Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第二十四節 異形の者

 

 アサシンに誘拐された私が運び込まれたのは、どこかのお寺みたいな場所だった。街の惨状と対比するかのように、ここは損壊がかなり少ないように見える。お寺=神聖な場……だからとか? いや、それは無いか。そんな安易な理由ではなく、単純にこの場所が戦場にはならなかっただけだろう。

 方角的に山へと向かっているのは把握出来ていたが、それにしてもお寺とはまたどういった了見……、

 

「………あれ?」

 

 見知らぬ場所であるはずなのに、何故か少し見覚えがあるような……。そういえば、セイバーやキャスター、アルテラと共に駆けたセラフでの戦場に、こことよく似た場所があった気がする。

 もしかしたら、月の聖杯大戦でのあそこは、ここを再現していたのかもしれない。

 

 目的地はここかと思ったが、どうやら単なる通過地点であるらしく、お寺を過ぎて林の中へと連れられる。わざわざこんな奥にまで進むのは、山の中に何かあるからなのだろうか。

 

 しばらく道無き道を進んだところで、やがて洞窟らしきものの前に出る。そこで唐突に、今まで脇に抱えられていた私だったが、地面に下ろされる。意外なまでに丁重に下ろされ、言葉遣いからもこのアサシンがそういう気性の持ち主なのだと理解出来た。

 汚染され、一体どこが狂ってしまっているのか検討もつかない。

 

「失礼、ここからは御自分で歩かれたく。今は回復に専念しているとは言え、気の触れたライダーが現れ、いつ見境無く貴女を襲ってくるやも分からぬ故、貴女を抱えたままではロクに戦えないのです」

 

 ライダー───メドゥーサか。確かに、彼女には私やアルテラへの借りがあったが、アサシンとは仲間ではなかったのか?

 

「どうして、あなたは私への対応が丁寧なの? それに、ライダーと戦うって……何故?」

 

「汚染されたサーヴァントの全てが、(あるじ)に忠実であるとは限らない。ましてや魂が汚染されているのです。元々の性質から変異するのは当然。ライダーはそれが顕著なようですが、貴女は我々にとって鍵と成り得る存在。みすみす殺される訳にはいきません」

 

 淡々と、理由を述べるアサシンだったが、核心は口には出さない。彼の言葉には、何をするために私を連れて来たのかという、肝心の部分が抜け落ちていた。

 

「そうですな……私から言えるとすれば、今はライダーやそのマスターとは同じ陣営ではありますが、特に仲間意識を持ってはおりません。彼女らとは、そもそもの目的が違う。私が聖杯を求める理由も、彼女らが聖杯を使って何をしようとしているのかも。根底から、あまりに異なってしまっている」

 

「……聖杯を使って、何かを?」

 

 聖杯。神の子のソレとは別物であり、それは魔術世界においては万能の願望機とも呼ばれるモノ。

 英霊の魂を捧げ、その器に溜め込んだ膨大な魔力を以て、どんな願い、望みをも叶えてみせる奇跡の杯。

 

 聖杯とは銘打つものの、それが必ずしも杯の形をしているかと問われれば、答えは否である。

 万能の願望機としての機能を果たすのであれば、それがヒトであれ、どんなモノであれ、或いは概念であっても、『聖杯』と呼称する。ちょうどムーンセルオートマトンが巨大な聖杯であるのと同じように。

 

 聖杯が叶える願いに善悪は関係ない。要は使う者の願いを叶えるだけの機械のようなもの。

 

 使用者が富を望めば、莫大な金銭を。

 使用者が名声を望めば、栄誉や地位を約束し。

 使用者が虐殺を望めば、あらゆる命を殺し尽くす。

 

 何を願うのか。聖杯はそこに善悪の価値を問わないのだ。

 

 だが、聖杯の存在は魔術世界で広く知られるが故に、一般人のような願いを魔術師が叶える事は稀だろう。

 魔術師とは、根源を目指すもの。たいていの魔術師は、根源への穴を開ける為に聖杯を利用しようと考えるらしい。

 

 そして、今回問題視するべきは、敵が聖杯を使って何を為そうとしているのか。既にこの都市の虐殺は為されている。なら、次は全人類を滅ぼすとか?

