海軍特別犯罪捜査局【改】   作:草浪

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NSCI改 #00

伊勢湾海戦と呼ばれる、深海棲艦との戦いの後、艦娘達の砲も魚雷も火を噴くことはありませんでした。

東京湾海上、非武装の客船上で行われた深海棲艦との和平交渉。人類側からは横須賀を治める桐生司令、この国の長である和部総理、護衛についた大和さん、長門さん、伊勢さんが出席されました。その客船を中心に、当時動ける艦娘達とその何倍もの深海棲艦が睨み合っている写真は後になってテレビで見ました。

 

野分はその時、伊勢湾決戦での傷が癒えず、修復ドックの中にいました。

あの時、野分は和平交渉が行われているとは知りもせず、まだ戦えると思っていました。終戦の知らせは先に修復を終え、四水戦を再編しようとしていた那珂さんから聞かされました。那珂さんは笑顔でした。

 

「もう戦わなくてもいいんだよ!」

 

笑顔の那珂さんは泣いていました。それが嬉し涙ではないことはわかります。

傷が癒え、粘土の高い修復液の浴槽から出た野分は、そのまま自分の艤装を解体されるのを見届けました。四水戦のみんなと、明石さんと夕張さんの手によって解体されていく艤装をただ呆然と眺めていました。

 

野分が終戦、和平交渉が行われていたということを知ったのはそれから大分経ってからです。さっきも言いましたが、何となく眺めていたテレビのニュースキャスターが教えてくれました。当事者の野分より、この人の方が知っているのかと少しだけ腹が立ちましたが、横須賀鎮守府では野分は外様艦娘です。話し相手も四水戦のみんなと、舞鶴にいた人達しかいませんでした。

その時の横須賀鎮守府の雰囲気は最悪でした。長門さん、日向さんを筆頭とした元呉鎮守府所属の終戦派と横須賀鎮守府に元々所属していた人達の徹底抗戦派が常に何処かで怒鳴り声をあげていました。野分達元舞鶴鎮守府の所属の人達は中立の立場をとっていましたが、何人かはどちらから派閥に属していました。

 

司令はこの二つの派閥の争いを止めるために日夜鎮守府を駆け回っていました。手を出すこともあったそうです。野分は偶然にも一度だけ桐生大将が伊勢さんを殴り飛ばすところを見たことがあります。司令は一部を除いた全員に解体を受けるように命令を出していました。ですが、それを拒む人達も少なくありません。伊勢さんもその一人でした。

伊勢さんやその現場にいなかった人達は取っ組み合いの喧嘩だった。そう言いますが、野分にはそうは見えませんでした。殴りかかった伊勢さんが逆に殴り飛ばされた。何度も何度も。

物陰から見ていた野分に気がついた司令は、野分にこのことを誰にも言うなと言って気を失った伊勢さんを担いで工廠の方に歩いて行きました。それから伊勢さんの姿は見ていません。

 

司令がこの内乱にも似た騒ぎを鎮めた頃、艦娘による海軍、鎮守府の解体が決定されました。野分達艦娘は軍を離れるか、それとも残るかという決断を迫られました。

軍を離れても、それなりの生活は保障されていました。働かなくても生きていける様に充分な金額が毎月振り込まれ、更には就職先の斡旋までしてもらえる。至れり尽くせりな生活が待っていました。ですが、軍を離れる選択をした人達の多くは就職先の斡旋を断りました。信用できない司令に指図はされたくない。そう思う人も少なくありません。ですが、そうではない人もいました。舞風はダンサーを目指したい。那珂さんは本物のアイドルになりたい。秋雲は絵で生活したい、青葉さんは記者になると夢を目指して軍を去る人もいました。

野分はやりたいことが見つからず、軍に残ることにしました。

 

海軍少尉という新しい立場を得て、海軍で働き始めた頃、司令は軍を去りました。

戦争を終わらせた英雄。そんな風に祭り上げられ、司令は選挙で大勝し政治の世界に入りました。大和さんはその秘書として共に軍を去りました。

戦時中は艦娘として深海棲艦隊と戦うことだけを考えていましたが、平和になり余裕を持つことが出来たことと、一人の人間として軍に所属することでこれまで見えなかった、

見たくなかったものが見える様になりました。

 

