我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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エピローグ

 □【獣神】マグロ

 

 カトリ様の右腕と共に【アビスホール】が爆散したのを見届けたあと、特典武具がアイテムボックスに収納されたのを確認して決着を確信する。

 不可視の暗闇の中で轟音だけが響く激闘は体感にしてみればほんの十数分程度に感じられたのだけど、メニューで確認してみれば実に一時間強もの時間が経っていた。

 

 同時にカトリ様のステータスには【右腕欠損】の状態異常表示と共にHP最大値の数割が減損しているのを確認でき、初の実戦運用ながら途方も無い強敵だったと身震いする。

 実のところ私はともかくカトリ様が部位欠損を負うなんて初めてのことだ。まして耐久力と質量に"青"では何をか言わんや。

 最後の大技は些か大盤振る舞いではないかと思いもするも、戦闘勘においてはカトリ様の独壇場、彼女がそうしたのならそれが最適解だったということなのだろう。

 

 目下の懸念は海の底でこうも大暴れしてしまったことによる周辺への影響だけど……

 

『この程度グランバロアじゃ日常茶飯事だぜ、心配すんな。多少の影響はウチのメンバーでどうとでもできるし、寧ろこの程度はまだまだ可愛い方だな』

 

 そうあっけらかんと答えるビスマルクさんの返事があった。

 グランバロアこわい。

 

『にしてもMVPはそっちにいったか。ま、妥当かね……』

『ふっ、久方振りのレアモノだ。遠慮はせんぞ?』

『海じゃあ結果が全てさ』

 

 終わってみれば終始単純な戦いで、これまでの<UBM>戦と比べてシンプルな内容だったけれど、しかしその難易度は半端なものではなかったと思う。

 一つ一つはありふれた能力ながら、それがただ深海という特殊環境での戦闘を強いられるだけでこれほどに厄介になるものだとは、体験してみなければ到底理解できるものではないだろう。

 

 カトリ様だって初めてのフィールドだろうによくもぶっつけ本番で適応できたものだ。

 その見込みがあったからこその助力だったけれど、正直なところ二度と味わいたくはない戦いだった。

 何も見えない暗闇の中をただ苦痛に耐え忍ぶだけというのは、フィジカルよりもメンタルへの圧迫感が凄まじかった。

 

『さてと、勝利の余韻に浸るのもいいけど、ぼちぼち戻るとすっかね。上の連中もお待ちかねだろうしよ』

『イエース! こちらでは船体の沈下が収まったのを確認して大わらわですよ!』

 

 ビスマルクさんの声に割って入ったのは、この念話を取り仕切っているアオバさんだった。

 どうやら思念通信でこちらの状況もモニタリングしていたらしい。ハイテンションな声が怒涛のように押し寄せてきて、意味もないのに思わず耳を塞いだ。

 

『皆さんお疲れ様でした! ただちに帰還し、治療を受けてください! そちらのカトリさんは右腕を失われたようですが……』

『気にするな、アテはある』

 

 そういったカトリ様の興味の先は、手に入れたばかりの特典武具へ向けられていた。

 遺骸という形でアジャストしたということは、つまりカトリ様のラーニング用ということだ。

 特典武具によるラーニングは最低一つは確定しているから、今から結果が楽しみで仕方がないといった雰囲気だ。

 

 【アビスホール】の特性を考えるなら、候補としては再生能力、強制沈下、防護無視捕食攻撃の三つだろうけど、この内最も汎用性が高いのが再生能力だ。

 元の性能より幾分か落ちるとはいえ、それでも古代伝説級の固有能力ともなれば右腕の再生は容易いはず。

 他の二つも強力だけど、強制沈下は環境が海に限定されるだろうし、捕食攻撃も"青"のサイズでは無駄が多いし、他の形態でもわざわざ戦術に組み入れるほどではない。

 再生能力ならどの形態でも実用的だし、もし"青"で運用するなら今回の戦闘で使った《死なば諸共》と併用して広域殲滅にも転用できるし、私としてもぜひともこちらを獲得したいところだ。

 幸いにして特典武具からのラーニングからならある程度の選別は利くので不安も無い。

 

『ではでは凱旋ですよー! 皆さんのご到着、首をなが~~~~くしてお待ちしてますね!』

 

