Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
※ご指摘いただきました、マシュの騎乗スキル、ランクC相当。
確認不足でしたので、修正と調整しました。
ありがとうございます!
私の目に映ったのは、深い紺の軽鎧に身を包み、大きな盾を手にしたマシュと、その彼女に寄り添うようにして立っていた藤丸だった。
何故。
その姿は? そもそもマシュは下半身を瓦礫に押し潰されていたはず。なのに、今の彼女は元気──いや、以前の元気だった時のマシュより、それ以上に活力に満ち満ちている。
「戦闘開始します……!」
小さく呟いた直後。およそ、人間の脚力とは思えない跳躍で、私たちと骸骨の群れとの間へと降り立ったマシュ。
突如現れた敵に、やはりというか骸骨どもは驚愕など一切せず、獲物が目の前のマシュへと変わっただけ。
彼女目掛けて、統率など皆無のままに一斉に刀を振り下ろす。迫る十の刃を、マシュはその手の巨大な盾で受け止めると、容易くそれらを押し返す。
今ので分かる。治ったのは怪我だけじゃない。彼女は、人間を超えた筋力でさえも手にしている。
「ハアッ!!」
押し返され、バランスの崩れた骸骨の群れに、盾による力強い横払いが放たれる。
脆い骨には、硬質なそれの勢いを伴った一撃に耐える事など不可能。更に、まとまってマシュに凶刃を向けたために、一網打尽で粉砕された。
一言で感想を言うならば、あっという間だった、というのがまさしく当てはまる。
颯爽と現れて、瞬く間に敵を排除する美少女───一体どこのライトノベルヒロインだと言いたい。
「……え? なに、終わったの?」
逃げるのに無我夢中だったらしく、オルガマリーはただ一人、全くと言っていいほどに状況を把握出来ていなかった。
「そんなに余裕なかったの……? なんか、ゴメン」
ひとまずの脅威が去った事で、軽口を言える程度には余裕を持てる。それと同時に、安堵と共にドッと疲れも押し寄せてきた。
オルガマリーの無事を優先に思考していたために、疲れも一時的にだが忘れていたようで、それが今になって返ってきたのだ。
「戦闘終了。あの……ご無事ですか、岸波さん。それと……」
と、マシュが残敵確認を終え、私の方へとやってくる。心配、それと少しの戸惑いは、オルガマリーへと向けられてるようだ。
「それにしても、ちょうど良いタイミングだったな。それに、これで合流も無事に済んだし」
藤丸もこっちに来る。彼も、特にこれといった怪我はしていないらしい。色々と聞きたい事はあるが、これであの時の三人が全員無事に再会を果たしたというワケだ。
「……マシュ? それと、あなたは……。ねえ、白野。わたしの目は腐ってしまったのかしら。何故、あの素人マスター候補がここに居るの? まさか、レイシフトした時に居たっていうのは……!」
わなわなと俯きながら震えるオルガマリー。マシュの姿と戦闘力にも驚いたようだが、彼女にとっては藤丸が、あの時の少年であるという事実の方がよりショックであったらしい。
「よりにもよって、レイシフトされたのがこの素人マスター候補だなんて!? もっと他に居なかったの!?」
「所長。まずはこの場を離れるべきかと。またいつ、先程のような怪物に襲われるかも分かりません。安全確保を第一に行動しましょう」
「うぐっ……。というか、あなたも何よ!? その格好は一体───、まさか」
一悶着が起きそうな気配だが、今はマシュの意見がもっともだ。面倒な話は、身を隠せる所に避難してからでも遅くない。
「オルガマリー。マシュの言う通りだよ。言いたい事があるのは分かるけど、それは後でも存分に出来るでしょう? とにかく、まずは身の安全を確保しよう」
「……分かったわよ。文句を言っても、現実は変わらない。この最悪の現状で、どう窮地を脱するのか……今まで生きてきた中で一番の難関よ、まったく」
とやかく言うのは諦め、仕方ないといったように藤丸に視線を送るオルガマリー。
藤丸は彼女の軽視もあまり気になっていないようで、もう次の事に思考も目線も向いているらしかった。
「よし。話がまとまったなら、早く行こう」
藤丸、マシュの二人と邂逅を果たした地点から歩くこと約1km程。道中、骸骨の群れを何度かやり過ごして、ようやくまだ安全そうな廃ビルで腰を落ち着けられた。
廃ビル───今や、この街にある全てのビルがそう呼称出来るのは、なんとも皮肉な事だ。
一息ついた私たち。ただ、一人だけは気難しい顔をして、藤丸とマシュを交互に見つめているのだが。
「それで? マシュ、あなたのその姿、
聞き慣れない単語だが、デミ……とはどういう事だ? 普通のサーヴァントとは違うのだろうか。
というか、マシュがサーヴァントというのは一体……?
