Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
怪物へと堕ち果てた桜の願いの吐露と、黒化したセイバーとの邂逅を経て、その場から逃げ出した私は、息も絶え絶えに牢へと戻ってきていた。
「……ハァッ」
無我夢中で走ったため、呼吸もままならない。一度落ち着いて深呼吸すると、どうにか平静さを取り戻せる。
「……アレが、あの少女の本性です。よく分かったでしょう、彼女とは分かり合えないし、共存も不可能である、と」
流石は英霊。アサシンは息一つ切らす事もなく、桜への嫌悪感を隠す事もせずに、そう吐き捨てた。人間というものは、自分とはあまりに違う者、かけ離れた者に恐怖や畏敬の念を抱くと言うが、アレは桁違いにも程がある。
まず相互理解など絶対に不可能。共感も同調も、普通の感性を持った人間なら有り得ない。だが、そんな彼女に嫌悪感を覚えなければ拒絶も示さない者が居るするなら、それは似通った
それよりも、冷静になれた事で、桜が気になる事を口走っていたのを思い出す。
「ライダー───メドゥーサが変体してるって言ってたけど、それはどういう事なんだろう? アサシンは分かる?」
「……メドゥーサと言えば、ギリシャ神話においては悪名として名高きゴルゴーンの怪物が、まだ女神であった頃の名前だったかと。その彼女が変体を行っているのでしたら、恐らくは……」
「……ゴルゴーンの怪物へと、当に今なろうとしてる?」
それは、拙い。とてつもなく拙い状況だ。元々メドゥーサは女神でありながら怪物としての側面も僅かにだが有している。それがゴルゴーンへと変化してしまえば、完全に魔獣として覚醒する。
英霊と魔獣の掛け合わせとか、はっきり言って底が知れない脅威でしかない。多分、世界的に有名かつ強力な大英雄でもなければ倒せなくなるかもしれない。
「ライダーめがいつゴルゴーンへと完全なる変成を遂げるかは不明。ですが、そうなる前に決着を付けるべきでしょうな」
アサシンの言う通りだ。戦力的に、ただでさえ厳しいかというところに、更に手に負えない敵が出て来るなんて、勝ち目があるかどうかの話じゃ済まない。
確実に、負け戦となる未来が見えている。そうなる前に、マスターである桜の打倒が望ましい。そうすれば、たとえ倒せなくてもセイバーを縛る枷は無くなるはずだ。
「作戦決行はいつなのか分かる、アサシン?」
「おそらく、今夜にもアーチャー殿は動かれるでしょう。こうなった以上、早期の決着が彼や私にとっても望ましい。時間が過ぎる程に、こちらの勝機が磨り減っていく事を、彼も承知しているはず」
私はカルデアから支給された簡易型の端末を起動し、時刻を確認する。現在、19時を過ぎたところ。ここに来てから1時間は経ったか?
