私とのわっちは配置についた。ついでに偶然居合わせたジャーナリストも。
外から直接二階に入れるこの扉の向こうは嫌に静かだった。耳を当てても何も聞こえてこない。
「妙ね……」
「別に何もおかしくないと思いますけど」
青葉が呑気に答える。のわっちは未だに緊張している。
のわっちの肩を叩き、大丈夫だと伝えるとのわっちは顔を一層引き締めた。どうやら逆効果だったらしい。
下から金属の板が倒れる音がする。日向と陸奥が突入した音だろう。すぐに銃声が聞こえる。と思っていたけど、そんな派手な音は聞こえてこない。耳をすますと、反響した二つの足音が聞こえてくるだけだった。
『一階は制圧できている。足柄。いつでもいいぞ。そっちのタイミングに任せる』
ヘッドマウントディスプレイから日向の無線が聞こえる。当然のわっちにもこれは聞こえている。のわっちの方を振り向くと、のわっちは黙って頷いた。
「今回は私がポイントマンをやるわ。のわっち。扉を開けたら私が先行して中に入るからすぐについて……」
言いかけた途中、のわっちの後ろにいる興奮気味の青葉が見えた。すっかり忘れていた。
「……足柄さん?」
「いえ何でもないわ。のわっちはすぐについてきて。二人で青葉の盾になるわ。目の前の敵は全て無力化する。いい? 無力化よ? 間違っても頭なんて撃たないでね?」
「わかりました」
のわっちはそう言うと立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
『足柄。まだか?』
「もう入るわ。3……2……1……今ッ!!」
私の掛け声と同時にのわっちが勢いよく扉をあける。私だったら蹴破っていた。これが性格の差ってやつかしらね。
中に突入すると、奥から日向と陸奥が飛び出てきた。その間には一人もいない。サポートハンドをあげ、日向達に合図を送ると、陸奥が気だるそうに片手をあげて答えた。奥の二人からは一切やる気が感じられない。
「静かすぎやしないかしら?」
『ガセ情報をつかまされたのかもな』
私は青葉を見る。青葉は両手を横に振っていた。
「日向さん達が調べた情報じゃないですか。青葉は何の関与もしてませんよ」
青葉が小声で言うが、そのジェスチャーは大きい。
『わかっているさ。足柄と野分は奥の部屋を制圧しろ。私と陸奥は手前からやる』
「……?」
のわっちが不思議そうな顔をして三つあるうちの真ん中の部屋を見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、あの部屋から何かを叩くような……そんな音が聞こえます。どこかで聞いたことのある音なのですが……」
私はのわっちの見ている部屋を見た。私にはそんな音は聞こえない。
『どうした?』
「のわっちが真ん中の部屋から音が聞こえるって」
『……そうか』
日向は少しだけ考える素振りを見せた。
『わかった。勝手口側の部屋は私達で調べる。お前達は真ん中の部屋を調べろ』
「わかったわ」
随分と呑気な作戦だ。私はそう思っていた。まず日向と陸奥に緊張感が感じられない。25人が立て籠もっている建物に入ったというのにだ。それにいくらなんでも静かすぎる。
日向と陸奥とすれ違う時、陸奥はあくびを堪えていた。何かがおかしい。それに青葉の余裕そうな態度も。はめられているのは私の方?
「あけるわよ?」
のわっちに一応確認を取る。のわっちは黙って頷いた。
私は片足をあげた。そして不安を拭うように、その扉を蹴破った。驚いたのわっちが一瞬遅れて中に飛び込む。そして盛大に転けた。
「……なにやってるのよ」
それはのわっちにだけ向けられたものじゃない。中でノートパソコンを両手に抱えて身構えている衣笠も含まれている。
部屋の中には信じられない光景が広がっていた。大の男が18人、気を失って倒れている。のわっちはそのうちの一人に躓いて転けた。
「大丈夫?」
それでも気は緩められない。サポートハンドでのわっちの首根っこを掴み立ち上がらせる。
「すいません。ありがとうございます」
「ほら気を緩めないの。もしかしたら衣笠とこいつらグルかもしれないじゃない。急に立ち上がって襲いかかってきたらどうするの?」
「ゾンビものじゃないんだから……大丈夫。全員ちゃんと寝てるから」
衣笠は大きく一呼吸すると、椅子に座り、パソコンを開いた。
「どんな感じですか?」
青葉が転がる男達を踏まないように飛び跳ねながら衣笠に近く。
「大当たりね。帳簿に載っていない積荷がここに納品されている記録はばっちり残っていたわ」
「そうですか。中身は何だかわかりますか?」
「わからないけどまだ下にあるはずよ。調べるなら今しかない。警察よりも先に調べちゃいましょう」
「二人とも、その前に説明してくれないかしら?」
