<ゴブリンストリート>ファンの皆様ごめんなさい!
※一部修正
状態異常攻撃の内容を変更。
それに伴って描写も微修正。
一年振りの帰郷
□【獣神】マグロ
西方から吹き荒ぶ風は冷たく、乾き切って砂を巻き上げる。
何もかもが風化し不純物を含まない大気は宙の果てまでも映し出し、満天の星明かりを湛えている。
日も沈みきった夜だというのに不思議なほどの眩さを誇る此処は<ヴァレイラ大砂漠>。
大陸中央に位置する商業国家カルディナの領土の九割九分を占める無窮の荒野の、最西端だった。
(綺麗だなぁ……)
心の底からそう思う。
環境汚染とは無縁の<Infinite Dendrogram>で、自然はいっそ生存が過酷なほどに原始の姿を見せることも珍しくもなく、この<ヴァレイラ大砂漠>から見上げる夜空は、外界を漂うグランバロアの船上から見上げるそれと甲乙付け難く美しい。
日中は照り付ける太陽でそれも難しいのだけど、この砂漠特有の身を切るような寒さと引き換えに照らし出される星空は、きっとカルディナ一の大芸術なんじゃないかな。
「どうですお客人、カルディナの夜は。言っちゃあなんですが、大したもんでしょう」
乗り込んだ竜車を駆るカルディナ商人のおじさんが自慢げに誇る。
私はコクコクと何度も頷いて同意しながら、視線を夜空から竜車の向かう先へと移した。
「街で見上げる夜空も活気があっていいんですがね、しかしゴミゴミしてるのも否めない。この遮るもののない絶景を見渡せるのは、あたしのような行商人の特権ってやつですなァ」
目を細めて懐かしむように思いを馳せるこのおじさんは、もう四十年もカルディナとアルター王国を行き来する行商人なのだという。
竜車を牽く【
コルタナに本店を置き、彼自身はとうの昔に息子さん(婿養子らしい)に跡目を継がせているのだけど、この風景を忘れられず単身で今も行商に乗り出しているのだとか。
その見た目に反しておそろしくフットワークの軽い御仁である。濃い褐色に灼けた肌は彼の年季の証とも言え、なんとも人好きのする気のいいおっちゃんであった。
「いやしかし、<マスター>さんってのは凄いもんですな。あたしが若造の頃は大勢護衛を掻き集めてえっちらおっちら砂漠を越えたもんですが……いやはや、こんなにも身軽な砂漠越えは初めてですわい」
彼――ムッタゴさんと出会ったのは数日前、"商業都市"コルタナだ。
ちょうどその頃王国への足を探していた私と、同じく王国へ向かうため護衛を求めてギルドへ求人を提出しにきた彼とで受付前で出会い、偶然にも目的地が一致したことで話しかけられたのがきっかけだった。
最初は私が<マスター>ということで若干渋られたのだけど、私は他の<マスター>みたいに
というのも<マスター>ってログイン時間の関係でこうした長期間拘束される護衛依頼には向かないのだけど、その点私は食事も排泄も機械任せだからオールオッケー。
睡眠についてもショートスリーパーな私にとっては大した問題でもなく、お安くしときますよって売り込んだこともあって了承を得られたという経緯だ。
その結果は……この上機嫌なムッタゴさんを見ればお分かりいただけると思う。
なんだかんだで<超級>な今の私達なら、まぁ彼一人を護衛するのは難しくないし。
現に今もカトリ様が周囲を警戒してくれている。一方で私は何もしてない。
