その前の園子   作:shureid

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三好夏凜

 私は今日も剣を振る。

 

 自分には大層優秀な兄が居る。一人っ子からすれば兄弟や姉妹は羨ましいらしい。それには同意するが、時には難儀な問題も起こってくるものだ。兄貴が何でも出来てしまうと、両親は同じことを自分にも求めてくる。兄貴がテストで百点を取れば、自分も百点を取らねば褒めて貰えぬ。もし兄貴が七十点を取り、自分が九十点でも取れば褒めて貰えるというのに、兄貴は決して自分より劣ることは無かった。

 だから、兄貴には絶対に出来ないことをやってやろうと決めた。しかし、勉強や運動では敵わない。ならば女に生まれた自分の武器、女にしか務まらない大赦の御役目に選ばれれば、きっと両親は自分のことを褒めてくれる。

 そして結果、血の滲むような努力で勇者選抜を勝ち残り、見事勇者へと抜擢されたのだ。だがここで気を抜くような自分では無い、むしろここからが本番と言ってもいい。幾ら勇者に選ばれたからと言って、実戦で使い物にならなければ話にならない。正式に選抜されたその日の帰りも素振りは欠かさなかった。

 

「ッ――。ふぅ……」

 

 誰も居ない朝の砂浜、幾ら朝と言えど、照り付ける朝日は容赦なく私の体力を奪っていく。何のこれしきと自分に言い聞かせ、木刀を握り直す。昼前には大赦での訓練が始まり、加えて学生の本分である勉強もあるのだ、気を休めている暇など無い。そんな日々が続く中、変わらない日常にちょっとした変化が訪れていた。

 

(……また居るわね)

 

 一月位前からだろうか、正確ではないが、大体この時間にはその男が此方を見物している。海岸沿いは木々が生い茂っており、丁度木陰に入るように設置されているベンチで、毎日缶コーヒー片手に座っているのだ。スーツを着ているからサラリーマンなのだろうが、仕事には何時行っているのか。

 そんなことで集中を切らしたりはしないが、気になるものは気になる。ほんの数ミクロン話しかけようとも思ったが、その時間すら惜しいと思い視界に入れない様にしていた。

 

 何時もは三十分程すれば何処かへ立ち去っていたのだが、今日はどうだろうか。素振りに一区切りを付け、息を整えつつズボンのポケットへ捻じ込んでいたタオルで汗を拭き取っていた所、その男は片手ポケットに、片手に何かを持ちながら此方へ歩み寄ってきた。

 

「飲む?」

 

 第一声がそれだった。男が片手に握っていたのはスポーツドリンクであり、先ほど買ったばかりなのかペットボトルの表面が結露している。運動した後に冷えたドリンクで一杯やる、それを想像して生唾を飲み込んでしまう。

 

「……ありがと」

 

 丁度喉も乾いていたし、この男まさかタイミングを見計らってきたのだろうか、なんてご苦労なことか。案の定そのスポーツドリンクは冷えており、火照った体に沁みてくる。

 知らない人に物を貰っちゃいけません、なんて学校ではよく教わっていたが、そこら辺の不審者ならぶっ飛ばせる自信はあったし、変なことを抜かした瞬間木刀でしばいてやると鼻を鳴らしながらも、冷えたドリンクに現を抜かせていた。

 

「生島進です」

 

「え?あ……三好夏凜……よ」

 

「毎日素振りしてるけど、何かあるの?」

 

「……別に、只の趣味よ」

 

 『私は大赦に選ばれた勇者!そして来たる御役目の為、日々鍛錬を欠かさないの!』とは言える筈も無く、適当にお茶を濁しておく。そもそも一般人に勇者や御役目の事は喋るなと大赦側には釘を刺されているし、名前しか知らないこの男にそれを言う義理も無い。男はあっさり食い下がり、ふーんと喉を鳴らすと、私が砂浜に突き刺していた木刀の一本を指差す。

 

「相手が居ないと退屈じゃない?付き合おうか」

 

「は?」

 

 馴れ馴れしい上にいきなり何を言い出すのだ、要約すると鍛錬の相手になってやると言いたいのだろうが、そこら辺のサラリーマンに自分の相手が務まるとは思えない。

 

