Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
桜の声を皮切りに、ライダーが一際大きく動き出す。蛇の頭部へと変貌した髪と手、胴体は生身と鱗が同居しており人間と蛇が混ざったような状態だ。
足は無くなって完全に蛇の尾と化して、波打つようにこちらへと急接近してくる。その巨体から想像出来ない程に、速い。
「そら! 喰らいな!!」
接近を許さぬとばかりに、キャスターがルーンによるトラップを発動させ、ライダーが触れた瞬間に次々と作動していく。
一つの爆発が連鎖的に誘爆を引き起こし、ライダーに触れていないトラップさえも爆発する事で、ライダーの全身を呑み込むくらいの大規模な大爆発が巻き起こる。
「やったのか……?」
「まだだ。言ったろ、アレは倒せるとかの次元じゃないってよ?」
爆発に呑まれたライダー。それを見て、立香は倒せたかと淡い希望を抱いたが、キャスターは残念そうに否定した。
『グゥゥゥウウウウ!!!!』
それを証明せんとするかのごとく、ライダーは雄叫びを上げながら爆炎を突っ切って姿を現すと、真っ直ぐにキャスターへと突進を続ける。
小細工が目障りだと判断したのだろう。アーチャーの攻撃には目もくれずに、意識は完全にキャスターだけに向けられていた。
「おお、おっかねぇ。イイ女に迫られるなら大歓迎なんだが、化け物だけは勘弁願いてぇや。んなもん師匠だけで十分だぜ!」
目前にまで脅威が迫っているというのに、キャスターは軽口を叩く余裕を見せていた。理由は明白だ。彼とてケルトの大英雄、簡単に殺されるようなタマじゃない。
仕込みがあるからこその余裕に他ならない。
そして、キャスターへとライダーの魔手が襲った瞬間、キャスターの姿が忽然と消え失せる。
アーチャーとの戦いの際に見せた、炎のルーンを用いた幻影だ。
「どこ見てやがる? ほれ、こっちだ!!」
本物のキャスターは、気付けば立香のすぐ近くに陣取り、切り札たる宝具を展開させていた。
轟々と燃え盛る、木から形成された炎の巨人。その名を『
キャスターのクラスで召喚されたクー・フーリンが有する、ドルイドとしての宝具。
彼がスカサハより授けられたルーン魔術は、元は北欧の神々に由縁のある代物だ。それを鑑みるに、この炎の巨人は、ラグナロクを引き起こしたとされる炎の巨人王スルトさながらの迫力を有していた。
炎の巨人がゆっくりと足を前に進める。それに呼応するように、ライダーもまたキャスター、そして炎の巨人へと向けて突進を再開した。
怪物としての側面の顕著化により、体躯の肥大化したライダーではあるが、それに負けず劣らずの大きさを持つ炎の巨人が、蛇の女怪を迎え撃つ。
燃える腕が、ライダーの体に掴み掛かり、炎熱が彼女の肌を焦がしていく。
ただ、鱗にまでは炎のダメージは及ばないようで、やはりライダーを倒す決め手としては力不足だった。もっと言うなら、出力が足りていない。
事実、女怪は苦悶の唸り声を上げるものの、炎の巨人はライダーを押し止めるだけで精一杯となっている。
そうこうしていると、蛇と化した髪が、巨人を避けて他の者へと首を伸ばし始める。ライダーの体は押さえられても、その蛇髪までは手に負いきれなかったのだ。
「来るぞ! 宝具展開中のキャスターは無防備だ。何としても守り通せ、マシュ! でなければ、キャスターが死んだ時点で我々の敗北と知れ!!」
アーチャーが多数押し寄せる蛇の群を迎撃しつつ、マシュへと注意を促す。
宝具の展開、それも持続させるには膨大な魔力を有する。魔力は立香を通してカルデアからのサポートも有るには有るが、とてもではないがルーン魔術の行使までこなす、などという余裕は無い。
「悪いがそういうこった! なに、いざとなりゃ杖で少しは耐え凌ぐ。だが、デカい一撃だけは頼むぜ?」
言葉の通り、キャスターは心配無用とばかりに杖で蛇を打ち払う。隻腕ではあるが、元々強化の魔術を予め掛けていたのだろう、少数程度なら容易く叩き潰していた。
キャスターへ迫る蛇の数が少ない理由としては、アーチャーが自身のみならず、彼へと迫ろうとする蛇を射撃していたというのも一助となってはいた。
互いに言葉はない。それぞれの役割を果たすだけ。そのために動いているだけなのだから、言葉は不要、という事なのだろう。
ライダーは巨人が抑え、蛇髪はアーチャーが大半を凪払っている。キャスターとマシュが居れば、アーチャーの撃ち漏らし程度は何とか対応出来るか。
なら、私が動くのは今しかないだろう。私だけが、何もせずに待っている訳にはいかない。
「マシュ、立香とオルガマリーをお願い。私が……桜を止める」
「はい。わたしにどこまで出来るか分かりませんが、きっと守ってみせます」
「白野……必ず生きて戻りなさい。これはあなたのマスターとしての命令よ」
オルガマリーが、マシュの盾から顔を覗かせて言う。強がってはいるが、その顔は多大な緊張で強張っているのが分かる。
……うん。これは、絶対に生きて帰らないと、後が怖いかな?
