窓から横須賀海軍基地、旧横須賀鎮守府だった建物が見渡せる。私達、海軍特別犯罪捜査局は横須賀海軍基地から車で十分ぐらいの場所に立地している。二年前に建てられたこの近代的な建物は内装もモダンで、出入りする職員も皆お洒落をしている。
「ねぇ、日向。オフィス引越しの件はどうなっているの?」
私達、捜査一課七係のオフィスの上座にデスクを構える日向に声をかけると、日向は書類で顔を隠した。つまり、どうにもなってない。そういう意味でしょう。
「なんで私達のオフィスは小会議室なんて窓のついた物置みたいな場所なのよ。他の子なんて、公務員の働く場所とは思えないほどお洒落な部屋で、机もお洒落で、コーヒーメーカーまで完備されてるのよ?」
「必要なものが全て揃ったこの部屋で、パソコンが置ける机に、給湯室に行けば珈琲もお茶も好きなものが飲める。それで満足じゃないか?」
「……きっと今日入ってくる子達も私達よりも恵まれた環境で仕事をするというのに」
そう。奇しくも今日は四月一日、新しい職員が入ってくる日だった。朝、のわっちを迎えに行き、地下の駐車場からエレベーターに乗っていると、真新しいスーツを身にまとい、自分たちの将来に輝かしいものを信じている若者達が乗り込んできた。
「5階をお願いします」
操作盤の前に立つ私に彼はそう言うと、同じくスーツを着ているのわっちに声をかけた。同じ新入職員とでも思ったのでしょう。のわっちの銀髪を見て驚きの声をあげていた。そんな会話の中で、小声で聞こえてきた言葉がある。
「エレベーターにも専門の職員さんがいるんですね」
誰がエレベーターガールよ!
若者達は五階で降りていく。降りないのわっちを不思議そうに見ていたが、私は閉ボタンを連打していた。
「……野分はそんなこと思ってませんから」
のわっち。フォローの仕方が下手じゃないかしら?
そういうことがあって、今、私は彼らに嫉妬している。私もお洒落なところで働きたい。
「しかし、野分は遅いな。建物の案内だけのはずだが……」
日向は壁にかけられた大きなモニターを見た。パソコンの画面を共有できるように設置されたそれには、大きく時刻が表示されている。もう昼の休憩も残りが少ない。
「ヨドに連れられてご飯でも食べてるんじゃない?」
「だといいが……」
日向はそう言うと、席を立ちあがった。軽く身支度を整えると、私の方を見た。
「少し離れる。野分が来たら、ここでのことを教えてやってくれ」
日向はそう言い部屋を出た。私は残っていた珈琲を一気に飲み干すと自分のデスクに積まれた書類の山を見た。
「午後から頑張りましょうか……いえ、午後もね」
ーーーー
のわっちがヨドに連れられてオフィスに戻ってきたのは三時前だった。二人ともやつれたような顔をしている。
「何かあったのかしら?」
「いえ、途中で局長につかまりまして……小言をたくさん言われた後に、食堂に向かったら新入職員の歓迎会が行われていまして……外に食べに行こうと思ったのですが、そこで野分さんがつかまりまして……結局付き合う羽目になりました」
「初日から心が折れそうなのですが……」
「大丈夫。私もここに来た初日に心は折れたわ」
新しく用意したデスクに座らせると、のわっちは何も置かれていないデスクにぐでーっと突っ伏した。
「足柄さん。ここに来た日は日向さんが溜め込んだ書類を徹夜で仕上げてましたもんね」
「そうね。まさか自分で自分の転属届けを書くことになるとは思わなかったわ」
「日向さんって意外とズボラなんですか?」
のわっちが顔だけあげてこちらを見ている。
「ズボラではないわ。他の部署は20人近くいるのだけど、その仕事量を二人で回すからどうしても人手が足りないのよ」
「私も手が空いてる時は手伝うんですけど、明石の申請書の処理で手が回らないことの方が多いですね」
「だからこんな倉庫みたいな部屋なんですか……」
のわっちはまた顔を突っ伏した。どうやら想像していた場所とはかけ離れているようね。
「倉庫みたいな部屋でも、設備は他の部署より整っている」