 そんな算段を立てている傍らでアオバさんの明るい声が響き、私達はいよいよ帰路についた。

 行きとは真逆に光へ向かって泳いでいく様は、どこか心休まるような安らぎを与えてくれる。

 やがて海面へ辿り着き、ビスマルクさんは必殺スキルを解いて、カトリ様も私の収まった【エルザマリア】を吐き出しながらメイデン体に戻って、船員の歓声に出迎えられながら甲板に上がって、

 

「よくやってくれ……キャアアアアアッ!?」

「あっ」

 

 労いの言葉をかけようとして近寄ったエンリーカさんに気付かず【エルザマリア】の封を開いてしまい、溜まりに溜まった流血が溢れるのを引っかぶせてしまった。

 忘れてたあぁぁぁ……!!

 

 ◇

 

「ほんっっっっっっっっと~~~~~に、ごめんなさいい!!」

「いや、大丈夫、大丈夫よ。ダメージは無いから、私が迂闊だっただけだから……でも次からは一声かけて頂戴ね……」

 

 大歓声から一転して惨劇の場と化した甲板を辞してスタッフルーム。

 私はエンリーカさんに平謝りしながら彼女の労いを受けていた。

 

「気を取り直して……本当によくやってくれたわ。改めて感謝します。貴方達のおかげで危機は無事脱せたわ」

「こちらこそ、皆さんのおかげで海に放り出されずに済みましたし、犠牲無く解決できてよかったです」

 

 今この船は【アビスホール】戦で起きた諸影響の後始末と乗客への説明で大わらわだ。

 約一時間に渡る戦いの間、船上ではあの手この手で乗客を説得していたらしく、決着を経てようやく詳細を説明できるまでに至り、なんとか事態を収拾できたらしい。

 未確認の古代伝説級<UBM>を退けたという実績は、犠牲者ゼロという結果を以て良い意味で乗客に受け止められ、エンリーカさんたち<ENS>の評判向上にも繋がったとか。

 

「とてもありがたいことなんだけれどね、お陰様でまた一段ハードルが上がってしまったから……そろそろ身の振り方を考えないといけないかしら。こうも積み上がってしまうと、ちょっとした瑕疵で瞬く間に崩れ去ってしまうものだから……って、これは貴女に言ったって仕方がないわよね。ごめんなさいね、聞き苦しいことを言っちゃって」

「いえいえ。わかる……とは言えませんけど、心中お察しします」

「やっぱり今からでもウチに来ない? 絶対に金銭面で不都合はさせないから」

 

 う~~……結構やらかしてるから本当に断りにくいんだけど、それだけは……!

 断腸の思いで断ると、彼女は本日何度目かもしれない重くて長い溜息を深々と吐いた。

 

「ほんっと~~~~~~~に惜しいけど、ここまで言ってもダメなら、そういう縁なのでしょうねぇ。……はい、じゃあ今度こそ切り替え! それじゃあ報酬の受け渡しといきましょうか。と言っても額が額だから口座への振り込みになるけれど大丈夫かしら?」

「ええ、それで構いません。……でも本当にいいんです? こんな大金……」

 

 報酬として提示されていた五億リルもの高額。

 トータルで言えば億の資産は然程珍しくもないけど、一度の報酬としては破格極まる大金にやはりどうしても気後れしてしまう。

 というよりは、こと戦闘においては見てるだけでしかない私の感覚では、これが正当な報酬だということに違和感が拭えないというか、どこか他人事のように感じてしまうのだ。

 カトリ様が矢面に立ってこれを受け取るのならば十分納得できるんだけど……金銭面に関しては基本的に我関せずだし。

 

 そう思ってまごまごしていると、エンリーカさんは諭すような声音で言った。

 

「老婆心ながら忠告しておくけれど、貴女はもう少し<超級>であることの自覚を持った方がいいわ。同じメイデンの<エンブリオ>を持つ者同士、このゲームへの接し方には察するところも大いにあるけれど、だからこそ自分の持つ力の価値を理解しておきなさい」

「力の価値、ですか」

「貴女が自分の力をどう見ているのかはわからないけれど、私達はその力に間違いなく救われたのよ。一〇〇〇を超える乗客全ての命は、貴女の助力によって保障されたの。それを何でもないことのように言われたら、それこそこちらの立つ瀬が無いというものだわ」

