□【獣神】マグロ
「毎度あり! お客さん運がいいねぇ、ちょうどそいつで品切れだよ」
夜更けにギデオンに到着したあと、依頼は完了ということで報酬を受け取ってからムッタゴさんと別れ、宿で一泊したあとダフ屋へ直行し目当てのチケットを購入した。
チケットというのは言うまでもなく<超級激突>のもので、せっかくだから少しでもいい席をと思ったのだけど……いやぁ間に合ってよかった!
ほんとは到着してすぐに向かったんだけど、生憎と営業時間が過ぎてしまっていたものだから、先に完売するんじゃないかと夜を過ごす間気が気でなかったよ。
朝起きて即行で向かったんだけど、ギリギリ最後の一枚を手に入れられてラッキーってとこだ。
お値段は即金で二〇万リルと結構なモノだったけど、これでも<超級>の端くれだからね。
ポケットマネーから二〇万リルPONとくれてやったぜふへへへ!
ちゃーんとイベント中お金に困らないよう、お祭りを満喫できるだけの軍資金は用意してるしね。
たまーに《窃盗》持ちのスリ<マスター>やティアンなんかもいるけど、そういうのは全部カトリ様が察知してくれるから問題なし!
うふふ……闘技ファンとして今回のイベントをS席で眺められるのはファン冥利に尽きますなぁ。
「イベント開催までは暫くあるがどうする? この人通りだとおおっぴらに狩りをするにも不便であろう」
カトリ様(街中なのでメイデンモード)がそう尋ねるけれど、もちろん答えは決まってる!
さっきも言ったとおり、イベント期間中は余すことなくお祭り騒ぎを堪能するのです!
久々にギデオンに来たんだから、ショッピングやらカフェやら食べ歩きやら、楽しめることは盛り沢山ありますしね。
「そういうわけなのでデートしましょうデート! カルディナは暑すぎてそういう気分じゃなかったですしね」
「まぁ……よかろう。フルーツパーラーでも回ってみるか」
「レムの実もありますよ、きっと」
カトリ様も満更でもなさそうなので腕を組んで大通りを歩く。
昔と違ってすっかり大きくなってモデル美女になられたカトリ様だから、持ち前の美貌もあって否応無く視線を集めて、<マスター>である私も鼻が高いというものだ。
やっぱりねー私としてはねー、苦労を分かち合った<エンブリオ>が強くて美しくて頼りになるってのは……うへへへってあいたぁ!?
「妄言が鬱陶しい」
「しゅ、しゅみません……」
久々のデート、もとい連れ歩きなので舞い上がってたら強烈なデコピンをもらってしまった。
危ない危ない……あやうく頭がパーンってなるところだった。いや手加減してもらってるのはわかるけれど、ステータス差を知ってる身からすると気が気じゃないマジで。
こほん……ともあれ気を取り直しまして。
一年振りのギデオンだけど、この街はまるで変わらぬ姿のままで、私が知るままの賑わいを今も沸かせていた。
出奔前はちょくちょく訪れていたから余計にそう思うのだろうけど、半年前の敗戦が嘘のように人々は活気に満ち溢れ、各国から訪れる観光客の呼び込みや売り文句が飛び交い、喧騒だけど暇しない熱気に満ちている。
大通りにはいろんな一座のテントが張られて並び、様々な大道芸で色褪せないパフォーマンスの数々を披露する。
極彩色の衣装とメイクをしたピエロが子供たちと戯れる一方で、猛獣使いに玉乗りジャグラー、これまた色彩豊かな芸人が拍手喝采を浴びて輝いていた。
「ほう、これは見事な演奏だな……見たところ<マスター>か、あれはレギオンだな」
「ほぁ~……」
中でも一際異彩を放っていたのが、<マスター>と思しき四人組による演奏だった。
正確には一人の<マスター>とその<エンブリオ>三人組による演奏、かな?
