おなべとエルフと七魔将(ナイトセブン) 作:シュウナ・アカネ
始まりの街での異変
「君は誰?見ない顔だね」
驚愕した。なんと、耳の長い人間が私に話しかけてくるのだ。しかも幼い女の子。
「もしかして、ここに来たのは初めて?それとも道に迷ってこの街にたどり着いたの?」
ともかくここに来てからの全てを説明しよう。眠っていた木の下から真正面に見えた村(一応町らしい)へ移動し、ここはどこか聞き込みをしようとしていたところを、この少女に捕まったわけだ。
ああ、とても可愛らしい顔をしているのに長く尖った耳のせいで違和感が半端ない。まあ良く言ってファンタジーっぽいといったところか。
(一応、日本語で・・・・・・いや、英語で意思疎通を図ってみようか)
一度大きく深呼吸をし、普段使わないであろう英語での会話を試みた。
「ハ、ハロー?」
普段使ってない上に勉強さえもろくにやっていないのでまともな英文が出てこない。しかもとんでもな片言で、外国人に言っても伝わらないと思うくらいのレベル、だと思う。現に少女は眉間にシワを寄せて、頭の上に疑問符をいくつも作っているよう。
若干の沈黙が流れ、少女が唐突にパッと何かが解ったような表情をする。
「君、もしかして極東の人?」
That's right!!
羽織の頭の中でその言葉が山彦のように反響し続ける。極東という表現は少し難しいものだが、極東はアジアの東側、つまり日本付近のことを指す。
「イエス、イエス!マイネームイズハオリ!ハオリ・ユキカイ!」
「ふふっ。君、米語が下手だね。極東の言葉で話してもいいよ。言葉は分かるから」
超絶ファンタジー感溢れる耳長少女が日本語分かるって、明らかに外国風な言葉しか知らないと思っていた自分が恥ずかしい。いや、一生の恥だ。この子、明らかに私よりも頭がいい。これはもしや、アニメやゲームならではの年齢と体格が不一致なパターンか?いやいや、どんだけ頭の中のパーソナリティーががオタク化してるんだよ。普段アニメや漫画は全く見ないのに何故この情報が私の頭の中に存在するんだ?
自分の脳内で意味不明なツッコミが繰り広げられ、一旦鎮めようと少女と言葉を交わすことにした。
「え、えーと、私の名前は羽織。雪飼羽織っていうの」
「ふーん、君は羽織っていう名前なんだね。なんか、名前と外見が一致しないね」
ぐっ。分かってはいたけどたった今会った人にこういうことを言われると傷つくわ。私の何か言いたそうな顔を見て少女はクスッと軽く微笑んだ。
「僕はターニャ=ブルクセン。ターニャで呼んでくれて構わないよ」
「よろしくね、ターニャ」
私は手を差し伸べ、少女に握手を求める。少女はその手を握り返し、満面の笑みで私を見ている。やばい、可愛い。萌死する。
とにかく、この世界で記念すべき第一号の友人(っぽい人)が出来た。
────────
この後、ターニャに「やることないなら話さないか」とデート(多分違う)に誘われ、ターニャの横に並んで歩き始める。
改めてターニャの姿を詳しく見てみる。
ストレートに伸びたショートヘア、長い耳に装飾された白銀色のイヤリング。背丈は大体小学生程度に思える。まあ私よりも賢そうなので、歳を結構とっているのなら、少し嬉しい。
何よりも目立っているのは、蒼色に透き通った大きな瞳。パッと見た程度では人形のようで、可愛く、美しく見える。
(それに比べて私は・・・・・・)
ビジュアル系の様なツンツンはねた髪の毛、男の様な制服、ほとんど育たぬ俎板の胸、無駄に身体能力はいい、か弱く見えない、そもそも女にすら見えない、以上。
やべえ、泣きてぇ。
「ほぼ男じゃんよ・・・・・・」
「ん、どうしたのユキハ?」
「え?いや何も・・・・・・って、ユキハ??」
羽織はターニャの顔を丸くした目で見る。ターニャは頭に?を浮かべながら羽織の顔を見る。
「ユキハって、誰?」
ターニャはムッとした表情で、ため息を一つ吐く。
「君の名前は雪飼羽織でしょ?極東の人は姓と名を持つと聞いたことがあるから、頭文字の雪と羽を組み合わせて゛ユキハ(雪羽)゛にしたのさ。分かったかい?」
「あ、あーそうだったんだ。分かったありがとう」
若干フレンドリーなニックネームにしてもらったから、結構嬉しかった。
道中に果物の屋台を見つけ、ターニャの奢りという体で、ターニャの小銭袋にお世話になった。リンゴのようなイチゴのような、形が中途半端でよく分からない形の果物。
「これはミンクっていう果物で、疲労や怪我に良く効くんだよ」
生き血のような真紅色の果肉で、引きながらも試しに一かじり。強烈な酸味が舌を刺激するが、普通に美味しかった。
さて、状況を整理しようか。
なぜ私がこの世界に召喚されたのかは未だわからず。しかし、この異世界はターニャ曰く「ガルマリア」という世界らしい。私がいた世界とは全く違う理によって成立しているようで、慣習も戒律も異なるようだ。因みに極東の国は私のいた日本とほぼ合致しているようで、現在私が存在する場所は北欧の国の辺境の地らしい。つまり、ヨーロッパ付近だろう。
要するにこの世界は、元の世界の地形と一緒なのだが、"全く別の世界"ということらしい。というより、さっきから気になるのが・・・・・・
「なんで辺境の地なんかに・・・・・・」