<超級>になった今でも……というか、<超級>になってから余計にこの他力本願スタイルに磨きがかかったような気もしたり。
そんなことをつらつら考えていたらカトリ様に動きアリ、と。
……魔蟲の巣かぁ。やっぱりこの辺というか、砂漠は多いよね、魔蟲。
コルタナ南西の【サンドホール・ワーム】の巣ほどじゃないけど、ちょっと探ればうじゃうじゃ見つかる。
カトリ様がささっと首を突っ込んで……うん、処理。戻ってきたカトリ様の頭を
アイテムボックスから果物を取り出して差し出すと、あっという間に平らげられた。
「お連れ様にも大変助けられまして、いやぁありがたいことです。こりゃいい商いをさせていただきましたなァ」
調子よく声を弾ませる店主に、カトリ様が呆れたような視線を向ける。
それに気づいてか気づかないでか、カトリ様へ高級フルーツを差し出して頭を下げるムッタゴさん。
「これは失礼を。ささっ、こちらもどうぞ。あなた方に出会えたのは天の配剤ってやつでしょう。頼らせてもらいますよ」
ほんとに調子のいいおじさんだ。それが嫌味じゃないのが如何にも人徳、って感じなのだけど。
当たり前と言わんばかりに果物を一口に呑み込んだカトリ様に代わって頭を下げる。
彼との旅は話題が尽きず、いろんな成功談失敗談、笑い話に泣き話なんかを語り聞かせてくれるものだから、すっかり退屈しない。
普段は
その点で言うとムッタゴさんの依頼に食いつけたのは、私にとってもすごく運が良かった。
「今回の商いは期待できますからね。なんせ<超級激突>! 遠路遥々黄河からやってきた<超級>とギデオンの決闘王者がぶつかるってんですから、そりゃあもう過去にない大盛り上がりでしょうなァ。実を言うとですね、今回の商いは半分以上それ目当てでもあるんです」
そう言って取り出したチラシにはデカデカと「<超級激突>!!」の煽り文句。
黄河の決闘ランキング第二位――迅羽さんと、ギデオンの決闘王者――【超闘士】フィガロの簡易プロフィールと共に、その他ランカーたちによる前哨戦などのプログラムが紹介されている。
読み終えて、そっと懐から同じく紙面を取り出すと、ムッタゴさんと顔を見合わせて互いに頷いた。
「ほほう、あなたも……」
「…………」
……何を隠そう、私の目的も実はこの<超級激突>なのである。
カルディナに渡る前に身を寄せていた黄河で聞きつけたんだけどね、それが確実だって分かって先んじてギデオンに向かおうと準備したわけだ。
まぁ黄河から王国まではかなり遠いから、急いだところですんなり到着ってわけにはいかないんだけども。
「っと……そろそろ日が昇りますな。この調子なら昇り切る前に砂漠は抜けられるでしょう。そのあとは<クルエラ山岳地帯>の麓で一泊してから山を越えますよ」
<クルエラ山岳地帯>か……何もかもが懐かしい気分だ。
もう一年近くになるのかな?
「ご存知かとは思いますが、あの一帯は山賊どもの根城ですからね。御二方には期待しておりますよ。……まっ、ここまでの道中を思えば、安心だとは思いますがね!」
……ムッタゴさんの欠点を一つ上げるとすれば、この妙にフラグを乱立させるような楽観的なところかな。
どうにも<マスター>に憧れを抱いている節が強く、無謀にも私達だけを護衛に砂漠越えするような御仁だし、そこだけは心配。
大商人なのにそれでいいのかなぁ……まぁ、お仕事はちゃんとしますけどね。
◇◇◇
何か騒動が起きると思った? 残念平和でした!