私は呆れていた。この二人はこの状況下でも自分たちの好奇心を抑えようとはしていない。いえ、自分たちの好奇心の為に私達特捜、そして陸奥達公安さえも動かした。
「説明は下でします。行きましょう」
「ちょっと待ちなさい」
青葉と衣笠が動き始めようとした時、いつの間にか私の後ろにいた陸奥が声をあげた。
「そのパソコンは置いていきなさい。私達公安で預かるわ」
「わかりかした。データを抜き出したらお渡しします」
青葉が見当外れな答えをする。でもそれはわざとだ。青葉の目が笑っていない。
「……言い方を変えるわね。それをいま、こっちに寄越しなさい」
陸奥は青葉にG36を向ける。もう片方の手を差し出し、衣笠にパソコンを渡すように促す。青葉と衣笠の顔が強張っていた。
「そこらへんにしておけ。民間人にそんな物騒なもの向けたとなったら世間が騒ぐぞ」
日向が陸奥の肩を叩いた。陸奥は関係ないと言いたげな顔をしていたが、日向は話を続けた。
「お前が銃口を向けているにはただの民間人じゃない。紛いなりにもジャーナリストだ。世の中に情報を発信する力を持っている」
「世間に叩かれる程度で情報を得られるのなら安いものだわ」
「……野分。青葉と衣笠を連れて下に行け」
「わかりました」
のわっちは言われた通り、二人を連れて部屋の外に出ようとした。私もその後に続く。しかし陸奥に肩を掴まれてしまった。
「待ちなさい!」
「足柄は残れ。私一人じゃ万が一の時に陸奥を止められない」
万が一の時って何よ。私の肩を掴む陸奥の手を日向は払いのけた。
「考えてもみろ。青葉達から情報端末を取り上げたところで記事にはするだろう。圧力をかけたところでだ。だったら、利用してやればいい」
「……どういう事かしら? 話の如何によっては私達はあなた達特捜と敵対することも辞さないわよ?」
「既に敵対視しているだろうに……今回の一件、うちの上が絡んでいるのは事実だが、問題はそこじゃない」
「あなた達の保身の為じゃないと?」
「私達の為の保身なら、今頃全てを暴いているさ」
日向がそう言うと、陸奥は怪訝そうな顔つきにいなった。それは私も同じ。日向の意図が読めないからだ。
「今回の一件。青葉達に色々暴かれて困るのは例の海運会社の人間でも私達でもない。それを指示した人間だ。そいつは、陸奥、無関係じゃないだろう?」
「だからこうして出張ってきてるんじゃないの」
「公安は海軍からの圧力で特捜より後に突入せざるを得なかった。書面上はそうなるはずだが?」
「つまり、いまここに私は……」
バンッ!!
突如一階から炸裂音が響いた。私は飛び出した。当然、日向も陸奥も。
階段から下を見ると、顔を抑える男と、のわっち達が倒れている。思わず頭に血が上った。ベクターを構えたが、それを陸奥が払った。同時にレッグホルスターに収められていたシグを引き抜かれた。
耳元で二つの銃声が響く。男は蹲るように倒れた。
「あなたの腕を信用してないわけじゃないけど、万が一のことを考えさせてもらったわ。もう軍属じゃないのだから、銃の使いどころは考えなさい」
「足柄の判断は間違っていないさ」
日向は私の肩を叩くと、足早に倒れた男を確認した。
「大丈夫か?」
「はい。全員無事です」
のわっちと衣笠の上に倒れこんでいる青葉が答える。その手には日向が渡したフラッシュライトが握られていた。私は行きの車の中で、青葉にライトを当てられた時のことを思い出した。男が顔を抑えていたのはそういうことだったのね。
「それなら構わん。もう調べたのか?」
「はい。あらかたは」
「今の銃声で公安が突入するだろう。ここまでだ」
日向がそう言うと、青葉達はつまらなそうな顔をしていた。それに対して、のわっちは今にも泣きそうだ。
「すいません。野分がいながら……」
「いや、私のミスだ。流石に油断しすぎたな」
やはりそうか。日向は最初から中がどうなっているかわかっていた。おそらく陸奥も。
銃声を聞きつけ、陸奥部隊が突入してきた。
「大丈夫よ。既に全員無力化したわ。一人残らず身柄を確保をしなさい。任せたわよ」
陸奥がそう言うと、突入を指揮したであろう男は無言で敬礼をし、数人を連れてバタバタと走っていった。
「それで、ようやく書面上に現れた私はどうすればいいのかしら?」
「特捜が衣笠を救出し、公安が全員の身柄を確保した。そういうことでいいだろう」
「それだけじゃ私達の方が済まないのだけど?」
「まぁ、そうなるな……」
「舐めてるのかしら? 長門があなたのことを信用していても、私は違うわよ?」
陸奥が睨むように日向を見た。それを受けた日向は苦笑いをもらす。
「長門がどうしてお前を海軍から公安に移したか。その理由を考えてみろ」
「わかるように説明しなさい」
「長門も私もお前の味方だ」
日向はそれだけ言い残し、外に歩いていった。