コクリと頷いて、私は走り出した。取っ組み合うライダーと炎の巨人を大きく迂回し、時折襲い来る蛇をコードキャスト・ガンドで対処しながら、桜の元へ足を急がせる。
走りながら、一度だけ、アーチャーと目が合った。
彼もまた、頷いて返すだけで、すぐに戦闘に戻る。私とアーチャー、どこか似た者同士なのかもしれない。
───この時の岸波白野の知るところではないのだが、どこかの世界で彼女とアーチャーは深い絆と強固な繋がりを築いた。共に過ごすうちに、彼女こそがアーチャーから影響を受けていたのだとは、きっと思いもしないのだろう。
走る。走る。つまずいても、転んでも、すぐに起き上がり、走る。
スカートを破いて作った即席の靴は、とうの昔にほつれて脱げていた。
裸足で走るのは痛い。瓦礫に天然の段差、尖った石が足を傷つけていく。
きっと、傷だらけになっていて、血も多く滲んでいるだろう。今すぐにでも足を止めてしまいたい衝動に駆られる。
どうして、ここまでする? 自分を痛めつけてまで、自分とは関わりのない世界を救うために、何故?
悪魔の囁きが脳裏によぎる。けれど、私は足を動かせ続けた。そんなものは決まっている。
今の私があるのは、いつも誰かに助けられていたからだ。この私を形成するのは、私だけによるものではない。
月の聖杯戦争も、月の裏側も、月の聖杯大戦も。いつでも、誰かが私を助けてくれていた。
私は、
なら、その私が、それを蔑ろにして良い道理がない。
誰かを助ける為に、私も戦おう。命を懸けて、全力で。
これまで、私がしてもらってきたように、私もそれをするだけの話なのだ。
「だから、止める。私はあなたを止める。桜」
たとえ殺してでも。それしか方法が残されていないのだとしても、私は止めてみせよう。オルガマリーたちの為に。
「……止める、ですか」
気付けば、私は桜の正面にまで来ていた。
「いつか似たような光景見た、聞いたような気がします。───先輩も、そんな目で私を見てたっけ」
懐かしむように目を細め、そして次に腹を撫でる桜。その表情は我が子を慈しむ母のようでさえあった。
何故か、その姿をおぞましいと感じてしまう。
「私は……先輩のためになることをしたかっただけなのに。先輩に喜んでもらえたなら、それだけで良かったのに。なのに、先輩は私を怒ったんです。酷いと思いませんか?」
「……怒って当然。桜、あなたのしてる事は、身勝手な親切の押し付けだよ。その先輩だって、大勢を犠牲にした平和なんて望まないはず」
「……あなたは先輩だけじゃなくて、姉さんと同じような事も言うんですね。でも、そうだとしても関係ありません。私が作った平和な世界を、見せてあげればいいだけだから」
ニュアンスがおかしく感じたのは、私の気のせいなどではない。
既に死んでいるであろう
それは、天国から見ていてほしいとか、そういう話ではなくて、
ここで、私はさっき感じたおぞましさの正体が何であったのか、気付いてしまう。気付いてしまった。
考えたくもなかった、考えるべきではないはずの事実に。
顔を青くした私に、桜は頼んでもいないのに、その事実を口にした。
「気付いたんですね? そう、私は先輩を食べました。食べて、今は私のお腹の中に居るんです。私が世界を作り替えた後で、産み直してあげるんです。もう正義の味方なんて酷使されて使い捨てにされるだけの存在にならなくてもいい、私と先輩だけしか存在しない
今、ようやく桜の言う“平和な世界”が何かを理解した。
平和、それは当然だ。だって二人だけしか存在しない世界なのだ。互いに争い合う人類は根絶され、残ったのは桜と先輩。
原理は分からないが、先輩とやらを自らの内に取り込んで再度産み落とし、二人だけの理想の世界を作る───それが、桜の目指した願いの果て。