「桐生はのし上がるために艦娘を使った」

 

「あいつは昔から上のご機嫌伺いばかり」

 

そんな言葉が飛び交っています。野分も散々酷いことを言われました。抱かれたのか。兵器あがりの娼婦。そんな酷い言葉投げかけられました。

言われるだけならよかったです。ですが、あの深海棲艦との戦争で海軍はあまりにも大きな組織に肥大化していました。それにより多くの人間が権力を持ってしまったことで、海軍関係者が起こす事件が多くなりました。それに元艦娘が巻き込まれることもありました。

司令がここまで嫌われたのには、政治家になったことだけが理由ではありません。司令はこの海軍関係者が起こす事件を撲滅する。そんなスローガンを掲げ、これを取り締まる組織を立ち上げることを公約として出馬しました。そんな司令が当選したのです。快く思わない上層部の人もいたことでしょう。

 

ですが、そんな言葉もすぐに収まりました。

設立された「海軍特別犯罪捜査局」という組織の本質が見えてきたからです。海軍に関する事件を取り締まるこの捜査機関は警察関係者と海軍関係者の天下り先に過ぎませんでした。声を荒げていた人達の手のひらの返しようは滑稽でした。

表面化する事件の数は減りました。ですが、正当な捜査が行われたとは思えません。噂では、お金にものを言わせて揉み消したと聞いています。

司令はこれが目的だったのかと腹が立ちました。ですが、それも一時の感情にしか過ぎませんでした。厳しい上官、毎日の訓練、艦船の整備、終わらないデスクワーク。そんなものに毎日追われているうちにそんなことを考えなくなりました。ですが、忘れたわけではありません。新聞で「海軍特別犯罪捜査局」という文字を見ると、無意識にそれ以上を読もうとは思いませんでした。野分のデスクのゴミ箱には知らず知らずのうちにグシャグシャになった新聞で埋まっています。

 

ーーーー

 

そんな毎日を送り続けていたある日、軍を離れアイドル活動を続けているらしい那珂さんがこちらに帰ってくることを聞き、久しぶりに元艦娘で集まることになりました。ですが、全員の都合がつくはずもなく、その日集まったのは20人前後しか集まりませんでした。

軍を辞めた鳳翔さんが切り盛りしている居酒屋さんに野分が着いたのは集合時間の30分後でした。お店の暖簾をくぐり、中に入ると日向さんと目があいました。

 

「遅かったな。少尉殿」

 

日向さんは野分に手招きをすると、横に置いていた荷物を退けてました。日向さんの作ってくれたスペースに座ると、ある違和感を覚えました。

 

「不思議な席順ですね。皆さんバラバラに来られたんですか?」

 

「あぁ。明石と大淀に遅れて、私と足柄は一緒にな」

 

「珍しい組み合わせですね……」

 

「職場が同じだからな」

 

日向さんの言葉の意味がわからず、首を傾げていると席に戻ってきた足柄さんが野分の横に座りました。どうやら話を聞いていたようです。

 

「私と日向、それとヨドと明石は軍人じゃないのよ」

 

「皆さん、野分よりも階級が上でしたよね?」

 

「あぁ、そうだ。日向に至っては私より上だったんだ」

 

顔の赤い長門さんが割り込んできました。どうやら酔っているようです。

 

「お前の出世が遅れたのは、大事な会議でサングラスをかけていたからだろうが……」

「うるさいな……」

 

野分は私服姿で頭にサングラスを乗せた長門さんをカッコいいと思いましたが、それを聞いて何とも言えない気持ちになりました。

 

「お前の後釜で中将になれたが、毎日小言を言われるわ、現場に行かなくちゃいけないわで大変なんだぞ?」

 

「それは私も変わらん。まぁ、デスクワークは減ったがな」

 

「中将殿が、一捜査員になるとはな……」

 

捜査員。その言葉を聞いた時に嫌な感じがしました。

日向さんはそんな野分を察したのか、野分の頭に手を置きました。

 

「私は捜査員だ。面倒ごとをやっているのは上の人間だ」

 

