"篠ノ之 束(しののの たばね)"という名前を知らない人は世界でもほぼいないと言ってもいいだろう。何故なら彼女は"IS《インフィニット・ストラトス》"の生みの親なのだから。
僕が幼い頃箒さんと友達になり、一夏と一緒に彼女の家である篠ノ之道場に遊びに行った時に初めて顔を合わせた。その時は挨拶をしてもまるで見えていないかのように無視をされたけどね。束さんの他人に微塵を興味を示さない目が印象的だったのを今でも覚えてる。
ISという世紀の大発明をした束さんは世間では篠ノ之博士だったり天才ならぬ"天災"とも言われている。
まぁ僕はこの愛称あんまり好きじゃないけどね。だってあんなに美人な人が災いを呼ぶなんてことあり得ないし。綺麗だし。可愛いし。いい匂いする…のは関係ないか。
そんな冷徹な女のようなイメージもあった彼女。今はどうしているかというとーー
「あの、束さん?もうそろそろいいのでは?」
「やーだー!まだゆーくんの膝枕堪能するもん!」
ベッドに腰をかけている僕の膝の上に頭を乗せてリラックスしながら駄々をこねていました。
「ほら、早く頭撫でてよー」
「はいはい」
手を止めるとすぐに催促がくる。まぁ見てるこっちが嬉しくなるような満面の笑みを浮かべられたら自然と撫でたくなるのだけれど。
「もうすぐ30分くらい経ちますよ。色々とお話を聞かなきゃいけないんですから。専用機の事とか」
「…それだけなの?聞きたいことって」
「えっ?」
「大事なことがあるよねぇ?」
何だろう。箒さんと同じくらい久しぶりに会ったから話したいことはいっぱいあるけど重要なことと言われると特に思いつかない。
一人僕が唸りながら考えていると束さんがようやく身体を起こし、僕に身体を向けるようにベッドの上に座った。釣られて僕も向かい合うように体の向きを直しベッドの上で正座をする。
「ゆーくんは今年で16歳だね」
「はい」
「IS学園に入学したけど、卒業する頃には18歳です」
「そうですね」
「じゃあ18歳になったら何が解禁になるかな?」
「18から出来ることといえば…結婚?」
「そう!ゆーくんも結婚できるようになるんだよ!」
そういう法律だからねぇ。それが何か関係あるのかな?束さんすごい嬉しそうな顔してるけど。
「もー鈍いなぁゆーくんは。"3年後"にはもう束さんと結婚してるんだよ?」
「……はい?」
『どんな約束にしようか、ゆーくん』
『おねえちゃんがきめていいよ!ぼくだとありすぎてえらべないから』
『一個だけじゃなきゃダメなの?』
『うんっ!こういうのはひとつだけなことにいみがあるっておかあさんがいってたよ!』
『んーそっかぁ。どうしようねぇ』
『ゆっくりかんがえてていいよー。ぼくはここでまってるから』
『…ううん。もう決まったよ。一つだけの約束』
『ゆーくん。ゆーくんが大人になったら、私と結婚してくれますか?』
『もちろん!やくそくだからね!』
「はい?じゃないよー!約束したの覚えてないのー⁉︎」
「い、いや、ちょっと待ってくださいよ束さん!」
「むー、その束さんって呼び方もやだなぁ。昔みたいにお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」
「流石にこの歳でお姉ちゃんは呼べませんよ…って、そうじゃなくて!僕達がしたのって結婚するって約束でしたか?本当に?」
「そうだよ。私から言ったことだから一字一句間違いなく覚えてるもん」
ふんすっ、と自慢気に胸を張る束さん。
「(あぁ…段々と鮮明に思い出してきたぞ。確かにそんな話だった気がする)」
約束をしたのも随分と前のことだったから、束さんには本当に申し訳ないが先程まで完全に記憶の奥底に沈んでいた。
でも今は違う。束さんが篠ノ之家を出る前に二人でゆっくり話をしたのを思い出した。
「さぁ、ゆーくんもこれで思い出したことだしここからは結婚前の夫婦の営みの時間だね。束さんもうこの日が待ちきれなかったよ」
ま、マズいでしょこれ。何だか束さんの目も獲物を狙う鋭さみたいなの帯び始めてるし、このままだと僕喰われちゃうよ!
