納得していない、どこかの航空戦艦の様な仏頂面をしたのわっちとオフィスに戻ると、本家仏頂面が退屈そうに座っていた。
「遅い」
「青葉と話し込んでしまってね」
日向はパソコンを操作し、壁に掛けられたモニターが時計から日向のパソコンの画面に切り替わった。
「衣笠を攫ったやつらの身元が割れた。全員、雇われ者だ。犯行に使われた車両も特定したし、どこに行ったのかもわかった。明日の朝、陸奥の部隊と突入することが決まった」
「陸奥の部隊? 彼女、今は神奈川県警のお巡りさんじゃないの? 制服を着てミニパトに乗って、違法駐車のタイヤに落書きする仕事してるって前に聞いたけど」
「あのプライドが高い陸奥がそんな雑務をするわけないだろう……公安の一つの部隊のまとめている。ここの前身みたいなものだ」
「ふーん……公安と合同でなんて私達も偉くなったものね」
「本気でそう思っているのか?」
日向の眉間に深いシワが刻まれた。どうやら、相当機嫌が悪いようだ。そういえば、朝からそうだったわね。
「何かいけないことでもあるんですか?」
のわっちが不安そうに呑気なことを言う。
「マズイわね。もし立場上は向こうの方が上だから。終わった後の処理、それ以降がとてもめんどくさいわ」
のわっちは未だによくわかっていなそうな顔をしている。そんなのわっちを見て、日向はモニターを切り替えた。
「詳しい説明がまだだったか。私達、海軍特別犯罪捜査局、長いから特捜と略すが、特捜は昔の憲兵みたいなものだ。捜査権があり、武装も許容されている。だが、その捜査権は海軍に関することまでと限定されている。ここまではいいか?」
「はい」
「私達七係は主に元艦娘、及び深海棲艦に関する事案を取り扱う」
「それと雑用ね」
私が口を挟むと、日向は嫌そうな顔をした。だが、間違ってはいない。
「雑用に関しては先程聞きました」
「お前は新人に何を教えているんだ……」
「事実でしょう?」
「……話を戻そう」
日向め。強引に終わらせたわね。
「さっき言った仕事をこれまで引き受けていたのが陸奥の公安の部隊だ。私も正式名称は知らないが、便宜上、陸奥部隊とでも呼ぼうか。陸奥部隊は公安の際限ない捜査権が与えられている。つまり、主に元艦娘、深海棲艦に関することを主に調べていただけで、それ以外の厄介ごとも請け負っている捜査部隊になるわけだ」
「なら同じ目的を持ったもの同士、協力出来ますよね?」
「昔から言うでしょう。警察と軍隊は仲が悪いって。向こうにしてみれば、仕事を一方的に取り上げられて、もう関わらないでって言われたようなものよ」
「仕事が減るならいいことじゃないですか?」
「足柄の言い方を変えよう。利益を一方的に取り上げられて……私達も向こうも仕事は捜査と称した情報収集にある」
「……そういうことですか」
ようやくのわっちも納得したようだ。でも日向、あなたも新人に何を教えているのかしらね。今朝会った若い子達もそんなことを教えられていないと思うのだけど。
「私達はそういった権力から元艦娘を守る。そういう立場にいる」
日向は立ち上がるとのわっちの上着の上から隠れているホルスターを触った。
「お前のここにあるこれは、彼女達が彼女達らしく生きるためにお前のここにある。使い方を間違えるなよ」
「わかりました」
なかなか感動的な場面だけど、そんなことをしている場合かしら。
私は手を叩いて、二人を自分たちの世界から呼び戻した。
「私からの報告は必要かしら?」
「あぁ。頼む」
私は先程の青葉との話を日向は黙って聞いていた。私が話し終えると、目を瞑りしばらく考えこむ。
「車の方はお前に任せる。明石と一緒に新しいものを用意してくれ。私は何も言わん」
私は何も言わん。ということは好き勝手にしていいと言うことね。青い一航戦じゃないけど気分が高揚するわ。
「うちの上が絡んでいるとなるとそれ以上の立件は出来そうにないな」
日向は大きなため息を漏らした。
「作戦を変える。明朝、陸奥部隊よりも先に、私達単独で衣笠を救出する。陸奥には申し訳ないが……まぁ、長門から根回ししてもらうとしようか」
「あら? 日向のことだから、徹底的に調べ上げるのかと思ったけど?」
「今回は青葉達の手柄も大きい。なら彼女達が望むものを与えようじゃないか」
日向は悪戯な笑みをもらす。その後自分の財布からお札を取り出して私に差し出した。
