その前の園子   作:shureid

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繋がり

 死ぬッ――。

 

 あんなぶっとい槍が直撃すれば、大怪我どころか上半身と下半身が別れを告げる事だってあるだろう。そうなれば即死は免れないし、何よりも不味い。

 それは俺が死ぬ事じゃなく、園子が俺を殺す事が絶対にあってはならないのだ。そうなればどう巡っても丸く収まる道は断たれるし、歯止めが効かなくなった園子によって世界だって終わるかもしれない。

 だから、それは。

 

「駄目だッ!」

 

 ガラ空きの腹に攻撃が向かってくるなど分かっていた事だ、ならこの場は何より生きる事を優先しなければならない。もしこの半年間、夏凜との鍛錬を一日でも怠っていたなら、今日が俺の命日だったのだろう。

 小太刀の刀身を握っていた左手の力を抜き、弾け飛びそうになる小太刀を右手で抑え込む。槍を刀身で滑らせるように後方へいなす。首元僅か数ミリを掠めて行ったおかげで両手は自由になった、しかしそれは向かって来る槍を叩き落とす為では無い。流石にもう目の前まで迫っているそれを迎撃する手段など持ち合わせていないからだ。

 

「ッ間に合え――」

 

 自由になった右腕を折り曲げ腹部へ押し付ける。体は出来る限り折り曲げショック体勢に移行するが、少し前かがみになった所で、それは俺の体へと到達した。

 

「いッッ――」

 

 槍は俺の右腕に深々と突き刺さり、腕の中に異物が混入してくる奇妙な感覚と、途中で言葉が出なくなる程の鋭い痛みが全身を駆け巡る。

 

「あ、ああああああああああッ!」

 

 どうにもならない痛みの捌け口は、全て口から放たれた。もし俺が屈強な下半身を持ち、園子の槍を食らってなお踏ん張っていたのなら、それは腕ごと俺の体を真っ二つにしていただろう。しかしなまじ一般人と変わらない俺はそうなる前に踏ん張りきれず、後方へと弾き飛ばされた。

 結果的にはそれが良かった、下手に踏ん張っていては腕どころでは済まなかったからだ。と言っても骨まで達していた槍は簡単に抜けないらしい。

 

 後方へ弾き飛ばされてもなお深々と刺さり続けている槍に、俺ではどうしようもないと言う事は分かっていた。このままでは死ぬのが十秒そこいら先になっただけだ。

 その時、左肩から体の背面全てに温もりを感じ、俺が地面へ叩き付けられる寸前に真っ赤な右手が園子の槍を掴む。

 

「夏凜ッ!」

 

「歯ぁ食い縛りなさいッ!」

 

 先程吹き飛ばされた夏凜は既に俺の背後へと回り込み俺を受け止めていた。園子の槍に釣り針などで使われる返しが付いている訳では無い、ならば抜こうと思えば直ぐ抜けるのだが、自分でこの槍を抜こうとしても痛みで力が入らないだろう。だったら第三者へ抜いて貰うしかない。

 夏凜が握った槍に力を込め、一気に引き抜いた瞬間、全身の力が抜け意識が一瞬飛んだ。夏凜は素早く俺の右腕を掴み肩へ回すと、有らん限りの力で地面を蹴り上げ後方へ飛翔する。

 

「生きてるッ!?」

 

「ああ……何とか」

 

 園子から十メートル程距離を取って着地した夏凜は、伸びきった槍を背後へと収納した園子を見据え、万事に対応出来るように腰を落とし体制を低く保つ。

 

「退却するわよ、相手が悪すぎるわ」

 

「……逃げても意味無いな。あれは止まらない」

 

 此処で退却すれば一先ずは生き長らえる事が出来るだろう。しかし何の解決にもならず、確実に東郷が死ぬ。

 俺は考えていた。園子が凶行に走った理由を。そりゃ、理由は考えうる事の範疇なのだろうが、そうでは無くもっと根幹の部分に根付くモノ、それを解き解せば或いは。

 

「なあ、園子ッ!」

 

「何かな~?」

 

