その前の園子   作:shureid

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人として

 

「おはよう夏凜」

 

「ん、おはよう」

 

 朝日が照り付ける砂浜で、波の音に混じり木刀のぶつかり合う乾いた音がカランカランと響いている。両手に握られていた木刀を、まるで一つの演武のように華麗に扱っていた夏凜は、此方の首元目掛け右手で木刀を振り抜く。咄嗟に上体を反らし、自分の体の柔らかさに感謝しつつ砂を蹴り上げ後方へ飛び退き距離を取る。

 

「ッハァハァ……」

 

「あー、あぢぃ……」

 

 朝日が昇り始めた頃に目覚ましの音で跳ね起き、朝食を取らず職場へ駆け出していた生活は、気付けば隠居した老人の様な生活にすり替わっていた。最初の一月程は直接園子の元へ足繁く通っていたのだが、此処最近はずっと浜辺で鍛錬に勤しんでいる夏凜にちょっかいをかけてから園子へ会いに行くようになっていた。

 最初の頃はまた来たのかと溜息を吐く反応だったが、毎日欠かさず通っている内に少し好感度を獲得したのか、鍛錬の相手ができてほんの少しだけ感謝していると顔を朱色に染めながら伝えられた。

 

「夏凜は可愛いなぁ」

 

「ふぁっあっかっ――。アンタは仕事に行かなくてもいい訳ッ!?」

 

 照れ隠しに仕事のことを突いて来られるが、少々痛い。仕事は長期休職中だし、そもそも今はこれが仕事の様なものだ。幾らでもはぐらかしようはあったのだが、夏凜のことを考えると自分が今大赦の関係者とつるんでいる現状を歪曲して伝えておいてもいいかもしれない。

 

「まーなんというか、最近まで働いてたんだけどさ。大赦のお役目って言う奴?それの関係で休職中な訳よ」

 

「御役目?」

 

 夏凜の眉間に皺が寄る。本当にこの子は思ったことが表情に出やすい子だ。益々銀と被って見えてくる。夏凜と出会ってから、この手の話はまだしていない。ある程度の仲になってからと思っていたが、そろそろ良いだろうか。

 

「大赦の人に口外したらダメだって言われてるから、詳しくは言えないけど。まあそんなに大変じゃないから」

 

「へぇ、ふーん。そうなんだ」

 

 嘘は言っていない。夏凜は夏凜で何か考えているのか、ほぼ空返事で相槌を打っている。流石に俺が夏凜と同じ勇者に選ばれたとは思っていないだろうが、それでも自分と関係があるのだろうかと考えているのかもしれない。

 

「ま、そう言う訳で昼までのこの時間は暇なんだよ。じゃ、また明日来――」

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「私のことは聞かないの?」

 

「まあ何となく察しはついてるよ。義務教育のご時世に学校も行かずこんな所で鍛錬ってなると、俺とは違うけどまあ、似たような事情だろ?」

 

「そう、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、私はこの男の事を余り信用していなかった。と言っても敵国のスパイだとか、そう言う疑い方をしている訳では無い。急に接触してきた上、毎日馬鹿みたいに私に付き合ってくれるサラリーマンっぽい男、それだけで色々と考えてしまうのは致し方ないものじゃないか。

 どうやら男はお役目に選ばれ、それ故に会社へ行かず昼頃まで暇を持て余しているらしい。私はずっと考えていた。もしかしたら、この男は私が本当に勇者適性があるかどうかを見極める為、大赦が遣わした最終試験官ではないかと。ただ、何度この男のアホ面を見ても堅気にしか見えないし、嘘を言っている様にも見えない。それに、悪い人には見えない。

 私があれこれ考えていると、生島は此方へズカズカと歩み寄って来る。すると少し膝を落とし、急に私の両肩へ手を乗せる。

 

 え、何。顔が、顔が近いぃ――。

 

「夏凜」

 

「ふぁい!?」

 

「何があっても俺はお前の味方で居る。それだけは覚えておいてくれ」

 

「え……はい」

 