アーチャーの性格からして、万全を期して突入するだろうから、その準備に1~2時間以上は掛けるとして、20時以降には必ず作戦を実行に移すはず。
なら、私もそれに合わせて、いつでも動けるようにしておかないと。
それにしても、簡易型であるばかりに、通信機能が備わっていないのが悔やまれる。私もカルデアのマスターである立香みたいに、ちゃんと通信術式を組み込んだ端末を貰えるか交渉してみようか。
ともあれ、体と心を休ませていられるのは、もう長くは残されていない。今のうちにきちんと休息を取らないと。
岸波白野が仲間の行動を待つ一方で、彼らもまた動きを見せる。全ての準備を整えた一行は、既に柳洞寺の山の奥地、洞窟の入り口前にまで来ていた。
「良いか? これが最終確認だ。まずは私が様子見としてマスターと会う。その間に君たちは岸波白野の身柄を確保、救出するんだ。おそらく、彼女は洞窟内の分岐点の行き止まりに居るはず」
「そして、私はマスターと合流次第、レガリアの中で待機すればいいんだな?」
「その分、アルテラが戦力から抜けるから、キャスターを筆頭にマシュ、アーチャーでどうにかセイバーを倒すんじゃなくて抑え込む。俺や所長は敵マスターによるサポートを妨害し、白野とアルテラが敵マスターの隙を突いて不意打ち……。ここまでが作戦の流れだよな?」
「ああ。とは言っても、想定した流れのままに事が進むとは限らない。ライダーは私が最後に確認出来た限りでは、大聖杯の上で大きな繭に覆われていた。……まだ間に合うとは思うが、最悪のケースも覚悟しておけ」
アーチャーの言う、“最悪のケース”に場の空気が緊張で固まる。
『最悪のケース───ライダー、メドゥーサを人為的にゴルゴーンの怪物へ変えようとしている、か。そうなれば、勝機が完全に失われるね』
「でも、まだそうなっていないと考えられるわ。もしゴルゴーンと化していたのなら、既にわたしたちを殺しに街に出て来ているはず。だって待つ必要がない。キャスターさえ殺せば、あとは雪崩的に事態は進行していくのよ? 邪魔が入る前に、障害に成りかねないわたしたちを見逃すとも思えないわ」
まだゴルゴーンへの変成が完了していないからこそ、未だに他のサーヴァントを使ってキャスター狩りを継続している。
制御出来ないバーサーカーでさえも、アーチャーやアサシンを使ってまでけしかけたのが良い証拠だ。
「どっちにしても、不安要素を完全に払拭なんざ出来やしねぇ。何しろ、これから突入しようとしてんのは、まさしく敵の根城だ。罠がわんさか仕掛けてあると予め心掛けとくこったな」
「罠か。ちょっと心配だ……」
「……不安、要素」
キャスターの警告に、それぞれが意を決して洞窟へと足を踏み入れていく中で、一人、思い詰めたように立ち竦む者がいた。
盾を持つ薄紫の少女───マシュ・キリエライト。
その顔に浮かぶのは、一抹の恐怖と、何よりも心を占めるのは言い知れぬ不安。
「……」
「マシュ?」
そんな少女の異変に、マスターである少年だけは気付き、同じく足を止めていた。
「どうかした? どこか具合の悪いところでもあったか?」
「先輩───いいえ、マスター。わたしは、これから待ち受ける戦いで役に立てるのでしょうか?」
マシュの不安。それは、自身の状態を思慮しての事。ぽつぽつと、少女の独白は続けられる。
「わたしはデミ・サーヴァントです。でも、自分の契約した英霊の真名も、彼の宝具が何かさえも分かりません。宝具が使えず、経験も足りないわたしは、サーヴァントとしては出来損ない……。そんなわたしが、クー・フーリンさんやアルテラさん、アーチャーさんの足を引っ張らないか、すごく不安で、心配で、怖いんです……」
「マシュ……」
ギュッと自らの手を握りしめるマシュ。敵への恐怖もあるだろう。戦いへの恐怖もあるだろう。
何より、死への恐怖が大きいはずだ。それでも彼女は、自分の存在が仲間への重荷になってしまわないかを心配している。
