Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
久しぶりに1万字越えました。
※そして指摘頂いたので一部加筆修正しました。ご指摘ありがとうございます。
アーチャーとの取引成立後、すぐさま白野奪還と敵撃破の算段を付けるべく、彼に敵の本拠地と戦力についての確認と分析を開始する面々。
目的地は柳洞寺という山の上のお寺───ではなく、その寺のある山の奥地に存在する洞窟だ。
その洞窟の最奥に、この土地で行われた聖杯戦争の核となるモノ、『大聖杯』なるものが設置されているらしい。
大聖杯。つまりはこの聖杯戦争における景品の大元。勝利者が聖杯を手にするとされているが、その聖杯すらも大聖杯の端末のようなものに過ぎない。
だが、願いを叶えるはずの聖杯も、何らかの要因により歪な性質へと変化してしまっていた。
どのような願いであれ、その結果をもたらす為に多くの人間を殺すという。
富を願えば、望んだ者以外の人間を殺す事で、その者に本来は殺した者たちのものだった富を与え、世界平和を願えば、人間を殺し尽くした上で作り出された仮初めの平和を提示する。
願いが何であろうと、その結果に人間を殺す事が前提となる、呪われた願望機。それが冬木の大聖杯の正体だ。
祝福を与えるはずの聖杯が、呪怨の満たされた毒の杯とは、なんとも皮肉な事か。
「聖杯なんて名ばかりね。呪われた願望機を求めて争う魔術師もどうかとは思うけど」
「何も最初からそうだった訳じゃない。反則とされる既存の七騎のクラス以外からの召喚───つまりクラスとしては例外となる八騎目であるサーヴァント、アヴェンジャーの召喚を行った陣営があったのだが、その呼び出されたサーヴァントこそが全ての元凶だ。奴が倒され、聖杯へと魂が奴の帯びていた呪いと共に回収された事で、大聖杯は汚染されてしまったのさ」
奴とは言うが、どことなく自分の事を語っているようにも聞こえるアーチャーの口振りに、誰もが違和感を覚えたが、込み入った事情がありそうで、それを聞こうという奇矯な者など居るはずも───
「何か、けっこう詳しいな? 何でなんだ?」
───ない事もなかった。藤丸が臆面も無く、果敢にもアーチャーへと誰もが思った事を切り出したのだ。
俄然、彼以外の者は「良くやった!」と思うと同時に、「でも、本当に聞くかぁ……」と、途端に気まずい空気になる。
が、問われた当の本人であるアーチャーはと言えば、特に気にする様子もなく、淡々と質問へと答えた。
「別にどうという事ではないさ。霊基を汚染されたからか、大聖杯に潜む汚染の大元の記録が断片的にではあるが流れ込んできてね。だから、ある程度は把握しているという程度の話だよ。……まあ、それとは別として、私の場合は他にも要因はあるだろうが」
「とは言ってもだ。オレはそんな八騎目のクラス……アヴェンジャーつったか? だかのサーヴァントなんざ知らねえ。そんでここが特異点だかの過去の世界ってんなら、色々と混ざっちまった結果だろうな。大聖杯とやらが次元を歪めたのかもよ?」
「……ふむ、違う世界での、冬木の聖杯戦争か」
そのキャスターの言葉に、遠くを見るように目を細めるアーチャーだったが、すぐに首を振って思考を放棄する。
かつての自分殺しに意味を見出していた男は、今の己が臨むべく脅威へと考察を切り替えた。
「さて、話を戻そう。柳洞寺の大空洞に控えるサーヴァントだが、数は三騎だ。セイバー、ライダー、そしてアサシン。アサシンは私の協力者でもあるので、実質敵となるのは二騎だな」
「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「何かな? 疑問があるのなら、今のうちに解消しておこう」
小さく挙手をして質疑の許可を取るマシュ。その問いこそは、カルデアのメンバーだけでなく、聖杯戦争当事者のキャスターでさえも分からない、最も大きな謎として扱われるべきものだった。
「はい。アーチャーさん含め、クー・フーリンさんを除いた全てのサーヴァントは汚染されているとの事ですが、守護者であるアーチャーさんはともかく、何故アサシンと協力関係を築けているのでしょう?」