 真剣な眼差しでそれだけを言い残すと、生島は何時ものアホ面に戻り、また明日と言い残しこの場を去って行った。それにしても、益々あの男の謎が増える。兄貴に聞いてみようかとも考えるが、力を借りるのも何処か癪だ。向こうは私のことをどれ位知っているのだろうか。もしかしたら兄貴のことも知っているのかもしれない。そもそも一般人が選ばれるお役目なんて、勇者以外に何があると言うのだ。もしかして時になればあいつも勇者装束に身を包み――。

 

「……さて、鍛錬鍛錬」

 

 それにしても随分大胆な行動に出てきたものだ。一瞬ドキッとしてしまったが、私はそんなにちょろく無い。

 

「…………はず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ごーさんは夏凜ちゃんに何時告白するのかな~」

 

「そればっかりだな。普通に考えたら即逮捕案件だろうが」

 

「年齢を超える愛もあるんだぜ!」

 

「まだ恋愛もした事無い奴が何語ってんだ」

 

 何時も通り園子と駄弁り終え、何となく歩いて帰ろうと思いその日は徒歩で帰宅していた。日はまだ暮れていない、別に何時までと決まっていないので、園子と過ごす時間は日によってまちまちだ。今日は少し早いかもしれない。

 どのルートを通って帰ろうか少し悩んだが、少しセンチメンタルな気分になっていた俺は、用水路から流れ落ちる水が合流する川の流れを横目で見ながら帰宅していた。普通川原には空き缶やスーパーの袋なんかが散見され、心無い人が居るもんだなんて思う事が多々あるが、自分が見た範囲の川原にはゴミが一つも落ちておらず、誰かが掃除したのだろうかと考えていた。

 

 その時、川から少し離れた路地裏から、か細い猫の鳴き声が聞こえたような気がした。聞き間違いだろうかと思いつつも、その鳴き声の方へ足を運んでみると、両手に収まるくらいの大きさの段ボールが電柱の陰に置かれていた。

 膝を落とし段ボールの蓋を開けてみると、中にはまだ生まれて間もないであろう仔猫が助けを求めるように鳴き声を上げていた。猫の知識には聡くないが、成長するまでには色々とケアが必要なものじゃないだろうか。仔猫のままこんな所に居たら直ぐに死んでしまうかもしれない。

 

「……ウチってペット禁止なんだよなぁ」

 

 ペット禁止のアパートやマンションは珍しくない。むしろ禁止の方が多い程だ。今から大赦に駄々捏ねて良いマンションに引っ越すのも手だが、それはそれで園子を利用してしまっている気がして乗り気にならない。かと言って知り合いも少ない俺が里親募集するのも――。

 

「あ、あのっ!」

 

 色々考えを巡らせていると、背後から少女の声が響いて来る。腰を上げて振り返ってみると、赤色の髪の毛に花びら状の髪飾りを付けた女の子が、車椅子に乗った少女を押しながら此方へ近付いて来る。

 

「なにか?」

 

「えっと、その子の事なんですけど」

 

「ああ、この仔猫ね。鳴き声がしたから来てみれば、捨て猫かな。ウチはペット禁止だから困ったなあと思って」

 

「なら!私達讃州中学勇者部に任せて下さい!」

 

「勇者部……?」

 

 普通の人間なら、聞きなれない言葉としてそう言う反応を取っただろうが、俺にはその言葉は余りに聞き覚えが有り過ぎた。何より気になっているのは、車椅子に乗った黒髪の女の子だ。大和撫子と言う言葉がこれ程似合う少女と会ったのはこれが初めてかもしれない。そんなイメージを抱かせる少女に、俺はある予感を感じていた。

 

「私と……あ、私結城友奈って言います!こちらは東郷美森さん!仔猫の事なら私達に任せて下さい!きっと良い里親さんを見つけてみます!」

 

「私達勇者部は困っている人の助けになり、その問題を解決する為に尽力致します」

 