それはデミ・サーヴァントとしての責任感か。それともカルデアに籍を置く者としての使命故か。はたまた人理を守るという役目の為か。
だが、英霊と融合したからといって、マシュが女の子である事は変わらない。それを、今この場に居る者の中で唯一理解しているのは、つい最近までただの一般人だった立香をおいて、他には居ない。
英霊ではダメだ。魔術師であるオルガマリーでもダメだろう。人間とサーヴァントの狭間に位置するマシュの立場を正しく理解出来るのは、当事者であるマシュだけ。
けれど、偉大な功績も無く、魔術師として理詰めの見聞も持たない一般人。そんな立香だからこそ、
「マシュ。俺だって、きっとこの中の誰よりも役に立てない。魔術なんてろくに使えないし、戦う事だって出来ない。所長みたいに頭も良くないし、白野みたいに上手く戦術を立てたりも出来ない」
「先輩……?」
「マシュの不安な気持ち、俺にはよく分かるよ。だから、マシュが不安だって言うなら、俺がマシュの横に立つ。マシュを支えてみせる。俺も色々と足りてないところがあるかもだけど、二人で互いに足りない部分を補い合おう。そうすれば、少しはみんなの役に立てるかもしれないしさ」
先が見えなくとも、未来が確定していなくても、それを変えられる努力を。
一人では無理でも、二人なら。きっと、乗り越えられると信じて。立香はマシュへと手を差し出す。
共に歩こう、と。
「……はい。マスター、一緒に……!!」
彼の手を取るマシュ。恐怖は残るが、その瞳にはそれよりも強い意思が宿っていた。
「お取り込み中のところ悪いがね」
「!!」
手を取り合って立つ二人の背後から、いきなり声が掛けられる。ニヤニヤと意地の悪そうな笑みで二人を眺めるのは、先に洞窟へと入ったはずのキャスターだった。
「マシュの宝具の真名について、だったか? 一応アーチャーの野郎もそれに関しては思うところがあったらしくてな。作戦に組み込まずとも大丈夫なように立案しやがったらしいが、オレとしちゃあ、有るに越した事はないと思ってる」
「で、ですが、わたしは自分がどの英霊と契約したのかも分かりません。この盾だって、どのような伝説や伝承を持つか知りません……。そんな状態で宝具を扱えるとは思えないのですが……」
自信なく答えるマシュに、キャスターはどうしたものかと思案した顔で、頭を掻いた。
「そこなんだよなぁ……。マシュの嬢ちゃんは自信が無さすぎる。真名は分かんねえかもしれん。使い方も同じだ。けど、その盾は明らかに宝具で間違いない。武具ってのは大概、その見た目や本来の役割通りの使い方をするもんだ。オレの
キャスターが言いたいのは、つまり───
「マシュ、あなたの持つその盾。盾なら盾らしく、それは護る為の宝具であると考えるべき……って事かしら?」
「って、所長も来た!?」
「……なによ。あなたたちが遅いから、こうしてわざわざ見に来たんでしょう?」
「とまあ、所長サンに言われちまったが、概ねそういうこった。真名解放については、実戦でどうにかするしかないな。こういうのはアレだ、実際に戦ってみて体で覚えるのが一番だ。荒療治だが手っ取り早いってね?」
荒療治にも程がある! と、オルガマリーからツッコミを受けるキャスターの姿に、自然と笑い声を零すマシュ。
やり方はどうあれ、キャスターの持論には一理ある。差し迫った状況で、宝具を使いこなす時間は無いのであれば、ぶっつけ本番で使えるようになるしかない。
「そうだわ。真名が不明なら、仮でも良いから名前を付けておきなさい、マシュ。完全に効果を引き出せずとも、多少なりに宝具の仮想展開はしやすくなるかもしれないもの」
「宝具の仮名、ですか? ……うーん」
突然の申し出に、どんな名前を付けたものかと悩むマシュに、言い出しっぺであるオルガマリーが助言する。
「悩むのなら、マシュにも意味のある名前で、ぴったりの名前があるわよ。……『
