を付かず離れず泳ぐばかりだったから様子見となり、随伴していた<マスター>の観測によってそれが<エンブリオ>であることが判明すると、その主を探る中で彼女が私に声をかけたのだ。

 

「気合入った海賊かと思ったらただの観光客とはの。ま、一回目なら厳重注意でよかろ」

「はい、はい……肝に銘じます……」

「次から気をつければよいよい。大陸から訪うたなら海は珍しかろ、無理もないわ。ぬはははは!!」

 

 寛容にも豪放磊落に笑う少女の腕には<ENS>の腕章が括り付けられている。

 しかしその気配は人間のそれではなく、私にとっても慣れきったそれ――<エンブリオ>のものだ。

 メイデンと思しき彼女は通信機を取り出して連絡を取ると、「時に」と言葉を続けた。

 

「今気づいたがお主、最近南で話題になっておった流れ者じゃな?」

「ええっと、多分……? どういう噂かは知りませんが」

「近海を荒らし回る海坊主じゃと専らの評判じゃったわ。実物見るまでパッとせんかったけど」

 

 海坊主……カトリ様が聞いたら顔を顰めそうだ。

 

「まさかこの船に乗っておったとはのう。乗船しとる<マスター>はウチの連中だけと思うとったが……ええと」

「あ、マグロと申します」

「美味そうな名じゃな!?」

 

 私の名前を聞いた瞬間、彼女は急に目を輝かせだした。

 変な名前と言われることは多いけど、美味しそうって。

 

「ううん、晩飯は寿司にするかのう……ああ、儂のことはナカちゃんと呼ぶがいいぞ!」

「ナカちゃん……」

「親しみを籠めてな!」

 

 グッ、と親指を立てる彼女はとてもフレンドリーだった。

 法被姿も相俟って祭り好きっぽい印象もあるし、気安さもあっていい人っぽい。

 

「名簿を確認したがお主の招待状は正規のものじゃったな。どこで手に入れたんじゃ?」

「以前調査船団からのクエストで掃海任務を達成した折に、依頼主のランドルさんからいただきました」

「ほー、そりゃまた奮発したもんだの。なるほど唾つけか、親父殿も抜け目がないのう」

 

 薄々勘付いてはいたものの、やっぱりそういう意図だったのか。

 まぁ確かに幾ら<超級>への報酬とはいえ、その対価に支払われるものとしては些か価値が重すぎると思っていたもの。

 それくらいの下心があったほうが私としても安心できるというものだ。問題はそれ応える機会があるかどうかだけど。

 

「ま、儲けものだと思っとればええわな。親父殿の知己なら危ぶむ必要もなかろ、あーよかった」

「ご迷惑をおかけしました……」

「済んだ話じゃ、ええわいええわい。それよりもほれ、暇ならちぃと付き合え。儂ゃこれから休憩時間でな」

 

 休憩時間だったのか。その直前にこの騒ぎなら、なるほどそれは悪いことをしてしまったな。

 なんとも肩身の狭い思いをしながら、私は再びレストランブロックへ戻っていった。

 

 

 ◇

 

 

「…………」

「あら来たわね、お騒がせ犯の片割れさん」

 

 ナカちゃんに連れられ再び訪れたレストランのテーブル席では、バツが悪そうに腕組みするカトリ様と、生真面目そうな雰囲気の眼鏡を掛けた女性が先に掛けていた。

 

「カトリ様……」

「……迷惑をかけた」

 

 半目になって声をかけると、彼女は渋面を作りながらそう呟き、小さく頭を下げた。

 らしくもなくはしゃいで恥を晒したことが余程堪えているのだろう、すっかり臍を曲げている。

 

「はい、もう結構よ。貴女も注意されただろうけど、今後気をつけてくれればそれでいいわ」

「肝に銘じよう」

「すみませんでした」

 

 そんな私達に優しげに声をかけた眼鏡の女性は、最初の生真面目そうな雰囲気が嘘のように柔和な顔だった。

 そして私に向き直って席を立ち、

 

「はじめまして。私が<ENS>のオーナー、エンリーカよ」

「あ、はい! マグロと申します、恐縮です!」

「あら、美味しそうな名前。よろしくね、流れの<超級>さん」

 

 互いに自己紹介と握手を交わして席へ着いた。

 まさか<ENS>のオーナーさんがお出ましとは……確かビスマルクさんの上司だったはずだ。

 思いがけない人物の登場に目を白黒させていると、予め頼んでおいたのかすぐに前菜が提供された。

 ……私ついさっきまで食べてたとこなんだけど、いけるかな? 最近はデスペナルティもしてないし太るのが怖い。

 

「ほれほれ、そんな辛気臭い顔をしとらんで食わぬか。お主、食癖はどうじゃ?」

「……生ものだ」

「ほうほう、なら儂と同じものでよかろうな。儂ゃ海産物しか好かんでな……これなんぞええの、刺し身じゃ!」

「ナカ、それはカルパッチョよ」

「刺し身には違いないわい!」

 

 まだ恥が尾を引いていいるのか食器を手にしようとしないカトリ様にナカちゃんが構いつつ食事が始まる。

 先に食癖を尋ねたことからも、やはりナカちゃんはメイデンだったらしい。そして彼女にツッコミを入れたエンリーカさんがその<マスター>で間違いなさそうだ。

 