あからさまにフラグを立てたムッタゴさんだけど、彼の言に反して<クルエラ山岳地帯>の道中は至って平穏なものだった。
カトリ様の索敵範囲にちらほら反応は見えるらしいけど、いずれもこちらを襲う気配は無しとのこと。
それが如何なる理由によってかは分かりっこないけども、結果として面倒が起きないのならばそれに越したことはない。
ひょっとしたら小道を進んでいるのが功を奏したのかもしれないね。一般的な商隊ならともかく、私達はムッタゴさんの竜車一つだけの身の軽さだから、こういう入り組んだ経路も取れるというのは強みだ。
この辺の山賊は単なる傭兵崩れや落伍者の類ばかりではなく、噂ではカルディナの息が掛かった手の者も混じっていたりしてるらしくて、王国・カルディナ共に迂闊に手の出しにくい微妙な立地であるらしい。
そういう国際情勢ってやつはよくわかんないんだけど、要は上手いこと牽制しあっている面もあるので、結果として均衡が取れているってことなんだろう。
もしくは単純に気づいてないだけなのかもしれないけど、まぁいいや。
王国からカルディナへ渡ったときは自力で
直後に砂漠で見通しの甘さをまざまざと思い知らされたのも、今となっては良い思い出だ。
「なんだか懐かしいなぁ……」
「おや、お客人は王国に御縁がおありですかな?」
「ええ、王国出身ですから。といっても戻ってくるのは一年振り……なんですけどね」
――そう、もう一年にもなるのだ。
あの【グローリア】との戦い、その敗北から。
あの時王都を発ってから諸国を周遊していた一年間で、王国はすっかり様変わりしてしまっている。
まず【グローリア】に関してだけど、結局アレは私が死んだあとに王国が誇る<超級>三人が討伐を果たしたらしい。
MVP特典として三者それぞれに特典武具が与えられたらしく、再ログインしたときには既に王国中お祭り騒ぎで、特に王都では昼も夜も無く彼らを<アルター王国三巨頭>として誉め讃え、飲めや歌えやの大賑わいだった。
一方で私はというと、【グローリア】との戦いで感じたあれこれが未だ尾を引いていた具合で、どうにもお祭り騒ぎに乗じる気にもなれず一人悶々として、いつの間にか自分も<超級>に到達していたことに気づいてびっくりしていた。
ある意味これが私のMVP特典かなと思いながら詳細を確認してみると――噂には聞いていたが、<上級>と<超級>とでこれ程の差があるものかと戦慄した覚えがある。
ただまぁ第七形態に至ったカトリ様のこともあって余計に王国だけで活動することの限界を悟った私は、そのまま国を越えて活動する決心を固めた。
その日の内に身の回りの整理をつけると、必要最低限の準備を整えて出国。
その後カルディナ、黄河、天地……と各国固有のモンスターなんかを狩りながら旅をしていたら、今度は王国と皇国との間で戦争なんてものが勃発した。
あの時の衝撃といったらなかった。
王国出奔までの四年近くを過ごした中では、まさか王国と皇国とで戦争に発展するまで関係が悪化するなど想像だにせず、そもそも私が知る王国と皇国は仲良しさんとばかり思っていたから、完全に度肝を抜かれた。
その上で更に私を驚かせたのは、その戦争が実質王国の敗北で終着したこと。
なんでも【グローリア】戦で活躍したスターリングさんを始めとする<三巨頭>がまさかの不参戦を表明し、一方で皇国は当時所属していた<超級>やその他有力者全員が参戦したために戦力差は絶望的なまでに広がっていたのだとか。
……私としては、フィガロさんはともかくスターリングさんが参戦しなかったことが強く気になるところだけど。
前者は常々ソロ専門を表明しているから分からなくもないけれど、スターリングさんの場合はとてもじゃないけどみすみす見過ごすような人とも到底思えないだけに余計に不思議だった。
ちなみに最後の一人――王国トップクランのオーナーさんに関してはよくわかんない。接点無かったし。ただ元々王国と不仲っぽい噂は聞いていたので、その辺の事情が拗れたんじゃないかな。
ともあれ、結果として王国は皇国に惨敗。王様や噂の【大賢者】も討ち死にした挙句、多くの騎士団も壊滅に陥ったようで、あわやそのまま併呑か――というところでカルディナの横槍が入って一時休戦と相成った……らしい。