「……ああ、白野は知らなかったわね。デミ・サーヴァント───簡単に言ってしまえば、人間と英霊の融合した姿よ。それも一時的ではなく、半永久的にその融合は続く。
どうやら顔に出ていたらしく、オルガマリーが私に向けて説明してくれる。
それにしても、人間と英霊の融合とはまた……人道にもとるような行為が、カルデアでは行われたというのか。
英霊の驚異的な能力を得られると言えば聞こえが良いが、それはつまり、その基となった人間の一生を左右するのと同義。
……それに、そんな大それた行いが一筋縄でいくはずもない。そこには多くの代償、犠牲が存在しているに違いない。
「そんな顔をされても困るわ。確かに、人間のデミ・サーヴァント化なんて非道にも程がある。だけど、わたしにはどうしようもなかった。カルデアの職員でもごく一部の者しか、その実験に関わっていなかった。それに、実験はわたしが所長に就任するよりも前に行われた事。わたしからすれば、最初にそれを聞かされた時は寝耳に水だったもの」
……。それを語るオルガマリーの顔を見れば分かる。彼女にとっても、デミ・サーヴァントの実験は決して快いものではなかったのだろう。
彼女を責めても意味はない。それに、そのお陰で私も、オルガマリーも、藤丸も、そして何よりマシュ自身も。命の危機を脱する事が出来たのだ。
だが、それにしたって───
「そのへそ出しはいかがなものか。なに? 私を誘っているの? やだ、やらしい!」
「こ、これはわたしも望んでこんな姿を選んだ訳ではありません! デミ・サーヴァントになった時、気付けば勝手にこうなっていたのです!!」
必死に弁明しながら、身を丸めるように色々と主張している体を隠そうとするマシュ。というか、意外と立派なモノをお持ちで。
軽鎧を纏ってはいるが、なんともムチムチしいその姿は、ハレンチ以外の何物でもない!
まさにマシュマロボデー! マシュだけに!
「確かに。マシュのこの姿はそそられるモノがあるけど、マシュはそんな安い女じゃない! 崇高なる淑女と言っても過言じゃない!!」
「先輩!?」
おお……藤丸が熱く語っている。いや、私とて、本気でマシュがそのような娼婦みたいな真似事をするなんて
「ゴメン。訂正させて。マシュは気高くて初々しい姫のごとき乙女そのものだったよ!」
「ああ! 素晴らしい例えだ!! 気に入ったよ!!」
「先輩だけでなく岸波さんまで!? その、とても恥ずかしいのですが!?」
ガシッと熱く握手を交わす私と藤丸。それを、あわあわと恥ずかしがりながら為す術もなく見つめるマシュと、かなり冷めた目でアホでも見ているかのようなオルガマリーが。どちらもまったく異なる反応で、とても印象的だった。
「そういえば、ちゃんとした自己紹介はまだだったね。あの時は君、気絶してたし。私の名前は岸波白野。こう見えてサーヴァント。よろしくね?」
「俺は藤丸。『藤丸立香』。こちらこそよろしく、岸波! ……って、サーヴァント!?」
驚く反応が遅れてやってくる藤丸に、私は思わず笑ってしまう。なんだ、すごく良い男の子じゃないか。
オルガマリーからの心象が遅刻や居眠りで最悪だったけど、こうしてきちんと向き合えば分かる。彼は、とても誠実で、何より優しい人間なのだと。
「熱くなっているところ悪いけれど、話を戻します。それでマシュ。何故、デミ・サーヴァント化が今頃になって成功したの?」
溜め息を吐いて話の軌道を修正したオルガマリーは、再度その問いをマシュへと投げかける。
確かに、今までは無理だったのなら、どういう経緯でそうなったのかが気になる。
「はい。それについてはまず順を追って説明します。今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアでは事前にサーヴァントが用意されていました。一人は岸波さん。そしてもう一人が戦闘要員として」
それもそうか。私は戦闘能力皆無のダメサーヴァント。なら、きちんと戦えるサーヴァントを用意していて当然だろう。
それに、私の召喚もレイシフト間近の時期だった。それは幾ら何でも遅過ぎる。つまり、予備戦力を補充する意味でも、オルガマリーの意地による英霊召喚は実行されたのだ。
「そのサーヴァントも先程の爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった。ですがその直前、彼はわたしに契約を持ちかけてきました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」
「そう……。それで、ようやく成功したのね。では、あなたの中にその英霊の意識があるの?」
ふるふる、とその問いかけにマシュは首を横に振る。とても残念そうに、唇を噛み締めて。
「……いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました。わたしは、それを引き留める事が出来なかった。彼は最後まで自らの真名を告げずに、消えてしまった。ですので、わたしは自分が契約したのがどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどんな宝具なのか、現時点ではまるで判りません」
ふむ。これで、マシュの怪我が治った理由も説明がついた。融合によって、サーヴァントとしての健常な体へと変成したのだろう、という仮説が立つ。