人理の消滅とは違う意味で、人類史の終焉を意味するもの。
「その邪魔をするなら、誰であろうと死んでもらいます。いいえ、そもそも私と先輩以外の人間なんて要らないですし、やっぱり殺します。そうですよ、誰も彼も関係なく殺してしまえば、それで良い話ですものね?」
ユラリ、と笑いながら体を傾ける桜。伸ばした手から、黒い何かが現れる。ヒラヒラしているようで、その実は硬質なソレは、彼女が身に纏っているものと同質のように見られた。
シュルシュルと布の擦れる音を立てながら、桜がその黒い何か振りかぶる。
「!!」
放たれた黒色は、打って変わって一直線に私に向かって飛来してきた。予想外に速いソレに、私はどうにか避けるも、黒い何かは腕を軽く掠っていく。
掠っただけなのに、焼けるような痛みが傷口から腕全体へと広がっていき、まるで毒に侵食されていくかのような激痛が走った。
「痛いですか? 苦しいですかぁ? どうかその苦痛に歪む顔を、もっと私に見せてくださいね。それが私にとって何よりの捧げ物なんです」
神にでもなったつもりか、桜は私が苦しむ様を神への供物のごとくに称しながら、恍惚としてこちらを眺めている。
いや、もはやヒトの居ないこの特異点においては、彼女は神にも等しい存在であるのか。間違いなく、邪神や悪神といった類のものだろうが。
だが、確かに拙い。腕の痛みもだが、痛みだけでなく痺れるような感覚もある。これでは本当に毒と何ら遜色ないじゃないか。
「……んー、不思議です。詠唱が不要な上に工程を介さない魔術の行使は凄いですけど、身のこなしからして武闘派でもなさそうなのに、どうして私に一人で挑もうと思ったんでしょうか?」
桜の指摘に、肝が冷える。
レガリアに潜んだアルテラによる不意打ち、急襲こそが私たちの狙い。それを成功させるためにも、桜には私に対して油断していてもらうべきなのだ。
アルテラにも、今にも出てきたいという思いを我慢してもらっているのに、ここで作戦がバレてしまっては、全てが水の泡となる。
どうする? 腕は痺れるが、まだ動かせる範囲内な痺れだ。コードキャストだけでの応戦で、どうにかアルテラの存在を隠し通せたら、唯一の勝ち目が浮かんでくる。
それしか、ないか……。
「別に。適材適所だよ。ライダーは手強いから他の全員で。あなたには私だけで十分。それだけの話だもの」
挑発に乗ってくるとは思わない。けれど、必要のある事だ。私に桜の注意を引き付け、そしてわざと負ける。アルテラの不意打ちを決定的なものにするためにも、そうする必要がある。
冷ややかな眼差しのままに、桜は軽く溜め息を吐く。挑発が効いたようには思えない。多分、呆れているのかもしれない。
それとも、悪ふざけとでも思ったのかも。
「もう、いいです。話をするだけ無駄でしょうから。出来る限りいたぶって殺しますね? ライダーへのプレゼントにしようかとも思いましたけど、一刻も早くこんな世界は壊してしまいたいですから」
瞬間、桜の顔から全ての感情が消え失せる。端正な顔は完全な無表情となり、そこから思考を読み取る事も不可能。
言葉の通り、桜の攻撃は激しさを増して、私に襲い掛かる。私を簡単には殺さないように、的確に急所は外して、しかし確実に傷を蓄積させてくる。
「ほらほら、もっと痛いのをあげますよ?」
鞭をしならせるように、関節ばかりを狙ってくる辺り、彼女の嗜虐性が痛みと共にありありと伝わってくる。
「──あ……ぐぅ、」
痛い。全身のありとあらゆる部位が悲鳴を上げている。肌が擦り切れる。骨が軋む。神経が摩耗する。心が逃げ出したいと絶叫している。
私に武術の心得が少しでもあれば、もっとダメージを軽減できたかもしれないが、無い物ねだりでしかない。
