原作再構成(笑)(フェイトTS、実質オリ主) 作:ねぎま全盛期の大トロ
第一管理世界ミッドチルダ アルトセイム地方
旧暦のはるか昔より遺る構造物を基に、最先端の魔法技術を惜しみなく投じて築かれた城『時の庭園』。
しかし壮麗にして広大な施設とは裏腹に、そこに棲む住民は現在僅かに一人を数えるばかりだった。
◆
時の庭園の最深部。その主にして唯一の住民であるプレシア・テスタロッサは、一基の生体ポットを前にボンヤリと佇んでいた。
生体ポットには内部の生体を保護し、また成長を援ける薬液が充填され、そこに年の頃5つほどと思しき
現在、プレシア・テスタロッサは待っていた。
しかし、プレシアの表情は、少年の目覚めを2年間待ちわびた者のそれではなかった。
彼女の
事実として、プレシアは少年の目覚めを待ちわびてなどいなかった。
もうすぐ目を覚まし、庭園の2人目の住民となるであろう少年は、とある人造魔導師計画をベースに製造されたクローン人間。
それも、かつて存在した人間の記憶を転写された特殊クローン――――プレシアの考えるところでは、"かつて存在した人間"と
記憶転写クローン製造計画(コードネーム:プロジェクトF.A.T.E.)
本来のそれは、不完全ながら不老不死を実現することで、技術やノウハウの継承・保全、戦力の維持などを狙ったものである。
しかし、かつてプレシア・テスタロッサはこの技術をとある目的に転用することを着想し、そして実行した。
その目的とは、死者の蘇生。
彼女は
その成果物が、彼女の数年にわたる研究の成果が、今彼女の眼前に浮かぶ少年だった。
そう、少年だったのだ。
およそ2年前、この世に再び生を受けた愛娘を目にするはずだったプレシアが、ポット内に少年の姿を認めた時、彼女を襲った痛苦は筆舌に尽くしがたいものがある。
失意、絶望、悲嘆、憤怒、恐怖、嫌悪、、ありとあらゆる負の感情が津波となってプレシアを襲い、彼女を奈落の底へ叩きつけた。
失敗作。
プレシアにとってその少年は、紛う方なき失敗作であった。
然るに、当時のプレシアは少年を処分することを即座に検討している。
しかしポットの中で息をしている少年は、あまりにも在りし日の愛娘と酷似していた。
悲しいほどに似ていたのだ。
アリシア・テスタロッサは僅か5つでこの世を去った。
プレシアの記憶に残る愛娘の姿は、未だ少女とすら呼べぬほど幼い子だった。
もしもアリシア・テスタロッサが二次性徴を迎えた少女だったら。
プレシアが少女のアリシアと過ごした日々の記憶を、そんな美しい思い出を持っていたとすれば。
おそらくプレシアが少年の姿を目にした際、これほど惑乱することはなかっただろう。
もっとも、その仮定の上でのプレシアが少年を処分しただろうかというのはまた別の話である。
それに愛娘と過ごすはずだった日々を事故によって喪失したという事実こそが、プレシアを禁忌に触れさせたわけだから、その仮定からして矛盾を孕んでもいる。
何れにせよプレシアには少年の命を奪うことなどできなかった。
だからこうしてポットの前に佇んでいるのだ。
その姿はまるで、神の裁きを待つ咎人のようですらあった。
プレシア・テスタロッサは考える。もうすぐ目を覚ますであろう少年のことを。
まず何と声をかけるべきなのか、どのように接するべきなのか。
プレシア・テスタロッサは2年もの間、考え続けた。しかし、彼女には未だ何もわからなかった。
眼前の少年が再会を渇望していた愛娘でないことは、誰の目にも明らかだった。
故に当時のプレシアは即座に少年を失敗作と断じ、ほとんど思考をすることなく生体ポットの機能を停止させようとした。
その時、コンソールが確認メッセージの提示を2度、
コンソールの無機質なメッセージ――"ポット内の生命が重大なリスクに曝される可能性が極めて高い"という
娘を取り戻すために、愛した娘の弟を、息子を殺す。
そんな母親が果たして娘のために何を与えてやれるというのだろうか。
己の無力、不作為によって娘を死なせた愚かな自分が。
お腹を痛めて産んだ子ではないとは言え、息子を殺す。
娘のためだと、涙すら流さず、それどころか何の感慨も抱かず殺す。
再び娘に愛を注ぎたいのだと、それには息子は邪魔なのだと。その有様の、何とグロテスクなことだろう。
そんな自分が娘を取り戻したとして、その先には一体どんな未来があるのだろうか?