 

 言って、エンリーカさんはソファに深々と体を沈める。

 よく見れば顔には疲労の色が濃く、眉間には皺の痕が見て取れた。

 そこでようやく、今回の事態がそれほどの重大事であったことを理解する。

 

 身を削ることが当たり前の能力特性。

 傷も痛みも、リアルでは味わえないからこそ尊いという認識。

 私が死さえ覚悟すれば()()()()()()()()という自分の力(カトリ様)への信頼が、ごく普通の心理を麻痺させていたことに気付かされた。

 

 普通に考えて……命を救われたなら、人は感謝するのだ。

 ましてそれが一つきりの命なら、財を差し出しても惜しくはないほどに。

 

「私達の使命は海上の安全を保障すること。二度と海難事故なんて味わいたくないし、味わってほしくないから、私はその使命に全力を尽くす。そしてクランにとって過去最大の危難を救ってくれた貴女への報酬だもの。私も差し出せるものを差し出さないと気が済まないのよ」

「エンリーカさん……」

 

 その独白から、彼女の事情をある程度察してしまい、それ以上拒む理由を見つけられなかった。

 そしてこの報酬を受け取ることが彼女に対しての最大の誠意であることを改めて理解し、深く頭を下げる。

 

「わかりました。なら、遠慮なく受け取ります」

「ありがとう。間違いなく貴女の口座へ振り込んでおくわね」

 

 我ながらめんどくさい性分だと思う。

 なにせ社会経験が無い上に、リアルでは授かるばかりの生活だったから。

 知らず受け取って生かされているのが当たり前だったから、こうも真正面から感謝されて礼を受け取るのが、どこかむず痒くて仕方がない。

 

 だけど、そっか。

 今までは私達だけの都合や、場当たり的な対処しかしてこなかったけれど、こういうこともあるんだなぁと、今更ながらに思い知っちゃったな。

 

 ◇

 

 エンリーカさんとの取引を終えた私達は、残りの航路を今度こそ何事も無く送っていた。

 元々特等チケットで優雅な暮らしぶりだったのが、今回の一件を受けて更なる特別待遇を受けるようになって、まるで王様かなにかになったかのような優遇っぷりだったと言っておこう。

 何をするにしても至れり尽くせりで、こんな暮らしをあと一週間も続けていれば生活水準の何たるかが大いに歪んでしまうこと必至だった。

 一方で乗客は古代伝説級<UBM>をも退けた【ビアンコ・グランデ号】と<ENS>への信頼を全幅のものとして、より一層の享楽を興じて船の財政を潤わせたとか。

 

 実のところ【ビアンコ・グランデ号】そのものにも相当数の艦載兵器が搭載されていたようで、乗客の預かり知らぬところで幾度となく水棲モンスターとの遭遇はあったらしいのだが、そのいずれもそれら兵装と<ENS>の活躍によって何ら不安を過ぎらせることなく解決していたらしい。

 【アビスホール】の一件は、強制沈下という船の存在意義そのものを覆す特効性能と、通常の兵装では届きもしない超深海層という特殊環境が齎した例外中の例外だった、ということだろう。

 一見して宮殿と見紛う豪華な客船は、その実戦艦と比しても遜色無い海上の要塞だったということだ。

 今後はその性能を遺憾なく発揮して就航していってほしいものである。

 

 やがて船は予定よりやや遅れて東海拠点へと到着し、約一週間の船旅を一旦終えた。

 乗客の大半が下船するのに合わせて私達も港へ降り立ち――その背後には<ENS>の面々が見送りにきてくれていた。

 甲板からは【ビアンコ・グランデ号】の船員たちが敬礼を以て見送ってくれている。

 彼らと<ENS>は東海拠点への到着を以て依頼満了となり、この先はまた別の護衛艦を引き連れて北海拠点へ向かうのだとか。

 

 彼らは最後まで私達との別れを惜しんでくれ、互いに見えなくなるまで手を振りあった。

 そしてそれも見届けたあと、進み出たエンリーカさんに改めて感謝を伝える。

 いい加減しつこいようだけれど、【アビスホール】の一件を抜きにしても彼女たちには大変に世話になったからね。

 それに私がそういう性分だということをあちらもいい加減承知しているのか、苦笑い一つで今更畏まる風でもなかった。

 

