おなべとエルフと七魔将(ナイトセブン) 作:シュウナ・アカネ
目が覚めた時、そこは何かの木の中だった。とても大きな空洞が広がっていて、その空間はサッカーグラウンドほどありそうな程広く感じる。自身の周辺で黄緑っぽく淡く光り輝く大きなカビのようなものは木の側面や地面に多く生えていて、傍から見れば生命の神秘を目の当たりにしたような気分になる。さっきから一つ気がかりなことがあり、その空間の周りを見てみる。最も大事なものがここには無い。
そう、出口がない。どこを見渡してもどこにもない。ということは、そもそも私がこの木の中に入れる隙間すらなく、人間が入れるような場所ではないのだ。
「ここは・・・・・・、一体どこ?」
ただ広いだけの空間の謎はただ私の脳を瞬く間に混乱させ、対極な好奇心と恐怖心が混ざりあって、言葉に出来ない感情が生み出される。
『ようやく目が覚めたか、別世界の人間よ』
ビクッ!!
何も無いのに急に声が空間に響き、かなり驚いた。落ち着かない表情で周りを見て、何もいないことを確認する。
「えーと、あなたは誰?どこから喋ってるの?」
得体もないものにフレンドリーに話しかけるのもなかなか奇妙だが、黙ったまま待っているよりも幾らかマシだと思った。
『私は、ユグドラシル。お前の精神と共にある、唯一無二の巨大樹。そして、お前達の生命の根源である、生命の始祖』
「私の、精神?始祖?」
声の主ユグドラシルは私に、お前と私は一心同体ということを言った。
私はそれを全く自覚していないので、そもそも何故こんなところにいるのかが理解出来ていない。
眉間にしわを寄せる私に、ユグドラシルは淡々と語りかけてくる。
『お前は別世界の人間。この世界の人々は、お前と同じ人間ではない。外見こそ似てはいるが、お前が思っている人間とは全くの別種だ。故に、お前は一人だ』
要するに、周りの人は人ではない。お前は孤独だと言いたいらしい。
「だったら他の人たちは何なんですか?ターニャは何者なんですか?」
『ターニャ・・・・・・、あのデュランダのエルフのことか。彼女は人間ではない。人に似た形をしているが、この世界の人とエルフの子供、つまりハーフエルフだ。彼女はデュランダの中では極めて特殊・異端な存在なのだ。エルフの寿命はおよそ千年から二千年と言われるほど長命だ。ほぼ不老不死に近いと言っていい。しかし彼女の場合はほかの種族の血が混じり、身体能力は向上しているがその分短命になっている。細かく言うとなれば、寿命は二百年から三百年程度だ』
・・・・・・聞いてはいけないことを聞いた気がする。本来の目的を忘れそうなくらい気にしそうだ。そもそも私を呼んだ理由は何なのかを。
「貴方は何故私をここへ?」
デュランダというターニャの故郷で一泊したはずの私が何故こんな巨大な樹の中で目が覚めたのか。
『ここは脳内、つまりお前の頭の中だ。お前の本体の方はデュランダに残ったままだから安心するがいい。儂がお前をここへ連れてきたのは、ある"頼み"をしたいが為』
「頼み?」
『お前にしか頼めないこと、それを頼みに来た。それだけの事だ』
ユグドラシルの声には、哀しいような、苦しいような、そんな感情が混沌としていた。彼が何十年何百年何千年この世界と共に過ごしてきたかは知らないが、人間の私に頼むということは、本当に私にしかできない事なのだろう。
「私にしか頼めないのなら、出来ることならやってあげてもいいよ。できることなら、ね」
一度息を吐き、返答を待つ。数秒後、深い声で言った。
『"漆黒の黒龍"を、救ってくれ。頼む』
生命の起源、ユグドラシル直々の依頼。引き受ける気はそこまで無かったが、神までもが願い、助けを求める案件など、断るにも断れない自分が居ることが遺憾でならなかった。ああ、実に遺憾だ。よく薄情者と言われる私が、神には従わざるを得ないような状況が特にそうだ。
こんな自分を、私を、初めて嫌いだと思った。でも、助けを拒めば、自分をもっと嫌いにさせそうだった。
・・・・・・全く。
「・・・・・・貴方の願いを受け入れよう、ユグドラシル。どうにかして、助け出してみせる」
『異界の人間よ、感謝する・・・・・・』
刹那、視界が眩んだ。
目が覚め、白い布で周りを覆った木材が目に写る。私はこのテントで一晩無事に過ごせたようだ。昨日より重く感じる体を起こし、何かで顔がびしょびしょに濡れていることに気づいた。目に何かが溜まっている感覚があり、指でその何かを弾く。
(涙?・・・・・・そうか、私は眠りながら泣いていたのか。いわゆる、ホームシックってやつ?)