痛みはどんどん激化していく。まだまだ攻撃は加速している。
「あ───っ」
やがて、私の体はあまりの痛みに耐えかね、力無く崩れ落ちた。
もう、体力も忍耐も、限界だった。
倒れた私に、桜が悠然と歩いて近付いてくる。顔は無表情から嘲笑へと変わっていた。
「もう終わりですか? もっと楽しめると思ったのに……残念♪」
必死に顔を上げ、こちらを見下ろす桜に目を向ける。残念と言う割に、彼女はとても楽しそうに、私を見下していた。
「ぐ……うぅ」
もう、話す気力さえも残っていない。
まだか……。まだ、なのか……。
「口も利けないみたいですし、辞世の句は諦めてくださいね。大丈夫、神様がきっとあなたを天国に導いてくれますよ。安心してください、神様は居るんです。だって、
生き返らせて……?
それは、どういう───。
意味を聞こうにも、桜は待ってくれる様子はない。どうやら、間に合わなかったらしい。
「アル……テラ……」
本当にギリギリまで待って、それでもダメだった。アルテラの不意打ちは不発に終わったのだ。なら、すぐにでも許可を出して応戦してもらうしか───。
「さようなら、名前も知らない誰かさん。聞いたかもしれないけど、もう忘れちゃいました」
桜の手が振り下ろされる。すぐにでもアルテラをレガリアから出して……、
「『
ぐちゃり、という音がした。肉を抉るような不快な音。
その音が聞こえる寸前で、男の声がした。
桜の動きが止まり、間もなく口から大量の血が溢れ出す。ゴボゴボとむせるように咳き込み、再度大量の血を吐き出した。
何が起きたのかを理解するまでに少しの時間を要したが、桜が膝をついて、後ろに振り返った事でようやく私は思い出した。
そこには一人の男が立っていた。黒いぼろ布で覆っていた全身は既に外気に晒されて、封印していたであろう巨大な赤い腕が露わとなっている。
そうだ、アサシン。彼の宝具こそが、不意打ちの決め手となるのだ。
桜たちの前に姿を出してから、アサシンにだけは誰も徹底的に話しかけなかった。それは意図的で、桜にアサシンの存在を忘れさせるため。
ライダーの変成、アーチャーの裏切り、そしてキャスターたちの登場。色々な事象は有れど、それだけで桜がアサシンの存在を忘れるはずがない。
だから、私は慣れない挑発をしたし、桜の嗜虐心を煽ったりもした。視野を少しでも狭めさせる事さえ出来れば、アサシンにまで気が回らなくなると考えたから。
「……他の人はみんな、ライダーと戦っているはずじゃ……」
そう思い込ませるための、あの台詞。桜に先入観を持たせた私の言葉は、意味を為していたらしい。
アサシンは、自身を恨めしげに睨み付ける桜に───いや、彼女がまだ生きていた事へと驚愕していたが、すぐにそれを呑み込んで桜の疑問に答える。
「我らアサシンが何を得手とするか、まさか存じ上げない事も有るまい?」
「マスター……殺し……」
アサシン。それは暗殺者のクラス。例外もあるが、基本的に正面からの戦闘を得意とはしていない。
故に、通常の聖杯戦争では敵マスターを闇討ちして勝ち残るのが、アサシンとそのマスターの基本戦法となっている。
桜は尚も立ち上がり、アサシンへの怒りを隠そうともしない。まだ動けるというのか。
サーヴァントの宝具を受けたのに、まだ立ち上がるというのか。
「痛い痛い痛い痛い痛い、イタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!!! ……ああ、でも、まだ倒れる訳にはいかないの。止まる訳には、いかないの!!!」
痛々しいまでに、血反吐を撒き散らしながら少女は吼える。願いを終わらせないために。世界を終わらせるために。
新しい世界を始めるために。
