「どもども! 青葉です!!」
オフィスの目の前に止められた青くてうるさい車を見て私は持っていた大きなボストンを落としそうになった。中には三人の装備と弾薬の他にも精密機器が入っている。落とした程度では壊れないけれども、私は慌ててそれを抱え直す。
「あんた……こんなところで何やってんの?」
「私が呼んだんだ。車が使えなくなってしまったからな」
日向は涼しい顔でそう言うと、後ろの座席に滑り込むように座った。青葉はさも当たり前の様にトランクをあけると、私の荷物をそこにしまうように促した。あぁ……頭が痛い。
「あの……まずいですよね。これ?」
のわっちが不安そうに私を見る。
「えぇ。マズイわ。もしこれがバレたら、私達は報告書でしばらく帰れなくなるわ」
「報告書? 始末書の間違いですよね?」
「ここでは始末書のことを報告書と呼ぶのよ……いつも書いてるから」
私は深いため息をついた。日向が決めたことならもう覆らない。それに青葉もここまで来たら意地でも帰らないだろう。私はトランクに装備を放り込む。もうどうにでもなってしまえ。
「日向さん。例のものは?」
「あぁ。持って来た」
私が助手席に座ると、日向の手が後ろから伸びてきた。その手には黒い棒状の何かが握られている。
「懐中電灯?」
「そうですよ。ほらっ」
「眩しっ!!」
青葉は日向からそれを受け取ると私に向かって照射した。私の目から視界が奪われる。
「おぉ! 効果は絶大ですね!」
青葉は興奮気味にそう言うとライトの電源を消した。奪われた視界が元に戻る。
「そんなもの何に使うのよ……」
まだ視界の真ん中がボヤけている。そんなものと言ったそれは軍や警察で使われているようなフラッシュライト。要はすっごく明るい懐中電灯だ。
「山登ったりとか……あとは夜道を歩く時ですかね。暴漢に襲われるかもしれませんし」
「暴漢対策ならもっと直接的なものでしょう。それにあなたが襲われたところで……」
「青葉だってか弱い女の子ですけど?」
どの口がそれを言うか。青葉はジトッとした目で私を見ている。
「雑談はそこまでだ。早く向かってくれ。先に動かれたらかなわん」
振り向くと日向は腕を組んでこちらを見ていた。隣にいるのわっちはどこか緊張気味だ。
「じゃあ向かいましょうか。足柄さん。シートベルトをしてください」
青葉が楽しそうな声でシフトを操作する。本当に緊張感がない。まるで遊びに行くみたいだわ。
ーーーー
「あら? 予定より随分早い到着ね」
港湾地区の倉庫街、その中の衣笠を拉致した集団が立て籠もっているとされているこじんまりと倉庫から少しは離れたところに車を止める。
さすがに青葉もフリーでジャーナリストをやっているだけのことはある。マフラーにサイレンサーを仕込み、静かに車を走らせる技術は大したものだと日向でさも感心していた。
「予定が変わってな」
日向はそうそうに車を降りると、陸奥達の公安の車両に乗り込んだ。それに陸奥も続く。
「私達は何をすればいいでしょうか?」
トランクから装備の入ったボストンを取り出し、中から専用のタブレットを取り出しのわっちに渡す。
「陸奥のところに行ってこれに建物の内部構造のデータを貰ってきてちょうだい」
「わかりました」
タブレットを受け取った野分は小走りで先程の車両に向かう。本来なら日向の仕事なんだけど、日向はそれを忘れていってしまった。
「青葉はどうしましょうか?」
「あなたはここまでの運転手じゃないの?」
「またそうやって青葉をいじめてぇ!」
青葉は私の肩をバンバンと叩く。
「取材してもいいって条件で車出したんですよ?」
「なら取材してくればいいじゃない。公安の方も、これが片付いたらさっさと帰っちゃうわよ?」
「青葉は公安の人たちを取材しに来たんじゃないんですけど?」
青葉はそう言うと、トランクに入っていた商売道具を取り出した。でもそれは私の知っているジャーナリストの商売道具ではない。
「……随分と頑丈そうなチョッキね」
「自前です! 危ない取材もありますからね!」
そういえばこの子、どうやって入手したのかは知らないけど、婦警の制服も持っていたわね。
「もしかしてあんた……」
「もしかしなくても、同行させて頂きます!!」
元気一杯の返答だ。逆に清々しくも思える。
「データ貰って来ましたけど……」
のわっちがタブレットを抱えて小走りで帰ってきた。その顔はとても不安そうだ。
「……何かあった?」
のわっちからタブレットを受け取り、私はわかりきったことを聞いた。
「陸奥さんが怒ってました。野分達単独の突入について……それに青葉さんを同行させることにも……」
のわっちは青葉を見た。青葉は元気一杯に敬礼で返礼をする。
「日向はなんて?」
「まぁ、そうなるな……って言いながらお茶を飲んでました」
「そう……もうなんでもいいや。のわっち。後ろ向きなさい」
私は考えるのをやめた。今はやるべきことをやればいい。
のわっちの背中にM320をひっつけ、何も入っていないポーチに小型の情報端末を入れ、そこから伸びるコードを肩にかけてやる。
「これは?」
のわっちがそのコードをどこにさせばいいのか探している。
「これかけて」
