Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第二十一節 赤原を往く猟犬

 

 

 

『ええ!? ランサーを倒しちゃったのかい!? それはすごい!!』

 

 

 

 馬鹿でかい声がヤケに耳に響く。通信越しであるというのに、Dr.ロマンの興奮ぶりがこちらにまで伝わってくるようだ。というか、喜ぶ顔が容易に目に浮かぶ。

 

 ランサーとの戦闘が終結してから、まだ10分程度しか経っておらず、アルテラの消耗も激しいままだったが、ひとまずカルデアに報告をする私たち。

 向こうはこちらが戦闘中も、更なる危険の接近に備え広範囲をモニターして周囲の索敵を行ってくれていたので、一応の礼節としての、いの一番での報告だ。

 

『キャスターやアルテラが居るとはいえ、戦力的には向こうが上だったから、すごく心配してたんだけど、どうやら僕の杞憂だったらしい。いや~、誇らしい戦果だよ!!』

 

「ロマニ、周囲の状況は? 他に敵性サーヴァントの気配は無いの?」

 

『おっと、失敬失敬。今のところは問題ありませんよ所長。サーヴァントはおろか、近辺に怪物の姿も確認出来ませんから、その辺り一帯は現状では安全でしょう』

 

 Dr.ロマンの報告を聞いて、オルガマリーは「そう…」と一言だけ呟いて、胸を撫で下ろしていた。

 それには私も同感で、さすがに連戦は厳しいと言わざるを得ない。アルテラの消耗が予想以上に激しく、またランサーのような猛者が襲って来ては、まず勝ち目は限りなくゼロに近いだろう。

 

「よう、索敵の結果はあんまりアテにしないコトをオススメするぜ。ランサーがここで消滅したのは、敵さんも百も承知の筈だ。グズグズしてっと敵の新手が来るぞ」

 

 キャスターの警告に、自然と場の空気が緊張に包まれる。まだ気を抜く時ではない、敵はすぐにでも次の尖兵を送り込んで来てもおかしくはないのだ。

 

「それもそうだよな。敵がどこに居るか分かっていて、その上で疲れてる敵を狙うのは定石だろうし」

 

「藤丸にしては的を射ている発言ね。あなたの言うとおり、いつまでもここに留まっているのは得策ではないわ。敵にわたしたちがここに居るのがバレているのなら、周囲に敵の気配が無い今のうちに拠点を移動しましょう」

 

 オルガマリーの言葉を皮切りに、私たちはこの武家屋敷を離れ始める。腰を落ち着けられる貴重な場所だったが、危険であると分かっているのにずっと居続ける訳にもいかない。

 アルテラに肩を貸し、先を進む仲間たちを追って歩く。

 

 隊列の並びは、キャスターを先頭に、マシュ、立香、オルガマリー、そして私たちとなっていた。

 キャスターがルーンで索敵しつつ、マシュが敵の攻撃がいつ来ても防げるよう非戦闘員の前に陣取り、立香はマシュのマスターとしてすぐ後ろに控え、オルガマリーはもし後方から敵が来た時にはガンドで私たちの逃避を支援───といった具合である。

 

 武家屋敷を離れ、しばらく安住の地を求めて放浪する私たち。少しずつではあるが、アルテラも自分で歩けるくらいには回復してきたので、途中からは私が肩を貸さずとも大丈夫になっていた。

 

「……それにしても、酷い有り様だな」

 

 道中、さっきの武家屋敷のような立派なものではなく、ごく一般的な民家の建ち並ぶ通りにまで来た際、ふと立香が言葉を漏らした。

 民家が──と言ったが、それは正確ではなく、既にその全てが焼け落ちて原型を留めておらず、まだ形が分かるのが1軒、2軒と残っている程度。

 かつての生活の跡はもはや失われ、瓦礫の残骸が残るのみ。

 

 立香は……ついこのあいだまで、民間人だったのだから、この悲惨な光景が受け入れがたいのだろう。もしくは、自身の故郷と重ねているのかもしれない。

 奇しくも、ここは日本のようだし、立香も日本人。ここが出身国という事も、それを余計に助長しているのだろう。

 