鳥をモチーフにした帽子の<マスター>を筆頭に、ケンタウロス、コボルド、ケットシーをそれぞれ模した<エンブリオ>楽団によるオーケストラ。
そう、オーケストラだ。たった一人の指揮者と三人の奏者だというのに、奏でられる楽曲はフルオーケストラ公演にも負けないどころか遥かに凌駕する壮大さで、道行く人々を釘付けにしている。
メンバーのラインナップはまるで"ブレーメンの音楽隊"のようだけど、動物の真似事で終わる物語とは異なり、プロ顔負けの大演奏だ。
「素敵な<エンブリオ>ですね……」
「<マスター>の技量も凄まじいのだろう。聴衆を虜にする技の冴え……ふっ、こればかりは余とて敵わぬな」
私達は戦闘特化ですもんね。
戦いにおいては妥協も容赦も無いカトリ様だけど、戦い以外の場面では意外にも謙虚だ。
結局のところ独りよがりの力しか持たない私と違って、これを奏でる彼らは無数の人々をこうやって感動に導くことができるのだから、戦闘一辺倒の虚しさを思わされる光景です。
だけど本当、素晴らしい演奏だ。
正直なところ、この<Infinite Dendrogram>でも他に聴いたことがないくらい、あまりに隔絶した技量じゃないのかな?
間違っても路上の大道芸にするには惜しい腕前というか、貴族様のお抱え……いや、王宮御用達になっててもおかしくない。
なんというか、ジョブやスキルだけじゃなくて、素の技量も相当なもののような気がする。
戦闘以外でこれだけ凄い<マスター>もいるんだって、それだけで新鮮な発見だ。
「ちょっと御捻り入れてきますね」
「邪魔はせぬようにな」
あまりに素晴らしい芸なものだから、さすがにこれをタダで聴いては器が狭いというものだろう。
他の人の邪魔をしないよう背を屈めながらコソコソと近づき、金貨を数枚地面に置かれた帽子に投じた。
するとそれに気づいた<マスター>さんが優雅に会釈して、指揮棒を振り上げる。
「おおっ!」
「気前の良い御仁ではないか、得したな」
盛大なファンファーレ(しかもF○verだ)を演奏の途中に挟み、御捻りのお礼を返してくれた。
……なんだこの<マスター>さん、正直めちゃくちゃ好き。
鳥帽子の影に隠れたお顔も、かなり渋くてカッコイイ老紳士だし、私の中で株がググーンと上がったよ今!
「この感動、アフロ松田さんに並びそうですカトリ様」
「……それはあの<マスター>に対して失礼ではないか?」
アフロ松田さん最高じゃん!
あんなぐう聖そうはいないんだよ!?
◇◇◇
音楽隊の<マスター>さんから離れあちこちを歩いていると、彼だけでなく他にもいろんな<マスター>が思い思いのパフォーマンスを演じている。
途中出店で買ったりんご飴やらベビーカステラやらを食べ歩きながら眺めるそれらは、ティアンには出来ない<エンブリオ>所有者だからこそ可能なド派手なパフォーマンスが目白押しだ。
クオリティで言えば音楽隊のお爺さんに匹敵するものは無いけれど、それでもそれぞれの個性の具現化と言うべき<エンブリオ>による演出の数々は、細かい要素を打ち砕いて圧倒する熱気に満ち溢れている。
中にはヒーローショーのような演目もあって、小さなお子ちゃまたちが釘付けになって目を輝かせていた。
「しかしそなたまで一緒になってかぶりつきというのは如何なものか」
「いいじゃないですか、こういうのに年齢は関係無いんですよ!」
かくいう私も夢中になる観客の一人で、子供たちにまぎれて声援を飛ばすのでありました。
……別に恥ずかしくないよね? 他にもパパさんママさんもいるし。家族連れだろって? 知らんな!
そうして一緒になって声援を飛ばしつついよいよクライマックス。
正義戦隊<エンブリオファイブ>と雌雄を決するべく悪の親玉が登場するっぽい流れになってきたのだけど……
『クマママママ……クマも侮られたものクマー』
出てきたのはクマだった。
『クマのハチミツドラッグ侵蝕計画を邪魔立てし、あまつさえクマの配下たちをも数多屠ってきた貴様らの奮闘……しかしそれもここまでクマー!!』
ぐわーっと肉球の柔らかそうな両腕を掲げ、なんか悪玉っぽいコスチュームで着飾ったクマのきぐるみが吼える。
一見してコミカルな外見で恐ろしさの欠片も無いのに、無駄に声が悪のカリスマたっぷりなせいでひょっこり泣く子もちらほら。
よく見ると正義側にもちょっぴり気圧されてる人がいるような。おい、それでいいのか正義の味方。
『クマママ……怖気づいたクマ? それも無理からぬこと、所詮人間如きがクマに勝てるはずもないクマー』
実際クマに人間が勝てるはずはないだろうけど、でもここデンドロだし。
現実基準が全く当て嵌まらないこの世界でクマの優位性を語られても……いやまぁそういう流れじゃないんだろうけどね?
