我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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奈落の穴

 □【獣神】マグロ

 

「ま、ダメなら仕方ないわね。すっぱり諦めましょう」

「事業拡大のチャンスだったんじゃがのー」

 

 割り切りの良いエンリーカさんと、まだ名残惜しげなナカちゃん。

 こうして熱心に口説かれたのは初めてだったから面食らったけれど、それだけ彼女がクランの運営に熱心だということだろう。

 自由な独り身には想像も及ばないことだけど。

 

「代わりに旅の話でも聞かせてくれないかしら? <DIN>を通じて各国の情勢は把握しているつもりだけど、生の声も聞いておきたいのよね」

「それくらいなら喜んで。そうですね……」

 

 どこから話そうか少し考えて、旅を始めるきっかけとなった【グローリア】戦の顛末から切り出すことにした。

 あのとき肌で感じた【グローリア】の脅威を拙い語彙で伝えながら、その後カルディナに渡り<歌姫事変>に遭遇したこと。

 クジラさんの事情に関してはぼかしつつ、より具体的な周辺危害や、その後の都市間の動きを主観的に説明しつつ、この船へ乗るに至った経緯までを話していく。

 

「なんとまぁ……随分と波乱万丈ね。<超級>っていうのは皆こうなのかしら」

「まるで物語の主人公みたいじゃのう」

 

 一通りを話し終えたところでワインを一口して喉を潤していると、エンリーカさんは深々とため息を吐いて言った。

 波乱万丈……そうだろうか。自分ではそのときそのときを必死になってるだけなのであまり自覚は無いのだけど、彼女が言うのならそうなのかもしれない。

 主人公、とまでは言いすぎだと思うけれど。そういうのはスターリングさんみたいな人のことを言うのだと思うし。

 

「けれどこれで<SUBM>の投下も二例目ね。最初は【モビーディック・ツイン】、そこから数ヶ月の間を置いて【グローリア】。こうも露骨だと三番目、四番目もあると見て間違いなさそうだわ」

「【双胴白鯨()】と【三極竜()】で段階を踏んでいるようにも見えるしの」

「でもその理屈だと一番目がないとおかしくないですか?」

「既に投下済みなのをどこかの国が秘匿しているのか、それとも単なる偶然か……個人的な勘だけど、前者の気がするわね。証拠も無い以上憶測でしかないけれど」

 

 お互いに交戦経験があるからか、<SUBM>の話題となると自然と剣呑になる。

 しかし彼女の口ぶりは<SUBM>そのものよりも、それに関連して発生し得る諸問題を懸念しているようだった。

 まるで敏腕実業家のようである。いや実際それで間違いは無いのだろうけど。

 

「ま、なんにせよ平穏にはまだまだ遠そうね。だからこそ私達も稼げるというものだけれど」

「安全な航海の提供……でしたよね。具体的にはどういう?」

「あら、興味がおあり?」

「単なる好奇心以上のものではないですが、はい」

 

 先程見せてもらった活動実績で、<ENS>がとにかく有能であることはわかったが、実際にどういう手段でそれを実現できているのかは、私としても大いに気になるところだった。

 勿論企業秘密だと言われてしまえばそれまでだけど、せっかくの機会だし訊くだけ訊いてみようと尋ねてみると、エンリーカさんは楽しげに頬を緩ませた。

 

「そうねぇ……マグロさん、貴女【航海士(ナビゲーター)】というジョブについてどこまでご存知かしら?」

「【航海士】ですか? ええっと……」

 

 問われて記憶を洗い出してみるけれど、生憎具体的な情報は私の中にはない。

 字面から察するに船員系統に属するジョブだとはわかるけれど、それらの系統に就く人間が王国ではほとんど見かけなかったのもあって根拠に乏しい。

 自分で就くことを考慮するようなジョブでも無いのもあって、過去に考えてきたジョブ構築論の中でも意識に上げる機会が無かったことも影響して、その概要はさっぱりだ。

 

「すみません、わからないです。【船員】と何が違うんでしょう?」

「簡単に言えば【船員】とその派生ジョブは操船を主とするジョブ。対して【航海士】は()()()()に寄与するジョブよ」

 

 …………?