「紛争地域でもここまで酷くはないでしょうね。こんなの天災と呼べるレベルでの大災害。それがこの地域だけに収まっているのがまだ救いよ」

 

「所長、そんな言い方は……!!」

 

 オルガマリーの言い分に、マシュが反感の意義を申し立てる。魔術師としての感性で語るオルガマリーと、一人の人間として反論するマシュ。

 互いに、異なった立場からによる意見の相違だ。オルガマリーは魔術師としては何ら間違った発言をしてはいない。確かに、この地獄のような光景がこの一帯だけで済んでいるのは良かったと言える。

 けれど、マシュからすれば、この街の住人たちに助かって欲しかったという感情が、オルガマリーの言葉を否定させるのだ。

 

 どちらも正しいし、どちらも否定は出来ない。価値観の違いなんて人それぞれなのだし、それこそ人の数だけある。

 だが、オルガマリーはマシュの反論に対し、一蹴してのけた。

 

「事実でしょう。この街、いいえ。この地方都市は既に壊滅状態。生きている人間にも今のところ遭遇していないし、もう生き残りは皆無のはず。ここに住んでいたであろう人々は確かに残念ですが、こうなった以上、この地獄が広がる事を阻止するよう努めるべきよ。幸い、まだこの惨状が拡大してはいないのだし」

 

「それ、は……はい。所長の仰る通りです。わたしたちの使命は、この特異点の調査及び消滅。この特異点を放っておけば、人類史には未来が無いのですから。この街の人々には申し訳ありませんが、今は目先の目標のみに集中します」

 

 まだ納得はいかないみたいだが、無理矢理に飲み込んだのだろう。マシュは表情に影を落としつつも、しっかりと前へと歩を進める。

 時には割り切る事も必要だ。どんな理不尽に苛まれようと、それを乗り越える意志も求められる。それが魔術の世界を生きる上で、尚且つあの電脳世界を戦い抜いた私が、様々な人や事柄を通じて学んだ事。

 

 マシュだけでなく、立香も、この地獄を見ても臆さずに前へと進んでいる。きっと、この二人ならば大丈夫。どんな苦境に立たされようとも、打ち勝っていく素質は大いにあるだろう。

 

「……、別に同情するなってワケではないのよ。いま大切な事は何か、それだけは忘れないように」

 

 オルガマリーも落ち込むマシュに悪い事をしたと思ったのか、フォローを忘れない。

 普通にしていれば、優しい心の持ち主なのに、プライドやアニムスフィアとしての誇りが前面に出て来てしまうのが玉に瑕といったところかな?

 

「………喧嘩するほど仲が良いってか? いや、仲良しこよしって感じでもねぇな、お前さんがたは」

 

 事の成り行きを静観していたキャスターが、茶化すようにオルガマリーとマシュに話しかける。後ろは振り返らず、周囲の警戒は続けたままに。彼の気性からして、単にお節介というだけだろう。

 

「何かしら? わざわざ話しかけて来たんだし、茶々を入れるだけってワケじゃないんでしょう、キャスター?」

 

「話が早くて助かるわ。ちょいと拙い事になってるんだが……」

 

 困ったような声音に、何かあったのかと勘ぐる私だったが、

 

『みんな、すぐに警戒態勢へ! サーヴァント反応だ!』

 

 急に回線が繋がったと思いきや、Dr.ロマンの慌てたような声が聞こえてきた。

 アルテラも、通信が来る前に気付いていたのか、Dr.ロマンの言葉を最後まで聞く前に、既にキャスターの隣へと並び立つ。

 

「まだ離れちゃいるが、遠くでも分かる程の強い殺気だ。まるで向こうから自分の存在を教えてくれてるって感じだな」

 

『霊基パターンを解析したよ。その結果、あの大橋でライダーと共に君たちを襲ったアーチャーと反応が一致した。でも、これは厄介だぞ……』

 

 アーチャー……!