これらの情報は全て<DIN>で高いお金を払って手に入れたものだ。速報が飛び交う端から購入していったから、随分と散財したものだけどね。
当時の心境は……とてもじゃないけど言葉では言い表せない。
あの【グローリア】のときでさえ最大級の王国の危機で、そのときは私もまだ王国内にいたから私なりに行動を(その意義はともかくとして)起こすことができたけれど、皇国との戦争に関しては完全に蚊帳の外だったから、本当にまいった。
もしあのとき私が王国にいたなら……とは、当時何度も考えたものだけど。
だけど当時天地にいた私に戦争へ参ずる術は無く、指を咥えて続報を待つしかなかったのが、未だに悔やみ切れない。
……そもそも、あの大惨事からたった半年足らずで更なる凶事が王国を襲うなんて、とても信じたくはなかったのだけど。
そういう意味で、私の皇国に対する想いは複雑だ。
何故? どうして? という疑問がまとわりついて解けない。
国同士のことだからきっと余人には知れぬ思惑があったのだろうけど、それに巻き込まれる民としては堪ったものじゃないだろう。
私もまた、気持ちは今も変わらず王国民であるからこそ、当時その場に居合わせなかった間の悪さを嘆かずにいられない。
……思い上がり、なんだろうけどね。
『最早過ぎたことだ。急くなよマスター、そなたが為すべきは後ろを振り返ることではなく、前を向くことだ』
なんて思い悩んでいたら、珍しくカトリ様が気遣ってくれた。
指で擽るように撫でてから果物を差し出すと、彼女はそれを一呑みにした。
『美味い。……しかし王国か、たった一年で何もかもが懐かしく思える』
「そうですね……またレムの実を食べたいものです」
本当に。
いろいろと思うところがあっての出奔と帰郷だから、余計に気持ちがセンチメンタルになってしまうのかな。
……あんまりしんみりするのも柄じゃないな、もっと楽しいことを考えないと。
「今日の夜にはギデオンへ着くようですよ。楽しみですね、<超級激突>」
『そなたは本当に好き者よな。いっそ参加してみてはどうだ? 余も力を揮うに吝かではないぞ』
第七形態になってから随分と落ち着きを増したカトリ様だけど、根っこのところで戦闘狂なところは相変わらずだ。
私が闘技者に、かぁ。考えたことはなくもない。
私自身はともかく、カトリ様なら結構いいとこいけそうだし、ランカーの仲間入りもできるかもしれないけれど。やっぱり……
「私はガラじゃないですよ。いつも言ってるじゃないですか」
『……そうだな。そなたが闘技者など……肉食獣の檻に生肉を投げ込むようなものであった』
その通りなんだよなぁ……結局私は、<超級>になっても弱いままだし。
だからこうして、今もカトリ様に頼り切り。彼女の助けが無ければ満足に生きていけない私だから。
まぁ、今更なんですけども。
闘技ファンになったのは、その反動なのかもしれないね。私自身がああいう風に戦えないからこそ、ああいう人達への憧れが強くなる。
そういう意味で今回の<超級激突>は、私にとっても良いきっかけとなったのだと思う。
敗戦に陥った王国に気を揉みながら、一方で参戦もできなかった居心地の悪さに足踏みしていたところを、このイベントが背中を押してくれたのだから。
……スターリングさんにも会えるかな。
結局【グローリア】との戦いのあと、彼とは一度も会わずに王国を離れたから、積もる話も結構ある。
あと彼にだけは私が<超級>になったことを報告したいし。彼には随分とお世話になったからね。
お互いにほぼログインしっぱなしなことは、フレンド画面で確認できていたんだけども。
「ムッタゴさん、少し仮眠をいただきますね」
「ん? おお、かしこまりましたぞ。周囲はよろしいですかな?」
「ええ、あとは私の<エンブリオ>が片付けてくれますので」
そんなことをつらつらと考えていたら、ほんのり眠気が襲ってきた。
なのでムッタゴさんに一言断って竜車に篭もる。身の安全はカトリ様が保証済みだからね。
<超級>になって一番嬉しかったのは、こうして丸ごと任せて私は楽できるということだ!