『それは僕も不思議に思ったよ。汚染されていたランサーは、そこに居るクー・フーリンには申し訳ないが、ひどく好戦的というか戦闘狂じみていたからね。汚染されれば、ああなるのが当然かとも思ったんだけど……』
先刻のランサーとの戦いが思い出される。彼は戦いに飢えていたようにも見えた。戦う事にこそ価値を求めていたとも言える。
「アレは確かに、狂ってたな。自分のコトだからよぉく分かるぜ。いくら若い時分が血気盛んだったからってよ、周りが見えなくなるほどに戦闘にのめり込んだりしねぇ。スカサハんとこで修行してたんだから、尚更のこと戦いのノウハウは叩き込まれてるしな」
「そう。キャスターの言うように、ランサーは汚染の影響で
汚染されたからと言って、完全に人格が破綻してしまうのかと聞かれれば、必ずしもそうではない。
アーチャーのように、手段は選ばずとも守護者としての使命を果たそうとする意志は残るし、ランサーのように、戦闘狂にこそなれど、そこには正々堂々と果たし合おうという矜持も残る。
「そして件のアサシンだが───奴は元々マスターへの忠誠心が非常に強い英霊だった。しかし、汚染され、元のマスターを喪って無理矢理に新たなマスターへと鞍替えさせられ……その上でマスターへの叛逆を企てられる。それはつまり、
マスターが代われど、サーヴァントが聖杯への願望を抱く事には変わりない。サーヴァントは己の信条や性格とマスターが合致しない場合には、マスターであろうと離反するが、基本的にはマスターを必要とするのが普通。
アサシンがマスターへの忠義に厚い英霊であるのなら、マスターが代わったとしても叛逆はまずしない。しかし、アサシンは秘密裏に現在のマスターを裏切ろうとしている。
それがアーチャーが指摘した、汚染されて変質したアサシンの性質だった。
『いや、だからってね……。前のマスターに義理立てしてる可能性だって否めないんじゃないかな?』
「それは無い。奴の前任のマスターも、今のマスターと同様に怪物そのものだった。そんな輩を相手に、義理も何も無いだろう。……恐らく、ではあるがね」
「んなコトはどうだっていいじゃねぇか。重要なのはアサシンが味方だってこったろう? あとは、どうやって敵を撃破するかを考えるべきだと思うぜ」
議論するロマンとアーチャーを、面倒とばかりにキャスターが一蹴する。
彼の言うように、今は攻略方法の立案が何よりも先決だ。こうしている間にも、事態が悪化している可能性だってあるのだから。
「白野とアルテラの捕縛が元々の狙いだって言ってたよな? なら、ある程度は作戦が組み上がってたのか? 俺が足手まといにならなければいいんだけど……」
「そうだな……予定が狂ったが、今からでも組み直せる範囲内だ。それに、弱者には弱者なりの役割もあるから、心配は無用だ。では作戦内容を説明する。時間は有限なのでね、短く纏めるのでしっかりと頭に叩き込んでくれ」
そして、アーチャーから語られた内容は、こうだ。
①大聖杯の置かれている大空洞の手前まで全員で向かい、アーチャーのみで敵マスターと接触。
②アーチャーが時間を稼ぐ間に、岸波白野の捜索及び身柄を確保。
③救出した白野に作戦内容を伝え、アルテラにはレガリア内で待機してもらう。この際、アルテラの存在を敵マスターに気取られてはならない。
④敵マスターと総力を以て戦闘。この戦闘は勝利が目的ではなく、敵の隙を生み出す事が最大の目的。
⑤作り出した隙で、白野とアルテラによる不意打ち。可能であれば、この不意打ちで決着を。
「───と、こんなところか。」
「質問。不意打ちが決定打にならなかった時は? 何かカバー出来る策はあるのかしら」
「……その時は、決死の覚悟で戦うしかない。怪物と化しているとは言え、彼女も元々は人間だ。サーヴァント程は打たれ強くないはずだろう」
その言葉に、サーヴァント以外の者の空気が凍る。彼にそのような意図は無かっただろう。これから戦うというのに、その意思を折るつもりなど有るはずもない。
