「ふんふんふーん♪」
何処かで聞いたけれど名前の思い出せない、でも気に入ってる歌を
石の床をちょこちょこと雑巾掛けして、集めてきた宝物を丁寧に布巾で磨きます。壊れた物や欠けた物があると、私にはどうしようもできないため少し悲しくなりますが、一つ一つの
「よっとっと」
所狭しと物の並んだ店の奥の、地面から大きく突き出た畳の上に登ります。私が寝っ転がっても余裕がある大きさのそこに正座して、以前拾ってきた
右の壁に掛けてある柱時計を見ると、時刻は巳の刻。つまりは午前十時です。今日から営業を始めるここ、"たからものや"は、十時開店の十七時閉店。つまりは、遂に念願の営業が始まったのです。
「さあさあこいこい、お客さま方っ!!」
ソワソワしながら誰かが入ってくるのを待ちます。開店したというのに、誰も来ません。きっと今日が営業初日だから、何処と無く入りづらいのでしょう。
三分経ちました。
十分経ちました。恐らく表で、『誰が開店一番乗りの栄誉を得るのか』を巡って、激しい闘争を繰り広げているのでしょう。嫌、私のために争わないでっ! 二番目でも三番目でもいいじゃない!
三十分経ちました。きっと開店直後は行列が出来ると踏んで、皆さんゆとりを持って来るようにしているんでしょう。ふう、もしや誰一人来ないのではないかという私の心配は杞憂に終わりそうです。
一時間経ちました。二時間経ちました。三時間経ってお昼ご飯を食べてそれでも誰も来なくて――
「……ぐすっ」
「ごきげんよう。もしかして開店一番乗りかしら?」
「入口から入ってこなかったのでノーカンです!!」
いつの間にか紫ちゃんが入り込んでいました。視界が液体でぼやけていたせいで気づくのが遅れてしまったようです。
「……もしかして三時間、そこでずっと誰か来るのを待っていたの?」
「そーです……そーなのです……」
「宣伝も何もないのに、山奥に突如開店した店に人が来ると思う?」
「………………?」
「貴女に商才がないことは十分分かったわ」
「えー、でも私には、突如ここを通りかかった旅人にこのお店を発見され、そこから口コミで『山奥の隠れ家的名店現る!!』みたいな感じで広まっていく計画があったのですが……」
「邯鄲の夢と消えそうね」
「むむ……そーですか……宣伝が足りてなかったのですか……」
と、ここで私の頭を閃きが駆け巡りました。
「紫ちゃん!」
「宣伝のお願いならお断りしましょう」
「あっそれもお願いしたかったけどそうじゃなくて! 紫ちゃんの力で人里と店の前の原っぱを繋げれば、千客万来間違いなしだと思うんですよ!」
「いや、それも断らせてもらうけれど」
「えー、けちー」
素晴らしい千客万来の未来が浮かんでいたんですけどねー。悲しいなー。
紫ちゃんはというと、いつの間にか扇子を口元に当ててそっぽを向いていました。考え事でもしているんでしょうか。
「千客万来はさせてあげられないけれど、初めてのお客様くらいは見繕ってあげてもいいわよ?」
「お願いします!」
「貴女ほどプライドって言葉が似合わない子も、なかなかいないわよね」
「すいません、横文字には弱いもので……」
「暫しお待ちなさいな」
スキマと呼ばれる異空間を開いて、紫ちゃんはそこに潜っていきました。時刻は二時過ぎ、開店からかれこれ四時間経過しております。八百長だろうと何だろうと、初めてのお客さんを迎えると思うと何だかにんまりしてきました。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ紫!」
「暇そうにしてたから面白い場所に連れてってあげようと思ったのよ」
「紫の紹介って時点で期待値が下がるぜ」
にんまりする頬を、パンパンと叩いて引き締めます。表の騒がしさはどんどん近づいてきて、キキィと小さな音を立てて、ドアが開きました。今日のために集めてきた宝物たちが、鈍く光って見えました。
「いらっしゃいませ! たからものやへ、ようこそ!」