「本当にそうですよねー。 下っ端が走り回っている中、上の人たちは都内の高価そうなお店でご飯食べてるんですもん」

 

明石さんがケラケラと笑いながらそう言うと、大淀さんも笑い出しました。そんな二人を日向さんは渋い顔で見ていました。

 

「もぉ! お仕事の話ばっかり! 那珂ちゃん、歌っちゃうよ?!」

 

那珂さんは立ち上がって踊るような動きをしました。すると、鳳翔さんがラジカセを持ってきました。

 

「これ、よかったら使って」

 

鳳翔さんは那珂さんにマイクを渡すと、再生ボタンを押しました。可愛らしい音楽が流れはじめます。

 

「じゃあいっくよ〜!!」

 

「あっ、迷惑になるからあんまり大声は出さないでね?」

 

控えめな那珂さんの歌声で盛り上がり、結局その日は遅くまで楽しい時間を過ごしました。

 

 

ーーーー

 

その会がきっかけで、野分は一人でも鳳翔さんのお店に行く機会が増えました。野分は舞風と一緒に暮らしているのですが、帰りが遅くなり、晩御飯がないときは大体鳳翔さんのお店に行きます。

その日も長い洋上演習が終わり、久々の連休を迎えられることに浮かれていた野分は意気揚々と鳳翔さんのお店の暖簾をくぐりました。

 

「野分ちゃん! いらっしゃい!」

 

「あら。のわっち」

 

「一人か? 珍しいな」

 

カウンターに日向さんと足柄さんが座り、厨房から鳳翔さんがひょこっと頭を出してこちらを見ていました。

 

「こんばんわ。ご飯食べにきました」

 

足柄さんの横に座ると、足柄さんは何も言わずにコップにビールを注いでくれました。

 

「野分ちゃん、今日はどうする?」

 

「唐揚げ定食ください」

 

「かしこまりました」

 

鳳翔さんがご機嫌に料理を始めると、足柄さんが不思議そうに野分のことを見ていました。

 

「よく来るの?」

 

「はい。お酒は飲みませんけどご飯を食べに」

 

「そうなの? でもここに来て飲まないなんてもったいないわよ」

 

足柄さんは空になった野分のグラスにまたビールを注いでくれました。心なしか、フワフワします。

 

「それで、そっちはどうだ、少尉殿?」

 

日向さんが野分に尋ねます。

 

「どうもこうも……朝は訓練、午後から溜まった書類仕事で大変ですよ」

 

「嫌なこととかないか? あるなら長門に言っておくが……」

 

「嫌なことしかないですよ。艦娘だったこと……女の子だからって馬鹿にされますし、そうかと思えば力仕事ばっかりやらされることもありますし。舞鶴にいた頃に戻りたいですよ」

 

「そうか……長門に言っておこう」

 

「それに、よくわからない経費の書類を総務に持っていて、おじさんに舐め回す様に見られるのも野分の仕事ですし。まったく責任のなすりつけあいに巻き込まないでほしいものです」

 

「なにそれ? おもしろそう。ちょっと詳しく聞かせてよ」

 

足柄さんが笑いながらそう言いました。けれど、目が笑っていません。鳳翔さんが黙って野分の前に唐揚げ定食を置きました。なんだかすごく他人行儀に感じます。

 

「不正でもしているのでしょう。以前気になって調べてみたのですが、訓練で使われた燃料と帳簿上の燃料があわないことが何度かありました。きっと弾薬類もあわないでしょう。訓練で用いられるのは空砲ですが、書面上は実弾演習になっていたりしますし」

 

「そこまでわかっていて、何故動かない?」

 

日向さんが野分のことを睨む様に見ていました。けれど、不思議と怖くありません。

 

「野分は一人の兵隊さんですからね。それに、そういうお仕事は日向さん達のお仕事じゃないんですか?」

 

「……どうやってどこまで調べた?」

 

「簡単ですよ。書類を提出する前に中を覗いてメモをするんです。それを後で照会すればいいんですから」

 

「でも数が多ければ時間がかかるでしょう?」

 