けれど、今の言葉の重みは、今を生きている者にとっては看過出来るものではなかった。
「ちょっと、待って。
取り乱すオルガマリーがアーチャーに詰め寄るが、彼はどこ吹く風と、あっさりと、何の感慨も無く返答した。
「セイバーがマスター、とは一言も言った覚えは無い。かつて違う聖杯戦争ではキャスターによる他クラス召喚とマスター権獲得というイレギュラーも存在したが……、セイバーが最優と称されるとて、彼女も魔術には疎い。セイバーによってほとんどのサーヴァントが倒されはしたが、魔術に疎いが故にサーヴァントがサーヴァントを御する方法も知らないだろう」
『待ってくれ、サーヴァントによるサーヴァントの使役もすごく気になるけど、問題はそこじゃないよね!? マスター───それも人間が敵だなんて、この特異点が発生したのは人為的だとも考え得る可能性さえ出てくる大問題だぞ!』
何かしらの原因があっての人理の危機が、まさか天災ではなく人災ともなれば、そこには必ず悪意が潜んでいる事になる。
そも、人類史の未来が消え失せるなどという大事件が起きる理由など、普通は思い当たるものではないが、その前代未聞の謎が悪意を伴って人間を殺し尽くそうとしているという事実は、人類史上でこれまでに無い程の脅威でしかないのは間違いない。
「何を今更。そもそも、人理が焼却されるなどという前例がまず無いのに、それが何故自然的に発生したと言える? 歴史というのは絶え間なく積み重なっていくものだ。それが途切れる事はまず有り得ない事でもある。現代にまで人類史が続いているのが、自然と過去の歴史が消えたりなどしない何よりの証拠ではないのかね?」
『それは……!! ……確かに。人理の崩壊なんて前例が無い。いや、前例なんて
「……今がある以上、人類史が消え失せる異常事態なんて有り得ない。そういうコトね……」
過去の連続で現在がある。その過程でいずれかの年代に綻びが見られれば、この
ほんの僅かな差違であれど、それは次第に大きな歪みとして現れるだろう。
──否。差違が発生してしまった時点で、そこからはifの世界へと派生していく。そうなれば、現在という土台が崩れかねない可能性もあるのだ。
「ですが、実際に人理は崩壊するとカルデアは観測し、この特異点が発生しています。原因が何かはまだ分かりませんが、まずは目の前の問題を解決するべきかと思います」
『……そうだね、マシュの言う通りだ。まずは目先の事を最優先で片付けよう。人類史を意図的に破壊しようとする輩が居るかもだけど、もしそれが真実だとして、この特異点を修復する事は敵の足を挫く事にもなるはずだ。なので、全員気を引き締めて白野ちゃん救出と特異点の消滅に取り掛かってくれ』
「そんなの、言われずとも分かってるわよ」
ロマンが上から目線なのが気に入らないのか、オルガマリーはそっぽを向いて嫌々ながらに答え、いざという時の為に即座に使える魔術の術式を組み上げ始めた。
各々が決戦に向けて準備に取り掛かる中で、手持ち無沙汰になっている立香とマシュ。
というのも、立香はマスターの素質があるだけで本来なら魔術師ですらなく、マシュはデミ・サーヴァントとして成り立ての新米ホヤホヤ英霊。しかも、未だ宝具さえ使用は
有り体に言って、経験不足が故に、どうするべきかが分からない二人だった。
そんな二人の様子を見かねたアーチャーが、仕方ないとばかりに声を掛けた。
「そこの二人。これまでの所見からして、君たちは戦闘に関しては素人だろう。盾のデミ・サーヴァント───シールダーは魔術には多少の知識はあるようだが、マスターはそうではないな?」
「……やっぱり分かる?」
「分かるとも。こう見えて、私も生前は魔術師だった。……いや、魔術使いと言ったほうが正しいか。若い頃なんて魔術もロクに行使出来なかったし、我流で鍛練していたが、それを見た知人の魔術師に自殺行為だと窘められた事もある」
「……」
「今の己はどう足掻こうとも変わるものではない。自分を変える───例えば性格だったり能力。そういったものは一朝一夕で変えられるのは不可能に近い。凡人なら尚更だ。ならば、どうするか?」