そういうわけなんでよろしくお願いしますね、カトリ様!
『愚物めが……』
聞こえなーい聞こえなーい。
あとが怖いとかも知らないわからなーい。
ではではおやすみなさーい。
◇◆◇
寝入った<マスター>を見送り、テスカトリポカは周囲を見渡す。
竜車は既に山頂を迎え、眼下に幾筋もの街道とその先のギデオンを臨む位置にあった。
緩やかな下り斜面には、自分達の乗るものとは別の竜車が幾台か走る。彼らもまたムッタゴと同じくギデオンでの大興行に商機を見出したカルディナ商人達だろう。
ムッタゴのような道楽行商とは違い、後列に幾つもの竜車や護衛を引き連れて、満載の荷と人員を誇る彼らは堂々と大道を渡っていた。
「あー……つまんねェ、獲物を前にお預けかよ。サクっと殺って奪っちまえば終いじゃねーの?」
「バッカ言ったろ、カルディナ相手は分が悪ぃって。オーナーだって今ログアウト中なんだ、<ウェズ街道>の二の舞いはイヤだろ?」
そのように目立つ一団だからこそ、舌舐めずりをして付け狙う捕食者達も存在する。
山間を貫く大道を山の中腹から見張り、望遠のマジックアイテム越しに荷を満載にした竜車を眺め、嘆息した。
彼らは王国のPKクラン、<マスター>もティアンも区別なくまとめて略奪する<ゴブリンストリート>。
誰もが恐れる悪名を轟かせる彼らだが、しかし今は慎重だった。
以前依頼を受けて王国西部の<ウェズ海道>を封鎖していた頃にくらった思わぬ<超級>による粛清によって、当時そこにいたメンバー全員がデスペナルティとなり、その大半がそれまでの罪状によって"監獄"送りになったことで、彼らの活動は否応無く縮小せざるを得なくなった。
その騒動の後帰還したオーナーの意向もあって河岸を変え、この<クルエラ山岳地帯>に拠点を移した彼らだが、現在はまた折り悪くそのオーナーがログアウト中のため、大物を前に我慢を強いられている。
そうでなくとも、かのオーナーはカルディナとの摩擦を厭い、手出しを禁じていたであろうが。しかし下っ端にすぎぬ彼らにオーナーの意図を解する思慮は無く、命令と欲望の狭間でウズウズと身悶えしていた。
「見たとこティアンばっかじゃねーか。<マスター>もいないんじゃオレ達の敵じゃねーべ?」
「オーナーにブチ殺されてもいいんなら好きにしろよ、少なくとも俺はイヤだね」
「ンだよ……つまんねェの。あーあ、
彼らは生粋の"遊戯"派であった。悪役RPが面白そうだから<ゴブリンストリート>に加入しただけの少年たちだ。
それ自体は特段不思議ではない。多くのものにとってこの<Infinite Dendrogram>はゲームに過ぎず、彼らはその箱庭を自由に遊ぶ"プレイヤー"に過ぎないのだから。
彼らの目には、あらゆる情報、あらゆる命が、精巧な
たとえば今この瞬間欲望に身を任せて、独断で眼下の商隊を襲い――少なくともティアンにとってかけがえのない命を奪ったとしても、彼らは愉しげに笑うだろう。
有象無象のNPCの屍を漁りながら、大量の獲物を前に小躍りすらするかもしれない。
命令に反したとしてオーナーの罰を受けるかもしれないが、けれど最後には笑ってその分け前に目を輝かせるに違いない。
重ねて言うが、彼らのスタンスは何も間違ってはいない。
この<Infinite Dendrogram>は自由だ。あらゆる生き方は個々人の主観によって許される。あらゆる悪事を働こうとも、運営がそれを誅する法は無い。
しかしだからこそ――彼らを襲う
『愚物が……』
「あん? なんか言ったかオマエ」
「いやなにも……ッ、おい!」
テスカトリポカは、彼らの欲望に満ちた吐露の全てを間近で聞いていた。