いつの間にか戻って来た日向が扉の所に立っていた。
「足柄、車を表にまわしてこい。野分、装備を渡す。付いてきてくれ。どうやらここの新人は初日は帰れないらしい」
「ちょっと! 説明ぐらいしなさいよ!」
「今は時間が惜しい。説明は車内でする。急げ」
のわっちは慌てて席を立つと、日向のあとを追った。私は部屋の恥に置かれた施錠されたロッカーから自分の装備と日向の装備を引っ張り出す。ライトのついたシグを収めるホルスターを二つ。それと弾、予備のマガジン、防弾チョッキを大きいボストンに放り込む。
「……あの」
振り返ると不安そうな顔をしたヨドがいる。
「どうしたの?」
「野分さんのこと、よろしくお願いします」
「わかってるわ。じゃあ行ってくるわね」
私はヨドの肩を叩いて部屋を出た。
ーーーー
正面玄関に車をつけ、二人を待っていると、仏頂面をした日向と緊張でガチガチののわっちが出てきた。のわっちのスーツのジャケットの脇の下が不自然に盛り上がっている。日向は後ろの席にのわっちを乗せると、乱暴に助手席に座った。のわっちが何かしたのかしら。
「何かあったの?」
「何もどうもない。頼んでおいたはずの装備がまだ来てなかったんだ」
日向は私に車を出せとアイコンタクトをする。私はギアを入れ替えて車を走らせる。日向はナビを操作しながら愚痴をもらす。
「でも装備は受け取れたんでしょ?」
「あぁ。P46をな」
「……はぁっ?!」
「前を見ろ」
思わず隣に座る日向の顔をマジマジと見てしまった。そもそもどうしてそんなものがうちにあるのか。それに弾は。様々な疑問が浮かぶ。
「あの……野分はこれをどうしたら」
バックミラー越しにのわっちと目が合う。私も写真でしか見たことないそれを脇の下に収めるのわっちはとても不安そうな顔をしていた。
「私の許可なく抜くな。私が許可しても抜くな」
日向がそう言うと、のわっちは更に不安そうな顔つきにいなった。そりゃそうよ。意味がわからないもの。
「それで、これはどこに向かっているの?」
ナビの指示に従って車を走らせてるけど、目的地まではわからない。都内に向かっているのはわかる。そもそも説明を受けていない。
「今朝、都内のホテルで衣笠が何者かに連れ去られた。なんでも取材だとかで待ち合わせをしていたらしい。まだ確認はしていないが、複数人のグループに連れ去られ、そのまま外で待機していた車に乗せられたらしい。私達はとりあえず現場に向かう」
「衣笠さんは大丈夫なんですかっ?!」
席の間からのわっちが顔を出す。その顔は不安と焦りで白くなっていた。
「危ないから大人しく座っていろ」
日向は冷たく言い放つ。のわっちは言われた通り元の場所に戻ったけど、ソワソワしている。日向は仕事の時は対応が冷たくなる。私もはじめの頃はそれに腹が立ったが、今では馴れた。こういう時の日向は常に何か考え事をしている。私には何を考えているのかはわからない。けれど、常に次のことを考えていることだけはわかる。
「衣笠は無事だろう。というより、普通の人間が力付くでどうこうなる相手じゃない。もし相手の中に現役の艦娘、もしくは戦艦、空母の元艦娘がいるならわからんが……そういう報告も受けていない」
「……深海棲艦かもしれません」
「私もそれは考えた。だが、やつらに解体された衣笠をさらう理由がない」
「衣笠って青葉と一緒に事務所立ち上げたわよね。ジャーナリズムがどうのこうのって言って。青葉は何か言っているの?」
「いや、こちらは青葉からは何の連絡も受けていない」
「どういうことですか? だとしたら何故衣笠さんがいなくなったことがわかったのですか?」
のわっちが鋭い指摘をする。気が動転しているのは顔をみればわかるけど、私にも気付かなかったことを指摘するとはこの子、なかなか出来る子かもしれない。
「私達、艦娘は国、軍、そして私達特捜の監視下に置かれている。私にもどういう原理かはわからないが、おそらく体内に残された艦娘としての機能の何かがあるんだろう。その衣笠から発せられる信号が追えなくなった。原因を調べたら今朝の誘拐事件と繋がった。そういうわけだ」