 いいや、虐殺は聖杯を求めた結果としてでしかないのかもしれない。

 だからこそ、敵の目的を知るべきだ。その願い、目的次第では、聖杯の奪取もしくは破壊が必然性を帯びてくる。どちらにしろ、この街の惨状を作り出した張本人が願う事など、ろくでもない願いであろうが。

 

「セイバーがマスター……じゃないよね。この聖杯戦争は狂ってしまったけれど、元々は歴としたマスターも居たはず。もしかしたら、この聖杯戦争が狂ってしまったのは、そのセイバーのマスターが原因かもしれないし」

 

「……そろそろ口を噤んで頂こう。ここは貴女にとって虎穴も同然。敵の本拠地において、あまり談話するのは推奨しかねます。どこにマスターの目があるかも分からぬ故に」

 

 あっ、と私は言われて慌てて口を両手で塞ぐ。アサシンは立ち位置からして、敵陣営に対し何か叛逆の兆しがあるように見受けられる。

 あまり声を大にして、本来は敵である私とこの場での会話は避けたいのだろう。

 だが、まだ気になる点というか、もしライダーと戦闘になった場合の言い訳は考えてあるのだろうか。それが聞きたかった私は、出来る限り小声で問うてみた。

 

「でも、ライダーと戦うなんて大丈夫なの? 敵を庇うなんて、それこそ本末転倒だと思うけど……」

 

「ご安心を。申し開きはアーチャー殿が既に考えております。私はそれを盾に貴女を守りましょうぞ」

 

 ……何故だろう。素直に安心出来ないのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い洞窟を進んでいく。下へ、下へと降りていく。

 

 人の手が入っていない洞窟内は、当然ながら整備されているはずもなく、覚束ない足取りで私は転ばないように足元に注意して歩く。

 しかし、こう見えて私は多くのアリーナを制覇した健脚の持ち主でもある。走りに走った私の脚が、多少歩きにくい程度で速度を落とす事はないのだ。この脚を鍛えてくれた強化スパイクに感謝。

 

「………」

 

 耳に届くのは、自らの息遣いと足音、そして天井から滴る水の音くらい。恐ろしい程に静かな洞窟内は、この世からあの世へと向かう道のりなのではないかとさえ思ってしまう。

 アサシンは足音はおろか、呼吸さえ無音と、流石は暗殺者のクラスなだけはある。まるで一人きりで洞窟を進んでいるかのような気分だ。

 時折、どこからともなく聞こえてくる風の音が、魔物の唸り声を彷彿とさせ、余計に恐怖を煽っている。

 

「……っ!」

 

 更に深く深くへと進むと、次第に周囲にも変化が表れ始める。元々洞窟内だけあってヒンヤリとした空気だったが、それが奥に行く毎により冷たくなっていくのだ。

 肌寒いとか、そういう次元ではない。それは不安や恐れといった負の感情を増長させる悪寒となって、私を襲っていた。

 物理的に寒いだけではない。心にすら働きかけてくる寒気は、決して自然界には存在しえないもの。言わば、人工的に発生させられた邪気のような……。

 

 端的に言おう。私は、この洞窟の最奥に行きたくないと感じている。気味が悪い。気持ちが悪い。気分が悪い。

 人間に不快感を与える()()が、この奥底には潜んでいる───と、直感的に私は思ったのだ。

 

「……さて、そろそろ旅の終着点です。しかして心されよ。この先に居るのは、この地方都市を壊滅へと追い込んだ張本人。醜悪で邪悪、されど誰よりもヒトらしくあった怪物(にんげん)の成れの果てですぞ……」

 

 アサシンの声色が変わる。警戒心を最大限にまで露わにし、いつ何が起きても即座に動けるように、彼は纏っていたボロボロの黒いローブを脱ぎ捨てた。

 決して筋肉質とは言えないが、それでもその体躯は一般男性を優に上回っている。黒い肌、顔に直接縫いつけられた髑髏の仮面。片方の腕は包帯のようなものでぐるぐる巻きにして秘されている。そこには何が隠されているというのだろうか。

 

 彼が言った事を思い出す。

 

 ───同じ陣営であっても、仲間だとは思っていない。

 

 つまり、配下であるはずの彼であっても、気を抜けばその命を刈り取られる、と。

 

「……自分の仲間でも躊躇なく殺せるんだね。あなたたちのマスターは」

 

 それは、なんて惨い事なのか。

 アサシンは私の言葉に答える事はなく、たどり着いたその先へと歩みを進めた。それこそが返答であると言わんばかりの背を、私も意を決して追いかける。

 

 

 