「野分は元四水戦ですから。何隻もの敵の動きを見ながら砲雷撃戦するよりも、動かない書類の数字をメモする方が全然簡単ですよ」

 

「そこまで集中して紙は見れんが……足柄に爪の垢でも煎じて飲ませたいな」

 

日向さんはそういうと興味深そうに野分を見ました。

 

「そうね。次の獲物は決まったわね」

 

「あぁ。明日から動く。絶対に逃すなよ」

 

「了解したわ……ほら、のわっち。食べたいものがあったら好きなだけ頼みなさい」

 

「野分はこれだけでお腹いっぱいです」

 

結局、唐揚げ定食と足柄さんが頼んだフライドポテトと、日向さんの頼んだゲソ揚げのおかげで翌日の野分の胃はとても重たかったです。

 

 

ーーーー

 

連休が明け、勤務五日目のことでした。どんな時でも、連休明けの仕事はリフレッシュしたし頑張ろうとは思いません。その日の業務を終え、明日のお休みに舞風と買い物でも行こうと思いながら正門をくぐると、例の総務のおじさんに呼び止められました。

 

「野分くん。ちょっといいかな?」

 

「…………はい。何でしょうか?」

 

「食事でもどうかと思ってね」

 

正直嫌でした。けれど、このおじさんは階級は上でした。断れば何を言われるかわかりません。

「わかりました。お供いたします」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ行こうか。何が食べたい?」

 

「野分のよく行くところでもいいですか?」

 

「あぁ。構わないよ」

 

野分はそう言い、歩いていける鳳翔さんのお店に向かいました。あそこなら何かあっても鳳翔さんがいるからなんとかなる。そう思ったからです。

 

「いらっしゃいませ……お二人ですか?」

 

「はい。二人です」

 

「出来れば奥の座敷に上げてもらえるかな?」

 

「…………かしこまりました」

 

鳳翔さんは笑顔で応対していましたが、目が笑っていませんでした。奥の座敷に案内され、襖を閉められると二人きりに感じてしまいとても嫌な感じがしました。

 

「何飲まれますか?」

 

「とりあえずビールを貰おうかな。野分くんは?」

 

「同じのにします。食べるものは適当でいいですか?」

 

「構わないよ」

 

野分は席を立ち、鳳翔さんに注文に済ませると、もう一つある隣の座敷から楽しそうな声が聞こえてきました。羨ましい。そんなことを思いながら襖を閉めると、後ろから急に抱きつかれました。

 

「野分くん。今日呼んだ理由がわかるかい?」

 

「いえ、検討もつきませんが」

 

いくら成人男性といえど、野分は元艦娘です。力任せに振り解くと、彼は楽しそうにこちらを見ました。

 

「野分くん。君、特捜に何か言ったかね?」

 

「いえ、何も」

 

「そう。それが嘘でもいいんだ。これが何かわかるかい?」

 

彼はそう言うとジャケットの内側のポケットから一枚の書類を取り出し、野分の目の前に置きました。それを手に取り、内容を読むと、そこには野分が経費を横領している。との旨が書かれていました。

 

「これは?」

 

「君には横領の容疑がかけられている。私ならそれをもみ消すことができる。そうすれば君は特捜に捕まることもないし、尋問を受けることもない」

 

「野分はやっていませんが?」

 

「そこに書いてある名前を見たまえ。いくら君がやっていないと言っても、上の人間がやったと証言しているんだ」

 

「……野分を脅すつもりですか?」

 

「君がとても優秀なのは知っているよ。君のパソコンからデータベースにアクセスしたログも全て見させて貰った。私達を脅かそうとしているのだろう?」

 

「……何のことでしょうか?」

 

鳳翔さん。随分遅いですね。先に飲み物だけを頼んでおくべきでした。

 

「君にとっても悪いようにはしない。元駆逐艦の艦娘というだけで他よりも階級が低いことを不満に思ったことも少ないないだろう? 私なら君の力になれると思うがね」

 

「つまり、野分に不正を口外するなと言うのですか? それならご心配なく。告発するつもりなんてありませんから」

 

