というか、われながら大学時代はいろいろやったなあ。
端午の節句にちまきを食べる。
などと、ドヤ顔で語る母親に聞いたことがある。
『なんでちまきって言うん?海苔巻きみたいなもの?でも、これって笹の葉っぱだよね?』
おい、目をそらすなよ。
子供にとっての母親の権威は、たやすく壊れる。(笑)
ご注意を。
まあ、ホントかウソかわかりませんか、昔は笹の葉ではなく、チガヤというイネ科の雑草を巻いていたらしく、それでちまきと呼ばれるようになったとか。
といっても、私は学者でもありませんし、土用の丑の日と同じく、どこまで正しいのかわかりません。
とりあえず、笹の葉にはいくらかの殺菌効果が有り、経験の積み重ねで、笹の葉が使われるようになったんでしょう。
あるいは、チガヤの入手が困難になったから?
このチガヤ、生命力豊かな雑草で一面の草原を形成したりするのですが、ススキなどに背丈で劣り、放置しておくと駆逐されてしまう悲しい植物なのです。
興味がある人は、植物学(遷移)なんかで調べてみよう。
パターンとしては、荒地~チガヤ~ススキ・笹~松林……という感じに、移り変わっていきます。
さらに余談ですが、このチガヤ、出たばかりの若い穂を噛むと、ほのかに甘い味がします。
近所の兄貴分に教えてもらって、ガジガジと噛んで甘さを味わったのはいい思い出。
というわけで、ちまき。
私が子供の頃にはすでに、ちまきをわざわざ作って食べる習慣は廃れつつありました。(母親のドヤ顔理由)
時代が変わり、資本主義万歳ということで、節分の恵方巻きよろしく、季節のイベント食として売られるようになったから、今の若い世代の方が馴染みが深いかもしれません。
なので、私も大学時代に何度か作って、それっきりですね。
理由は、面倒くさいから。(白目)
まず、使える大きさの笹の葉を集めます。(吐血)
この時点で挫折したくなる人は少なくないかと。
なので、細かい部分は省略します。
笹の葉二枚で1セット……を、水につけておきます。
昔ながらのちまきなら、縛るのはい草なんでしょうけど、ここはタコ糸で。
ちなみにい草は、熱湯をかけて柔らかくしておかないと、縛れません。
笹の葉をおって、もち米を入れて、もう一枚の笹の葉で包み、しっかりと縛ります。
もち米の分量は忘れました。(笑)
笹の葉の大きさによるとしか。
ひさしぶりに、あの言葉を使うわ。
れっつ、
さて、もち米を笹の葉で包んだものを一晩水につけておきます。
流れとしては、端午の節句の前夜に仕込みを終えて……ですね。
そして、これをコトコトと、弱火~中火で、1時間ほど煮ます。
とりあえず、強火でグラグラと煮るのはよくありません。
そこは、フィーリングで。
ザルにあげて、粗熱をとったら……子供たちが、起きてきました。
そして、笑顔で言ってあげましょう。
あなたたち、生まれてきてくれて、元気で成長してくれて、ありがとう、と。
たぶん、『あんまり美味しくない』などと可愛くないことを言ってくれます。(目逸らし)
なので、基本はともかく、端午の節句で売られているちまきは、子供用というか、お菓子感覚の味付けになっています。
もち米ではなく、団子の感覚で上新粉ともち粉を使い、砂糖も使います。
プリンの時もそうでしたが、手作りすると、しっかりした甘味を感じさせるには、結構な量の砂糖を使うのでびっくりです。
水入れて、しっかりとこねて作ったものを、加熱。
ただ、この場合は煮るのではなく、蒸します。
蒸し器がなければ、大きめの鍋に割り箸で段差を作り、蒸してやればオッケー。
こっちは強火で蒸しました。
そこは、
そして、この蒸したものを笹の葉で包み、もう一度蒸します。
二度手間じゃん、と思うかもしれませんが、最初から笹の葉に包んで蒸すと、固まってないから悲惨な目に合うの。
ただ、私の経験なので、うまいやり方があるかもしれません。
さて、基本はもち米を加熱して……の料理だから、笹の葉とかいらないんじゃと思っても仕方ありません。
イベント食とはそういうものです。
極端な話、中華風のちまきなんか、もちもちした炊き込みご飯というか、そういうものもありますし。
まあ、シンプルなものを自分で食べて昔を懐かしむもよし、子供たちに一度だけは食べさせて、子供たちが大きくなった時にふと、思い出してしまうような思い出を提供してあげるのもよし。
ではみなさん、よいゴールデンウイークを!
は、母親が、ちまきをつくらなくなったのは、私が原因だったのでは……。(震え声)