その前の園子   作:shureid

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確かにあった

 頭上数センチ、いや数ミリだろうか。薄皮一枚隔てたその上を通過して行ったのは何処にでもある珍しく無いモノだ、路地裏に設置されていたゴミを集積する鉄箱だろう。余りの速さに何が起こったか理解に困ったが、腹部の怪我で少し前屈みになっていなければ俺の頭部はマシュマロを潰すより簡単に粉々になってたのは理解出来た。

 これは俺を狙った訳では無いだろう、それならばあれ程高く打ち上げる筈は無い。つまり狙いは後方数十メートル先に居る東郷、俺は心臓が地面から伸びて来た冷えた手に握られた感覚を覚えた。あれが生身の人間に直撃すればどうなるかなんて想像する価値も無い。

 

 

 ガシャン――。俺が振り向くよりも早く、表通りからは鉄の塊が冷えたコンクリートへ激しく叩き付けられる音が響いた。耳を劈く鋭い音は、少なくとも人に当たったと言う感じはしなかった。どちらかと言うと弾き返されたと言った所だろうか。

 俺は漸く回った首を背後へ向けると、東郷より数メートル背後、かめや駐車場のど真ん中に拉げた鉄箱が無残に転がっていた。視線の先には腰を抜かして尻餅をついていた友奈と風、そして両手を車椅子の手すりへ突き上半身を引いている東郷。そんな三人の前には夏凜が小太刀を両手に仁王立ちで此方を睨み付けている。

 

「頼りに……なるな……全く」

 

 

 

 

 

 

 無我夢中だった、変身が間に合ったのは本当に幸運だっただろう。東郷の頭上を文字通り飛び越え、向かって来たそれを思い切り蹴り上げる。車や人通りが少なくなった時間で本当に良かったと思う、不幸中の幸いだ。と言っても運が良いだけで何時までも一般人に被害が出ないとは限らない。

 だが自分に何が出来るのだろうか、力の差は歴然、恐らく影を踏む事すら出来ない実力差だろう。粘った所で東郷の寿命が数分伸びるだけかもしれない。しかし、それが諦める理由になんてならない。何故なら、何故なら――。

 

 何故なら自分は勇者だから。

 

 東郷達を逃がすか?いや、今自分の下を離れられるとかえって危険だろう。ならば自分がこの子達を守り通す、何があっても。私は歯を食い縛ると両手へ小太刀を呼び出し、思い切り地面へ振り下ろす。

 

「ちょっ……いきなり何なの!?」

 

「あの……」

 

「アンタ達は少し下がって、そこから絶対に一歩も動かないで」

 

 金髪と赤い髪の毛の子が言いたい事有り気に声をかけてくる。そりゃこんな状況なんだ、説明を求めてくるのは至極当然の反応だろう。しかし悠長に説明している暇は無い、何時また攻撃がすっ飛んでくるか分かったもんじゃない。

 只事じゃないのを察してくれたのか二人は押し黙り言われた通りに少し距離を取ってくれた。

 ふぅ、少し息を切ると冬の寒気を肺に取り入れて一気に吹き出す。深呼吸するとやはり落ち着く、身が引き締まる。今私が立っている歩行者側の白線、奴にそこを踏ませる訳にはいかない。これより内側に奴が足を踏み入れる時は、自分が死んだ時だけだ。私は勇者としてはまだ新米だ、そして相手は歴戦の勇者かもしれない。だが、勇者として戦う覚悟は誰よりも持っていると自負している。

 

 手が震えてる?寒いから――。いや、違う。怖いんだ。

 だって死ぬかもしれないのだから。大抵の攻撃は精霊が防いでくれる。だけど、私の勇者システムはまだ未完成だ、もし途中で勇者に変身出来なくなったら――。

 嫌な事が頭をぐるぐる回る。だけど、それでも、私はこの子達を守る。奮い立たせろ、私は勇者だ、選ばれた勇者だ。

 こんな時だ、どっかの漫画の台詞を借りよう。そう、勝てる勝てないじゃなく、ここで私は立ち向かわなくちゃいけないんだ。

 

「それが……勇者だから」

 

 だから、この白線は絶対に割らせないッ。

 

「……何があっても」

 

 此処より先は、絶対に通さないッ――。

 

 

 

 

 

 

 

「あれれ~、ナイスボールだと思ったのに~」

 

「……ゴホッゴホッ」

 