「ちょ、ちょっと待って!」
「もうっ。どうしたのゆーくん?」
どうしたもこうしたもないよ。いきなりこっちに寄って来られると心臓に悪い。それも夫婦の営みとか言われるとドキドキが半端ないんだから。
「その、確かに約束したのは覚えてます。でも僕はまだ小学生でしたし…」
別に束さんとの結婚が嫌とかそういう訳ではない。むしろこんな美人で綺麗で優しい人と結婚できるなんて幸せなことだと思う。
「(だけど今のままじゃ僕自身に納得がいかない。こんな綺麗な人にずっと想ってもらえてるのに、それを忘れてのうのうと過ごしてたんだ僕は)」
「えーでもゆーくんのお父さんとお母さんにも許可もらったんだよー?」
「ちょちょちょちょい待った!え、いつの間にお父さん達に掛け合ったんですか⁉︎」
「ゆーくんと約束した次の日。ほら、ご飯食べにおいでってゆーくんのお母さんがちーちゃんといっくんと私と箒ちゃんを招待した時だよ」
「(あの時かーー‼︎)」
一回も結婚の話なんて両親からされたことないのに気がついたら親公認になってるんですけど⁉︎
嘘でしょ、つい数秒前まで自分に納得がいかないとか僕思ってたのになんかもう格好付かなくなっちゃったよ。恥ずかしい。
「お、お父さん達なんて言ってました?」
「『息子をよろしく頼むよ束君』って大歓迎されたよ。お母さんも優しい人だったなー」
「はは…そ、そうですか」
もう何も言うことはない。ああ、母よ、父よ、僕は今日婚約者と改めて結婚の約束を交わすことになりそうです。
…あれ、別に良くないか?このままだったら僕卒業までには束さんと結婚してるだけでしょ?ただの幸せ者じゃない?
〜side 束〜
ゆーくんはどうやら"約束"を忘れていたみたい。まぁちっちゃい頃の話だから仕方ないのかな。少し、いや結構ショックだった。
昔はあんなに可愛かったゆーくんも私より身長が高くなって顔つきも男らしくなったと思う。ちょっと面影は残ってるけどね。
箒ちゃんといっくんも含めてみんなちっちゃかった頃から時が経ったのを実感させられる。それは少し寂しくもありでも何だか嬉しくもある。だってゆーくんが成長してるから。
「ゆーくんは今好きな人っているの?」
「え?い、いや、いないですけど」
むっ、なんか怪しい。恋する女の子に嘘ついてもすぐバレるんだからね。
「…本当に?」
「…あー、可愛いなぁって思う子は一人います」
「ふぅーん。そうなんだー」
ぬぅぅっ、ゆーくんから好意的に見られるなんて羨ましい奴がいるもんだ!
「で、でも別に好きってわけじゃないですよ」
「じゃあ私と結婚してよ」
今のゆーくんに対して無茶を言ってるのは分かっている。でもずっと今日まで思い出に浸る毎日だった。もうそんなのは嫌だもん。
「なんだったら私以外の奥さんが出来てもいいからさぁー、とりあえず18歳になったら私とは結婚しよ?ね?いいでしょ?」
「い、一夫多妻ですか」
「そうそう。悪くない話だと思うけどなぁ。ハーレムなんて男の子の夢でしょ?」
ゆーくんがそういうことに対してどう思ってるのかはわからないけどね。
「あ、でも正妻の座はもちろんこの束さんね。ずっと前から結婚の約束してたんだから」
「…どうしてそんなに束さんは僕を想ってくれるんですか?その、他に奥さんがいてもいいなんて言ってまで」
おや、少年が何やら疑問を持っているようだね。でもそんなの簡単なことさ。
「誰かを好きでいることに理由がいるかい?私はただずーっと、君のことを心の底から愛し続けてるだけだぜ"ゆーくん"」
ーー私って、自分でも思ってるより一途な女だったんだよ。ふふっ。
『でもいいの?おねえちゃんとぼくがけっこんしても』
『ゆーくんは私と結婚するの嫌?』
「束さん」
「んー?」
「僕がこのIS学園を卒業する時まで待ってくれませんか?」
『んーん。ぼくたばねおねえちゃんみたいなきれいなひととけっこんしたい!』
『あはは、ゆーくんは女たらしの素質があるねぇ』
「ここを卒業したら、改めて僕から貴女に言わせてください。結婚して欲しいって」
「ふふっ、格好つけすぎだよゆーくん。…でも、嬉しい」
僕から束さんへの好意はまだ恋人や愛する人へのそれには達していないだろう。
「本当に私でいいの?」
「断る理由がありませんよ。それに"約束"はきちんと守らないとね」
でも今はこれで良いのかもしれない。今日からまだ3年近くあるんだ。その中で束さんのことをもっと知ろう。好きになっていこう。
「んーじゃあ彼女出来たら報告してね。あ、結婚の話になったら私の名前出してもいいから。三人で今後について話し合おうぜ」
「いやこの人色々とぶっ飛んでるな本当に」
まだまだ苦労させられそうだけどね。この人には。
第五話にして将来のお嫁さんの座を手に入れちゃったよ束さん。
簪メインヒロインの予定だったのに書いてたらいつの間にかこうなった。後悔はしてない。ダブルメインにするかぁ。
次回予告→6.天使に涙を流させないために