「……アンタ経験者なの?」

 

「何が?」

 

「だから、その……あれよ、剣道とかそういう」

 

「いや、全く」

 

 平然と答える男にワザとらしく溜息を吐いてやる。時間の無駄だから消えて欲しい。ドリンクのお礼だけ言ってさっさと鍛錬に戻ろうかと考え、半分程飲み干していたドリンクを足元へ置いた瞬間、男の気配が変わったことに気付く。些細な変化だが、普段から異形の敵バーテックスと戦う訓練を積んでいる自分にはそれが分かった。

 顔を上げてみると変わらず男のアホ面が映るが、何かしでかそうという佇まいだった。砂に刺さった木刀の距離は互いに同じ位だろうか、手を伸ばせば届く。

 

「…………」

 

「…………」

 

 凡そ五秒間、耳に入るのはカモメの鳴き声と、さざ波が砂浜へ押し寄せる音。互いに無言のまま睨み合っていたが、先にアクションを起こしたのは生島の方だった。

 ピクッと、奴の右手が動いた瞬間、私も体が反応し右手を木刀へと伸ばす。初動はあちらが先だったが、先に木刀を掴んだのは私だった。先に手を出したのは向こうだ、何をされても文句言うまい。

 少々手加減しながらも、木刀を首筋目掛けて振り抜く。寸止めしてやろうと思ったが、寸前で差し込まれた木刀により弾かれてしまう。

 

「ッ――」

 

 その反動で此方の体制が少し崩れてしまった。生島は左手で木刀の柄を強く握ると、私の左肩から右足にかけて木刀を振り下ろしてくる。

 

 (袈裟ッ!)

 

 泳いでいた木刀を左手で摑まえると、振り下ろされる木刀へぶつけ下半身に力を込める。凄まじい衝撃が両手にかかるが、私だって伊達に鍛えている訳では無い、押し負けんと歯を食いしばり生島の一撃を受け止める。剣の振り方を見ても、恐らく技術や経験といった面では私の圧勝だろう。しかし、成人男性と十代前半女子では腕力に差が出てしまう。

 

(クッ……きつッ――)

 

 いや、これは違う。確かに腕力の差はあるとはいえ、ただのド素人相手なら競り負けることはまず有り得ない。何故だろうか、この男、獲物をただ振り下ろすという行為に対しては一日の長を認めざるを得ない。木刀を何かに振り下ろす時、その振動は手へダイレクトに伝わって来る。本当に素人なら木刀がインパクトした瞬間、ぶつかり合った反動で少し軸がブレるのものだ。しかし、この男のそれは足場の悪い砂浜を諸共せず、私の上腕二頭筋に悲鳴を上げさせている。

 

 鍔迫り合いでは分が悪いと踏んだ私は左手の力を抜き、体重を右方へ逸らす。綱引きでお互い全力で縄を引っ張り合っている最中に、片方が手を離せばもう片方はどうなるか、想像に難くない。

 生島の体は盛大にバランスを崩し、前へつんのめりになる。後はがら空きの背中へこの木刀を振り下ろしてやれば一本だ。間髪入れず叩き込んでやろうと、右手が握る木刀に力を込めその背中へ振り下ろす。

 

「なんのッ!」

 

 何という執念だろうか、倒れそうになる寸前、生島は行き場を失った左手で私の左足首を掴み、バランスを崩させようとあらぬ方向へ引っ張り上げる。

 

「きゃっ!」

 

 見事にバランスを崩した私は生島の方向へ前のめりで倒れるが、反射的に出た右膝が奴の脇腹へとクリーンヒットする結果となった。重力に力を借り、全体重が掛かったその膝は、生島を悶絶させるにはお釣りが来る威力となった。

 

 

 

「ぉぉぉぉぉ……」

 

 膝が突き刺さった脇腹を抑えながらもがいている生島に、何と言えばいいのか悩んでいたが、先に手を出してきたのは向こうと言う結論に達した。

 

「……アンタが悪いのよ」

 

「…………」

 

 しばらく蹲っていた生島に、ほんの少し心配し始めたが、やがて何事も無かったかのように立ち上がり、木刀を手渡してくる。そしてまた来ますと言い残し、生島は踵を返すと海岸沿いへと歩いて行った。 

