少年は大人になる。
『立派な』という形容詞がつけられるかどうかは、不明だが。
そして、馬鹿だって多少は知恵が付く。
これ、大根飯じゃねええええええ!
大学で知り合った知人とかに『大根飯作ってみたけどさ、普通にうまかったわ?なんだろな、あのドラマって?』などと、全力で馬鹿アピールしていたのだ。
良かった、ネットのない時代で。
今なら、全力でさらされてたわ、絶対。
情報化社会、恐ろしい。
と、いうわけで、馬鹿は馬鹿なりに反省するため、本当の大根飯を追求することにした。
でも、それってベクトルの向きを変えただけの馬鹿ですよね?
ダシとか醤油は使わない。
大根と米を、米だけのようにそのまま炊く。
炊飯器は許して欲しい。
大根飯を上手く料理するのではなく、大根飯を知るためなんだ。
炊き上がる。
ああ、うん、うん……美味しくはないね。
でも、そんなに不味いとは思わない。
おかしい。
あの時代。
子供が泣いたのだ。
腹を好かせた子供が食べて泣いたのが大根飯だ。
そうか、米だ。
米を使っちゃいかんだろ。
だって、米は美味しいもの……品種改良とかツッコまないように。
良し、オール大根だ。
なるほど、これはもう大根飯と呼ぶしかない。
説得力に溢れすぎている。
大根は、ビタミンCなどを含む栄養に恵まれた食べ物だが、カロリーそのものには乏しい。
食べてもすぐに腹が減る。
泣くだろう、子供は泣くしかない。
でも、不味さはそれほどじゃないんだ。
大根の青臭さがちょっとな、とは思うが、言うほど不味くはないんだ。
この大根飯は、本物じゃない。
大根飯を追求する私の旅は、ここで行き詰まった。
しかし、ある日私のもとに重要な情報が寄せられた。
朝ドラヒロインが大根飯を食べているシーンの情報である。
重要なポイントが2つ。
1つは熱。
つまり、冷めた大根飯。
目の覚めるような思いだった。
温かいというのは、それだけでありがたいのだ。
私の母も父の家に嫁いできて、兄や私が生まれて、祖父や祖母と離れて暮らすようになるまで、皆が食べ終わったあと、冷めた食事を取っていたと聞く。
そのせいか、母の作る味噌汁はいつも具が多い。
そうしないと、みんなに具を取られて自分まで回ってこなかったらしい。
そういう時代だと言ってしまえばそれまでだが。
2つ目のポイント。
ヒロインの口元にへばりつくもの。
あれは大根ではなく、穀物ではないか?
私は、いわゆる雑穀……稗や粟、麦などを手に入れることにした。
この時既に、私の胸には成功の予感が宿っていた。
やはり映像は素晴らしい。
百聞は一見に如かずである。
稗や粟は、時代と場所によっては、鳥の餌などと馬鹿にされた穀物だ。
実際、手に入れるまでちょっと苦労した。
そして、完成する。
冷えるまで待つ。
実際にそれが正しいかどうかはわからないが、『これこそは』と納得できる不味さ。
これが、ヒロインに涙を流させた、悲しみの大根飯である。
うん、何やってんだ、私。
馬鹿がいた、ただ、馬鹿がいた。
ちゃんと全部食べました。
味付けは重要だと思いました。
現代日本、万歳。