アーチャーの問いに、立香もマシュも、口を閉ざしたまま。けれど、その顔には自ずと答えが表れていた。
「───そうだ。今、君たちに出来る事で最善を尽くせばいい。今の己を“イマ”越えるのではなく、越えようと、未熟な自分という現実に抗う意思を持て。そうすれば、多少は可能性の幅も開けるだろう」
それは激励にも近しい言葉だった。若き日の自分の姿を、彼はこの少年少女に重ねていたのかもしれない。
「……。柄にもない事を口走ったかな。まあいい。そんな役目を果たそうと望む君らに、ちょうど良い仕事がある。一つ頼まれてくれるかね?」
「仕事、ですか? 力仕事ならお任せください。デミ・サーヴァントとはいえ、今のわたしはある程度は人間離れしていますから」
「俺も。簡単な事くらいなら手伝えると思う」
「よし。良い心意気だ。では、この屋敷の残骸から探し物をしてほしい。もしもの時の保険は幾ら有っても足りないものだ。崩落してしまってはいるが、おそらくまだ残っているはずだからね」
深い深い闇の中。私はジッと座り込んでいた。洞窟の中だというのに、漂う空気は生暖かい。まるで常にあの少女に撫でられているようにさえ感じてしまう。
アサシンは何をするでもなく、ただこの牢の入り口に目を見張って佇んでいる。彼もまた、私と同じく今はひたすら待つだけだと理解しているのだろう。
ここで下手に動いて殺されでもすれば、状況は最悪でしかないのだから。
「ねぇ、アサシン」
「……何用ですか?」
何となく、ふと声を出していた私。こと沈黙に耐えられなくなったとかではなく、前から疑問に思っていた事があり、この機会に聞いてみようと思ったのだ。
「セイバー───アーサー王はどこに居るの? さっきは姿が見えなかったけど……。それに、彼女も汚染されたのなら、どう変質してしまったの?」
円卓の騎士を束ねる長にして、自らも騎士であるブリテンの王。史実では男性とされているが、その正体は女性であり、背丈も私とそう変わらない少女。
選定の剣を抜いたその時から、肉体の年齢は止まってしまったという話だけれど、精神は年相応なところも残った、可憐でありながらも誇り高き騎士王。
彼女とは少し交友が有ったが、私の知る彼女ならば、まず虐殺なんて認めないし、自らが率先して止めているはずだ。
その彼女が汚染されてしまったというのなら、やはり身も心も悪に染まってしまったが故であるのだろうか。
私の問いに、アサシンは僅かに躊躇いを見せるが、すぐに取り繕って答えた。
「セイバーは……我々の汚染とは少し違っております。我々はセイバーに倒されて間接的に汚染されたに過ぎませんが、奴は今のマスターに直接霊基を汚染され申した。もはや汚染などという次元ではなく、アレは───反転、とでも言いましょうか。性質そのものが以前とは完全に異なってしまっている」
反転。詳しくは知らないが、かつてセラフにて、サーヴァントとは、英霊とは何かを調べてみた際に、その膨大な量のデータベースから流し読み程度で目にした覚えがある。
その英霊の側面の一つとして時折、本来なら有り得ない、けれどもしかすると本当は有り得るかもしれない側面がサーヴァントとして召喚される事がある。
または召喚後に何らかの要因で霊基そのものが変質、属性が反転してしまう現象───英霊の“オルタナティブ”。
「セイバーは反転した直後、我ら他のサーヴァント五騎を次々と撃破し、自らの支配下に
「じゃあ、あの時は見えなかっただけで、丘の上の所に居たんだね」
桜のように接触してこなかったのは、単に興味が湧かなかったか、干渉する価値も無いと判断されたから……なのだろうか?
どちらにしろ、あのアーサー王が敵であるのは厄介だ。世界で最も有名な聖剣とその使い手。騎士としても最強クラスの実力を持つ彼女が強敵でない訳がない。
それに、大聖杯の前から微動だにしないなら、確実に戦わなければならない。
怪物に堕ちたマスターと、悪に染まった騎士の王。それだけじゃない。理性を壊され完全に蛇の女怪と化したライダーも侮れない。
……難易度高すぎない?