 彼は苦しそうに咳き込むと、壁へ寄り掛かるように倒れ込み腰をアスファルトへと叩き付けた。血を流しすぎたのだろうか、どっちにせよもうそんなに時間は残っていないみたい。

 あ、でもそれは駄目だ、うっかりしてたな~、今彼に死なれては――。

 

「あ、ごーさん、まだ死んじゃダメなんだよ~。わっしーが死ぬところを見て貰わないと、無駄死にと思っちゃうでしょ?」

 

「ハァ……ハァ。ケッ……笑えねえ……な」

 

 彼を殺すのは、わっしーを殺すからだ。そのわっしーが死ぬところを見ないと彼は死んでも死にきれない筈だ。だから早く殺そう、わっしー。好きだよ――。

 向こうから此方は暗がりで見えないけど、光源が豊富な駐車場は此方からよく見える。勿論、わっしーの前に立ち塞がっている夏凜ちゃんも。

 

 ズキッ。あれ、頭痛?何でだろうか。真っ赤な勇者装束に身を纏った夏凜ちゃんを見ると、なんだかムカムカしてくる。頭の奥底、何かが私の脳内へ這い出ようと頑張っているみたい。ズキズキと頭痛を重ねる度にそれは段々鮮明になってきた。ヤメテ、痛い。吐き気がしてくる。グルグル何かが私の中を駆け巡って行く、もう流れているかも分からない血流が疼き出す。心臓の脈拍がドクドクと上がってる。なんで?もう私の心臓は止まっている筈なのに。

 

 

 

 あれ、私はあの姿を見た事がある。だけどそれは、後姿だった。

 嗚呼、ミノさんはあの時、こんなにも勇敢で、真っ直ぐな表情を浮かべていたのかな。

 

 

 

 此方を睨み付けている夏凜ちゃんを見て私は思う。這いあがって来たそれは忘れもしない、命を賭して立ち往生を遂げたミノさんの後姿だ。ミノさんは私達を、全人類を守って――。

 あれ、私達を守ってミノさんは――。なら何故私はミノさんが守ったモノを壊そうとしているのだろうか。それじゃあ、ミノさんが死んだ意味が無く――。

 

『ミノさんは確かに私達を守ってくれた。だけど今、あなたを苦しめているモノ、それはミノさんが守り抜いたモノの結果なんだよ』

 

 一瞬、私は私で居た。だけど直ぐにまた心の奥底へ引き摺り込まれてしまった。確かに、ミノさんが起点となりシステムが改修され、勇者は死ななくなった。

 私はわっしーが自分の事を覚えていないと言う事実に耐え切れなくなった。それと、こんな体になっても絶対に死ねないと言う呪縛に耐え切れなくなった。でも私がこの体を拒否すると言う事は、ミノさんが築いたモノを拒否する事になるのではないか。

 

「ねえ、私はミノさんが守ってくれたこの体、好きだよ」

 

『嘘だよ、だってそのせいであなたは苦しんでる。わっしーにも会いに行けない』

 

「わっしーと会えないのは悲しいけど、私が生きてるのは、ミノさんのお陰なんだよ?ミノさんが居たからわっしーが生きてる、ごーさんもミノさんが居たから私と仲良くなった。あれれ~、ミノさん大活躍だ~」

 

『…………』

 

「ねえ、人の繋がりって凄いと思わない?ミノさんは死んじゃったけど、ミノさんのお陰で私とわっしーは生きてる。そしてごーさんと会えた。これって奇跡みたいで、すっごく素敵なものなんじゃないかな~」

 

『……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!あなたは苦しんでた!だから私は此処に居る!』

 

 そう、私は乃木園子だ、紛れも無く本人そのもの。そんな乃木園子がわっしーを殺すのだ、それはつまり乃木園子の意志そのものなのだ。

 もう決めよう、これ以上留まっていては分からなくなっちゃうから。私は間違っていないと、そう私に言ってやるんだ。

 駐車場に居るわっしーへ視線を向ける。色々あったけどこうやってわっしーの姿をしっかり見るのは何年振りだろうか。わっしーは不安そうに友奈ちゃんの手を握って小さく震えてる。あの人が風さんだろうか、部長らしく二人の前へ身を乗り出し庇おうとしている。本当に良い仲間を持ったんだねわっしー。

 それを私は今から奪うのだ。そう頭では思っているのに中々手が出ない。何故だろうか、夏凜ちゃんの姿を見て動揺してるのかな、さっきもそれで一瞬我を失ってしまった。夏凜ちゃんは大した障害にならない、だから早く動かないと、そうしてもう一人の私に捧げるんだ。