 こんな事をして何になる?違う、それは意味が無い。

 何かして欲しい事はあるか?それは園子がああなる前に言うべきだった。

 

「園子は……俺の事が好きかッ!」

 

「うん、好きだよ~」

 

 何としてでも時間を稼がなければ、十秒でも一秒でも良い、少しでも長く。

 ただこれは考えて答えが出るものなのか。頭はなんとか回る、アドレナリンが出まくってるってるせいか腕の傷はジンジン痺れるだけで、まだ思考出来る余地はある。

 

「それは異性としてかッ、それとも友人としてかッ!」

 

「う~ん…………」

 

 園子は左目を瞑るとその場で唸りながら思案に耽り始めた。

 俺が勇者部や夏凜に時間を割いていたのが不愉快だったのなら、その矛先は勇者部や夏凜に向く筈だ。何故俺と東郷なのだろうか。そもそも園子が東郷を狙っていると何故分かったのか。

 

「夏凜、東郷を守れってのは、誰に言われたんだ」

 

「兄貴よ、確実にその東郷って子の所へ行く筈だって」

 

「…………」

 

 俺と東郷の共通点は一つ、乃木園子を知っているという事だ。つまり園子は自分と繋がりのある人間に目を付けている。それにしたって東郷にその記憶は無いのに何故だ。

 

「ん~、両方かな~。でもそれはごーさんだからじゃなくて、ごーさんじゃなくてもそうだったと思うよ~」

 

「……辛辣だな」

 

「でもごーさんだから好きなんだ~」

 

 言動が支離滅裂なのは頭の中が整理されていない証拠だろう。何故そうなったかさえ分かれば説得出来そうなものだろうか、当初はそう思っていた。しかし、もし園子がある一つのどうしようもない理由からの行動であったなら、完全に詰んでしまっている。そう、今の体が動かない現状が嫌になったなどが原因なら、本当にどうしようも無い。それなら事故や不治の病などの方が百倍マシだった、何故ならそれは人類の手によって治る可能性が潜んでいるからだ。

 そうすれば、もしかしたら明日にでもその病気が治る特効薬が発見されるかもしれない、気休めでもそんな台詞を投げかける事が出来る。じゃあ今はどうだ?もしかしたら明日治るかもしれない、そんな台詞を誰が言えるんだ。

 

「なあ園子……これからどうするんだ、東郷の所か」

 

「そうだね~。そうしようか~……あ、因みにごーさんはおまけなんだよ~?」

 

「おまけ?」

 

「私がわっしーを殺せば、ごーさんはもう私に会ってくれないでしょ~。そしてごーさんは一生その事を引き摺る。でもそれは可哀想だから……一緒に、ね?」

 

 酷い話だ、俺はおまけだと言う。しかし、一瞬そこに光明を垣間見た気がした。今の話が本当ならば真の目的は東郷と言う事になる。なら何なんだ、そこにある俺と東郷の差は。先程も考えたが俺と東郷の共通点は乃木園子と繋がりがあるという事だけだ、そして本当の狙いは東郷だけ。つまり東郷にあって俺には無く、俺にはあって東郷には無いのどちらかだ。

 

 

『わっしーに会いたいな』 

 

 

 まさか――。いやこんななぞなぞめいた事か?考えてみればそうだで終わってしまう話なのだが。

 東郷は園子と繋がりがあるが園子との記憶は無い。そして俺は園子との繋がりがあるし、勿論記憶もある。なら何故そんな東郷を狙うのだろうか。もし東郷を殺めてしまえば万分の一、いや数字では計れない程の確率で何時か来るやもしれないハッピーエンドへの道を永久に閉ざしてしまう事になる。

 

 つまり、それは諦めるという事になる。

 

 

「なあ……園子」

 

 未だ俺の腕からは血が延々と流れ続けている。だが此処で倒れてしまえば全てが終わる、歯を食い縛り、心配そうに俺の様子を伺っていた夏凜を尻目に何とか声帯を震わせ言葉を発する。

 

「諦めたの、か……その方が……楽だから……」

 