 呆然とその背中を見送っていた私だったが何よりも、何だったんだあいつはと言う感想しか浮かんで来ず、気を取り直して鍛錬に励み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれれ~。ごーさんどうしたの?砂まみれだよ」

 

「例の女の子にちょっかい出した」

 

「ついに!やるね~。どうだったの?」

 

「肋骨が折れた」

 

「……大丈夫?」

 

「名前は聞けたから」

 

 まだ痛む脇腹を抑えながら、ベッドへと突っ伏していた俺を園子は気遣う。あれから園子に散々唆され、やれ話しかけろだやれ告白しろだ五月蠅かったので話しかけてみたらこの様だ。無論先に手を出したのは自分だが、何もしなければ案の定ツンケンしていたその少女との会話がもたなかったのも事実。此処に来る前、その少女が名乗った三好という聞き覚えのある苗字にまさかと思い、変わらず営業スマイルを浮かべていた奴に尋ねてみた。

 

「なあ」

 

「はい?」

 

「三好は妹とか居るの」

 

「ええ、居ますよ」

 

「夏凜って名前の?」

 

「はい」

 

 奴は全く驚きもせずに俺の言葉を肯定すると、何時も通り俺を園子の間へと案内し消えて行った。まさか俺の事を常に監視しているのかと危惧したが、最近の園子との会話は大半が夏凜の話だったのを思い出す。それが奴の耳に届けばあの反応は頷けるといえば頷ける。

 

 

 

「それで、ごーさん」

 

「ん?」

 

 少し、園子の声のトーンが下がる。そんな時、決まって園子は少しシリアスな話題を持ち出す。

 

「なんでその女の子は、木刀を振ってたのかな~」

 

「…………多分、俺と同じ理由だろ」

 

 最初は年相応に有り余るエネルギーを発散しているアウトドア少女だとも思っていたが、普通の学生が学校へ通っている時間にまで鍛錬を優先させている。それに加え彼女があの三好の妹なら、俺が木刀を振り回していたのと同じ理由だという可能性が非常に高まってくる。それはつまり。

 

「俺と同じ、お役目……か。と言っても、普通の学生をやってない時点でもう確定してるっぽいけどな」

 

「……ミノさんの端末、もとい勇者システムは近しい性質を持つ少女に継承されたんだよ~」

 

「……面影はあるけど、夏凜が銀と性質の面で似てるってのか?」

 

「話した事無いから分からないよ~。だけど、そういう事だとは思うな~」

 

 俺は居ても立っても居られず、パイプ椅子から勢い良く腰を上げると踵を返し、園子に直ぐ戻ると言い残し部屋を後にした。その辺を歩いていれば、三好が見つかる筈だと踏み社内を徘徊すると、案の定奴は出入り口付近に居た。

 

「おーい」

 

「はい、どうかされました?」

 

「夏凜はお役目に選ばれてるのか?」

 

 面倒な問答は好きじゃない、直球でそれを尋ねてみると、三好は少し困った表情を浮かべながらも何時もの笑みは崩さなかった。

 

「さて……どうだったでしょうか」

 

 求めていた答えとは違うモノが返ってきたが、駄目で元々聞いた話だ。妹が居るかと言う質問に対してはすんなり答えていたが、それ以上に踏み入った話になるとはぐらかされる。これ以上聞いてもどうやら無駄骨のようだ。

 

「……まあそうだよな、ほぼ部外者の俺が聞いても答える訳ないか」

 

「御賢察頂ければ幸いです」

 

「……呼び止めて悪かった」

 

 俺は園子の部屋へ戻る最中、これからの夏凜との接し方について考えていた。恐らく、いや確実に夏凜はお役目に選ばれ、それの訓練を行っている。銀が普通の小学生と違う学校のスケジュールで合宿に行ったりしていたのは知っている。勉強も大事だが、それ以上に鍛錬は必要となってくるのだろう。

 となれば夏凜はお役目の為に毎日早朝から鍛錬を行い、勉学や大赦での訓練は昼前からといった所だろうか。

 

「…………」

 

 俺はどうするべきなのか。

 