生きているのか死んでいるのか、いまいち実感の湧かないような場所で、元々いた国でも家の付近でもなく日本からかけ離れた場所なのか。考えれば考えるほど意味不明で謎が深まるばかり。
「ねえユキハ」
ターニャの声のトーンは低く、何かに対して疑問を抱くような声だった。
「君は一体────」
「どこから来たのかって?」
羽織の言葉に驚いたように顔を一度見て、顔を伏せながら微弱な声量で「うん」と返答が返ってきた。
ターニャを含めこの異世界住民全員が私の話を聞いても信じることはほぼ有り得ないと断言できると思う。だってどう考えてもおかしいでしょ、「私は違う世界から来た」って言ったら完全に地球外生命体か、はたまたキチガイだと勘違いしてしまうのがオチだと思う。自分の正体を暴いても気休め程度にしかならない突拍子のない話だが、正直な話だし、このまま伝えないのも不満が残るし、ゴリ押しで伝えてみる。
「私は、違う世────」
「ユキハ、しっ。ちょっと静かにして」
低く冷たい声がターニャの口から出てきて、羽織の口が瞬時に閉まった。ターニャは辺りを見渡し、羽織と自分以外の人間がいない事に気づく。先ほど果物を買った店の店主も勿論いなくなっていた。
あまりに急な出来事に感じて、ターニャも少し困惑しているように見える。町であろうと村であろうと、普段ゴーストタウンに住んでいても、無音の世界が広がることは見たことがない。
はっとなにかに気づき、ターニャは巨大な山脈が連なっている方向を見る。
「多分、"魔獣"がくる──!」
「え、魔獣?」
「どうして・・・・・・この領域は結界が張ってあるのにどうして魔獣の臭いが・・・・・・」
凄い場違いなこと思ったけど、なんか一気にRPG感が出てきたなこれ。耳長のエルフに魔獣とか、伝説のドラクエみたいじゃんよ。
「ユキハ、なにか硬鋼類のものは持って・・・・・・ないね」
ターニャの力ない一言に若干落胆するが、手当り次第のものをポケットの中から取り出した。
(ん、胸ポケットになにか・・・・・・あっ)
胸ポケットに入っていた物は、帰り道に音楽を聴いていたスマートフォンだった。今更思ったんだけど、帰るときに持ってた鞄とかはどこに行ったんだろう?もしかして元の世界に置きっぱなし?
とにかくスマートフォンをターニャに差し出してみる。
「えーっと、一応金属というか、硬そうなものはあったけど・・・・・・どうかな?」
ターニャは素早くそれを取り、縦に振り始めること五振りほど、大きくため息をついた。
「これじゃ、皮膚の厚い魔獣に打撃が全く響かないよ。脆すぎてこの道具がひしゃげちゃうだろうね。他にはなにかないかい?」
他のものといえば、開封済みのティッシュ・若干汚れたハンカチ・いつのか分からないが帰り道で買ったような10円ガムのゴミ。以上。
(使い物にならねー・・・・・・)
まったく肝心な時に使えない自分が不甲斐なくて泣けてくるわ。首を振り、何も無いことをターニャに伝える。それを彼女は確認して、あごに手を当てる。
「なら選択肢は一つだけ、走って逃げよう」
「え?」
確かに逃げるのは賢明な判断だと思う。何も持っていない、対して出来ることも何も無いのならそれが一番いいのだが、いざ自分達が逃げれば村全体が魔獣達に荒らされるという自責感が彼女らの判断に迷いを起こさせる。
「ターニャ、この村はもう、置いていくの?」
「勿論、置いていくしか方法はないよ。今の僕たちに出来ることは何一つないからね。ここにずっと留まっていたら魔獣に引き千切られて喰われるし、魔獣はかなり足が速いから見つかったら正真正銘、即死だね」
羽織の中の自責感を正当な理由で押しつぶし、残ったミンクの実を口にまるごと放り込む。
「さて、急ごう。魔獣の臭いがかなり近づいてくる。近くに僕が住んでる村があるから、今日はそこで休もう」
ということで、ターニャとともに彼女の村を目指す。走り出して十数分で、村に異変が見て取れた。
「臭いが強烈だ・・・・・・!魔獣が右から来るよ!」
ターニャが言ってすぐ右側から地鳴りがどんどん大きくなっていく。狼のようなシルエットで、身体の所々から禍々しい紫煙が立ち上っている。獲物に飢えたような深紅の瞳孔。そんな化物が、数え切れないほどの数で村を囲っていく。そして彼女が言っていた通り、疾い。まるでドラッグマシーンのようなスピードで集結する。魔獣が村を徘徊し始め、村全体が黒ずんだ世界へと豹変した。
「逃げ遅れた住民が一人もいなかったのは幸いだったね。僕達も早くここから離れよう」
「ターニャの村までどれくらいある?」
「南に約4ベーク(7.2km)ぐらい行ったところに僕の村があるんだ。王都から割と近いから結構便利なんだ」
王都。元の世界ではいまいち聞き慣れない言葉だ。ヨーロッパの歴史などでよく出てきそうな単語だが、それでは無い平成時代出身の羽織にはただの杞憂な問題だ。
「急いで帰ろう。あと一時間程度で日が傾き始めるよ。日が落ちたら周りにあらんかぎりの魔獣と怪物が沸くからね」
一つ頷き、ターニャの背中を目印にして彼女の村を目指す。日本よりも明らかに温度が低く、春の学生服にはなかなか堪える。
そして一つの山を越え、3時間ほどでターニャの村・デュランダに到着した───。