 赤髪の子は結城友奈、黒髪の子は東郷美森と言うらしい。黒髪の女の子が訳も分からないであろう俺に、丁寧な言葉選びで説明する。車椅子に乗っていると言う事は足が不自由なんだろう。そして鷲尾須美の話はあれから散々園子に聞いていた。記憶と、両足の機能を捧げた事にも。そして、今は東郷美森と言う名前で日常生活を送っていると。

 

「あ、ああ。押し付けるみたいで気が引けるけど……頼める?」

 

「はい、お任せ下さい!」

 

「勇者部、か。二人で活動してるの?」

 

「いえ、後一人部長を入れれば三人ですよ」

 

「そっか、頑張ってね。じゃあこの子よろしくね」

 

「はい!」

 

 快活な子だ、結城友奈に対しては真っ先にそのイメージが浮かんでくる。逆に東郷美森は冷静で聡明な諌め役って所だろうか。足早にその場を立ち去った俺は、家に夕飯になるものが残っていたか等、他愛もない事を考えつつ、勇者部と言う存在について煮え切らない思いがあった。

 それは夕食に選んだカップラーメンを啜っている時も、シャワーから流れるお湯を頭に被っている時も、布団に入り今日あった出来事を思い返している時も、ずっと俺の背後へ憑りついているかのように思考へ介入してくる。

 勇者部とは、あの子達にとっては紹介した通り、世の中の人の為に活動する部活なのだろう。しかし、それならば奉仕部だの、ボランティア部だの、色々言い様はある。だが何故勇者部なのだ。大赦の事を考えれば、もっと言えば勇者部に東郷美森が所属している事から、お役目に関係があるのは火を見るより明らかだ。

 

「って事は……後一人の部長、多分勇者部を作ったのはその子……。その子は大赦の関係者で……お役目の関係者を集めてる……?」

 

 まさか東郷美森が勇者部に所属しているのが偶然と言う訳では無いだろう。つまり、園子が動けない今、夏凜やその他の勇者を大赦側が準備している。其処まで結論を出した所で、妙な疲労感が襲いかかり意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は何処か体調が優れなかった気がする。朝目覚めた瞬間に体を襲った倦怠感の正体を私は知っている。所謂風邪、それも夏だから夏風邪だろうか。健康に気を遣い煮干しを欠かさず食べ、サプリメント等も愛用している自分が風邪などひいてしまっては世話の無い話だ。病は気からと自分に言い聞かせ、何時も通り浜辺へ向かったのだが、鍛錬を開始して数十分、頭痛や目眩まで襲いかかってきた。

 流石に今日は止めておこうかと思ったが、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。その念の方が強く、私は少し朦朧としてきた意識の中でも木刀を振るのを止めなかった。そして何時もの時間に現れた生島に、今日は体調が優れない事を伝えようとしたが、思い留まる。そんな事を漏らせばこの男は間違いなく私を家まで連行するだろう。

 それはそれで心配してくれていると言う事で嬉しいが、それ以上に私は焦っていた。来たる御役目を果たす為、もっと鍛錬を積まなければという焦りが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう夏凜」

 

「……おはよう」

 

 その日も何ら変わりはない、浜辺で鍛錬に勤しんでいる夏凜に挨拶し、夏凜がわざわざ持って来てくれている木刀を手に取る。

 

「…………」

 

「ん?」

 

「――何でも、ない」

 

 此方を見据え何か言いたそうな夏凜だったが、何か言いかけた所で口を紡ぎ言葉を喉奥へ引っ込める。気になるところではあるが、無理に聞くのも趣味が悪いと判断し、左手を木刀の柄に添え構える。夏凜も神妙な面持ちで木刀を構えるが、身が入っていないのか少し上の空のようにも見える。

 俺の踏み出した大きな一歩は浜辺の砂に小さなクレーターを作り、体重を乗せた木刀を夏凜に向かい振り下ろす。何時もの夏凜ならば左手で一撃を往なし右手で打ち込んで来るかと思ったが、インパクトの瞬間、左手の木刀は力に押され地面へと叩き付けられた。サクッと砂へ綺麗に着地し、突き刺さった木刀はやがて重力に従い砂浜へ倒れ込んだ。