名前の分からないマシュの宝具に、オルガマリーが名付けた仮の名前。マシュはそれをいたく気に入り、話が落ち着いたところでようやく洞窟内へと進んでいく一同。(ちなみに、アーチャーもこっそり彼らのやりとりを聞いていた)
二股に分かれた所で、アーチャーが立ち止まり口を開く。
「さて、作戦を実行に移すぞ。キャスターは私と共に敵の元に向かい、キャスターは敵を視認出来る位置で待機。まずは私だけでマスターの前に出る。そして君たちは岸波白野と合流するんだ。おそらくアサシンは見張り役として彼女と一緒にいるはず。彼に私の指示で来たと伝えれば、それで通じるだろう」
いよいよその時が迫り、ゴクリと唾を飲む立香。この戦いにさえ勝てば、人類の未来が守られ、人類史はこれから先も続いていく。
ここが正念場となる。全員が気を引き締め、それぞれが作戦の通りに動き始める。
立香たちはアーチャーの指示通り、奥が牢となっている通路を進んでいく。
それを見送ると、アーチャーとキャスターも反対側へと進む。
「……盾としての使い方、か」
途中、アーチャーがポツリと呟いたのは、先程のマシュの宝具に関しての事。
アルテラは逸る気持ちから、後戻りせずに分岐点で待っていたが、彼は隠れてマシュたちのやりとりを途中からだが聞いていた。
「なんだ? テメェ、盗み聞きでもしてやがったか? 陰気な奴だねぇ」
「別に。私が口を出すべきではないと判断したからこそ、あの時は彼女に姿を見せなかっただけだ。今は協力関係にあるが、もしもの時を考えれば彼女が宝具の展開を可能になるのは面倒なのでね」
「……いざという時に裏切りやがったら、オレがテメェを殺すからな。それだけは覚えとけ」
「フッ……。やけに彼らの肩を持つな。気に入ったようで何より。だが、」
いつものようにクー・フーリンと軽口を叩き合う時とは違い、アーチャーは顔を真剣そのものへと変えて言葉を続けた。
「彼女のアレは、本来は盾ではないと私は思うがね。確かに盾として使えるだろうが、それが真の用途ではないだろう」
「あん? その口振り、マシュの宝具が何か知ってやがるのか、テメェは?」
「いや。おそらく、という推測でしかない。しかし……いや、やめておこう。今語るべき事でもない。今は、この聖杯戦争最後のマスターを倒す事だけを考えよう」
意味深に言葉を濁して、アーチャーは口を閉ざした。キャスターも、それ以上の追及はしない。
マシュが契約した英霊。その正体は、彼女自身が突き止め、知るべきだから。ここで自分が何かを知り、うっかり口を滑らせるのは、何か違う。
そう思ったからこそ、キャスターは知ろうとはしない。
それから少し進んで、とある変化が表れ始める。
「……空気が変わった。このおぞましい気配───ライダーか!!」
それまで生温い風が吹いていたのに、一気に気温が下がるのが分かる。そもそも洞窟内とはひんやりとした空気が漂うもので、さっきまでの生温い風も普通はおかしいのだが、この空気の冷たさは、洞窟のそれと比べても明らかに異質。
まるで布切れ一枚で極寒の地に放り出されたような、凍える程の寒気───否、これはもはや冷気。
「おいおい。まさかライダーのヤツ、もう怪物になっちまったのか!?」
「……いいや。まだそうと決まったワケじゃない。もし既にゴルゴーンと化していたのなら、まだ彼女が動き出していないのはおかしい。まだ途中の段階だろうが、かなり進んでいるのは確かだな」
「あ~、おっかないねぇ。こりゃ本気で槍を持って来れなかったのが悔やまれる。こんだけの圧を放つ怪物だ、是非とも槍で戦ってみたかったぜ」
不敵に笑いながら愚痴を漏らすキャスター。だが、その目はこれっぽっちも笑ってはいなかった。
魔術師のクラスでの現界ではあるが、英雄“クー・フーリン”である以上、その本質に戦士としての望みは常に在る。
聖杯への願い、望みの無い彼が聖杯戦争の召喚に応じるのも、ただ強い者との果たし合いがしたいだけ。それだけが、悔いも残さずに最期を迎えたはずである彼が、聖杯戦争へ参加する理由であるのだから。