 イマイチ飲み込めず、疑問符を浮かべた。

 そのニュアンスの違いが私の頭では理解できずに首を傾げていると、エンリーカさんは生徒へ諭すように声音を和らげて続ける。

 

「たとえば船員系統のメインスキルである《操船》だけど、これは少人数での船の操作を可能とするスキルなの。リアルの船は何十人もの専門職が連携を取って船を動かすけれど、こちらの船はスキルのおかげでほんの数人で船の機能全般を操作できるわ。そのうち単独の船の操作に長けた派生が【船長(キャプテン)】、より多くの船舶の指揮……艦隊の運用に長けた派生が【提督(アドミラル)】になる。ここまではいいかしら?」

「つまり規模はどうあれ()()()()()()()()()()()()()()のが船員系統っていうことですよね」

「そういうこと」

 

 ちょっとした授業のようになってきたけど、本職に通じる人から説明を受けたことでなんとなく飲み込めてきた。

 つまり従魔師系統がテイムモンスターを強化して使役するように、船員系統は船を強化して操作することが得意というわけだ。

 

「一方で航海士系統は操船そのものには寄与せず、周辺の海流や気流、地形を把握して船舶の運航を手助けするのが本旨よ。水棲モンスターの接近や天候の変化を事前に察知して、()()()()()船を目的地まで送り届ける、海上の案内人といったところかしら」

「《殺気感知》や《危険察知》の汎用スキルは、陸や空ならともかく、海という大質量が介在する海中ではろくに働かんからの。他国の<マスター>によくある失敗談の一つじゃな」

 

 文字通りのナビゲート役というわけだ。

 なるほどそう説明されれば、そのポジションの重大性もよく理解できる。

 名作ワ○ピースでも航海士の有無はクルーの生死を決定づける重大な要素として描写されていたはずだ。

 言われてみれば当然のことで、ここまで察しがつかなかったのが不自然なほどだ。

 

「【航海王】である私なら、パッシブスキルとして船舶周辺の状況は逐一把握できるし、アクティブスキルで多少なら天候にも干渉できる。直接的な戦力の不足はサブオーナーのビスマルクやその他の戦闘班が補って、残るメンバーで船舶の各種機能や兵装を補助、ないしは強化して運航に携わるわ」

「その営業形態上、一度に一つの船しか警護できんのじゃがな。その分顧客は大口ばかりじゃぞ。特に貿易船は一度の運用で掛かるコストが半端ではないからの、リスクはデカいがその分見返りも大きいのじゃ!」

「なるほど……」

 

 まさしくクランとして統一された意識あっての成果と言えた。

 これまでも、これからもソロでやっていくしかない私と違って、組織の強みを最大限に活かしているのがよくわかる。

 とは、思うのだけど……

 

「……結構綱渡りじゃないですか? よくわかんないですけど」

「……水鳥は優雅に水面を泳ぐのよ」

「つまり水面下では必死に水掻きしとるってことじゃな!」

 

 致命的な損害ゼロ、かつ依頼達成率一〇〇%という実績の重みは半端ではないはずだ。

 なまじ優秀なだけにハードルも上がり、一度失敗したなら必要以上に悪評が募る可能性があるだろう。

 僅かな瑕疵とて入れば玉の美しさは損なわれるように、完璧な実績が相応以上の負荷を押し付けているだろうことは、部外者の私にも察せられた。

 

 ……だって私なら、絶対そのプレッシャーに負けるし。

 人間程々に失敗を重ねてるほうが気が楽だというのは、よく思い知っている。

 

「周辺環境や船の不備は最悪儂でどうとでもなるんじゃが、単純に戦力になるメンバーに不安があるのじゃよなー」

「ビスマルクを確保できたのは望外の幸運だけど、戦力は多ければ多いほどいいのよね。メンバーの募集もしているのだけど、やってくるのは業績と報酬に目が眩んだ凡百ばかり。能力が足りないのはあとからいくらでも補えるけど、意識の有無だけは本人の資質だから……」