 諦めると言うのは必ずしも悪い事なのだろうか、ある人はそれは良くない事だと言うかもしれない。しかし、考えてみれば必ずしもいけないことだとは限らないのではないか。

 人間生きていれば必ず何かを諦めるという事は起こりうる。それは何も大袈裟な話じゃない、例えば今日は雨が降っていたから買い物に行くのを諦めた、それでも一つ諦めている。人間がそこに固執しないのは、それが挽回可能な出来事だからであり、もっと言えば翌日晴れた日に買い物へ行けば直ぐにでも諦めた事実を忘れるだろう。

 なら話を少し大きくしてみよう、相思相愛の恋人と結婚した次の日に、その恋人を失ってしまったとしよう。それは挽回出来ない事象であり、諦めきれるものでは無い。

 しかし、それでも人間は生きている。何故なら時が経てば様々な経験を繰り替えし、その出来事の乗り越えられる程の出来事に必ず出会うからだ。極論を言えば自殺にだって逃げる事も出来る。

 

 だが、乃木園子にその機会は訪れない。体が樹木のように動かず幽閉され続けている園子に、銀や東郷を失った想い出を埋める何かと出会う機会など来やしないのだから。

 もしかしたら園子は俺と会う事でそれを少しでも埋めようとしていたのかもしれない。じゃあ俺が二十四時間三百六十五日園子と一緒に居れば良かったのか?無理だ、常人じゃ一か月も持たずに廃人と化してしまう。そうなれば会話もままならなくなり、園子は自分の置かれている現状を再認識させられるだけで話が留まるだろう。

 だから、もしかしたら園子は諦めてしまったのかもしれない、誰も咎めることの出来ない諦めを。

 

「うん」

 

 迷いなく園子は答えた。俺から東郷の話を聞けば聞くほど、園子はもう自分と東郷は永遠に繋がらないという事実を突き付けられたのだろう。そして裏を返せば東郷が生きている限り、もしかすれば繋がる可能性があるかもしれないと言う期待もあったのだろうが、その前に園子は選択した。

 

「……そうか」

 

「あれ~。ごーさんも、諦めちゃったの~?」

 

 それは重い言葉だ、何よりもな。しかし俺に何が出来るんだ、上辺だけの言葉は毛ほどの役にも立たない。かと言って、実は東郷が園子の事を覚えていましたなんて嘘を吹聴し取り繕っても解決はしない、只の先延ばしだ。つまりこれは園子自身が折り合いをつけるべき話なのだが、折り合いをつけた結果がこれならもう諦めるしかないだろう。

 俺にはどうする事も出来ない、信じるしか――。

 

 信じる、何を?

 

「なら、もう思い残す事は無いよね~」

 

「進ッ!」

 

 次の園子の一撃に、俺は全く対応する事が出来なかった。諦めたと言われても仕方がない、考えても絶対に答えの出ないクイズに挑み続けていても、深みにハマって行くだけなのだから。思考が鈍れば体も動かない、もしかしたらそれは俺を救済する一撃だったのかもしれない。

 夏凜は何が来ても対応する気構えでいた為か、俺の左腕を掴み肩へ回すと、身を翻し凶刃から俺を庇おうとする。しかし、それは俺の脇腹を少し抉り辺りに鮮血を撒き散らす。

 

「ッ――」

 

 夏凜は渾身の力で地面を蹴り上げ、今度は退却を重視した跳躍を見せる。五階建てのビルは軽く飛び越える高さで移動を続け、園子の視界から完全に消えた地点まで距離を取って行く。

 冬の夜空は寒く、俺の脇腹と腕に空いた風穴がよく冷える。血はどれ位流れたのだろうか、まだ意識はあるが体温がかなり下がっているのは実感出来る。

 無我夢中で飛び去った先は偶然にもかめや近くの路地裏であり、一度地に足をつけると夏凜はブロック塀に俺を凭れかけさせ、膝を突くと両肩を掴み目線を合わせる。

 路地を抜けた所はかめやに直接通じており、此処からだとかめや前の駐車場が何とか見える距離だった。目を凝らしてみると、見覚えのある金髪や赤色の髪が駐車場付近で揺れている。