そんなクマ魔王(仮称)は鷹揚に戦隊の皆さんを眺めると、ついで観客席に目を向けた。
『しかしクマは一切の油断も容赦も無いクマ、有象無象の貴様ら相手にも決して手は抜かないクマ……』
「なにをするつもりだ……っ、まさか!?」
『そのまさかクマー!!』
推定リーダーっぽい赤の人が驚愕を示すと同時クマ魔王は観客席に飛び込み、子供たちを一抱えにしながら壇上に戻って……ってなんか私も巻き込まれてるんですけど!?
『ククク……どうだ、手出しできまい。正義を信じる無垢な子供たちに、彼氏も連れず一人寂しく正義に溺れるような独身女……貴様ら正義の味方にクマを討てるか? 貴様らの守るべき者を道連れに、このクマを、悪を討てるか!!』
「くっ……!!」
なんか私さりげにめっちゃディスられたんですけどぉ!?
ちみっこたちに私が紛れ込んでるせいでめっちゃ悪目立ちしてるんですけどぉ!
こっそり震えて笑ってんじゃねーぞイエロー!!
『こういうのをなんと言うのだったか……ああそうだ、草不可避である』
『完全に愉しんでますよねカトリ様!?』
一人逃れたカトリ様がめっちゃ満面の笑顔でこっち見てくる。
ていうか引き笑いまでして涙目も浮かべてるし、ここ一番の笑顔がそれってすさまじく釈然としねー!
こういうときだけ指差して笑ってんじゃないですよ!
そんな心の中の絶叫を他所に演劇は続く。
守るべきものを盾にされ苦悩し葛藤する正義戦隊、それを見て悪の三段笑いをあげるクマ魔王。
舞台上にあがれて笑顔満面の子供たち。そして羞恥に悶える私……
ていうかさぁ、今更だけどさぁ。
一目見てそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりこのクマさんって……
「なにやってるんですかスターリングさん……」
『しーっ! 今は演劇中クマ、おとなしく人質になってるクマー!』
呆れて尋ねると、小声でそう叱られた。
やっぱこの人私とわかって連れ出してきやがったな、マジゆるせねー。
◇
「いやーお疲れ様でした! 子供山さん流石の人気っぷりでしたねぇ」
「完全にうちらが食われてましたよ、もっと精進しないとなー」
「いやでもあのナリであの演技はズルいっしょ、こっちも笑いこらえるの必死だったし」
「リーダー最後ほとんど素で笑うのこらえてたもんね」
『お役に立てたならなによりクマー。子供たちも大満足でナイス演劇だったクマ』
なんだかんだで演劇が終わって楽屋裏。
取り囲む子供たちに握手やら抱っこやらをせがまれながら、なんとか包囲網を脱出して、クマ魔王――もといスターリングさんは正義戦隊の皆さんに歓待を受けていた。
ジュースやらお菓子やらを広げて、束の間の休憩時間を楽しむ傍ら、なぜか私もお招きされてこの場にいる。
肩身狭そうにちびちびとジュースを飲む私に「アドリブとはいえ巻き込んじゃってごめんねー」とピンクの中の人。
やっぱりあれスターリングさんのアドリブだったのか。そしてあの台詞は台本になかったのか。
これはスターリングさんにじっくりオハナシを聞かないといけないよなぁ?