テントを覆っている朝のような布をどかし外を覗く。昨日の深い闇とは全く反対の、煌めく光に輝く大地があった。一般的に見れば普通の朝と変わりはないように見えるかもしれないが、私にはそう見えた。
私の口からは何も言葉が出ず、ただその光景を目にし、見つめるばかりだった。
「やっと起きたね、ユキハ」
この声は、ああ。ハーフエルフのターニャ=ブルクセンだ。昨日と全く同じような雰囲気で喋っているが、朝なので髪の毛が所々つんつんと跳ねていて、めちゃくちゃ可愛い。
「おはようターニャ。昨日の夜泣きながら寝ちゃったらしくて、目と体がすごく重く感じるよ」
「そっか。もし何か相談があったら乗るよ。役に立てればいいけど」
「ありがとう。それで早速なんだけど、一度相談したいことが・・・・・・」
この世界で初めての朝を迎え、かなり複雑な心境の中に興奮と不安が混ざりあっているが、気がかりなことは気にしたくないほどある。ざっと言えば、元の世界とは違う倫理観や価値観など。
自然淘汰とまではいかないだろうが、価値観の違いは自分の身を滅ぼすかもしれない(この世界の社会的な部分で)。早いうちにこの世界の環境に慣れることが何よりも必須だと考える。
「この世界で慣れるためには、何をすればいいと思う?」
「それを答えても答えにはならないよ。いいかい?君は違う世界から来たとはいえ、1人の人間だ。ならやるべき事はわかるだろう?」
彼女の言うとおりだ。私は甘えすぎていた。環境に合わせるのが難しいという理由で彼女に聞いた私は馬鹿だ。
私は「ありがとう」と一言つぶやき、昨日言われた朝の巡礼を始める。
太陽が最も真上に来る頃、村の男の人に一言言われた。
『
能力・・・・・・この世界では必須と言われるほど重要だそうだ。その使用方法は多岐にわたっている。農業、料理、鍛冶、生活等に使用されている。この村から数キロほど離れた街にいる兵士たちは、戦闘におけるスキルなども取得しているようだ。
元の世界にはなかったものが、今こうやって存在するとなると、興奮が止まらない。
(能力、か。一体どうすれば・・・・・・)
能力は取得できるというのは理解出来たが、方法がわからない。なんであの男の人は能力のことを教えといて方法を教えないんだよ。
「ターニャ、ちょっといいかな?」
傷んだ木の箱の上で古そうな書物を読んでいたターニャは、羽織の呼び声にビクッとしてから、走って近づいてくる。
「どうしたの?急に呼ぶからビックリしたよ」
「ごめんごめん。実は、能力を取得する方法を教えて欲しいんだ。どうすればいい?」
「能力?誰から聞いたのかは知らないけど、能力はまず目的を理解しなければいけないよ。ものによって使用する能力も変わってくるから、だから・・・・・・あっ」
「ん?どうしたの急に」
急に言葉を詰まらせて、なにかに気づいた様子だ。
「肝心なことを忘れてたよ。ユキハは一度、能力書類(スキルカード)を手に入れないといけないんだ。一般の人たちは"常識"という形で大抵の人は能力書類を持っているけど、ユキハはまず街まで行って書類を作成してもらわないと」
・・・・・・まじで?
脳内で何度もエコーがかかった。
「えーっと、街ってどれくらいかかるの?」
「んー、まあ大体8ベーク1タリン(15.3km)ぐらいだね。少し遠いから、
今気づいたがこの村は、人が集中する地域からは少し距離があるようで、離れた場所へは転移魔法という能力を使うらしい。「行かないの?」と言われ慌てて脱いでいた春服のブレザーを着る。
「能力発動、転移。座標は、主都グランド・ソドム。以上」
足元に見覚えのある紋章が浮かび上がる。緑色の家紋に似た紋様が光り出し、意識が一瞬飛んだ。
気がつけばそこは石の台の上で、目の前には巨大な城塞が堂々と建っていた。その前に広がる公園の広場には、中央の噴水場をはじめ多くの人々が買い物や休憩を楽しんでいた。感嘆の声が漏れた後にターニャが口を開く。
「ここが主都にして最も繁栄している街、そして最寄りの街『グランド・ソドム』だよ。この街で売ってないものもなければ、色々な依頼、手続きもできる"便利"な街さ」
主都、元の世界でいえば東京のようなものなのだろうか。公演を取り囲むように様々な屋台が商いをしており、美味そうな匂いが鼻を刺激する。
「さて。早く能力書類を作って、せっかくだから遊んでいこうか」
目の前の初めての光景に好奇心が沸々と湧き上がってくるのが分かる。早いうちに能力書類を作成して、この国の主要都市を満喫しなければ。
「申し訳ありませんユキカイ=ハオリ様。能力を使用できるのは18歳以上と国則で定められておりますので」
「え?・・・・・・え?え?」
目の前の受付嬢が何を言っているのか全く分からなかった。確かに私は現役高校生16歳だ。だが私はまだ何も提示していない。
「なるほどね。貴方は
ちょっと待って、何真理眼って?便利そうな名前だね。でもそれって困るんだよね。能力書類作れないじゃん。
「真理眼っていうのは"千里眼"の能力を極限まで高め、ありとあらゆる情報を脳内に記録出来るんだ。この能力はかなり貴重でね、使役する人は滅多に見ないって聞いたことあるのに、こんな所で会えるなんて、光栄の極みだよ」
「いえいえ、私はまだまだ未熟です。この能力を磨きあげるために、もっと多くの人々を観察しないと。それよりも・・・・・・」
受付嬢は羽織を見るなり、人差し指を指した。
「ユキカイ=ハオリ様。失礼申し上げますが貴方、この世界の人間ですか?」
すいません、この世界の人間じゃないです。ほんとすいません。
「ほう・・・・・・!何故ユキハが別世界の人間だと思うんだい?」
「実は、真理眼で確認しても年齢以外の項目が解析不能なんですよ。なんかモヤが入るというか・・・・・・。私はこの能力作成所に務めて六年目になりますが、今回のようなことが起きたのは初めてです」
極めて異例なことだと言いたげな受付嬢と、その現場に居合わせた若者や中高年たちは、気持ち悪がるような表情や珍しいものを見たような好奇心が丸出しの表情など様々な自己主張が見てとれた。
「ユキハ、今回ばかりはもう諦めよう。人が集まる前に広場に戻ろう」
年齢が明るみに出た以上、能力を取得することは難しそうだ。悔しいが、流石に今回は諦めるしかない。トボトボした足運びで出口へ向かう。
「能力作成所への、またのお越しをお待ちしています」