 

「傷口をずっと押さえてて、すぐ救急車を呼ぶわ。東郷の事は私に――」

 

「夏凜……肩を貸して……くれ」

 

「ッ馬鹿!アンタ自分の状況が分かってんのッ!?」

 

 右手を胸元に翳した夏凜はまるで手品のように手元へスマートフォンを出現させる。少し震える手でコールボタンを押そうとしたが、その寸前で俺は夏凜の右手をスマートフォンごと強く握り締める。

 

「ッ――アンタ……」

 

「大丈夫……絶対に、まだ……まだ死なんからよ……」

 

「ダメッ!駄目!絶対に!……絶対にッ!こんな所で死んだら許さないんだからッ!」

 

 夏凜は腰を上げ三歩程後ろに下がると、今度は確実にコールボタンを押し、スマートフォンを耳に当てる。なんだなんだ、何時だったか夏凜が倒れた日を思い出す。立場が逆転してるなこりゃ。

 通話を終えた夏凜は再びしゃがみ込むと、俺の頬に両手を伸ばし優しく包み込む。

 

「救急車は直ぐに来る。だから絶対に動いちゃダメよ」

 

 それだけを言い残した夏凜は踵を返し、アスファルトを蹴り上げ夜空の闇へと消えて行った。非現実的な状況に置かれているが、辺りから聞こえてくる喧騒はどれも日常的なものばかりだ。木々のざわめき、車の走る音、台所から聞こえる包丁をリズミカルにまな板へ叩き付ける音。

 

「ッ!ハァ……ハァ……」

 

 危ない、急激に意識が背景へ溶け込んでいく感覚を直に感じてしまっていた。歯を食い縛るとブロック塀に背中を擦り付けながら足を踏ん張り何とか体を起こしていく。痛みより寒さが遥かに凌駕している、後俺はどれ程耐えられるのだろうか。

 

 

 

「もう虫の息だね~、ごーさん」

 

「おいおい……冗談……だろ……」

 

 冷えた俺の体を更に凍り付かせる声が路地の奥から響いてくる。今までに聞いたどんな怪談話よりも、その一言は俺の心を恐怖で駆り立てた。

 

 

 

 

 

 一方空高く舞い上がった夏凜は、辺りを見渡し園子の姿を見渡すが、それらしき人影は見えて来ない。移動手段として最も早いのは夏凜のように跳躍することだが、同じ高さまで昇ってみても見当たらない。

 

 まさかもう園子は東郷と――。

 

 悠長に考えている時間は無い、ならば先ずは第一目標の東郷を守る事を先決すべきだろう。かめやの店裏へ着地した夏凜は変身を解除すると、スマートフォンを握り締めたまま駆け足で表の駐車場へ飛び出していく。

 東郷の特徴は事前に写真が送られて来た為知っている、それに車椅子という分かりやすすぎる特徴を持っているのだ、見つけるのは難しくないだろう。

 駐車場へ飛び出た夏凜は、そこに面した道路で辺りをキョロキョロ見渡している特徴的な三人組を見つけ、とりあえずは間に合ったかと胸を撫で下ろしていた。その中に東郷が居るのは一目で分かる、後は園子がどうなったかだが――。

 何にせよ今は東郷と接触し、安全な場所へ匿わなければならない。時は一刻を争うが、驚かせてパニックを起こされても面倒になる。乱れた息を整えながら、三人の背後へ歩み寄っていく。

 

 

 

 ゴン――。

 

 鈍い音が宵闇から響き渡って来る。何かをぶつけた音、何かを叩いた音、それに類するモノだと判断する直前に、夏凜は目を見開くとスマートフォンの画面をタップし有らん限りの力で地面を蹴り上げた。

 

「え」

 

「と――」

 

 夏凜の眼前に居た友奈と風は何も反応が出来なかった、出来た事と言えば口から一文字だけ発する事のみだ。

 だから二人には見ている事しか出来なかった。暗闇から此方へ吸い込まれるように向かって来る鉄の塊に。

 

 

 

 

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