例えるなら、アンデルセンとナーサリーライムがマスターのサポート無しでガウェインに挑むみたいなものじゃないか。
その場面を想像しただけで哀れすぎる……。
「ただ、一つ気になる事があるとするならば、セイバーの思惑が今一つ掴めない事でしょうかな? 我らだけでなく、彼女自らも戦列に加われば良いものを、何故そうしないのか。わざわざ大聖杯の前に陣取る意味は何なのか……」
「セイバーの、意図……か」
単純に、大聖杯を敵から守る為にその場で留まっているのか。それとも、他に何か理由があるのか。
それを確かめずに、このまま戦闘になるのをただ手をこまねいて待つだけで、果たして良いのだろうか。
そう考えた時、既に私の足は動き出していた。
「……どこへ行かれるか?」
「セイバーの所。話が出来るかは分からない。でも、どうしても確かめておきたいから」
行っても無駄かもしれない。無意味な行動かもしれない。
だが、どうしても騎士王の真意を知っておきたいと思うと、自然と足が竦まなかった。
「それに私はライダーへの(性的かつ食事的な意味での)生贄なんだし、桜に殺される可能性は少ないんじゃない?」
「ふむ……。そう簡単な話では済むまいでしょうが、既に止まる様子も無い。ならば、気が済むまで好きになさるとよろしい。アーチャー殿から、貴女の気質は聞き及んでおります故に。ただし、私もお供させて頂きますぞ」
アサシンも同行してくれるらしい。それに関しては別に良い。むしろありがたいくらいだ。
問題という程でもないが、若干気になったのはアーチャーに教えられたという私の性格について。
どうせ、どうしようもなく頑固者とか、そんな感じにでも言ったに違いない。というか、私の居ない所で好き勝手言ってくれるとは、良い度胸をしている。
事情の説明も無く私たちを襲った事といいアーチャーめ、後で絶対に玉天崩してやる。
相変わらず、この洞窟は奥へ行く毎に嫌な空気が濃くなっていく。さっきまでいた洞窟でもまだ手前の牢は普通に過ごせたが、こんな奥のほうの所には何時間と長居だけはしたくない。
気を抜けば、それだけで狂気に駆られてしまいそうだ。
大聖杯があるという丘の前にまで来たが、生物の気配は一切感じられない。居るはずの桜も、そしてセイバーも。まるで居るとは思えない程に、人気が無さ過ぎる。
「あら、どうしました?」
しかし、こちらに全く気配を感じさせず、少女は暗闇から這い出るが如く姿を現した。
生気の無い顔色に、彼女が死人のようにさえ思えてくる。
「生贄が自分からやってくるなんて、まさしく愚かですね。……いいえ、もしかしたら、単に蛮勇が過ぎるだけでしょうか」
「どうせ殺さないでしょう? だって、私は貴重な生贄だもの。この街に、もう生きた人間は居ないだろうし」
「ふーん……。中々に賢しい人なんですね、あなた。まあ、どうでもいいですけど」
図星を突いたが、別に堪えた様子もなく、依然として私を見下した態度の桜。もう、彼女には誰からの言葉も心も届かないのかもしれない。
アサシンも、それが分かっているかのように、仮にもマスターである桜に何も語りかける事なく、ただ黙って私の後ろに付き従っていた。
「それで、何か用が有って来たんじゃないんですか? そうでもないのに、わざわざこんな場所に足を運びませんよね?」
……。やっぱり、目的を聞いてくるか。生贄が貴重であると言えども、ここで受け答えをミスすれば殺される可能性は大いにあり得る。
怪しまれたり、変に勘ぐられたりしないよう、慎重に事を進めないと。
「セイバーが、かの有名な騎士王だって聞いて。ちょっと見てみたいなって思ったの。伝説のアーサー王がどんな人なのか気になったから」
「………、そう。でも、ガッカリすると思いますよ? 高潔な騎士王様をご所望でしたなら、もう手遅れですから」
そう言って、身をクルリと翻して彼女が指差すのは、丘の上。
「今のセイバーさんは、清廉で高潔な騎士の王ではなく、傲慢で冷血の無慈悲な王。民草の言葉も聞かず、臣下を道具として扱い、人の心を理解しようともしない。正真正銘の暴君として変成しちゃいましたからね。私の手で♪」
「……!」
それはもう、とても楽しそうに。彼女はセイバーの人格を壊したと、作り替えたのだと、誇るかの如く語った。
それが偉業であると疑わない、本当は自らが大罪を犯した事にすら気付かない愚者のように。
この少女とのやりとりを続けるうちに、彼女の怪物性がどんどん掘り下げられていくのが、嫌でも分かる。もう彼女が元には戻れないのだと、私自らの手でそれを証明していくようで、吐き気がしてくる。
「なので、ご期待に添えずゴメンナサイ? でも、そうですね……。あなたも、生贄としてただ殺すんじゃなくて、その上で作り替えてあげましょうか? 陵辱され、心を壊され、大切な人たちに自らの意思で牙を剥く。ああ……想像しただけで、涎が出ちゃいそうです……!!」
反論したい。でも、それは飲み込まないと。今すぐに
「……、あなたは、そこまで狂ってまでして、一体聖杯に何を願うと言うの? この街の人たちを殺し尽くしてまで叶えたい願いとは何なの!?」
「願い?」
さっきまで笑っていたのに、一転してキョトンと首を傾げる桜。願いが何かと問われ、今初めて気付いたと言わんばかりに、彼女はポカンとした顔していた。
しばらく逡巡した彼女は、思い出したようにソレを口にした。
「私の願い──それは、
“愛”です」
「……は?」
何の躊躇いもなく、黒の少女は願いが何かを答えた。およそ、街一つを滅ぼした者が口にするとは思えない、その願い。
道徳も人情もとうに失われたはずの少女。だというのに、願いは“愛”であると答えたのか?