 

『もうわっしーは居ないんだよ。だからあなたが恋煩いする必要は無いの。もう、何も考えなくても良いんだよ』

 

 今度は確実に近付いて仕留める。私は一歩分槍を手前へ突き刺し進む。キィンと金属が擦れる嫌な音が響く。

 次の一歩。あれ?わっしーは握っていた友奈ちゃんの手を離した。

 次の一歩。わっしーは左肩から垂れ下がっていたおさげを何やら大事そうに握り始めた。

 次の一歩。祈るように、わっしーはおさげを握り続けていた。

 次の一歩。違う?おさげじゃない、なら何を大切そうに――。

 次の一歩、は出なかった。

 

 

 

 

『私は乃木園子、あなたは鷲尾須美、あの子は三ノ輪銀。三人は友達だよ、ズッ友だよ』

 

 

 

 

 覚えてない訳が無い。あれからどれ程の月日が経とうと、私が孤独と不安に押し潰されそうになった日々を過ごしても、その日々が私の思い出を蝕んでいても、それを忘れたことなんて一度も無かった。だってそれは、わっしーと最後に会話した時だもん。そして、私がわっしーに渡したあの青いリボン。

 何で、なんで、何でなの?なんでわっしーはそれを今でも持ってるの?

 

「なん……で?」

 

 それは特段高価なものでも無い、何処にでも売ってある平凡なリボンだ。何故わっしーはそれを今でもつけているの。記憶は完全に無くなった筈だ、ならば身に覚えのないリボンなんて普通――。

 もしかしたら何となくそのリボンをしていたのかもしれない、自分が記憶を無くす前の唯一の手がかりだから、とりあえずつけておこう、と。

 

「違うよ」

 

『違う筈無い、だって……わっしーは覚えてないんだよ。身に覚えのないものなんて気持ち悪いに決ま――』

 

「無意識なんだろうけど、わっしーは友奈ちゃんの手を離してでもあのリボンを握ってる」

 

『それは……たまたま』

 

「本当にそうかな~?」

 

『…………』

 

「人って怖くなった時や不安になった時、本当に安心するものへ手を伸ばしちゃうと思うな~」

 

『でもわっしーは覚えてる筈無いッ!覚えて……無いはずなのに』

 

「うん、そうだよ。わっしーはあのリボンが何なのかを全く覚えてない、けど、わっしーにとってそれは、とても大切なものなんじゃないかな~」

 

『そんなの……』

 

 

 

 

 

 一歩一歩、息絶え絶えな俺の前を素通りし、東郷へ向かい歩みを進めていた園子の足が止まった。正確には歩いている訳では無いが、表現としてはそれで正しいだろう。

 そんな園子が、ある地点でピタッと足を止めた。後姿からは分からないが、東郷を見据えているのだろうか、何やらぶつぶつと呟いて葛藤しているようにも見える。

 戸惑っているのか、いざ東郷を目の前にして気が変わったのか、俺には分からないがもしかしたら、園子は今何かと戦っているのでは、俺は立ち上がろうと下半身に力を込める。

 体は鉛のように重い、ガクガクと膝が震える。これは直感だが何処か確信めいたものもある、園子が留まるのは今この時までだ、この機を逃せばもう取り返しは付かない。

 ブロック塀に体を押し付けながら何とか立ち上がり、園子の背後へ一歩ずつ歩み寄って行く。

 

「ごーさん」

 

 ドキッと、只でさえ弱っている心臓が跳ねた。これ以上負担をかけるのは止めてくれと心の中で悪態を吐きながらも、棒立ちしていた園子の横へ何とか辿り着き肩を並べる。

 

「わっしーのあのリボン……あれは私が……最後の別れの日に……渡したものなんだ。なんで――」

 

 カチリッ、ピースのパズルが嵌った気がした。その言葉がそのまま園子が立ち止まった理由だ。ならば此処での俺の役目は伝える事だ。

 

「東郷は……な、毎日毎日……大事そうにあ……のリボンを……肌身離さず……つけてた」

 

 やばい、喋るのも苦痛になってきた。今全身の力を抜いて横たわれたならどれ程楽だろうか。先程から俺の背後にはじりじりと睡魔が迫って来ているのには気付いている。本気で眠くなってきた――。

 

「なんで?なんでなの――」

 

 