得られるはずだった
こんなはずではなかった世界をやり直すつもりだった。
しかし自分はまた、我が子を死なせようとしている。
得られるはずだった幸福は、どう足掻いても得られぬものだったのかも知れない。
こんなはずではなかった世界も、何一つ間違っていなかったのかも知れない。
少年とプレシアが初めて対面した日(少年に意識はなかったが)、プレシア・テスタロッサは狂気の夢から醒めた。
しかしそれは同時に彼女にとって新たな悪夢の始まりをも意味していた。
1日が行き、1週間が逃げ、1ヶ月が去って、、そうして少年は健やかに成長していった。
そして、その少年の育つ姿はプレシアの記憶に残るアリシアのそれと違いが見られなかった。
もしも彼が彼女であったなら、その事実はプレシアに喜びと希望を与えたに違いない。
その時プレシアは彼女の目覚めをどれほど待ち望んだことだろうか。
しかし、彼は彼女ではなく彼で、それ故にプレシアが抱いた感情は恐怖だった。
少年はアリシア・テスタロッサに酷似していた。残酷なほどに似ていた。
だから彼は、プレシアが殺そうとした幼子は、言い訳の余地が無いほどに、アリシアの弟で、プレシアの息子だった。
少年の前に立つ度、プレシア・テスタロッサは罪の意識に苛まれた。
愛娘を無為に死なせたこと。愛娘の弟を殺そうとしたこと。
一体どんな顔をすればよいのか、何を言えばよいのか。
笑顔?優しい言葉?殺そうとしておいて?娘を死なせておいて?新しい息子と幸せになる?ありえない。
厳しい表情?無機質な言葉?殺そうとしておいて?娘を死なせておいて?新しい息子すらも傷つける?ありえない。
罪の意識はプレシアの心を雁字搦めに縛りつけ、朽ち果てさせようとしていた。
それでも彼女が少年の前に立たぬ日は無かった。
だが、それももう終わる。
少年が目覚めたことを、プレシアの手元のコンソールが静かに告げていた。
◆
ポットから出され、今はベッドに横たわる少年を見下ろすようにしてプレシアは立っていた。
目が覚めたばかりの少年はともかくとして、プレシアも未だ一言も声を発してはいない。
つまり少年の覚醒から10分以上が経過したにも関わらず、二人の間に会話は全く行われていなかった。
確かに目が覚めた直後の少年は周囲を見回したり、自分の裸体を眺めてみたりと、話が聞ける態勢になかったかも知れない。
しかし今はそんな状態はとっくのとうに脱しており、現在少年は何かをプレシアに言おうとして、そのたびにプレシアの顔を見て口を閉ざすということを繰り返していた。
プレシアはそんな少年の態度を認めながら、あえてそれを無視して沈黙を守る。
何を言うべきか、それはやっと定まった。しかしその言葉を告げるのはプレシアにとって酷く困難な作業であったが故に。
そんなプレシアの葛藤を知らぬ少年が、意を決して言葉を発しようとした時、意図してそれに被せる形でプレシアは告げた。
「あなたの名前はフェイト。フェイト・テスタロッサ」
プレシアは少年の言葉を聞くのが恐ろしかった。声を聞くのが恐ろしかった。
もしも少年に自分の何かを否定されたら、容易く自分の心は壊れてしまうと直感していた。
プレシアの心は矛盾だらけだ。触れて欲しくない傷だらけだ。
その上、少年を前にするとプレシアの心はいとも簡単に無防備になってしまうのだった。
だからプレシアは少年に自由に発言する機会を与える心算は無かった。
自分が一方的に言いたい事を言い、少年に了承させる。プレシアの頭はそんなことでいっぱいだった。
そうして、親子はすれ違う。
「プロジェクトF.A.T.E. ――記憶を転写されたクローンを作り出す、人造魔導師計画の一つ。
それによってあなたは製造された……。
でも駄目ね。あなたは失敗作。
私は、本当は、死んでしまったアリシアを取り戻すためにあなたを生み出した……。