「初日から悪いが、今日は泊まりだ。足柄、これで野分と何か食べてこい。私はやることがある」
「後で請求するからとっておいて」
「お前の酒代は出さん」
「ケチな上司ね……」
私は日向の出した一万円札を受け取る。ここら辺で二人でご飯を食べるなら多すぎる額だ。私はこの時間までやってる安売りのディスカウントストアを思い浮かべた。
「……安物で悪いけど、我慢してね?」
「何の話ですか?」
「スーツのまま寝るわけにはいかないでしょう? それに化粧品とか必要なものもあるでしょうし」
「野分は構いませんが……それに野分はすっぴんですし」
同じ元艦娘のはずなのに。
「……羨ましいなぁ、足柄」
日向がニヤニヤしながらボソッと呟く。えぇ。まったくもってその通りよ。
ーーーー
のわっちの寝間着と私が選んだ必要最低限の化粧品を買いこみ、近くのファミレスに入った。注文を追え、先に出てきた珈琲を飲んでいると、のわっちが口を開いた。
「思っていた場所とは随分違うのですね」
「海軍の上層部とつるんで悪いことしてると思った?」
「はい……正直に言うと」
のわっちはオレンジジュースを飲んでいる。子供っぽい。選んだ時にそう言ったが、珈琲よりもこっちの方が頭が働くとのわっちは言っていた。
「当然、悪いことをしている人もうちにはいるわ。けれど、日向はそれを変えようとしている。だから私もここにいるのよ」
「先程、艦娘と深海棲艦に関することを取り扱う。そう日向さんは言っていましたが、雑用というのは押し付けられたらやらなきゃいけないんですか?」
のわっちの含みのある言い方に別の意図を感じる。もしかしたら、この子は日向と似ているかもしれない。
「……基本的には、やらなくちゃいけないわね」
「なら例外的に断ってきた雑用もあると」
「……ちなみにだけど、断ってきた雑用の方が多いわね」
先にのわっちが聞きたいであろう答えを先に言ってみる。のわっちは納得したように頷いた。
「……日向さんは、先程の陸奥部隊の様なチームを作りたいと考えているのですか?」
「それはわからないわ」
嘘はついていない。私にはわからない。けれど。
「足柄さんはどうお考えで?」
この子、本当に鋭い。
「それ以上のチームを作ろうとしているのじゃないかしら?」
「そうですか」
「お待たせしました!」
ちょうど料理が運ばれきた。私はカツカレー。のわっちはナポリタン。のわっちは考えるのをやめ、フォークとスプーンを持つ。私はスプーンで乗っているカツを一口大に切り分けた。
「……意外ですね」
「何が?」
「もっと大胆に食べると思っていました」
のわっち。あなた私のことガサツな女だと思っていないかしら? でも思い当たる節がないわけではない。
「急いでなければ……ね」
私は切り分けたカツとカレーを一口食べる。まぁ、こんなものよね。
黙々と食べていると、先にのわっちが食べ終わった。私は見ていた。上品にスプーンの上でパスタを巻いていたけど、その一口が大きい。のわっちは躊躇うことなく呼び出しボタンを押した。
「デザート?」
「いえ……主食を」
のわっちは恥ずかしそうに言った。初日なのにこんなにバタバタしてたらお腹空くわよね。
ーーーー
オフィスに泊まった私達は日が昇るよりも早く起きていた。
「おはようございます」
灰色のスウェットを着たのわっちが眠たそうな目をこすりながらオフィスに入ってきた。どうやら朝は弱いようだ。
「おはよう。顔を洗うなら給湯室を使ってくれ」
先に着替えも済ませている日向が答える。のわっちは黙って頷くとフラフラと給湯室に向かっていく。そんなのわっちを見た日向は苦笑いをしている。
「足柄と同じで朝は弱いようだな」
日向の口から私の名前が出る。そういう私も寝間着のまま自分の椅子に座りボーッと珈琲を飲んでいる。考えてみると、昨日からこれしか飲んでいない気がする。いや、いつもか。
「足柄。いつまでもボヤッとしてないで着替えろ」
日向の声を聞いて、私は机の上に置かれている服を見た。上下黒のBDU。色気の無い服。私は日向を見る。艦娘時代の制服のイメージとは全然違う日向がそこにいる。
「なんか……男みたいね」
ふらっと日向が立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
ゴンッ!