よくわからない。泣きそうな野分の背中をさすりながら、私は日向の背中を眺めていた。
ーーーー
あれから一週間が経とうとしている。
私は報告書に追われていた。今回は始末書と呼ばれるものは含まれていない。日向がうまいこと隠蔽してくれたおかげだ。
のわっちも少しずつだが書類仕事に慣れ始めている。もうある程度は任せられる。そんなのわっちも、今は日向とどこかに出かけてしまった。私はサボる為に、外の喫茶店に来ていた。
「あら? 一人?」
二人がけの席に座る私の目の前にグレーのスーツを着た陸奥が現れた。偶然を装ってはいるものの、私に用があって来たのは明白だった。
「どうぞ」
私は向かいの席を顎でさした。陸奥は大人しく座ると、私の目の前に週刊誌を置いた。
「なにこれ?」
「読めばわかるわ」
私は週刊誌を手に取り、パラパラとめくる。男女の恋愛相談、芸能人のスキャンダル。これといって私の目の引くような記事はない。
「ほら、ここよ、ここ」
通り過ぎたページを陸奥が開く。
「有名政治家、民間企業と癒着?」
よくある話だと思った。だけど、記事を読み込むうちに陸奥が言いたいことがわかった。
「これ、書いたの青葉ね」
「えぇ、そうよ。この記事のおかげで私達の上が変わったわ」
「そんな大ごとになったの?」
「そりゃそうよ。今は海軍からの圧力に屈しない人物になったわ」
「それは御愁傷様」
これで陸奥達とは縁が切れた。私はそう考えていた。
「そうでもないわ。これで私達もあなた達と動きやすくなった。感謝しているわ」
「どういうことかしら?」
「ある議員の秘書の下につく事になったのよ」
そういう事か。もう言いたいことはわかった。
「日向にありがとうと伝えておいて。それじゃあ」
陸奥はそう言うと伝票の上に封筒を置いて席を立った。中を見ると、大きな金額のお札が数枚入っている。
「ちょっと。何よこれ?」
「私からのお礼と参加費。野分の歓迎会、まだなんでしょ? 先に払っておくわ」
陸奥はそう言うと妖しく微笑んで店を出た。
ーーーー
後日、鳳翔さんのお店でのわっちの歓迎会が開かれた。
参加したのは私達の特捜の三人と長門、陸奥を入れた五人。陸奥の支払った金額は長門との二人分だったようだ。
「そういえば聞きたいことがあるのだけど?」
日向はお酒が入ると、よく夜空を見上げている。
今も外の空気が吸いたいと店を出た日向を追いかけて私も外に出た。
「なんでわかっていたことを話さなかったか……だろ?」
「それもあるけど、どうして衣笠が全員を無力化しているということがわかったの?」
「簡単な話だ。衣笠がゴロツキ相手に遅れをとるわけがない。それにわざと捕まったのなら何かしらの策をこうじていたはずだ」
「そんな憶測で……」
日向は大きく深呼吸をすると、笑って私を見た。
「私は確信していたが?」
そこからその自信は生まれるのか。私はそう聞きたかったが、野暮なことを聞いても日向は答えないだろうと思った。
「それじゃあ、どうしてそれを話さなかったのよ。信用したかどうかはわからないけど、もう少し楽に仕事できたのに」
「野分の初仕事を簡単なものにしたくなかったからだ」
「結局楽な仕事だったじゃない」
のわっちが失敗したことを除けば。日向はそんな私の考え見透かしたような笑顔を見せた。
「野分は私よりも勘が鋭い。私があれこれ考えて出した結論を直感的に感じることができる。今はまだ自分に自信が持てていないからなりをひそめてはいるが……将来は有望な捜査員になる」
「それとどう関係があるのよ?」
「足柄に話したらお前の雰囲気で野分は察しただろう。だから言わなかった」
「そんなルーズな女じゃないわよ……」
「足柄。お前のいいところは困難にあえばあう程集中力が増すことだ。現に書類の提出締切前日なんて私が話しかけても聞こえてないじゃないか」
それはルーズな女になってしまう。私は何か言い訳を考えた。量が多い、期間が短い……ダメだ、日向と同じ仕事してるんだった……
「野分が襲われた時、お前は真っ先にベクターを構えた。陸奥はああ言っていたが、私はそうは思わない。仲間の非常事態だ。一瞬でも惜しい」
日向は大きく息を吐いた。それほど酔っているようには見えないけれど。
「お前と野分はいいチームになれる。期待しているぞ」
日向は私の肩を軽く叩き、お店の中へと戻っていった。
私は一人、空を眺めていた。
「曇ってて星なんて全然わからないのだけど……」
「足柄さん、大丈夫ですか?」
「のわっち? あなたも休憩?」
「いえ、陸奥さんに呼んでこいって言われました。多分絡む相手が欲しいのでしょう……」
のわっちは困った顔をしていた。今度は私自ら酔っ払いの対処法を教えてあげないとね。
「わかったわ……いきましょう。のわっち」
「はい!……それとのわっちじゃなくて野分です」