 

 アルテラを敗北寸前まで追い詰めたサーヴァント。遠距離攻撃を得意としながら、弱体化しているとはいえ、セイバーであるアルテラを近接戦闘で負かす実力の持ち主だ。

 Dr.ロマンが厄介と称するのも納得出来る。何しろ、こちらにはアーチャーに匹敵する程の長距離攻撃が行える者が居ない。ガードは辛うじて可能だが、一方的に攻撃されるのは非常に危険だろう。

 

「あの皮肉野郎か。言っちゃなんだが、アーチャーと今のアルテラとの相性は最悪だぜ。こっちに遠距離担当が居ないのもそうだが、接近戦も迂闊にゃ挑めねぇ。アイツは弓兵のクセして白兵戦もそれなりに得意だからな」

 

 キャスターの言葉に、アルテラがしかめ面をする。その理由は明白。彼の言葉が真実であるからだ。

 アルテラはアーチャーと戦い、そして敗北した。決定的な敗北ではないにしても、キャスターが助けに来ていなければ彼女は殺されていただろう。

 

「そうは言ったって避けては通れないのが現実だ。マシュの盾で防ぎながら前進を続けても、向こうも後退しながら狙撃を続けて──のループにしかならない。そんな事をしていたら、そのうち他の敵サーヴァントが援護にやって来かねないし。決めるなら今、アーチャーを倒すべきだと俺は思う」

 

「ふーん……? なら、藤丸。あなたには何かアーチャーを打倒する策があるというの?」

 

「それは、まだ……」

 

 アーチャーを倒すべきだと主張する立香に、オルガマリーは半ば呆れたように問いを返す。立香も、そこまではまだ浮かんでいなかったようで、彼女の問いに答えが詰まってしまっていた。

 

「何よ。考え無しで方針を決めようとするのは愚か者のする事。それも、命の危険すら考え得る局面でのそれは愚考でしかないわ」

 

 オルガマリーは、立香の言葉にかなり否定的のようだ。まあ、エリート志向の彼女からすれば、一般人で魔術と何の関わりもなかった彼が、自身にはないマスター適性を持っている事もあって、辛く当たってしまうのは仕方ない事ではあるが。

 

 けれど、立香の意見には一考の余地があると私は思う。

 

「アーチャーとはここで決着をつけたほうが良いと私も思うよ。どのみち、セイバーを狙うにしても、他のサーヴァントを一騎ずつ倒すにしても、アーチャーの遠距離攻撃は私たちへの妨害かつ脅威になるもの。なら、来ていると分かっている今、アーチャーを倒しておけば後顧の憂いも無いからね」

 

「オレも、坊主や嬢ちゃんに賛成だな。あの野郎の存在はこれから先に必ず邪魔になる。だったら、今のうちに片を付けるのが得策だ。やり方はまだ検討中ってとこだがよ」

 

 キャスターも、私と立香の後押しをしてくれている。アルテラは言わずもがな、私の意見ならば賛成のようで、何も言わないが私を見る視線がそれを物語っていた。

 

「わたしは、先輩や皆さんの指示に従います。まだ戦闘にも不慣れな身ではありますが、先輩や所長、白野さんの身だけでも絶対に死守してみせます!」

 

「……何なのよ。これじゃわたしだけが悪者みたいじゃない。もういいわよ、好きにしなさい! その代わり、失敗は許しません。これはカルデア所長からの命令と受け取っても構いません。やるからには勝ちなさい!」

 

 オルガマリーはけっこう拗ねた様子ではあるが、結局は折れてくれたようだ。これで全員がアーチャー打倒の方向性で固まったという事になる。

 

「よし、決まりだな。んじゃま、戦う方向で考えるとして、だ。アーチャーの野郎も馬鹿じゃない。こうも分かり易く殺気を放って存在感をアピールしてくんのは、どうにも腑に落ちねぇ。これは何かあると踏んで見るほうがいいな」

 

「何か……。罠とか?」

 

「ん~……。ま、それもあるかもしれない。だが、その場合に考えられる罠のパターンが幾つかあるな。分かるか、坊主?」

 