 

 とてもとても実感のこもった重い溜息に、彼女の苦労の一端が推し量れた。

 大手クランの運営とは、とかく苦難が付き纏うものであるらしい。

 華々しい実績の裏に隠された生々しい現実に、私は苦笑いしかできなかった。

 

 ◇

 

 その後は他愛もない世間話を交わしながら食事を進めていき、やがてお開きとなった。

 いつになく食べてしまって重いお腹を抱えながら、なんだかんだとお世話になりっぱなしだった礼を改めて述べる。

 

「お世話になりました。ご馳走までいただいちゃって……」

「いいのよ。でもそうね、借りに思うなら私達のことを覚えてもらえると嬉しいわ」

 

 エンリーカさんはそう言ってウィンクをしてみせた。

 最初は生真面目そうだと思っていたけど、案外優しくて茶目っ気のある人だなと思った。

 なんというか……柔軟っていうのかな。カリスマとは違うけれど、クランを率いるだけの魅力があるのだと感じる。

 

「そんなことでいいんですか?」

「貴女が思っているより<超級>の価値は希少で高いのよ? それにこうして話が通じる人は輪をかけて珍しいわ。一食を共にするだけで知己を得られるなら儲けものよ」

「気ぃつけろよぉ、儂のマスターはこき使うときはそりゃあもう遠慮無いからな!」

 

 脅かすように茶化すナカちゃん。主従揃って明け透けな人達だ。

 

「さて……残る四日間、ゆっくりと楽しんでいってちょうだいね」

「大船に乗ったつもりで寛ぐとええぞ。まぁ実際に大船に乗っ取るんじゃけど! ぬはははは!!」

 

 ……ナカちゃんはなんだかちょっとおじさん臭いかな?

 見かけてきたメイデンの中では特別風変わりだから余計に印象に残った。

 

「それではお二人とも、お務め頑張ってくださいね」

「ええ、ありがとう。そちらこそ良い船旅を、……っ」

 

 そして別れようとしたところで……不意にエンリーカさんが表情を変えて沈黙する。

 虚空に意識を向けて頷く様から、どうやら誰かと通信を取っているようだった。

 一方でカトリ様も腕を組んで神妙そうな顔をしていて、ナカちゃんは気付けば姿を消している。

 皆の様子から異常事態を察して固まっていると、カトリ様が呟く。

 

「妙な気配だ」

「気配、ですか?」

「スキルが反応するほどはっきりしたものではないが……空気が変わった」

 

 そう述べるカトリ様からは戦時の気配が漂う。

 エンリーカさんも言葉を交わし続ける間に段々と表情を険しくさせていく。

 

「ええ……一度デッキに上がるわ。観測班はそのまま探査を続けてちょうだい。戦闘班も準備が整い次第船尾デッキに集めるように。大丈夫、ナカはもう戻っているわ。乗客にはまだ……ええ、暫くは私達で()()()()から……よろしく頼むわ」

 

 そう締め括って通信を切ったエンリーカさんが私に向き直る。

 只事ならぬ様子に身構えていると、先程までとは一変して固い声音で口を開いた。

 

「マグロさん、申し訳ないのだけどもう少し付き合ってもらえるかしら」

「緊急事態ですね?」

「ええ。まずはデッキに上がりましょう、そこで説明するわ」

 

 そう述べたエンリーカさんのあとに続いてデッキへ上がると、そこは普段とあまり変わりない光景が広がっていた。

 揃って険しい顔をするから大規模な襲撃や気候変動があったのかと警戒していたのだけど、見慣れた海は穏やかに揺らいで静かなままだ。

 デッキの乗客たちは異変を察知した様子もなく寛いでいるし、目に見えて不審な点があるわけでもない。

 だけどその中に交じるピリピリした緊張を感じ取り、それが<ENS>の腕章を付けたクランの人達や【ビアンコ・グランデ号】の船員であることに気づくと、状況は紛れもなく緊急事態であることを察した。