私の頭に鈍い音が広がる。それに遅れて頭に鈍痛がくる。
「いったぁ〜〜い!!」
私は頭を抑えた。それで完全に目が覚めたけど。
「起きたか。足柄捜査官。早く着替えて用意をしろ。これは命令だ」
「なにもぶつことはないでしょう!!」
「人を男扱いした罰だ」
「そんじょそこらの男よりよっぽど男らしいわよ……」
「何か言ったか?」
「なんでもないわよ!」
私は慌てて寝間着を脱ぐ。するとちょうどのわっちが帰ってきた。顔を洗い目が覚めたのだろう。いつもの凛々しい目をしている。
あら? どうして顔を赤くしているのかしら?
「……せめて人目につかないところで着替えてくれませんか?」
「いいじゃない。女しかいないんだから」
「やっぱり足柄さんは足柄さんですね」
「野分。言ってやるな」
どういう意味よ!
私はそのまま着替えを続行した。野分は自分の机に置かれた服を持って部屋を出る。
「お前も少しは野分を見習え」
「善処してあげないこともないわ」
上司に殴られて、部下には蔑まれる。
なんて清々しい朝なのかしらね。
ーーーー
防弾ベストを着込み、その上にプレートキャリアを着込む。
艦娘だった頃はこんな装備は必要なかったけど、今は違う。人間よりもとっても頑丈に出来た元艦娘とはいえ、銃弾を直接受けたらただじゃ済まない。それに今は艤装がない。だから人間と同じ装備が必要になる。
「足柄さん……これ……」
のわっちを見ると、ブカブカのプレートキャリアをつけて困り顔をしている。まるで前掛けのようで少し可愛らしい。
「野分、後ろを向け」
日向はのわっちの後ろにしゃがむと、背面で調整をしてあげた。
「細いな……ちゃんと食べていたのか?」
日向が調整用の紐を括りながらたずねる。日向の位置からして、限度いっぱいのところまで締め込んでいるはずだ。
「昨日はパスタ食べた後にリゾットを食べて、デザートまでしっかり食べていたわよ」
「昨日はお腹が空いていて……」
「太らない体質か……これでいいだろう」
まだ少し余裕があるけれど、さっきよりは断然マシになった。日向はそのまま背面の装備をつけていく。
あら? 私や日向とは違い、随分いろいろつけるわね……ちょっと待ちなさい。
「そのゴツくて、黒く光るそれはなにかしら?」
「何って……お前が知らないとは思わなかったな。M320だが?」
「いや、それそのものは知っているわ。どうしてそんなものがのわっちの背中にくっ付いているのかってことを聞いているの」
「昨日の夜、装備科からの善意で頂いたんだ。野分は恵まれているな」
何もわかっていないのわっちは日向のされるがままだった。私は手を動かすのをやめ、そっちに見入ってしまう。
前面に並んだマガジンはP46と同じ弾薬を使う、MP7のものだ。レッグホルスターには昨日のP46が収められている。
「専用装備……羨ましいわね」
「そんなすごいんですか?」
「気にしなくていい。銃器マニアの戯言だ」
のわっちが来てから私の扱いが物凄く雑になった様に感じるのだけど。というより、小さい日向がいる。そんな感じね。
のわっちの取り出しやすい様に相談しながら装備を一通り取り付け終えると、のわっちは装備を外しお花を摘みに行った。
私が外された装備を眺めていると、日向が私の肩を叩いた。
「野分としては初めての現場だ。よろしく頼む」
「あら? あなたが面倒見るんじゃないの?」
「私と組むよりもお前と組んだ方が相性はいいだろう。今日は三人……いや、五人で動くかもしれんが、お前ら二人には前衛を任せる」
「新人いきなりの大仕事ね……」
「そう気張らなくてもいい」
日向は含みのある言い方をする。本当にのわっちと日向は似ているわね。私、この板挟みに耐えられるかしらね。