「まったく。君はどうあろうとブレないな。その点に関してだけは、君の美徳として捉えておくがね」
「ああ? それだとオレが単なる脳筋の戦闘バカみてぇじゃねえか!? テメェのその憎まれ口は何とかならんもんかねぇ?」
戦いの前のじゃれ合いにも見えるやりとりだが、彼らの纏う空気は、決して穏やかとは言い難い。
何故なら、言い合ううちに、とうとう彼らの足は目的の場所へと踏み入れられていたのだから。
「……何者かの気配」
「え?」
牢でおとなしく待っていた私だったが、不意のアサシンの呟きに、入り口を見る。
それから間もなく、私にも誰か、それも複数の足音が聞こえた。
敵か味方か。話の通りなら、オルガマリーたちの足音だと考えられるが、もしそうでない場合、私を生贄として連行する為に桜の差し向けた存在であるかもしれない。
身構えると同時に、自然と強張る体。何が起きてもいいように、コードキャストを発動出来るようにレガリアに指を添える。
と、
「マスター! 我が虜!! 助けに来たぞ!!」
警戒する私の視界にいの一番に入ってきたのは、猛スピードで私へと突進してくるアルテラの姿だった。
当然、私は安堵から気が抜けるのだが、アルテラはその勢いを緩める事もなく。その結果、
「ぐみゅ!?」
無遠慮に力強く抱き締められる形で、アルテラの胸に顔が押しつぶされる。平た……ゲフンゲフン。女性特有の柔らかさはあるものの、凹凸の少ない彼女の体と、想像以上に力の込められた抱擁に、それなりの痛みと圧迫感が私を襲う。
そうとも知らず、アルテラは私の身を相当案じていたのだろう、まくしたてる勢いで質問責めにしてきた。
「ケガはないか? 何か変な事はされなかったか? こんな所に閉じ込められて怖かっただろう? だが、もう大丈夫。安心していいんだぞ。……クソ、私が付いていながらマスターの身を危険に晒してしまったのは、我が霊基の永遠の傷だ。もう、お前を誘拐されたりなどしない。私が側に居る限り、絶対に守ってやるからな」
「ちょっと、アルテラ!? その子、どんどん顔色が青くなってきてるわよ!?」
「なに? ……あ」
熱烈というか強烈なハグに意識が薄くなり、途中からアルテラの言葉のほとんどが頭に入っていなかったけど、どうやら遅れて来たオルガマリーの呼び掛けで、私が窒息しかけていたと気付いたらしい。
アルテラは力を緩めると、私の頬を両手で軽く叩く。
ぺちぺち、と本当に軽めの衝撃で、薄れていた私の意識が引き戻される。
「すまないマスター。嬉しさのあまり、つい力が入りすぎてしまった……大事ないか?」
「だ、大丈夫。ちょっと軽くお花畑が見えたけど、体に支障は無いから」
なんだろう……。アルテラってば、私に対してすごく過保護になってない?
「……なるほど。魔術師殿、貴女のお仲間でしたか」
アサシンも、ここに駆け付けた他の面子から、アーチャーの計画が始動していると見たのか、構えていたダークを下ろした。
オルガマリーや立香、マシュも、アサシンの特異な姿を改めて視認すると、やはりギョッとした顔になる。
そもそも、顔面へ直接に髑髏の仮面を縫い付けているのだから、不気味に感じるのも無理はないだろう。
「……アーチャー殿がここに居ないのを見るに、マスターの所と行った、といったところですかな?」
『その通りだ。アーチャーはキャスターと共に先に向かったよ。……キミとアーチャーの計画、キミたちのマスターを裏切り、そして打倒する事───それはもう動き出している。それに加えて言うなら、我々カルデアも後戻りはもはや不可能だ。こうなってしまった以上、そこに居る所長たちは作戦を成功させないとこちらに帰って来れないし、命の保障もないからね』
いつになく、真剣味の増したDr.ロマンの声。誘拐されて、久方ぶりに聞いたようにさえ感じるが、実際にはまだ何時間という程度だ。それだけ、私の置かれた状況は切迫していたのだろう。