「信号が追えなくなったって……あなた、それ死んでるんじゃないでしょうね?」
私は迂闊なことを喋ってしまった。ハッと気がついて、恐る恐るバックミラーを見る。のわっちが今にも泣きそうな顔をしていた。日向はそんな私の左のももを叩く。結構痛い。綺麗な手形が残っている気がするわ……
「後学のためにおしえてやる。足柄の信号は二週間に一回は追えなくなるらしい。だいたい水曜日の夜から土曜の昼までだ」
「どういうことかしら? 私はやましいことなんて何もしてな……」
言いかけて途中で気がついた。二週間に一回のその日程は私が貯めに溜め込んだ書類を徹夜で仕上げている時間だ。
「そういうことだ。信号は本人の体調の影響を受ける。つまり健康のバロメーターだと思っていい」
「なら衣笠さんの体調が悪いってことじゃ……」
「……単純に寝てないってことでしょう?」
「眠らせないような拷問を受けているとか……」
のわっちの思考がどんどんまずい方に向かっている。頭はいいけど考えすぎる傾向があるようね。
「それはお前のせいだろう。行けば何かわかる。急げ」
日向、人の心を読むのはよくないわよ。私はグッとアクセルを踏み込む。前の車が道を譲る。煽っているつもりはないのだけど。
「こういう時に白いクラウンは便利ね」
「そういう使い方をするんじゃない」
バチンッ! またももを叩かれた。
ーーーー
白黒のパトカー、銀色の覆面、その後ろに車をつけるとスーツを着たお兄さんに声をかけられた。女の子二人と小難しい顔をした女性がのる車を見た彼は笑顔で私に声をかける。
「はい、これ」
身分証を見せると、引き締まった顔で返礼された。なかなかいい顔してるじゃない。
「ご苦労様」
先に車を降りた日向は白い手袋をはめて立ち入り禁止のテープを潜る。私は野分を連れて後に続く。世俗的に超高級と言われるこのホテルのロビーは天井も高く、豪華なシャンデリアが吊り下がっていた。その脇に目立たないように監視カメラがある。
「映像を見せてもらえるかしら?」
近くにいた捜査員に声をかけ、カメラの映像を記録してある部屋まで案内してもらう。日向は現場が見たいと言いロビーに残った。
従業員に操作で録画してある映像を再生すると、衣笠が座って誰かを待っていると映像が映し出された。
「随分と粧しこんでるわね……誰を待っていたかわかってるの?」
「いえ、そこまではまだ調べがついていません」
「そう……わかったわ」
映像は続き、五人のガタイのいい男性に囲まれ、そのまま玄関の方へと歩いていく。
私は爪を噛んでいた。なぜ衣笠が素直について行ったのかわからない。それに、こういう突っ込んだ取材をするなら性格的に青葉がするはず。どうして衣笠なのかしら。
「足柄さん! これ!」
のわっちが画面を指差した。画面を覗き込み、よく見る。ピンク色のポニーテール。恐らく間違いはない。青葉だ。
「青葉の居場所はわかっているの?」
「いえ、青葉氏とも連絡がついておりません。現在そちらの行方も追っています」
「……そう」
使えない。そう思ったけど、彼らに青葉が見つけられるとは思わなかった。好奇心が旺盛で、自分の体力が続く限り自由奔放に動き回る。そして偏ったジャーナリズムで面白おかしく記事を書く。そんな青葉たちを胡散臭い連中は快く思わないでしょう。それでも好き勝手やれる彼女たちだ。そう簡単に見つかるわけがない。これは面倒なことになってしまったわ。
「ほぼ、さっきの日向の言っていた通りだったわ」
「ほぼ?」
入り口に立ち、外を見ていた日向に声をかけると、日向は眉をひそめた。
「えぇ。最後に青葉が映っていたわ」
「やはりそうか……」
日向はそう言うと入り口の脇にある窓に面した花壇を指差した。そちらの方を見てみると、土の部分に足跡がいくつかある。
「あの位置からなら衣笠が座っていた場所が見える」
「青葉らしいわ……」
「お前らは青葉を探してくれ。私はもう少しここに残る。後でオフィスで落ち合おう」
「わかったわ。のわっち。行きましょう」
「わかりました」