 

「……夏凜?」

 

「…………」

 

「どした?」

 

「……――」

 

 その瞬間、まるで何十キロもの重りが頭上から圧し掛かったかのように、夏凜の膝はストンと砂場へ落ちる。

 

「おいッ!」

 

 木刀を放り出すと、手を砂浜へ突き倒れ込みそうな体を何とか支えた夏凜に駆け寄ると、肩に手を回し抱き起す。意識は何とかあるようだが、目は虚ろで息が荒い。正直体温に関しては高いかもしれないと言う事くらいしか分からなかった。この炎天下に体を晒し続けているのだ、体温なんて体調が良くても高いだろう。

 

 何度か体を揺すり呼びかけてみるが反応が鈍い。こんな場面に遭遇した場合何が最も優先されるか、それは紛れも無く対応の早さだろう。迷わずポケットからスマートフォンを取り出すと、ディスプレイに表示されたナンバーから119を冷静に打ち込んで行く。二コールを待たずに取られた電話へ、直ぐ来て欲しいと言う旨と共に目印になりそうな建物と大体の住所を伝える。電話を切るとスマートフォンをポケットへと捻じ込み、夏凜の両膝に左手を回し、右手は背中を支え一気に持ち上げる。

 軽いもんだ、小走りで木陰になってそうなベンチへ夏凜を運ぶと、急いでネクタイを解きワイシャツを脱ぐ。無いよりはマシかと思い折り畳んだシャツを畳み夏凜の後頭部へ滑り込ませる。素人に出来るのはこれ位だろうか、そう思った時、夏凜のズボンから汗を拭く用に捻じ込まれていたであろうタオルを見つけ、引っ張り出す。タオルを広げ、両端を握ると団扇の様に上下運動を繰り返し、何度も何度も夏凜に風を送り込む。

 

「後は救急車が来るのを待つだけか……」

 

 そう思っていたのも束の間、少し遠くからけたたましいサイレンの音が響いて来る。救急車を呼んだのは人生で初めてだったが、こんなに早いものなのか。そう言えば此処から病院は近いな。

 停止した救急車から数人の救急隊員が降りて来る。手を振り此方の位置を伝えると、担架を運ぶ者、俺に駆け寄って来る者、各々役割を分担しながら救護活動に入る。駆け寄って来た救急隊員へ事情を伝えている間に、他の隊員はテキパキと夏凜を担架に乗せ救急車へと運び込んで行く。同行しても良いのだろうか、ドラマなどではよく救急車の後ろへ乗り込み、励ましているシーンなどが見られるが。

 

 色々考えていたが、少し前に聞いた話だと夏凜が此処まで来る交通手段は自転車である。これを放っておくのもどうかと考えたのに加え、話を聞いた救急隊員からの命に別条無いと言う返答に、自転車を運んで病院へ向かおうと決める。

 

「私も直ぐ病院に向かいますので」

 

「ええ」

 

 肯定の返事を受けた俺は、嵐の様に去って行った救急車を見送りつつ、夏凜が停めていたであろう自転車を見つけ歩み寄って行く。その道中、救急隊員の命に別状は無いと言う言葉に何処か突っかかりを覚えていた。

 

 

 

 

「勇者は決して死ぬことは無いんだよ」

 

 

 

 

 何時だったか園子は言った。ならば、もし勇者に選ばれている夏凜をあの場で放っておいても死ななかったのだろうか。いや、放っておく選択肢は絶対にないとして、木陰で休ませておくだの、少し横にしておくだの、色々な選択肢はあった筈だ。だが俺は真っ先に大事を取って救急車を呼び、出来る限りの事をした。それを徒労と言うのか、偽善と言うのかは分からなかったが、俺は一つある決心をし、病院への重い足取りを進め始めた。

 それは出来れば言いたくない、しかしこれは友人という立場から、一番は大人という立場から言わなければならない事だ。

 

 

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