 園子の部屋に戻り、パイプ椅子では無くベッドの端に腰を降ろした俺は、園子の頭を撫でながら物思いに耽っていた。園子は色々と察したのかあれっきり何も訪ねてこず、成すがままに頭を撫でられている。

 このまま行けば、夏凜は園子と同じ運命を辿ってしまうかもしれない。ならばお役目が終わるまで、何としても満開を使わせないようにしなければならない。いや、そもそも――。

 

 

「お役目っていつ終わるんだ」

 

 俺の独白がどうやら声となって出てしまったらしい。俺は園子がもう来なくて良いと言うか、現状が改善されるまでは付き合うつもりでいた。俺のお役目のゴールはそこだろう。では、彼女達のゴールは。

 そんな呟きに園子が答える。

 

「……戦えなくなるまで、かな」

 

「ちょっと待てよ、その攻めてくる敵……バーテックスだっけ、そいつらを全滅させれば――」

 

「しないよ、絶対に」

 

 体の芯に得体の知れないモノが駆け巡ったように感じ、鳥肌が立つ。それ程園子の言葉は静かで重く、そして残酷だった。

 

「……しないって言うのは」

 

「周期はあるけど、バーテックスは無限に沸いてくる。だから終わる事なんて、無いんだよ」

 

 なら、もはや確定じゃないのか。夏凜だけじゃない、お役目に選ばれた時点で人生の破滅は。鷲尾須美が日常生活に戻れたのは全身が動かなくなる前に偶然、本当にたまたま記憶を失ったからだ。そうでなければこのベッドが二つ並んでいただろう。

 これはお役目なんて言葉で取り繕っているが、とどのつまり。

 

 

「……生贄、か」

 

 園子は少し目を細め、悲しそうな表情を浮かべる。ショックで止まっていた左手を再び動かし、頭を撫で始めるが身は入らない。

 三好夏凜が助かる方法は、最初の満開で記憶を失う事、それしかないのか。だとしたら何分の一だ、ニ十回満開して記憶を失っていない園子が居るのだ、少なくとも二十分の一か。いや、他の箇所を含めれば――。

 

「……ごーさん」

 

 そもそも夏凜にお役目を辞めさせると言うのはどうか。いや、流石に厳しいか。あれだけ本気で鍛錬に取り込んでいるんだ、訳の分からない俺が言ったところで無駄だろう。それどころか不信感を抱かせるだけになるかもしれない。

 

「ごーさん」

 

 ならばいっその事、夏凜を園子の元へ連れて来るか。そうすればお役目に就きたいなんて思わなくなるかもしれない。しかし、この厳重警備の中人間を一人通すのは無理があるか。園子は俺を瞬間移動みたく呼び出したが、誰になるかは分からないと言っていた。園子に頼むのは――。

 

「ごーさんッッ!」

 

「ッ――」

 

 静寂が支配していたその部屋に突如響いた園子の声。出会ってまだ一月程だが、声を荒げる園子は初めて見る。その事実が俺の頭を急激に冷やしていく。

 

「……そんなにごーさんが思い詰めないで」

 

「だけど――」

 

「ミノさんの時もそうだったけど、これは仕方が無い事なんだよ」

 

「だけどッ!」

 

「ありがとう、ごーさん。そんなに自分のことを考えてくれる人が居るなんて、その子は幸せだよ。でもそれだけで充分なんだよ~」

 

 分かってる。俺に出来る事は精々チャンバラの真似事と話し相手位だ。しかし、園子がどれ程辛い思いをしているかは本人の次に理解している。となれば何が何でも阻止しなければ、その考えだけが頭の中をグルグル回ってしまうのだ。

 

「ん~。もし手が動いたら、此処はごーさんを抱き締めてあげるシーンなんだけどね~」

 

 気付けば声のトーンは何時もの園子へ戻っており、俺も残った右手で頭を掻くと深呼吸をする。

 

「この事は追々考えよう、今結論を焦っても仕方はないな」

 

「そうそう。その子達が頑張って奇跡を起こしたら、もしかして供物が返って来る~なんてことが起こるかもしれないよ~」

 

「……そうなれば、良いな」

 

 

 外の日は暮れていないが、俺と園子の夜はまだ明けない。

 

 

 

 

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