それにしても、英霊の真名が判らない、か。これまた厄介な事になっているな。
私の時とは状況がまるで違う。あの時は、こちらの手の内を出来るだけ隠すためにとの理由で、宝具は使わせてもらえなかった。
だけど、マシュに関しては最初からそれすらもない。真名を知るはずのサーヴァントは消え、宝具を与えられたマシュは何も知らず、何も教えてもらえなかった。
これでは、幼い子どもにパソコンの使い方を分からぬままに扱え、と言っているようなもの。
それについては、オルガマリーも同じ結論に達したらしく、眉間にシワを寄せて考え込んでいた。
「……真名が判らなければ、宝具もまた使用出来ない、か。当然にして自明の理ね。不幸中の幸いですらないなんて、本当にツイてないわ。それと、わたしと藤丸くん、そしてマシュがレイシフトしてしまった事も、考察がまとまったわ」
そういえば、何故、私はともかく藤丸たちまでレイシフトしたのか、あまり深く考えた事はなかった。なんとなく、で行けていたので、考えようともしなかったというのが正解だが……。
「俺たちがレイシフトした理由……?」
「単純に言えば、共通項が存在しているのよ、わたしたちにはね。それは
……確かに。彼とマシュはコフィンの外だった。マシュの登録で終わったはずのレイシフトの前準備。ならマシュは何故、コフィンの外に居たのか。
おそらく、あの爆発によってコフィンが破損し、外に放り出されてしまったのだろう。それも、マシュのコフィンだけが。
だから、初めから外に居た私や藤丸、オルガマリーと共に、マシュもレイシフトされた、と。
「コフィンには、レイシフト成功率が95%を下回っていれば自動的にブロックが掛けられる仕組みになっていた。だから、ここにレイシフトされてきたのは正真正銘、
「……それは、また危ない橋を渡ったものだったんだね、私たち」
「まったくよ。あなたやマシュはともかく、藤丸くんとわたしは運が悪ければここにレイシフトされる前に消滅していたかもしれないんだから」
「……生きてて良かった」
心底ホッとしたとばかりに、胸を撫で下ろしている藤丸。意味消失を防ぐ事の重要さは、私も月の裏側を探索する時によく聞かされていたので、普通の人間である二人が無事この特異点に辿り着いたのは、本当に運が良かったと言えるだろう。
「マシュと融合した英霊の真名が判らないのなら、クラスも判らないのよね?」
「はい。残念ですが、わたしも把握していません」
悔しそうなマシュの顔。私も、その歯がゆさはよく分かる。だって、私も自分がサーヴァントとして何なのか判らないのだし。
「ふむん……。見たところ、その大きな盾以外に主武装はないようだし、ライダー……という風にも見えないわね」
「一応ですが、騎乗スキルはランクC相当で所持していますが……」
「ライダーのクラスにしてはランクが低すぎるし、それも違うわね。武器が盾なら、セイバーでもないでしょうし、ましてやアーチャー、ランサーでもないはず。アサシンにしてはその盾は隠密に向かない。キャスター、バーサーカーはまずマシュを見る限り論外。……なら、残る可能性は───」
オルガマリーがそれを口にしかけたところで、私はふと思い出す。
七つのクラス、そのどれにも当てはまらないクラスの存在。そこに当てはめられる英霊たちが何と呼ばれるクラスであるか───。
そう、その呼び名は……、
「『エクストラ・クラス』。当てはまるのは、ルーラーやアヴェンジャーといった、きわめて特殊なクラスたち……」
あれ? 何故、私はアヴェンジャーなんてクラスを知っているのだろう。……分からない。
「あら、知っていたのね白野? そう、正規の聖杯戦争ではまず召喚されない、とても特殊なイレギュラー。それがエクストラ・クラス」
でも、マシュはルーラーという感じはしない。
それに、私には朧気ながら
「マシュに宿ったという英霊がルーラーの素質を持っていたとしても、そもそもルーラーは通常の英霊召喚では召喚出来ないでしょう。ルーラー、それは大きくなりすぎた聖杯戦争をコントロールするために聖杯によって召喚されるクラスと聞いています。故に、マシュのクラスがルーラーであるという説は却下」
むむむ。なんだか頭がこんがらがってきた。これだから、頭の良い連中の話は難しいから困る。
「もう見た目から名付けてしまいましょうか。大きな盾を持った英霊。だから───『シールダー』。盾の英霊。今はそれで良いでしょう」
うんうん、と納得したように頷くオルガマリー。対して、自身のクラス名を名付けられたマシュはと言えば、
「シールダー……盾の、英霊……。何かを、誰かを守る為の、力」
自らの武器でもある、その大きな盾を、優しい手付きで撫でていた。心なしか、嬉しそうにさえ見える。
一体、その心は誰に向けられているのか───いや、それを詮索するのは無粋だろう。
何はともあれ、こうして、マシュのクラスは仮称ではあるが、シールダーとして決定されたのであった。
……あの、ところで私はいつになったらクラスが判るの?
岸波白野がアヴェンジャーというクラスを知っている理由。
それは───遙か彼方の、あったかもしれないが、決して交わる事のない世界線の記憶。人理には記録されない虚ろな奇跡。
とある復讐の魔女との、泡沫の夢である。
……宣伝じゃないよ?