私の偉大な食卓。   作:高任斎

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結局ちゃんと見てないなあ、あの朝ドラ。


7:喜びの大根飯。

 大学で一人暮らしを始めた。

 見るもの全てが新鮮だ、触れるもの全てが驚きだ。

 そう、私は立派な田舎者だった。

 

 

 大学生の新生活についてはいろいろ言われるが、私は最初から普通に自炊していた。

 料理上手ってわけじゃなく、自分で作ってただけ。

 まあ、親の目もないわけで。

 テレビで見た料理とか、漫画で見た料理とか、自分の手で実現してみたくなる、立派な厨二魂を持った誰かがそこにいた。

 

 大根飯だ。

 某朝の連続ドラマによって、有名になったアレだ。

 材料費がそれほどかからないし、お手軽そうだ。

 手を出すにはちょうどいい料理だろう。

 

 時の流れとは激しいもので、当時は今と違ってネットワークなんて発達していない。

 ようやく携帯電話が登場してきた時期だ。

 繋がったり繋がらなかったり、ポケットに入らない大きさだったり、ああ、ポケベルとか懐かしいなあ。

 

 まあ、何が言いたいかというと……料理のレシピをネットで検索なんてできない時代だ。

 当然、動画も見れない。

 当時、料理を覚えるには、誰かに教えてもらうか、料理の本を読んで学ぶか、テレビの料理番組を見て覚えるか……母親が家庭料理を通じて、息子や娘に伝えていくというのがいかに重要か想像できるだろう。

 小学校の調理実習で、みんなが普通に調理に取り掛かれたのは田舎だったからか。

 

 大根飯かぁ。

 まあ、結局は炊き込みご飯だろ。

 ……ツッコミは後で。

 私は、朝の連続ドラマをちゃんと見ていないのだ。

 大根飯という言葉だけを知っているに近い状態で、それを作ろうとしていたのだ。

 

 えーと、火の通りが悪かったら困るから、1センチぐらいのサイコロ切りでいいか。

 米とは、半々で。

 ダシと、醤油と(当時はまだ、ダシ醤油がほぼ普及してなかった)……まあ、最初だし、シンプルに行くか。

 炊飯器をセットして、適当クッキング!

 

 現代人め、炊飯器の凄さを知れ。

 ダシと、醤油のありがたみを知れ。

 米と大根が半々のわけがないだろう。

 

 米を炊く火加減で『始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても……』とあるが、あれは釜で米を炊く火加減について語っている。

 なぜ、最初は弱火なのか?

 釜の中の米と水に対し、薪による火は、釜の底を熱する。

 理科で習う、突沸を防ぐためだ。

 弱火でじっくりと釜全体を温め、米の一部だけに熱が通るような、いわゆる炊きムラが起こることを防ぐ。

 中パッパは、逆に冷めることを防ぐためだ。

 全体をグツグツと炊く。

 炊飯器は構造的に、底と周囲全体から米を炊きあげていく……文明の利器は素晴らしい。

 

 

 つまり、きちんと味付けしてこんなふうに作った大根飯が、不味いわけはないのである。

 

『なんだ、大根飯って、全然美味いじゃん』

 

 馬鹿だ、ここに馬鹿がいる。

 

 でも、美味かったんだ。

 普通に、美味かったんだ。

 

 

 




炊き込みご飯は普通に美味しい。
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