 

()()()()()

「貴女は気付いたのね」

 

 徐に言葉を発したカトリ様にエンリーカさんが神妙に頷いた。

 その意図を掴めずに辺りを見回していると、補足するようにカトリ様が続けた。

 

「スクリューは駆動しているな。魔力の痕跡からも周辺の海流に干渉しているはずだが、どちらも推力に繋がっていない。何よりも……()()()()()()()()()()。誤差にしては大きすぎる変化だ」

「よく分かるわね。その通りよ――()()()()()()()()()()()()()

「しっ――……!?」

「喚くな。余人に聞かれては事だ」

 

 小声で囁かれた「沈もうとしている」の一言に思わず声が出そうになったのをカトリ様に口を塞がれる。

 そして、それが危うい行動であったことに遅れながら気付き、努めて口を閉じた。

 もし乗客にでもこの会話が聞かれたら、船内の治安は大変なことになる。

 警護を務めるエンリーカさんが敢えて箝口令を敷いた以上、何か手立てはあるのだと思い至り、黙って様子を見守った。

 

 やがて再びエンリーカさんの通信機が鳴り、彼女が連絡を取った。

 今度は内容が私達にも聞こえるようにスピーカーに切り替えている。

 

「私よ。結果はどう?」

『探査班がそれぞれの<エンブリオ>を送り込みました。通信は継続できていますが、いずれも浮上不可能です。()()()()()()()()()と判断します』

「了解。観測班からは地形情報は上がったかしら」

『算出距離、()()()()()()。海域マップと照らし合わせましたが、ちょうど海溝の真上ですね』

「……成程。その深度なら到達できるのはモモだけね」

『【ノーチラス】は既に必殺スキルを発動済みですが、それでも未知の深度です。本人は喜んでいましたが……通信入りました。敵影確認、深度約二〇四〇〇メテル。推定戦力、()()()()()()()。エネミーネーム――』

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■大陸南南東海域・海溝

 

 それは深度二万メテルの超深海層を這い回る海の掃除屋だった。

 上から降り積もってくる亡骸(食糧系ドロップ)を漁るだけのスカベンジャー。

 四海を根城とする水棲モンスターすら容易には近づけぬ海の墓場で、上層の住人の()()()を糧とするだけの卑賤の生き物。

 

 生涯日の目を見ることなく、その生息域故に誰の目にも留まらぬそれは、しかしある日不思議な糧を得た。

 恐ろしくも魅力的な得体のしれない■■■■■を、しかし脅威と判断できるだけの知性も無く、本能のままに口にして――

 

 ◆

 

 それからどれだけの年月が過ぎ去ったのかは知れない。

 それに時間という概念を知覚できるだけの知性はなく、以前と変わらぬ本能だけが肉体を支配していたから。

 

 だけど大きく変わったこともある。

 それまでは()から落ちてくるのを待つだけだった餌が、自らが望めば手に入るようになっていた。

 当たり前の生存本能だけを宿すそれが空腹に耐えかねて()を開けば、決まって餌が()ちてくる。

 それも何者かの食残しではない、新鮮な……生きている獲物が、大量に。

 

 以来それは空腹を忘れた。

 忘れたが、しかし食べて自己を繋ぐ以外の欲求を知らないので、飽きずに食べた。

 食べて、食べて、食べ続けて。

 それには区別も付かないが、<UBM>という大物すら悉く食い尽くして。

 

 己の頭上にある名前の意味すら知らずに、これまでも、これからも変わらずに生存し続ける。

 本能のままに昏い水底を這い、口を開き、喰らうだけのバケモノ。

 大海溝に潜む海の悪魔。暗黒海域の主。

 

『――――――――』

 

 それの名は、【大海口 アビスホール】

 

 ――光差さぬ海の深淵で、奈落の穴が口を開いて待っていた。

 

 

  To be continued




いよいよ本番
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