「さて、気になっていることでしょうし本題に入りましょうか」

「ええっと、その……ご迷惑をおかけしたのにご馳走になっちゃってる件ですよね」

 

 流れでご相伴に与らせてもらっちゃってたけど、エンリーカさんから切り出されたおかげでようやく私も反応できた。

 片や大手クランのオーナー、片やフリーの<超級>ということで互いに金銭的に問題は無いだろうけど、やらかした直後に食事の席では、やっぱり不安が募るというもの。

 そんな不安を抱えながら尋ねてみると、エンリーカさんは食器を置いて口を開いた。

 

「率直に言えば勧誘ね」

「勧誘、ですか?」

「大陸から渡ってきた海戦可能なフリーの<超級>だもの、クランとしては確保したいじゃない?」

 

 見た目に反してあまりに素直な物言いに面食らっていると、彼女は微笑んで言葉を続けた。

 

「そうね、まずクランの理念から説明しましょうか。私達<ENS(エンリーカ・ナビゲート・サービス)>は、グランバロアに所属する船舶の()()()()()を提供することを目的とした営利団体よ」

 

 営利目的のクランというのは、実のところ珍しい。

 王国で有名な<月世の会>は宗教団体、<AETL連合>はファンクラブの寄せ合いだし、純粋に営利団体と言えるのは<ウェルキン・アライアンス>しか私は知らない。

 他国のクランにしたって唯一知る<ケルベロス>も、あれは理念的に慈善団体寄りだ。

 

 そして四海という極限環境の中で()()()()()()()()()()ことを目的として、それを成り立たせているという<ENS>は、同じく高空という危険領域での商いを可能とする<ウェルキン・アライアンス>と並んで大きな意味を持つ。

 そんな私の内心を察したようにエンリーカさんはメニュー画面を操作しながら言葉を続けて、

 

「オーナーはこの私、【航海王(キング・オブ・ナビゲート)】エンリーカ。サブオーナーに【鰭神(ザ・フィン)】ビスマルク。以下到達形態ⅣからⅤまでの<マスター>五〇名が在籍。いずれも海戦、海中探索に特化した<エンブリオ>揃いで、実績は――」

 

 ――()()()()()()()()()()()、並びに()()()()()()()()()という恐るべき実績を示した。

 

 規格外の内容に、私のみならずカトリ様まで目を丸くして驚いている。

 

「驚いてくれたかしら?」

「すご……いですね、これは……」

「メンバーの不断の努力の賜物よ。国内での信頼と実績は最高峰であると自負しているわ」

 

 誇らしげに眼鏡を押し上げるエンリーカさんだが、これほどの実績を持つならそれも当然だろう。

 未知数の脅威が多数潜む四海において、一隻足りとも沈ませず、目的地まで航行させるという偉業は並大抵のものではない。

 いくらそれに長けた<エンブリオ>の持ち主が揃っているとはいえ、それだけでこの結果が叶うほど四海というものは甘くないと、異国民の私でさえ知っている。

 慄く私を見据えながらエンリーカさんは更に言葉を続け、

 

「加入に際してのメリットはそうね、色々と提示できるけれど一番は……」

「一番は?」

「給料がいいことね!」

 

 そう勢いよく言い放った。

 給料。金。マネー。……つまりはリル。

 当然といえば当然だけど、あまりに唐突な俗っぽい言葉に固まる。

 

「金は大事じゃぞー金はー。リルが無いのは首が無いのと一緒じゃからなー」

「流石に噂の【放蕩王】ほどじゃないわよ? それでも一度の依頼で一〇〇〇万リルは下らないわ。あ、もちろんメンバーの最低給与よ。実際には内容次第でもっと上がるし、たとえば今回の依頼なら一億は堅いわね。それに年三度のボーナス支給もあるし、貴女ほどの力量なら幹部手当も出しましょう」

「仕事はキツいが拠点に戻ったときは凄いぞー。もうウッハウハじゃ、ウッハウハ!」

 

 なんというホワイト企業。恐るべき金回りの良さに呆然とする。

 しかし考えてみればそれも当然か。とかく貿易船は一隻あたりに伸し掛かるコストが尋常ではなく、その成否はまさに命を賭けた商いと言える。

 聞き齧りの知識だけど、地球の史実でいう遠洋貿易なんかも一攫千金のそれであると聞く。その難易度は尋常ではないけれど。

 

 普通に考えれば一も二もなく飛びつく内容。

 ……なんだけれど、生憎私達にとっては……

 

「申し訳ないですけれど……」

「……ダメ?」

「ごめんなさい!」

 

 もともと金銭的には困ってない上に、目的が各国を旅することである身分には、後ろ髪引かれながらも断るしかなかった。

 そうきっぱり答えると、エンリーカさんは「ダメかー」と一気に気を抜いて、だらりと背もたれに身体を預けた。

 

「そっかー……そうよねぇ、ワンチャン<超級>を勧誘できるかと思ったけど……。やっぱり<超級>っていうのは我が強いわねぇ」

「手間を掛けさせた手前心苦しいが、生憎我らにも目的があるのでな」

「いいのよ、ほんとにワンチャン狙いだったし。でも惜しいわねぇ……」

 

 惜しい、惜しいと心底名残惜しそうに呟くエンリーカさん。

 そうも評価してもらえるのは素直に嬉しいのだけど、根本的にどこかへ所属するということができるタチでもない私達にとっては、あまりに過分な評価というものだった。

 

 

 To be continued

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