Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第一節 フォウくんとの遭遇

 

 Dr.ロマンが去ってから幾ばくの時間が経っただろう。少しでもリハビリすべく、私はあれからずっと手足を動かそうと力んでいた。

 

 でも、結果は言わずと知れているだろう。最初と同じく、痙攣するのがやっと。自分の姿は見えないが、きっと陸に打ち上げられて瀕死の魚のようになっているだろう。

 

「情けない……」

 

 かつて、犬空間とかいう頭のちょっとアレな所に閉じこめられた事があったが、あの時はまだハイハイしながらでも動けた。

 いや、アレもえらく屈辱的ではあったのだが。

 

 しかし、今回はそういった作為的なものや、何者かの意図が絡んでいない。これは誰のせいでもなく、強いて言うなら()()()()()()というだけの事。

 ここにきて、まさかガトーに共感する時が来ようとは思わなかった。

 

 どちらにしろ、体が動かないのに変わりなく、情けないと感じたのは、見た目が瀕死の魚っぽいという点においてのみ。

 期日はそこまで迫っている。なら、情けなくともリハビリは継続しなければ。……ピクピクしているのは、出来れば恥ずかしいので誰にも見られたくはないが。

 

 そういえば、私の今の服装は何だろう。最後の記憶が正しければ、聖杯戦争終結後にいつの間にか着ていた、腰部分に大きなリボンの付いた白いワンピースを着用していたはずだ。

 だけど、英霊とはその人物の全盛期で召喚されるという。なら、私の全盛期はどの時だろうか。

 個人的には、直接的に命の危機を何度も味わった月の裏側かとも思うのだが。そして、貞操の危機すらもあった月の裏側での経験は、私の心をより強くしてくれた。

 かといって、聖杯戦争や聖杯大戦はそうでなかったのかと聞かれると、そういう訳でもなく。

 聖杯戦争では多くのマスターやそのサーヴァントと戦い、空っぽだった私は、“なにか”で器を満たされていったのを覚えている。

 聖杯大戦では、サーヴァントとの絆をより深めたし、それは元々契約していたサーヴァントに限った話ではない。かつて戦ったサーヴァントとも、親交を深めて強い絆を手に入れた。

 

 うん。こうして思い返してみれば、私は多くの経験と出会いを経て、それらの積み重ねが世界を救うに至ったのだと、改めて思い知らされる。

 

「………んひゃ!?」

 

 などと考え事をしていると、急に布団の中で何かが蠢くのを感じた。その()()は、もぞもぞと私の服の中に入り込み、脚、腰、腹、胸と、徐々に上の方へと登ってきている。

 触感から、その()()はフサフサした毛むくじゃらで、大きさは猫くらい。というか、猫そのものではないだろうか?

 

 やがて、その猫らしき何かは、私の胸元から顔を覗かせた。

 最初に見えたのは、ぴょっこりと出てきたウサギの如く長い耳。毛の色は白い。

 目線を出来るだけ下げて見ると、つぶらな蒼い瞳をした猫っぽい何かが、私の顔をじっと見つめていた。

 

「………」

 

「………」

 

 互いに、(まばた)きしかしないままの睨めっこが続く。というか、何だ、その……。

 

「え、何これめっちゃ可愛い」

 

 フサフサの体毛に小さな目鼻口。なのに耳は長く大きく、アンバランスさが逆にこの小動物の魅力を引き立てている。

 

「フォウ」

 

 私がつい本音を零したからか、小動物もそれに応じるように短く鳴き声を上げた。その声のなんと愛らしいコトか。

 私の体が万全だったなら、迷わず抱きしめていただろう。それはもう、全身全霊で。

 

「フォウ、フォウフォウ」

 

 フォウ、というのが鳴き声らしく、猫にしては珍しい鳴き声というか。猫にも犬にも見えるのだが、本当にこの可愛い生物は何という種類の動物なのだろう。

 

「君、名前は何ていうの? ……なんて、話せるワケないか」

 

「フォウ? キューウ、フォウ!」

 

 人間の言葉を発する事は出来ないが、私の言葉は分かるのか、身を乗り出して顔をなめてくる。チロチロとなめられ、少しこそばゆい。

 

「あはは、くすぐったいよ。ごめんね、君を侮ってたみたい。人の言葉が分かるんだね、君。賢いなぁ」

 

「フォウ!」

 