のわっちに透明のサングラスを渡す。のわっちはそれを素直にかけた。サングラスの左の先セルにある入力端子に先程のコードを差し込む。するとのわっちは驚きの声をあげた。
「すごい!……なんですか! これ!」
「ヘッドマウントディスプレイとでも言えばいいかしらね」
私はタブレットを手に取る。画面にはここら辺の地図が表示され、今いる場所に「Nowaki
」と表示されたマーカーがある。私はその少し先をタップした。タップした場所に黄色いマーカーが表示される。
「なんか、黄色い矢じるしの様なものが出てきました」
「そっちに向かって歩いて見なさい」
のわっちは面白そうに歩いていく。歩きたびに感嘆の声が漏れている。少し歩くと、のわっちはしゃがみこみ何もない地面に手を差し伸べて何かを触ろうとしている。
私はタブレットを操作し、そのマーカーの色を黄色から緑に変える。のわっちは驚いた顔で私を見た。
「これ、すごいですね……」
「すごいでしょう。そのマーカーの高さも大きさも変えられるわよ」
私はマーカーをのわっちの目線の高さまで上げる。それにつられてのわっちの顔も動く。なんだか、ラジコンを操作しているみたいで面白い。私はそのままマーカーの大きさを変えた。のわっちが何かから避けるような素振りを見せる。
「装備で遊ぶな」
私の手からタブレットが取り上げられる。ふと横を見ると、日向がいた。ものすごく機嫌の悪そうな陸奥を連れて。
「……説得できたの?」
「説得も何も海軍中将殿が決めたことだ。是非もない」
私達の有利に動く海軍中将なんて一人しか知らないし、その人はそこで不機嫌オーラ全開な人のお姉さんでしょうね。そんな不機嫌なお姉様は物騒なものを首から下げている。
「……なによ?」
私の視線に気がついたのか、陸奥さんは不機嫌を隠そうともせずに私を見た。
「いえ……その……正気?」
私は陸奥が首から下げているストックが取り外されたG36を見た。
「大丈夫よ、セレクターは動かせるから」
陸奥はそれを手に取ると、軽々と片手で操作してみせた。
腕力があれば誰でも出来る。それにもともとG36のストックは折りたたみが出来るようになっている。そういう使い方も間違ってはいない。
「もういい……なんでもないわ」
手慣れた操作にクイックリリースがついたマグキャッチ。この人はずっとこのスタイルなんだと私は悟った。それで公安の……陸奥部隊を仕切っているんだから腕は確かでしょうね。私は自分の装備であるベクターを見た。
「私もストック外そうかしら……」
「あれが特殊なだけだ。やめておけ」
日向はそう言い、私の背中に何かを入れ、コードを肩にかけた。先程のわっちに入れたそれだろう。私はヘッドマウントディスプレイをかけ、コードを接続する。
「あれとは言ってくれるじゃない。慣れればこっちの方が取り回ししやすいわよ」
陸奥の戯言を聞き流した日向はタブレットを操作し、次に左腕に取り付けられた端末を操作した。突如目の前に大きなマーカーが現れる。
「大丈夫。ちゃんと接続されているわ」
「こっちにも出ました!」
のわっちはそのマーカーに触ろうと手を伸ばしている。
「私には同期してくれないのかしら?」
「それはおたくの装備課に規格を統一するように言ってくれ」
「つれないわね」
「青葉もそれやりたいです!」
のわっちがヘッドマウントディスプレイを青葉に渡す。コードが繋がっているからかけられはしないものの、青葉はそれを楽しそうに眺めていた。
「遊びに来たんじゃないだが……そろそろ始めてもいいか?」
日向が呆れたような声で言う。のわっちはその声に姿勢を正す。青葉も大人しくのわっちにヘッドマウントディスプレイを返した。
「私と陸奥で一階倉庫部分から突入する。私達が一階倉庫を制圧した後に合図を送る。その合図で足柄と野分は二階の勝手口から突入してもらう。最終的には事務所に追い込む形になる」
日向はタブレットに目標となる倉庫の内面図を表示し説明する。
倉庫は一階部分がまるまる倉庫になっており、二階には事務所らしき部屋が三つある。二階に登るには中の階段を使うか、外にある階段を使うしかない。私とのわっちは、この部屋の二つを制圧する必要がありそうだ。
「向こうだけど、そこまで立派な装備は持っていないわ。けど、ここの壁ぐらいなら9ミリでも充分打ち抜けるでしょうし、油断は出来ないわよ。向こうの人数は25人。これを全て無力化する必要があるわ」
陸奥が補足する。つまりは二階の脅威は全て排除しなくてはならない。そういうことだ。
「要するに私とのわっちは日向達の追い込み漁から逃れようとする獲物を仕留めろ。ということかしら?」
「……おそらく、向こうは逃げることもしないだろうけどな。念には念をいれてということだ」
日向の微妙な間が気になったけれども、私は黙って頷いた。隣にいるのわっちを見る、緊張しているのでしょう。顔が強張っている。
「そんな気張らなくてもいい。五分後、私と陸奥が突入する。二人と、偶然、居合わせたジャーナリストは配置についてくれ」
日向はそう言い、タブレットを背中の専用のポーチに入れた。
「まぁ、、大丈夫だとは思うが……殺すなよ」
日向はそう言い陸奥と歩いていってしまった。本当に日向の言うことはよくわからないわ。