「なんか、こうして見ると随分長かったように感じるなァ。今までで一番の大仕事だったからかね。これからも一緒にやっていけたらよかったんだけどよ」

「こらビスマルク、それはもう言わない約束でしょ。ほんとにもう、ごめんなさいねマグロさん」

「あはは……」

 

 心底名残惜しいと言ってくれたのはビスマルクさんだった。

 あの死闘を共にした彼女には特に惜しまれ、結局今の今まで「<ENS>に入れよ」という勧誘が途絶えなかった。

 向こうもこちらの意志が固いのはわかっているのだろうけど、まぁ一種の社交辞令のようなものだ。

 

 彼女たちはこの東海拠点で一時羽根を伸ばし、次なる依頼に向けて準備を整えるのだという。

 <ENS>の請け負う依頼は一つ一つが長期間の時間的拘束を負う分、合間の休息期間は長く、報酬で得た大金を派手に散財して大いに余暇を楽しむのだとか。

 そこだけ聞くとまるで海賊みたいだなと思ったけれど、実態は海賊とあまり大差は無く、場合によっては私掠船めいた活動もするらしい。

 

 そういう話を幾つも聞かされて、私の中にも彼女たちとの別れを惜しむ思いもあるのだけど……それでも私達の目的は変わらない。

 諸国を回って何かを得る。そんな漠然とした目的の旅は、これからも変わらず続けていくつもりだった。

 

「それじゃあここでお別れね。此処を発つときは報せて頂戴。天地との領海ギリギリまで送ってあげるわ」

「うっす! オレっちの【ノーチラス】なら多分気付かれねぇっすからご安心っす!」

 

 船旅の合間に世間話をする機会が何度もあり、その中で私の次の目的地が天地であることを伝えると、彼女たちは厚意で近くまで送ってくれることを申し出たのだ。

 どうやらグランバロアと天地の折り合いは悪いらしく、馬鹿正直に船で近づくと水軍が出てきて略奪の憂き目に遭うらしい。

 そこで【アビスホール】の強行偵察を買って出たモモさんの【ノーチラス】で、深海からこっそり送り届けることを提案してくれたのだ。

 

 無論モモさんが見つかっても大変なことになるので、深海での途中下車となり残りはカトリ様が自力で陸までたどり着く必要があるのだけど、それでも一から天地まで泳いで渡るよりはずっと楽ちんだろう。

 願ってもない申し出なので厚意に甘えさせてもらった。

 

「本当に何から何までありがとうございます」

「それはこちらの台詞よ。こちらこそ助けられたわ。<ENS>はこの恩を忘れないわ、何かあったらいつでも頼って頂戴。ただし……」

「次からはちゃんとお代をいただくけれどね、ですよね」

「ええ。ビジネスですもの」

 

 ニッコリと笑むエンリーカさんの表情には、ようやく余裕が取り戻せているようだった。

 なんだかんだと貸し借りの多い船旅になってしまったけれど、ここでようやくお互いに対等だ。

 そしてそうなれば残されたのは、何にも代えがたい旅情の絆というやつである。

 私はエンリーカさんたちと固く握手を交わして、数々の激励を受けて別れた。

 

「なんだか……すっごく濃厚な船旅でしたね」

「そうだな。まぁ、得難い経験ではあった」

 

 振り返ってみればため息しか出ないような目まぐるしい船旅。

 貴重というには珍事に過ぎる経験に思いを馳せながらカトリ様に呼び掛ければ、彼女は常の表情で簡素に答えた。

 けどまぁ照れ隠しというやつだろう。その証拠に、視線は去りゆく<ENS>のみんなをずっと見送っていた。

 

「さてと……数日はこっちでのんびりしてから、天地へ向かいましょうか。特典武具のこともありますしね」

「うむ。終ぞ船では喰う暇も無かった故な。久方振りのレアモノだ、我が舌も躍るというものよ」

 

 【アビスホール】の収まったアイテムボックスを弄ぶカトリ様と並んで東海拠点を歩く。

 南海のそれとはまた趣を異にする大船団の陸を踏み締めながら、潮を纏った海風が髪を撫でていくのを感じていた。

 

 

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