 キャスターの言葉に、うーん、と悩むように思案する立香。

 罠という発想は正しいだろうが、それが一体どんな罠であるのか。

 

 悩む立香が、チラリと私やマシュへと救いを求めて視線を送ってくる。私も考えているところだったので、救いの手は差し伸べられなかったが、代わりにマシュが挙手にて立香の助太刀に入った。

 

「わたしも答えても良いでしょうか?」

 

「別に構わないさ。試験とかそんなんじゃねぇしよ。で? どんな罠だと思うかね?」

 

「はい。幾つかある、という事でしたら───まず一つ目は、敵アーチャー付近に罠が設置されている可能性です。遠距離攻撃を行う彼に近付いても、トラップでわたしたちの接近を防ぐ上にダメージも与えられるかと」

 

 ふむ。まずは妥当なところか。自身の周囲に罠を設置して敵の接近を阻止するのは、弓兵なら別におかしな話ではない。かつてセラフで戦った緑衣のアーチャーも、罠を得意とする英霊だったし。

 

「二つ目は手法こそ同じですが目的が異なります。そもそも彼自身が囮であり罠で、わたしたちをそちらへと近寄らせる事こそが目的である場合です」

 

「あっ、そうか! だからわざとこっちに分かるように存在感をアピールしてるのか……!?」

 

 立香くん。必ずしもそうとは限らないんだから、そう簡単に選択肢を狭めちゃいけないよ?

 でも、確かに二つ目の意見のほうが理由としては強いかも。離れた所から、こちらに位置が分からないような状況で狙撃すれば良いだけの話なのに、わざわざ殺気を放って自分の存在をバラしているのだ。何かあると考えるのが当然だろう。

 

『みんな、おしゃべりはそこまでだ! 魔力反応増大! 攻撃が来るよ!!』

 

 Dr.ロマンの警告から数秒後、赤く輝く何かが一直線に立香の頭部に向けて飛来してくる。

 横に居たマシュがとっさに間に入り、盾で弾いて事なきを得るが、安心している場合ではない。

 すぐさま近くの崩れた民家に私たちは身を隠し、アーチャーの次の狙撃へと備える。

 

「ありがとう、マシュ。助かったよ」

 

「いいえ。先輩のサーヴァントとして当然の事をしただけですから」

 

「安心すんのはまだ早いぜ。今のを見るに、マシュの嬢ちゃんのマスターが坊主だってのは敵さんにも知られてる。サーヴァントを仕留めるよりかはマスターを殺したほうが話が早い上に簡単だからな。その盾でしっかりとお前さんのマスターを守ってやんな」

 

 言いながら、キャスターは瓦礫からそっと顔を覗かせてアーチャーの動きを見て、それと並行して指でルーン文字を宙に描いていく。

 

 マスターの居るサーヴァントにとって、マスターは力の供給源であり、存在を繋ぎ止める楔のようなものでもある。

 マスターを失えば、正規の方法で召喚されたサーヴァントは、アーチャーのクラスが持つようなクラススキルである『単独行動』といった特殊なスキルでも無い限り、現界を保つのは非常に困難と言える。

 だからこそ、アーチャーは立香を殺して、その契約しているサーヴァントの力を奪おうとしたのだ。

 

「しかし本当に腑に落ちない。あの男があれほどあからさまに罠をアピールしてくるような英霊とは思えない。何か裏があると見て考えるべきだ」

 

 剣を構え、いつでも戦闘に出れるようスタンバイしながらも、アルテラはアーチャー周辺以外にも目を向ける。

 私は彼を直接見た訳ではないので、アーチャーの真名は予測すら付かない。男というのは分かっているが、見た事のある英霊ならまだしも、そもそも私が知るアーチャーなんて二人だけ。いや、無理矢理に当てはめるとしたら三人なのだが。

 それでも、やはりそう多くはないと断言出来る。

 