 耐えろ耐えろッ耐えろよッ――。

 夏凜も、園子も、東郷も、銀だって――。

 皆戦ってきた、それも俺より遥かに苦しい思いをしながら。園子は後一歩の所まで来てるんだ、此処で俺が倒れては銀に顔向け出来ないッ――。

 人間の体は不思議なもんだ、普通ならとっくにぶっ倒れてる筈なのに、楽になりたいのに、なんで俺は立ってられるんだろうか。多分それに科学的根拠は無いんだろう、一般的に言えば……これは気合い。

 

 

『気合いと』

 

 それに根性って奴か。

 

『根性と』

 

 後は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なー師匠ー。もし、もしの話だけど……どうにもならない敵が来たらどうするんすかね」

 

「漫画かアニメの話か?」

 

「そんなとこっすね。ぁえ……っと。アタシが応援しているキャラクターが今凄いピンチなんすよ」

 

「んーそうだな。神樹様、いや作者様に祈るか?」

 

「それもいいっすけど……なんか、こう……ないっすかね?」

 

「そりゃ銀、あれだよ。人間様ってのは神様から見れば……弱い生き物だけど、それでも人間が持つ輝きってのがあると思う」

 

「輝き?」

 

「そう、気合いと、根性と、此処にある魂ってのがね。まあ……ちょっとカッコつけすぎたか――」

 

「気合いと……根性と……魂……カッコいいっす!流石師匠!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだな、銀。人間は気合いと、根性と、魂があれば絶対に死なない、死んでも死なない。

 不思議と、俺の背後から眠気が剥がされていった気がした。銀が背中を押してくれたのかもしれない。幻聴だろうか、頑張れ師匠と言ってくれた気がした。お役目で亡くなった少女達の魂は英霊となり、俺達を見守ってくれているのだと言う。ならば、その背中は確かに銀が押してくれたのだろう。

 

 

 お前はまだ、俺の事を師匠と言ってくれるんだな。

 

 

 

「なあ……園子」

 

「…………」

 

「人間ってのは……凄い生き物だと……思わないか」

 

「…………」

 

「記憶が無くても……繋がってる。ッハァ……ハァ……例え死んだって……切れやし……ない」

 

「つな……がり?」

 

「ああそう……だ。死んだ銀だって……お前と繋がってる……お前がよく、分かってる、だろ」

 

「……そんなの――」

 

 園子は否定しなかった。

 

「なら記憶が、無くなったから……何だ、ってんだ……。そんなことで……繋がりが、切れる事は無いって、東郷が……証明して、くれたろ」

 

「そんなの私には、関係無い。私はただ――」

 

「た……だ?」

 

「私は……私は、ただ――」

 

 

 本当は、ただ会いたかった。会って、安心したかった。期待は全くしていなかった、でも。でも、もしかしたら私のことを少しでも覚えてるかもなんて思って、それで。

 それで、わっしーは、やっぱり、私の親友だった。

 

 いや違う、私は自分の本能の赴くままに行動した。だから大切な人だって傷つける事が出来たし、それを壊す勇気も持っていた。もう後戻りは出来ないんだよ、私。ごーさんだって傷つけた、夏凜ちゃんだって。

 

「そうだね~、ごーさんには……キスの一つでもしてあげれば、許してくれるよ~?」

 

『ふざけないで、こんな事を仕出かした私を――』

 

「だって、それが大人、だよ?」

 

『ッ――』

 

「大人じゃない私には分からないけど、きっとそれが大人って事だと思うな~」

 

 もう、分かんない。

 

「あれ――」

 

 ふと、体の力が抜けた。強力な力で抑え付けていた棒が支えを失った瞬間フラッと倒れるように、私の体は倒れた。何で、後一歩だったのに、何で変身が解けるの――。

 何が大人だ、大人なんて、私達の代わりになれないから私達を生贄にするだけの――。

 その時、私の体はふわっと宙に浮いたように感じた、彼方へと飛んでいた意識を無理矢理手繰り寄せると、私は大きな背中の中に居た。私を担ぎ上げたごーさんは、覚束無い足取りでわっしーの下へ歩き出した。さっきまでは立っているのもやっとだったのに、何で私を負ぶって歩けるの?ほら、血が流れてる。早く手当しないとごーさん死んじゃうよ。あれ、私はごーさんを殺そうとしてたのになんで。何でごーさんは殺そうとした私に近付くの?なんで?