左手に紋章を刻む彼ら<マスター>の存在を認め、その動向を探っていたのだが……彼らの振る舞いは、テスカトリポカの怒気を煽った。
彼女の美観に照らし合わせて
「……? ッ、から、からだが動か、ねェ……!?」
「おいお前、そのカウントは……!」
彼ら二人のうち、愚痴を溢していた男がまず異変を察知した。
全身が金縛りにあったように動かず、伝えるべき感覚を五体から遮断する。
簡易ステータスを見ればそこには【麻痺】【呪詛】【呪縛】【死呪宣告】、四種の状態異常。
かろうじて【麻痺】は装備効果により深刻な影響は防げたものの、極めて強力な【呪詛】の影響で激化した【呪縛】が全身を拘束する。
特に致命的な【死呪宣告】のカウントを止めようにも、彼のMPでは強化された【呪縛】をレジストするには到底足りない。
その【死呪宣告】もまた【呪詛】の影響でカウントダウンを早め、それを恐怖に引き攣った顔で眺めながら――やがて彼は光と散った。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」
正体不明の死の宣告に恐れを為し、震える脚をもつれさせながらも逃げようとしたもう一人だが、それも叶わない。
夜闇に染まりつつある<クルエラ山岳地帯>の、その夕日の向こうに何者かの視線を認めて――
「お、お、俺もぉおおおおおお!?」
同様に四種の状態異常を負い、数秒の後に光を放って消えた。
今わの際に、同じ恐怖に顔を歪めながら。
ムッタゴの駆る竜車からカルディナ商隊の走る大道までおよそ七〇〇メテル。
彼ら<ゴブリンストリート>の構成員二人が監視していた地点は、そこより更に二〇〇メテル。
途中の迂回路も含めれば、その総距離――実に一〇〇〇メテル。
テスカトリポカは、マグロのもとから
◇
『……我ながら些か大人気なかったか』
彼らにとっては不運だったろう。
その欲望は結局未遂に終わり、本来誰も犠牲にならずに済んだ此度の山越え。
しかし偶々、彼らにとっては他愛もない駄弁り愚痴を聞かれただけで、結果としてデスペナルティを負うはめになったのだから。
テスカトリポカはチロチロと舌を風に晒しながら、今しがた仕留めてしまった名も知れぬ<マスター>たちを振り返る。
彼らの言に必要以上に腹を立てデスペナルティに追い込んでしまった理由には、彼女もまた一年振りの帰郷に懐古を震わされたからか。
かつて未熟だった頃、ああした手合に何度かPKされた思い出を、再び王国の土を踏んだことで思い起こされたからかもしれない。
いずれにせよ今の一連の暗殺劇は、完全にテスカトリポカの八つ当たりであった。
『余も人のことは言えぬな』
彼女はバツが悪そうに頭を振って、スルスルと数秒の間もなく竜車に舞い戻った。
殺してしまった彼らには悪いが、日頃の行いと思って勘弁してもらおう。
そう心のなかで言い訳して、彼女は久々に人間の姿に戻って<マスター>を枕に目を閉じた。
<超級>到達後なので、その力の一片だけでもなんとか描写しようと思いましたが。
……うん、ゴブストの下っ端二人には悪いことをしてしまいました。
エルドリッジ兄貴を当て馬にしなかったのがせめてものリスペクト。まぁこのあと迅羽さんにコロコロされるんですけどね(
ともあれそんなこんなで<超級>編です。
時系列的にはゴゥズメイズ討伐前後、フランクリンのゲーム開始前。<超級激突>に賑わうギデオンですね。
二次創作の観点からすると、結構面白い時間軸なので頑張っていきたいと思います。
基本的に一人称視点でゆる~く描写していくつもりです。
今後ともよろしくお願いしますね。