「……最近、どうも特捜が嗅ぎまわっているらしくてね。それに野分くん。私は君の罪を無かったことにしてやろうと言っているんだ。口外しないなんて約束だけじゃ釣り合わないと思わないかい?」

 

「……野分にどうしろと?」

 

「君を私の好きにさせてくれたらそれでいいのだが?」

 

「……最低ですね」

 

「お待たせしました〜」

 

突然襖が勢いよく開くと、陽気な声が聞こえてきました。それは鳳翔さんのものではありません。

 

「なんだ?! 君たちは!」

 

「ご注文されてたビールと、刺身の盛り合わせ……それとこちら、逮捕状でございます」

 

声の主である足柄さんは野分の目の前に料理やジョッキを置くと、彼の目の前に逮捕状を置きました。

 

「特捜か……馬鹿馬鹿しい。証拠はあるのかね?」

 

彼は逮捕状を見ると鼻で笑いました。続いて日向さんが座敷にあがってきました。

 

「その件に関しては機会があれば長門中将にでも聞いてみろ。今のお前は容疑者ではなく現行犯だ」

 

「なんだと?」

 

日向さんは足柄さんに合図を送りました。足柄さんは頷くと、机の下に手を伸ばし箱状の機械を取り出しました。

 

「ここでの会話は全て聞かせて貰ったし、録音もさせて貰ったわ」

 

「……野分くん。君は私をはめたのか?」

 

「…………野分は何も」

 

野分には何が起こっているのかわかりませんでした。どうしてここに日向さん達がいるのかも、こんなものが仕掛けられていたのかも。

 

「野分は何も知らんさ。お前が私達の策にはまったんだ。そもそも私達はお前らに感づかれるような杜撰な捜査はしない。お前が捜査対象であることを匂わせておいて、泳がした。そうしたらお前は野分を強請った。そこを私達が抑えた。それだけのことだ」

 

「……じゃあどうしてこの店だとわかったんだ?」

 

「簡単なことよ。あなたみたいに女の子をいやらしい目で見る人と、二人きりでディナーに行きたいなんて誰も思わないってことよ」

 

足柄さんは彼の手を掴むと、そのまま手錠をかけました。

 

「……こんなことをしても無駄だ。私を誰だと思っている」

 

「さっき言ったろう。機会があれば長門に聞けと。もうお前は総務の長でも軍人でもない。ただの犯罪者だ。足柄。連れて行け」

 

「ちょっと。か弱い乙女一人に連行させるわけ?」

 

「…………暴れるようなら足にも手錠をかけてトランクにでも放り込め。私達もすぐに行く」

 

「せめて何か言って欲しいものね……わかったわ。また後でね」

 

「私達? 野分もですか?」

 

足柄さんが引きずるように彼を連行して行くのを横目に、野分は日向さんを見ました。日向さんはポケットから綺麗に畳まれた紙を野分に渡しました。

 

「…………これ、本物ですか?」

 

「コピーだ。原本はオフィスにある。署名してもらわないといけないから来てもらえるか?」

 

「そういう問題じゃないのですが……」

 

その紙には、野分が海軍特別捜査局に異動しろとの辞令で長門さんと日向さんのサインも書かれていました。一瞬偽物かと思いましたが、長門さんのサインは何回か見たことがあります。恐らく間違いありません。

 

「日向さん、意外と可愛らしい字を書くんですね」

 

「……それが捜査員になったはじめの感想か?」

 

「まだ署名してませんから……」

 

「あら? 足柄ちゃんは?」

 

鳳翔さんが様子を見に来ました。

 

「足柄は諸用で帰った。私達もそろそろおいとまさせて貰おうかと……」

 

「え? 野分ちゃんの栄転祝いなんでしょ? せっかくお店も閉めたのに……」

 

鳳翔さんは残念そうな顔をしました。野分は何も悪くありませんが、すごい罪悪感を感じています。

 

「野分。明日は暇か?」

 

「はい。午前中は暇してます」

 

「なら明日の朝、足柄を迎えによこす。今日は私の奢りだ。楽しんでくれ」

 

日向さんはそう言うと先程まで男が座っていた場所に座りました。野分も元いた場所に戻ります。

こうして野分は捜査員としての一歩を踏み出しました。

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