 

「ねえ」

 

『……何?』

 

「わっしーに聞いてみよっか」

 

『……うん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗がりから人影が現れる。緊張が最高潮へ達した私は小太刀を握る手に力が入っているのを感じた。だけどそれは一瞬で脱力して小太刀を手放し落としてしまった。

 目をまんまるにして口を唖然と開けていた私の姿は、間抜けそのものだったのかもしれない。でも今は良い、見たいなら好きに見ればいい。変身が解かれた園子が進に負ぶわれ此方へ歩み寄って来ている。

 何があったかなんて分からない、園子の気が変わったのか、一瞬そう思ったが、ボロボロの癖に余りに強い足取りで此方へ歩いて来る進を見れば少しは分かる。進は自分が死ぬかもしれない事なんて厭わず、園子の傍に近付いたのだろう。それは物理的距離じゃなく、心の距離。

 

「進ッ!」

 

 何処からそんな力が湧いて来るのか、左手一本で園子を負ぶっていた進に、私は名前を呼びながら駆け寄る。後ろで進の存在に気付いた子達は小さい悲鳴を上げたものの、此方へ駆け出して来た。

 

「アンタッ!何やって――」

 

「生島さんッ!?酷い怪我……もしかして生島さんも、その子も……さっきの事故?……に?」

 

「ッ!救急車――」

 

 東郷が救急車を呼ぼうと素早くスマートフォンを取り出した所で、遠くからけたたましいサイレンの音が響いて来る。体感時間では三時間位経った気がしたが、救急車の来る時間を考えると五分程しか経っていないということだろうか。

 

「だ、大丈夫、私が呼んでるから」

 

「そう、ですか……それより、敵襲はッ!?もう大丈夫なんでしょうかッ!?」

 

 私に詰め寄って来る東郷へ、今は事態が収束したと伝え宥める。東郷達からすればただ突っ立っていただけなのだから、腑に落ちないかもしれないが、血塗れの進を見てそれ所では無いようだ。赤い髪の子は取り乱しながらも音を聞きつけ表へ出て来ていたかめやの主人へ何か止血するものは無いかと尋ね、金髪の人は進の肩を支えている。

 そんな中、東郷はおさげに結ばれていたリボンを強く握り締めながら、進に背負われている園子を見つめていた。

 

「そのリボン」

 

 救急車のサイレンや騒がしくなった周りの音の中で、園子の声はよく通った。

 

「え……私?」

 

「似合ってる、ね」

 

「あ……え……」

 

 こんな非常時に見当違いな話を振られた東郷は動揺し辺りをキョロキョロと見渡したが、やがて更に強くそのリボンを握り締めると顔を一度俯かせ答えた。

 

「これは……とても、大切なものなの。とても……」

 

「……うん、ありがとう。わっしー」

 

「え?今なんて――」

 

 

 その先の東郷の声は救急車のサイレンに完全に遮られ途絶えた。その会話を最後に進は完全に意識を失ったのかぐったりと項垂れ、寄り添っていた子へ完全に体を預けている。私はすぐさま進に負ぶわれていた園子を担ぎ上げるが、こうなってしまってはもはや、私は傍観する以外に選択肢を失う。結果だけ見てみれば、進が園子を説得し丸く収まったのかもしれない。だけど、私は結局の所何も出来なかった。

 だから私は救急車から降りて来た隊員達に運ばれていく進へ何度も呼びかける以外、出来やしないのだった。

 

「夏凜ちゃん」

 

「ッ……何よ」

 

「ごめんね」

 

「ふんっ、事情はよく分からないけど、進が死んだら私はアンタを絶対に許さないから」

 

 勢いで言ってしまったが、今の園子は文字通り憑き物が落ちたようにナリを潜めている。それが演技だとは全く思わないし、本当に憑りつかれていたのかもしれない。だとすると今の園子に罪は無い――。いや、ダメだ。私が危険な目にあったなんてどうでもいい、進をあれだけ危険な目に合わせたのだ、これは本人が何と言おうと私が許さない、つもりだ。

 

「ごーさんが、言ってたよ」

 

「……何よ」

 

「夏凜ちゃんのおかげだ、ありがとうって」

 

「……私は、何にもしてない」

 

 私は本当に何もしてない。だから、もし。もし私のおかげだって言うのなら、しっかりアンタの言葉で聞かせなさいよね、絶対に。

 

 こうして私が初めて勇者として戦った、短いようで長い一日は幕を閉じた。

 

  


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