「……ふむ。遠見の魔術でも使っているのか、姿無き魔術師殿。それは我らとて同じ事。この計画が失敗に終われば、二度と機会は巡っては来るまい。そして、あの邪悪なマスターが、裏切り者を生かしておくはずもない」
『そうか。なら、僕らは本当の意味で一蓮托生なワケだ。よろしく頼むよ。そして、現場に居るメンバーをどうかよろしく頼む』
姿は見えないが、頭を下げての懇願であろう事は、容易に想像出来た。
「よし、それじゃあ早速だけど白野に作戦を伝えないとな!」
「うん。アサシンから大体は聞いてるけど、細かなところは変更もあるだろうし。道すがら教えて、立香」
そして、牢を出ようとしたその時だった。
遠く、いや近く。この洞窟内で何かが爆発したような音が響き渡り、それは強い振動となって私たちに襲い掛かってきた。
「な、なんだ!? 爆発!?」
『まさかアーチャーとキャスターか!? でも、仕掛けるにしては早すぎる! 何が起きたんだ!?』
Dr.ロマンの焦る声。それとほぼ同じタイミングで、私たちは洞窟内の異変に気付く。
空気が冷たい。それも異様なまでに。これはもう、洞窟の中特有の肌寒さとかのレベルじゃない。
……待て。そういえば、この感覚にはどことなく覚えがある。そう、そうだ。桜やセイバーの居た大空洞で、これに近いものを感じたはず。
しかし、あの時よりも遥かに冷気が増している。
その理由を考えて、ぶわっと冷や汗が一気に湧き出した。
「まさか、ライダーが……!?」
桜の言っていたように、ついにライダーが怪物へと変貌してしまったのだろうか。
アーチャーとキャスターはどうなった? まさか、今の爆発音は……!
「嫌な予感がする。私たちも急いで向かおう。走りながらでいいから、作戦での私の役割だけでも簡単に教えて!」
了承を得る前に、既に私は走り出していた。とにかく、早く現場に行かなければ全て手遅れになってしまう。そんな、そこはかとない予感があったから。
「あ、待てよ白野! クソ、俺たちも急ごう!」
「先輩、頭上に注意してください! 今の振動で崩落の危険があります! 皆さんも気を付けてください! 大きな瓦礫はわたしが排除します!」
立香に続き、マシュも私の後を追い始める。他の者も、遅れないようにぞろぞろと牢から出て行く。
「もう! どうしていつも上手くいかないのよ!?」
オルガマリーの虚しい叫びを耳にしながら、私たちは駆ける。
地面が震える。断続的に爆裂する音が続いている事から、確実に戦闘が行われているという事が分かる。
「見えた! 大空洞の入り口……!!」
立香から作戦の説明を聞き、アルテラをレガリアに収めた私だったが、走りながら、それも全力疾走していた事もあり、立香も私もあまり満足に話が出来ず終いで到着してしまう。多分、半分も頭に入っていない。
時間にしておよそ3、4分。されど、その僅かな時間が無限とも思えるくらい長く感じられた。だが、ようやく辿り着いた先で私が目にしたのは、あまりに絶望的な光景だった。
『グウオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!』
巨大。まさしく圧巻の一言。
ライダーだったモノであろうと思しきソレは、体のところどころに蛇の鱗が備わり、髪の先の一部が蛇の頭と化している。
肥大化した手先は鋭い鈎爪となり、眼光は獣そのもの。
ゴルゴーンの怪物。そう言い表して相違ない姿へと、ライダーは変貌を遂げていた。
「あら。生贄が自分から来てくれましたか。それと裏切り者も」
ゴルゴーンの後方、大聖杯の近くからこちらを見つめる桜。裏切り者、とはアサシンの事だろう。つまり、アーチャーとアサシンの叛逆は既にバレていると考えて間違いない。
「案外早かったな。もう少し遅ければ、私もキャスターも死んでいたところだ」
と、アーチャーが弓を手にしながら、私の元へと降り立つ。キャスターも同様に、こちらへと退いてきたが、私は彼の姿にたまらず血の気が引いた。
「おう、イイところに来てくれた。マジで助かるぜ。これでチィとばかしオレも楽出来るってもんよ。何せ、腕がコレだからな」