 まるで「えっへん!」とでも言っているかのように、誇らしく声を張り上げる猫のような小動物。その様が、とにかく可愛くて可愛くて仕方がない。

 ……いけないな。語彙が全然出て来ない。それだけ、この小動物の可愛さは圧巻の一言、なのかも。

 

 身を乗り出した事で、この子の全身も少しだが把握出来た。首辺りはフサフサなのはもちろん、何かスカーフらしきものを巻かれている。毛並みと毛ヅヤの良さから、よく手入れされているのが見ただけでも分かる。

 となると、ここの誰かに飼われているのかもしれない。まあ、ここは雪山の僻地らしいし、猫が単独で生きていくのは厳しいだろう。

 というか、施設内に居る時点でここに住んでいると見るのが自然だ。故に、この子には飼い主がいるのだと帰結する。

 

 あわよくば、私がもらっちゃおうとか思ってなかった。思ってなかったよ?

 

「それにしても君は可愛いなぁ……いつまでだって眺めてられる」

 

 勝手に頬が弛んでくるのが分かる。にやけるのを止められない。可愛いものを前にした時、私は人間の(さが)に逆らえないのだ。

 が、勘違いしないでほしい。快楽や欲望も似たようなものだが、まったくの別物だ。欲望のままに動くような真似がどれほど愚かであるかは、もう思う存分、嫌という程に経験したというかさせられた。

 

 そう。これは言わば、赤ちゃんを前にした時の母性本能に近い。それか、今にも井戸に落ちそうな赤ん坊を助けようと感じる人間が持ち合わせる道徳心。そんな、当たり前のように人間が持っているものを、私はこの小動物に対し感じているのだ。

 

「フォフォウフォウ。フォウフォーウ!!」

 

 褒められたのがよほど嬉しかったのか、私の胸の上で半ば雄叫びを上げながらピョンピョン飛び跳ねる小動物。

 いや、軽いし可愛いんだけど、さすがに寝たきり状態には衝撃がかなりクるというかですね!?

 

 

 

 

『フォウさーん?』

 

 

 

 と、誰かを呼ぶ少女らしき声が聞こえてくる。声は部屋の外、扉の向こうから聞こえていた。

 

「フォウ!」

 

 呼び声に反応するように、小動物は一目散に声のする方へと駆けていく。どうやら、扉が若干閉じ切れていないために、あの子はここに入って来れたらしかった。

 

『あ、フォウさん! やっと見つけました。そろそろご飯の時間ですよ? ……なんだかご機嫌ですね。何か良い事でもあったのでしょうか?』

 

『フォウフォウ!』

 

 二つの声が遠ざかっていく。どうやら、今聞こえていた声の少女は、あの子の飼い主のようだ。

 声が聞こえてすぐに向かったのを見るに、相当懐いていると見た。

 名前は鳴き声そのまま。少女が呼んでいたように、あの子は『フォウ』という名前なのだろう。

 

「……ハッ!? リハビリ忘れてた!?」

 

 小動物の来訪ですっかり忘れていたが、リハビリの途中だったのを思い出す。

 首が僅かにしか動かせないので、有るかもしれない時計も確認出来ない。時間の間隔が掴めないのはキツいな。

 

 ……そういえば、さっきのやりとりで私の今着ている服が何か分かった。

 聖杯大戦の折に身に着けていた白いワンピースだ。

 スカートとブレザーが分離している月海原学園の制服と、旧月海原学園の黒セーラー服では、さっきのようにフォウが一直線に私の足元から胸元まで登ってくるのは不可能。

 故に、私が着ているのは白いワンピースだと推測出来る。

 

 ……。私が居なくて、ムーンセルは大丈夫だろうか。いや、英霊とは元居た人物の再現。なら、この私もその例に漏れないはず。

 向こうの心配はこの際必要ないと思う事にしよう。何より、この世界が危機に瀕していると聞かされた以上、途中で投げ出して帰るつもりは毛頭ない。

 私がどれほど力になれるのかは分からないが、やれるだけの事はやろう。

 

 さしあたっては、まずは体を動かせるくらいにはしないと。足手まといどころか、現状何の役にも立たない穀潰し。それが今の私なのだから。

 

 

 

 そして、フォウとの遭遇から少し経った頃。

 この日、私は運命と出会う───なんて、大層に言ってみたが、話は単純だ。

 

 ノックと共に、()()がここにやってきた。

 

 

 

「失礼するわ。初めまして──とでも言いましょうか、私のサーヴァントさん?」

 

 

 

 

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