 今の弱ったとは言え、あのアルテラであっても圧倒出来る白兵戦の腕前に、正確無比な狙撃の技術。それらの共通点から私の記憶の中の、とある英霊の後ろ姿がふと脳裏にフラッシュバックされるが───それは、ないだろう。

 もしそうなら、どんな偶然だと叫びたくなる程に有り得ない偶然。いや、奇跡と言っても過言ではないだろう。

 

「裏……か。まさか伏兵が居て、隠れて挟み撃ちにしようとしている、とか?」

 

 立香の突拍子もない言葉に、場の空気が凍り付く。それは有り得ない事ではない。ランサーが単騎で襲って来たという事実から、敵は一騎ずつ戦いを仕掛けてくるという思い込みを私たちに植え付けられた。

 それが敵の狙いかどうかは分からない。ランサーの単騎特攻、そして彼の敗北さえも有効利用しようとしている可能性も無きにしもあらず。

 

 だが私は、ほとんど直感的に立香の言葉を肯定した。サーヴァントの戦いが一対一であるという先入観は、マスターなら当然持つもの。

 そこを敵が突いて来ないはずがない、と。この聖杯戦争は狂っている。ならば、そんな異常が発生してもおかしくはない。

 

「Dr.ロマン! 急いで索敵範囲を私たちの後方に広げて! 魔力感知、動体感知、熱感知、何でも良いから敵への感知に使えるシステムはフル稼働で!!」

 

『え? うん、分かったけど……、アーチャーの動きに気が回せなくなるよ!?』

 

「わたしからも命じます。ロマニ、白野の言う通りにしなさい。不本意だけど、藤丸の言葉は十二分に有り得る可能性の一つよ。敵がアーチャーだけではなく、まだ他にもサーヴァントを寄越しているなら……もしそれがアサシンであったとしたら───為す術なく不意打ちを受ける危険があるわ」

 

 私を後押しするように、オルガマリーがDr.ロマンへと命令を下す。あらゆる危険の芽を摘み取る為に、所長として彼女は立香の言葉と私の判断が正しいと踏んだのだろう。

 

『そういう事なら……了解しました。白野ちゃんの指示通り、あらゆるシステムを駆使して危険を察知するよ。アーチャーはアルテラとキャスター、君たちに任せるからね?』

 

 それだけ言って、管制室との通信が一旦途切れる。次に繋がるとするなら、それは後方に敵を感知出来た時か、あるいはアーチャーとの戦闘が終了した頃か。

 

「さーて、坊主の意見はひとまずあちらさんに任せるとして、だ。アーチャーをどう対処するかね? 言っちゃなんだが、奴ほど射程範囲はオレにも()ぇぞ」

 

「アーチャーの遠距離攻撃をどうにかしなければ、私たちに勝機は無い。手をこまねいていても、時間だけが無為に過ぎていくのみだ。一か八か、私が突撃するか……?」

 

 アルテラが陽動に出るとして、アーチャーに決定打を入れられる者が不可欠だが、マシュにはその役割は担えない。今のところ、守りに徹しているが、それは防衛だからこそ成り立つ話。

 サーヴァントとしての経験が浅いマシュでは、アーチャーを倒すまでは届かない。

 

「キャスター、あなたが宝具を真名解放すれば勝てる見込みはあるのかしら?」

 

 オルガマリーもそれが分かっているからこそ、キャスターに宝具の開帳を求めた。宝具は一発逆転すら狙える、まさしくサーヴァントが持つ最高の奥の手だ。

 だが、リスクは存在する。

 

「そうさな……、決まれば勝てる。つっても、宝具を回すだけの魔力が今のオレにゃ足りねぇな。使えるには使える……んだが、使えば当分は動けんだろうなぁ」

 

 決まれば勝つとして、キャスターが動けない状態になるのは拙い。もし勝っても、そこに新たな敵が現れたら、それこそ私たちに勝ち目はない。

 それに宝具をもし外せば、アーチャーの思うままに私たちは射殺されるのは目に見えている。

 

 マスター不在のサーヴァントに宝具の使用は厳しい。キャスターは暗にそう告げているのだ。

 