訳が分からない。意味が分からない。そんな如何にも歪んだような“愛”などと、知りたいとも思わない。
けれど、少女は私が望まずとも勝手に言葉を紡ぐ。
「私が願うのは、
「な……に、を?」
「……、」
破綻した願望に、私も、そしてアサシンでさえも、唖然と立ち尽くす。
正義、と聞こえたが、彼女のした行為のどこに正義がある? 虐殺が正義の行いであるなんて、間違っても肯定してはいけない。ヒトとして、認めるべきではない。
「そんな……そんなの、狂ってる。あなたが誰からの愛を求めているかは知らない。けど、その人が本当にそんな事を望む? 罪もない人々を一方的に虐殺するなんて、絶対に誰も望んだりしない」
「何を言ってるんです? 人間なんて、存在そのものが悪でしょう? だって誰も私を助けなかった。誰も私の辛さを分かってくれなかった。私の絶望に気付いてくれなかった! でも、先輩だけは私に心から優しくしてくれた。案じてくれた。もう手に入れるなんて出来ないと思っていた愛をくれた!! だから、私は先輩の為に
もう何を言っても通じない。彼女は、彼女の願いが
目の前の少女は、自らの願いと、
怪物に成り果てた少女は、もはや人間と同じ精神構造をしていないのだ。だから、その矛盾にも気付けないし気付かない。
この少女を救うには、もう手立てが無い。それを今、私は理解した。理解、してしまった。
「私の願いの成就の為にも、早くキャスターさんには死んでもらわないといけません。もう少し、あと少しで聖杯は顕現する。私は永遠の“愛”を獲得出来る……!! その邪魔をするというのなら、誰であろうと容赦しません。全力で殺してあげましょう」
にこり、と笑った少女の顔が、冷たい死神の笑顔に見えた。
「戯れ言を口にする暇があるならば、サッサとキャスターを始末しろ、マスター」
「!!」
桜が自身の目的を語り終えると、丘の上から声が降ってきた。
冷徹、冷酷、冷血。それら全てが凝縮されたような、酷く腹にまで響く声音。性質はまるで異なるが、かつて月で聞いた事のある、
私はその声に、丘を見上げた。
切り立った丘から身を乗り出すようにして、こちらを見下ろす一つの影。
そこには、全身を黒い甲冑で武装した、騎士王───アルトリア・ペンドラゴンの姿があった。
「セイバーさん。久しぶりに口を開いたと思ったら、またそれですか? そんなに言うなら、あなたが直接出向けばいいじゃないですか」
「言ったはずだ。貴様が約束を違える可能性がある以上、私はここを動くつもりはない。そのために、わざわざキャスター1騎だけを残したのだ。先程お前が口にした、その大層な願いを叶えたいならば、後は己で敵を狩れ」
「………ふん、仕方ありませんね。今の私ではあなたを呑み込めないですし、セイバーさんの助力は諦めます。それに、ライダーがゴルゴンの怪物に変体している最中ですから、近いうちに全部片付くでしょうからね。そうなれば、セイバーさんだってもうお役御免ですもの。フフフ……」
二人の言い合いは尚も続く。
私は、あまりにおぞましい少女の願望と、かつての高潔さなど見る影もないセイバーに、頭がどうにかなりそうなのを必死に堪えて、その場を走り去った。
無論、洞窟内から出ればどうなるかは分からないから、また牢へと向かったが。
想像以上だった。この特異点に根付く闇の深さは、私程度では計り知れない。
本当に、私たちは彼女たちに勝てるのだろうか?
この特異点を消滅させ、人理を救えるのだろうか?
頭の中でくすぶっていた一抹の不安が、途端に巨大になっていくのを、私は感じずにはいられなかったのだった。