大学で一人暮らしを始めた。
見るもの全てが新鮮だ、触れるもの全てが驚きだ。
そう、私は立派な田舎者だった。
大学生の新生活についてはいろいろ言われるが、私は最初から普通に自炊していた。
料理上手ってわけじゃなく、自分で作ってただけ。
まあ、親の目もないわけで。
テレビで見た料理とか、漫画で見た料理とか、自分の手で実現してみたくなる、立派な厨二魂を持った誰かがそこにいた。
大根飯だ。
某朝の連続ドラマによって、有名になったアレだ。
材料費がそれほどかからないし、お手軽そうだ。
手を出すにはちょうどいい料理だろう。
時の流れとは激しいもので、当時は今と違ってネットワークなんて発達していない。
ようやく携帯電話が登場してきた時期だ。
繋がったり繋がらなかったり、ポケットに入らない大きさだったり、ああ、ポケベルとか懐かしいなあ。
まあ、何が言いたいかというと……料理のレシピをネットで検索なんてできない時代だ。
当然、動画も見れない。
当時、料理を覚えるには、誰かに教えてもらうか、料理の本を読んで学ぶか、テレビの料理番組を見て覚えるか……母親が家庭料理を通じて、息子や娘に伝えていくというのがいかに重要か想像できるだろう。
小学校の調理実習で、みんなが普通に調理に取り掛かれたのは田舎だったからか。
大根飯かぁ。
まあ、結局は炊き込みご飯だろ。
……ツッコミは後で。
私は、朝の連続ドラマをちゃんと見ていないのだ。
大根飯という言葉だけを知っているに近い状態で、それを作ろうとしていたのだ。
えーと、火の通りが悪かったら困るから、1センチぐらいのサイコロ切りでいいか。
米とは、半々で。
ダシと、醤油と(当時はまだ、ダシ醤油がほぼ普及してなかった)……まあ、最初だし、シンプルに行くか。
炊飯器をセットして、適当クッキング!
現代人め、炊飯器の凄さを知れ。
ダシと、醤油のありがたみを知れ。
米と大根が半々のわけがないだろう。
米を炊く火加減で『始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても……』とあるが、あれは釜で米を炊く火加減について語っている。
なぜ、最初は弱火なのか?
釜の中の米と水に対し、薪による火は、釜の底を熱する。
理科で習う、突沸を防ぐためだ。
弱火でじっくりと釜全体を温め、米の一部だけに熱が通るような、いわゆる炊きムラが起こることを防ぐ。
中パッパは、逆に冷めることを防ぐためだ。
全体をグツグツと炊く。
炊飯器は構造的に、底と周囲全体から米を炊きあげていく……文明の利器は素晴らしい。
つまり、きちんと味付けしてこんなふうに作った大根飯が、不味いわけはないのである。
『なんだ、大根飯って、全然美味いじゃん』
馬鹿だ、ここに馬鹿がいる。
でも、美味かったんだ。
普通に、美味かったんだ。
炊き込みご飯は普通に美味しい。