 そこへ足を踏み入れた瞬間、これまでのジメジメとした空気とは一転、渇いた冷気が頬を撫でる。自然の産物であるはずの洞窟の最奥に広がっていたもの。それは、不自然なまでに開けた空間だった。

 明らかに異質な大空洞。これまで歩いてきた箇所は人の手が加えられてはいなかったが、ここはそうじゃない。どう考えても人工的に作り出された空間である事は疑いようがない。

 

「…………?」

 

 ふと、視線の先がぼんやりと明るくなっている事に気付く。山──いや違う。小さな丘の頂、その奥から光が漏れ出しているような感じだ。

 

 その淡い光に誘われるように足を運ぶ私だったが、

 

 

 

 

「そこで止まりなさい」

 

 

 

 

 不意に響いた女の声に、私の体はピタリと動きを停止した。儚くも可憐、それでいて芯の通った凛とした声音。

 

「え……」

 

 私は、その声に覚えがあった。いや、忘れる訳がない。忘れて良いはずがない。

 

 けれど、有り得ない。

 既に月の蝶は消え去った。ならば、もう二度と聞く事は叶わないのに。

 

 どうして、()()の声が聞こえたの……?

 

 だが、彼女は私の事など無視して言葉を続けた。

 

「アサシンさん。これはどういう事ですか? アーチャーさんとあなたには、この聖杯戦争において未確認のマスターと、そのサーヴァントの討伐を命じたはずです。別に生け捕りにしろとは言いませんでしたよね?」

 

「確かに。我らが仰せつかった命令は、彼女らの全滅。しかし、予想外にも敵はなかなかの強者でして。キャスターも新たにマスターを得てしまい、アーチャー殿の作戦が瓦解してしまいましてな。それならば、と人質を取ると同時に敵の戦力を削る方針に急遽変更した次第。彼女を捕らえたのは、苦肉の策だったのです」

 

「ふーん……そうですか」

 

 アサシンが言葉を選んでくれているのが分かるが、()()は彼の報告をつまらなそうに聞き流す。今の彼女の興味は別の所にある。

 言わずもがな、それは私だ。ジロジロと、舐め回すように観察してくる()()の視線に、胃が重くなるのを感じ始める。

 

 ()()の顔も、声も、全て知っているものと同じはずなのに。何故か嫌悪感しか湧いて来ない。

 見た目は同じでも、中身がまるで違っている。

 

「……あなたは、桜?」

 

 恐る恐る、声が震えそうになるのを堪えて、私は彼女()に問いかけた。

 彼女はその事に驚いたように、目を丸くして、だがすぐに再び冷たい瞳に戻る。

 

「驚きました。私の名前、知ってるんですね? 誰からか聞きましたか? キャスターさん───は、無いですね。あの人とは少し面識がある程度だし、彼にとって私はいきなり現れたブラックボックスでしたから、名前なんて知らないでしょうからね」

 

 淡々と、さりとて冷淡に。己が桜であると認めた少女は、無表情で言葉を紡ぐ。本当に人間かと疑いたくなるくらい、感情の籠もらない言葉。

 彼女は桜だが、私の知るセラフでの桜とは異なるのだろう。セラフの桜は、元となった少女の再現体である。となれば、この目の前の少女こそが、地上における本当の桜という少女に他ならない。

 藤色だったはずの髪は白く変色し、黒いワンピースのような服に身を包んだ姿から、桜という少女の本質が変質してしまっているのは明らかだ。

 それは、月の世界での彼女を知る私からすれば、一目瞭然だった。

 

「……そういえば、ライダーやアーチャーさんの報告にあった女の子の特徴と、あなたは一致しています。なら、あなたがライダーを撤退させたマスターさん、という事ですか?」

 

 ジッと見つめてくる彼女の濁った瞳に、私は金縛りにでもあったかのように身動きが取れない。途方もないプレッシャーが、彼女という存在の異質さを表しているかのようだ。

 体は動かないのに、顔だけが桜の問いに答えようと勝手にコクリと頷いた。まるで催眠術にでも掛けられた気分になる。

 

「そう……。アサシンさん、本当なら無駄な事を、と叱責するところでしたが、今回は許しましょう。彼女はライダーの好みに合うそうですし、たっぷりねっとりと愉しませてあげないと。生贄にするのは、ライダーが愉しんだ後でも十分ですもの」

 

 そこで初めて、桜が笑った。ニタリ、と邪悪に歪んだその笑顔は、およそ人間が浮かべるものではなかった。

 悪魔の微笑み───そう比喩しても何ら遜色ない程に。

 