ここにお呼ばれしたわけも、一人大人が子供たちにまぎれて舞台上に連れ出されるのを見かねた詫びにということらしい。
つまり彼らから見ても私の醜態は相当目立ったというわけだ。ガッデム。
『いやはや悪かったクマー。見かけた拍子についつい連行しちゃったクマ』
「予想外の流れでしたけどウケてたからいいですよ……これでスベってたら完全に私戦犯でしたし」
「あはは、まぁウチがゆるめのヒーローショーがウリだから? 普段は巻き込むとしても親御さんだけなんだけどね~」
「細かい部分は子供山さんにお任せしてましたけど、ひょっとしてお知り合いです?」
『そんなとこクマー。久々に会ったからつい魔が差したクマ、すまんクマー』
「いやいや、全然オッケですってウチら。ウケれば正義だし、なぁ?」
「そうそう、正義の味方的に」
そんなヒーロー戦隊の皆さんは数ある戦隊フリーククランのメンバーらしく、例のイベントに合わせて企画していたのだと言う。
スターリングさんにゲスト出演してもらったのは、普段から子供山だの王国のクマさんだのと子供たちに大人気で有名だから、ダメ元でオファーを出したら一回だけならとOKを貰えたらしい。まぁスターリングさん、かなりノリいいですもんね。
『それじゃあ俺たちはそろそろ行くクマー。あとの公演も頑張るクマー』
「はーいありがとうございました! つっても子供山さん抜けたあとハードルすげー高いんですけどね~」
「ぶっちゃけ戦々恐々じゃんね。とりまおつでした、よければまた一緒に演劇しましょーね!」
そして次の公演も近づいた頃合いで楽屋裏をお暇した。
お詫びとしてやたら盛り沢山のお菓子詰め合わせをもらってしまった……さすがに一人じゃ食べ切れないねこれ。
深々とお辞儀して別れると、いよいよスターリングさんと二人なわけだが。
「ほんとにもう、なんというか……相変わらずですね、スターリングさん」
『あっはっは、久しぶりクマー。一年振りくらいクマ? ずっとインしてたのは知ってたけど、こうやって顔合わすのはほんとに久々クマー』
「余もいるぞ、クマの戦士よ。変わらず壮健なようでなによりだ」
『かとりんもお久し振りクマ。なんだかまた成長したクマ? えらく別嬪さんクマー』
カトリ様も姿を現して相変わらずの調子で挨拶を交わす。
スターリングさんの言うとおり、カトリ様も<超級>になってまた一段と成長されたものだから、過去の姿を知るスターリングさんにとっても新鮮なのだろう。
特にその、男性の視線を特に集めやすい格好だしね。スターリングさんはきぐるみのせいで視線がわからないけど、紳士だと信じよう。
「一年も音沙汰無くてごめんなさい。ちょっと思うところあってあちこち旅してたんです」
「余が<超級>に至ったのもあってな。そなたは知っての通りだが、王国にはないモンスターを目当てに、な」
『なるほどなぁ。<超級>か、道理で……<超級>!? マジで!?』
「マジです、マジマジ。ひょっこりなれちゃいました」
いえーいと似合わないピースサインをしてみるけど、スターリングさんの反応は乏しかった。
そんなに意外だったかな? 「マジか……」なんて心底ショック受けてるっぽいけど……まぁスターリングさんは特に私の弱っちいとこ知ってるからなぁ、余計にギャップあるのかも。
「でもその、戦争には参加できなくて申し訳なかったです……あのときは天地にいたせいでどうやっても間に合わなくて」
『あー……それは俺にはなんも言えねぇよ、参加しなかった俺にはな。……軽蔑したか?』
「まさか。スターリングさんのことですから、きっとなにか事情があったんだと思いますし……結局は自由意志ですしね」
『そっか……まぁ何にせよ再会できて嬉しいクマー!』
ちょっとしんみりしてしまった空気をスターリングさんがおどけて振り払う。
やっぱり彼は相変わらずだ。誰よりも強いのに普段は道化を演じて場を和ませてくれる。
なんというか、もし私に兄がいたとするなら、彼みたいな人がきっと理想の兄なのかもしれない。
『とりあえず立ち止まって話すのもなんだし、適当に回るクマ? 俺はもう予定無いしな』
「いいんですか? ならお言葉に甘えて……」
せっかくの彼からの申し出だから、私もとっておきを取り出そう。
アイテムボックスを開いて取り出して装備しますは……これだ!
「じゃーん! どうです? 私も買ってみたんですよ、
『……マグロ?』
「ですです、実は前から結構憧れてたんですよね、着ぐるみ。あとちょっとおもしろいかなって」
『……眼がすっげぇリアルだな』
「グランバロア産なんですよ~。やっぱ魚と言えばあそこが本家って感じですしね!」
『……なぁかとりん、ちょっとこの子若干アホになってない?』
「言ってくれるな、実害は無い」
えっ、なにその反応?
年中着ぐるみなスターリングさんに合わせたコーディネートなのに……
いいと思うんだけどなぁ、これ。「外海を生涯泳ぐ活きの良さをあなたに!」の売り文句が超イカしてたのに。
余談ですがアフロ松田氏のエンブリオはアフラ・マズダといいます(登場未定)