でもあなたの性別は男、記憶転写どころか、そもそもクローンですらない…………
クローンですらない…………
…………出来の悪いお人形」
プレシアは自身の心を守るために我が子を傷つける己の愚かしさを哂った。
言葉を重ねるほどに後悔と罪悪感がプレシアの心を切り刻んだ。
無駄に言葉を費やすより、抱きしめてあげるべきではなかったのかと思ったりもした。
今更だった。本当に今更だった。
事ここに至ってなお、許しを得ようとする己の浅ましさに眩暈がした。
そして未だ母親面をすることが許されると、心のどこかで考えている増上慢に怒りを覚えた。
だから少年、、フェイトが"死んでしまったアリシア"という言葉に酷く取り乱したことに気がつかなかった。
"出来の悪いお人形"というフレーズを捻り出す際に自分が苦しげな表情を浮かべたことにも、それをフェイトが見つめていたことにも、気がつかなかった。
「本当はあなたを処分してしまってもよかったのだけれども」
プレシアは努めて声の震えを抑えながら言葉を継ぐ。
フェイトに発言を許さぬために。自身の最も深く最も大きな傷に触れさせぬために。
しかし、プレシアのことを見つめ続けていたフェイトは、当然彼女の声の震えにも口調が急に早口になったことにも気づいていた。
「でも、あなたには非常に高い魔法資質があった。
5歳で平均魔力値300万オーバー、魔力ランクS……これは異常とも言える数値。
だからあなたには私の研究に、アリシアの蘇生に協力してもらうことにした……いえ、協力しなさい。
そのための訓練と勉強を、明日から始めるわ」
欺瞞だ、とプレシアは心中で密かに己を嘲った。
フェイトの資質の高さには疑問の余地は無い。
だがしかしフェイトが自分の研究を手伝えるようになるまで、一体何年かかることだろう。
フェイトに教育を施せばそれだけアリシアの蘇生は遅れるというのに。
アリシアの蘇生を第一に考えれば、フェイトの教育に時間を割くなど愚かしいことだ。それこそ使い魔にでも任せてしまえば良い。
しかしそれは、プレシアには到底許せない事だった。
今更になってフェイトの母親面をすることなんてできない。フェイトの事を息子として扱う事はできない。それはアリシアへの裏切りでもあったから。
それでも、フェイトをなおざりにする事は、手ずから与えたものが何も無いなどということは許容できなかった。
欺瞞だらけ、矛盾だらけ、歪みに歪みきった答え。
きっとフェイトへの教育は過酷なものになるだろう。
だが、プレシアはそうする他にないと思い込んでいた。必死に思い込もうとしていた。
自分にとってフェイトは息子ではない。フェイトは――――
「あなたは、あなたと私は遺伝学上は親子と呼ばれる関係にある……。
でも私はあなたを息子だとは認めない……………………。
お、お人形はお人形らしく、出来が悪いなりに懸命に励みなさい。
成果を出せば施しを与えるくらいはしてあげるわ」
結局、プレシアにとってのフェイトとは『上手く言語化できないけど何だか大切な存在』として、プレシアの中では一応の決着を見た。
散々迷って言葉を口にした挙句、フェイトの目に浮かんだ涙を見た瞬間にフォローにならないフォローを慌てて付け足す様もそれを物語っている。
とにかくプレシアは、言うべきことは全て言ったとばかりに固く口を結び、顔を背けて横目でフェイトの様子を窺った。
そしてフェイトが微かに首を縦に振るのを確認すると、足早に部屋を立ち去った。
だから部屋で微かに響いたフェイトの声は、プレシアの耳へは届かなかった。「うん、ママ」という声は……。
それからフェイトは少しだけ泣いて、眠りについた。
どうして自分が泣いたのかは、フェイト自身にもよくわからなかった。
寧ろフェイトが理解していたのは『
そのようにして、フェイト・テスタロッサは生まれた。
新暦61年の初夏のことだった。