 背筋が凍る。これまで感じた中で一番の恐怖。人間とは、これほどまでに異端に堕ちる事があるのかと戦慄さえする。

 

「ライダーは今は眠っているから、彼女が起きたらそこのマスターさんを食べてもらいましょう。それまでは、アサシンさんが見張りをしてください。頼みましたよ?」

 

 桜はそれだけ言うと、その姿を瞬く間に消した。例えとかではなく、本当に、最初から何も無かったかのように。煙の如く、闇に溶けてしまった。

 

 今まで会話していた彼女は、おそらく実体ではなかったのだ。そうだというのに、恐ろしい事に虚像であってもあの巨大な重圧感。本物は一体どれほどの怪物なのか……。

 

 アサシンも、少し緊張が解けたように息を漏らすと、()()を続ける。

 

「では、お目通しと報告も済んだ事です。早速ですが、貴女には牢に入って頂きたい。まあ、洞窟故に牢と言えるような立派な造りは皆無ではあるが……」

 

 閉じ込める、といった機能を果たすモノが無いのだろう。天然の洞窟にそれを期待するのは無理がある。

 アサシンという見張りが居てやっと、錠が無くても牢としての機能を果たすのだろうと推測する。

 

 ……それにしても、まさか見知った顔、それも予想の斜め上な人物と遭遇するとは。この特異点に来て、もう何度目になるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……ここであれば、少しは言葉も交わせるでしょう」

 

 アサシンに連れられて来たのは、少し戻って分岐点を進んだ先。大空洞からかなり離れた位置にある、この洞窟の行き止まり。思ったよりも入り組んではいないので、マップが無くてもそうそう迷子にはならないはず。

 

 ところで、もう普通に話しても大丈夫なのだろうか?

 

「心配めされるな。大きな声での会話は出来ませぬが、こうして近距離で話をする程度ならば安心しても良いでしょう。軽くこの行き止まりとその周囲を確認しましたが、仕掛けらしきものや魔術の痕跡も見受けられない。……油断は禁物ですがな」

 

 聞くより先に、アサシンが教えてくれた。もしかしなくても顔に出ていたのかも。

 

「……アサシン、そろそろ私をここに連れて来た理由を教えて。私が切り札になるってどういう意味なの?」

 

 私の一番の疑問。それは、何故私なんかを誘拐したのか、だ。

 自慢ではないが、私には戦闘能力はほとんど無い。いや、皆無と言っても過言ではない。コードキャストだって、サポートはこなせられても、決定打には成り得ない。

 私は誰かを、サーヴァントを支えてこそ真価を発揮するタイプだと思うのに、私が選ばれたのは何故?

 

「そうですな……。もっと細かに言うのであれば、貴女とその指輪───それが揃って初めて、アーチャー殿の策が成立する……とか。詳しくは私も聞かされていないが、あと一人、もう一手が欲しいのもまた事実。やはり、あの時に貴女だけしか連れて来られなかったのは痛手やもしれぬ……」

 

 本当に残念そうに溜め息を吐くアサシン。いや、私のほうがもっと溜め息を吐きたいのだけども。

 

「本来の計画ならば、貴女ともう一騎、弱ったサーヴァントを拉致する予定でしたが、貴女方は思いの外に強かった。故に、切り札足り得る貴女を確実かつ堅実に手に入れに行ったという訳ですが、こうなるとアーチャー殿が共に帰還出来なかったというのは、それこそ想定外である次第でして……」

 

「え? なに? つまりはアーチャーが居ないと作戦も何もないって事?」

 

「……まあ、掻い摘まんで言えば、そうなるかと」

 

 …………、あの色黒白髪頭。今度会ったらシバく。肝心なところが抜けてちゃ、作戦もクソも有ったもんじゃない。

 

「だが、彼は幾つものシナリオを用意していた。その中には、貴女を拉致するのに成功しても、彼がその場に取り残されるというものも有ったはず。彼なりに上手くやるでしょう。それは、貴女が一番よくご存知なのでは?」

 

「……、」

 

 確かに。あの食えない男の事だ、自分無しで作戦が成立しないと分かっているなら、下手に死んだりはしないだろう。

 というか、私をダシにしてちゃっかりオルガマリーたちと交渉なんかしちゃってたりして……。

 

 ………え? いや、まさかね? アハハー……。

 

 

 

 

 ……うわぁ、本当にやってそうな気がする……。

 

 

 

 

 

 

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