「何が言いたいの?」

 

「へっ。もう分かってるだろう? オレと契約するマスターが居れば、オレは宝具を使ってもリスクが軽くなるってコトだ。どうだい、坊主?」

 

「えぇ!? 俺!?」

 

 いきなり契約を持ち掛けられ、立香はかなり取り乱していた。でも、それも当然かも。

 英雄からマスターにならないかと誘われたのだ。しかも、ケルトの名高い大英雄からのお誘いだ。それは、そんなすごい人物から立香が認められたと同義に他ならない。

 

「でも、俺なんかで良いのか? 俺は魔術の素人だし、俺よりも所長のほうがよっぽどマスターとして相応しいんじゃ……」

 

「それは嫌味? それとも皮肉なのかしら? ……あなたが契約を持ち掛けられたのだから、わたしに話を振らないで。言っておくけど、わたしのサーヴァントは白野だけで十分よ」

 

 立香に嫌味だとか、そんなつもりは一切無いのは分かっている。けれど、彼はオルガマリーの触れて欲しくない部分を知らない。

 だからこそ、何も知らないからこそ、オルガマリーにマスターとして適正が無いという事に関してのタブーを避けられなかった。

 

 オルガマリーとて、立香が自分の事を詳しく知っているなどとは思っていないだろう。

 だが、それでもやはり、マスターになるのは彼女にとっては切望。言い返さずにはいられなかったに違いない。

 

「おいおい。今は喧嘩してる場合じゃ───」

 

 半ば呆れて、二人を諫めようと振り返り口を開いたキャスターだったが、強制的に開いた口は閉ざされる。

 

 振り返った彼の視線を割くように、赤い光の筋が通り過ぎていく。その軌道の先には、唖然と立ち尽くす立香が居た。

 

「坊主!!」

 

「え───?」

 

 何が起きているのか、眼前にそれが迫るまで理解が及ばない立香は、ただただ射抜かれるのを待つだけ。

 だが、彼の守護者が黙ってそれを許すはずもなく。

 

「先輩!」

 

 彼の隣に居たマシュが、立香を押し出して入れ替わる形で、盾を展開して赤い光を受け止めた。

 光は盾にぶつかると、上へと向けて跳ね飛ばされ、上空へと軌道を変えられる。

 

「な、何よ……今のは!?」

 

「なに、が……!?」

 

 訳も分からずに喚き立てるオルガマリー。立香に至っては、まさに茫然自失といった様子で、マシュに押し倒されたままに尻餅をついていた。

 

「すみません、マスター。ですが緊急であったので、救命を第一に……」

 

「いや、助かったよマシュ。でも、さっきのは……」

 

 誰もが驚きを禁じ得ない。身を隠していたはずなのに、障害物を難なく越えて襲ってきた攻撃。どういう原理で飛来してきたというのか。オルガマリーも、立香も、マシュも。

 誰もが検討もつかないという顔をする中、キャスターと私だけは違った。

 

「そういやぁ、あんなモンも持ってやがったな。オレとしたコトが失念してたぜ。……なあ、嬢ちゃん?」

 

「………そんな」

 

 今のは立香を狙った攻撃だった事もあり、私はアーチャーによるものであろう攻撃を客観的に見る事が出来ていた。

 故に、その赤い光を一瞬の時間だったとはいえ観察、分析、推測が可能だった。

 ───いや、推測するまでもない。だって、今の赤い光は、私の記憶にあるものだったのだから。

 

「敵を追尾する魔剣、赤原猟犬(フルンディング)───その模造品。なら、あのアーチャーの正体は」

 

 

 

 

 

 赤い外套の英霊。

 

 生涯を誰かの為に使い潰し、感謝と憎悪を一身に受けた末に死んだ、名も無き人々の正義の代行者。彼に名は無い。そんなもの、とうの昔に忘れ去ってしまった。

 

 故にこそ──

 

 

 

 彼は『無銘』の、英雄───。

 

 

 

 

「あなた、だったんだね。アーチャー」

 

 

 

 

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