笑って、腕を振るキャスター。
「キャスター!? 腕が……!!」
キャスターの変わり果てた姿に、私だけでなく、仮とは言え彼のマスターである立香もまた、顔を青くしていた。
マシュやオルガマリーも例外ではない。改めて、戦いが命懸けであるのだと実感させられている。
「なに、心配するな。油断して腕の片方を食いちぎられたが、片腕が残ってんならまだやれる。槍ならまだしも、ルーンは片手でも使えるからよ」
痩せ我慢ではなく、彼は本気で言っている。片腕をもがれた程度で戦えなくなる程、ヤワではないのだと言わんばかりに。
戦士としての矜持を、彼は示しているのだ。
「全員気を引き締めろ。アレはゴルゴーンの怪物───へなりかける一歩手前といったところだが、それでも怪物であるのには変わりない。もはや魔獣とでも呼ぶべきか、神と怪物の中間、もとい中途半端な出来損ないだ。しかし、能力だけはサーヴァント五騎分はあると見て考えろ」
「誰のせいでこうなったと? アーチャーさん、あなたが裏切ったりするからです。だから、ライダーが完全体になる前に起こす羽目になっちゃったんですよ?」
初めて見せる、あの桜が苛立った顔。それは彼女が相当腹を立てている証拠だろう。
「ちょっと、アーチャー! どういうコトなのよ? 段取りと違うじゃない!?」
「すまない、オルガマリー女史。どうにも、私は彼女に信用されていなかったらしい。私が生きて帰った時点で、彼女にしてみれば怪しむべき事だったようだ」
「当然でしょう? アーチャーさんじゃなくてアサシンさんが人質を連れて帰った時点で、アーチャーさんは窮地にあるか、または討ち取られたか。それが五体満足で何事もなかったように戻ってこれば、ほら? 怪しいとしか思えません」
少女の眼差しが、アーチャーへと向けられる。鋭く、冷たく、重い。視線だけで人を殺してしまえそうな、恐ろしく冷酷な眼差し。
それを受けても、アーチャーは怯むでもなく、毅然と弓を構える。照準はライダーに向けられていた。
「そうか。やはり、堕ちてしまった時点で、君が誰かを信じるなど有り得ないと判断すべきだったようだ。だからこそ、
ライダーから一瞬だけ桜へと視線を送るアーチャー。何故だか、その目はとても悲しげなものに見えた気がした。
「いいか。ライダーは
キャスターが片手で描けるありったけのルーンを展開する。ありとあらゆる手段で、何としてでもライダーを止めんが為に。
「マシュ、キャスター! 俺も全力でサポートする! だから、白野に道を作ってやってくれ!!」
「了解しました。わたしに出来る限りを尽くします! 状況、開始します、先輩!!」
マシュも、立香の呼びかけに呼応し盾を構える。守りの要、それはマシュの盾に他ならない。彼女が戦えない立香やオルガマリーの防衛ラインであり、アーチャー、キャスターのサポートとバックアップを担う。
この作戦にとっての唯一無二の防衛線。それがマシュ・キリエライトの役割だ。
「……」
目の前の巨悪に目を奪われていたが、ふと私は大聖杯のある丘を見た。そういえば、セイバーが全く干渉してこない。
彼女まで戦線に加われば、状況は最悪としか言いようがなくなるのだが……。
そのセイバーはといえば、確かにそこに居る。居るのだが、降りてくる様子もなければ、剣を構える素振りもない。
完全に傍観に徹しているように見受けられる。それはまるで、この戦いの行く末を見定めるが如く。
彼女が何を考えているのかは分からない。けれど、この戦闘に参加しないのであれば、それはそれで助かるしありがたい。
でも、いざという時の為にも、一応セイバーにも警戒するようにしておこう。
「フシュルルルル……!!!!」
「フフフ……。女神の成れの果て。怪物の成り損ない。半神半魔のケイオス・ライダー! あの人たちを喰らいなさい? そうすれば、私の願いも叶う。そして先輩の願いも……。さあ、私の目を覚まさせてくれた