間桐桜は、まだ戦おうとしている。
もう、終わらせてやるべきなのだ。
虚しさしか残らない、少女の願いを。
「行って───アル、テラ!!」
「ああ。任された」
刹那、白の剣姫が顕れ、黒い少女を手にした軍神の剣で一閃した。アサシンへの怒りから、こちらに背を向けていた桜は、為す術もなくその背に剣戟を受ける。
深い一閃。およそ即死は免れないであろう一撃。
鮮血が舞い、アルテラだけではなく私にも降り注ぐ。生暖かい、命の温もりが、桜から急速に失われていった。
大量の失血に、ついに桜は倒れ伏す。目の前に、倒れた桜の顔がある。色白かった肌は、より青ざめ、生気など微塵も感じられなかった。
「……、これは、ダメかな? こんなところで、終わるなんて。もう少し、だったのに」
さっきまで恐ろしいだけだった少女の容貌は、けれど年相応のそれへと変わっていた。───戻った、というほうが正しいのかもしれない。
目に涙を浮かべ、叶わぬ願いに思いを馳せる。少女の儚い想いの終焉だった。
「あーあ、セイバーさんは、結局……最後まで手を、貸してくれなかったなぁ」
「……」
誰も、何も言わない。桜の最期の一人語りを邪魔しなかった。
願いの末に全てを敵に回し、全てを殺してみせた少女。
特異点最後のマスターにして、人理の敵対者。その死を以て、全ての終わりを迎える。
「……先、輩。好き……でし、た」
最後に一筋の涙を流して、黒い少女は事切れた。特異点の元凶の一つが、潰えたのである。
まともに力を振るう事はもう不可能であるはずだ。現実として、ライダーの動きは鈍くなっている。アーチャーやキャスター、マシュへととめどなく襲い続けていた蛇も、次第に数を減らし、勢いも無くなっていた。
その変化に、アーチャーとキャスターは作戦が成功したのだと確信する。
「アイツら、やりやがったぜ、おい!」
「よし、これでライダーを倒すという話も現実味を帯びてきたぞ……!」
喜び勇むサーヴァントたち。だが、それは早計だった。
ライダーとて、己に起きた異変の理由に気付いていた。僅かに残された意識、怪物へと堕ちていく自我をどうにか奮い立たせて、最期の抵抗に出る。
勝てなくてもいい。死んだって構わない。ただし───マスターを殺した者どもの全て、共に連れていく。
聖杯? そんなもの、セイバーにくれてやる。元より、聖杯になど興味はない。桜さえ、彼女さえ居てくれたら、ただそれだけで良かったのだ。
だから、彼女の居ないこの世界に意味はない。
暴走。後戻りを必要としないライダーは、自滅覚悟での全魔力を解放する。
途端、失速していた勢いは先程までよりも更に増し、炎の巨人を圧倒し始める。
それだけでない。蛇の猛攻も更に苛烈さを増して再びアーチャーたちを襲い始めたのだ。
「どうなってやがる!? さっきより強くなってねぇか!?」
片腕では蛇を御し切れなくなってきたキャスターが、叫びながら愚痴を言う。
アーチャーの射撃も追い付かなくなっていたのだ。
「チィッ! ヤケクソと言うヤツか!? ライダーめ、まだ思考は生きていたらしい……!」
「どうするよ!? 敵のマスターさえ倒せば、聖杯戦争は終わるはずだったってのに! マシュの嬢ちゃんも限界が近い、このままだとマジで全滅しちまうぜ!?」
アーチャーとて、それは理解している。マシュはよくやってくれていた。戦闘自体は憑依している英霊の影響で、ある程度はそつなくこなしているが、心がそれに追い付いていない。
デミ・サーヴァントとして戦闘能力は備えていても、彼女には圧倒的に経験値が不足している。体力よりも、精神が既に限界に近付いているのは、誰が見ても明らかだった。
「……拙いな。私ではライダーを仕留めきれん。キャスターの宝具でも拮抗するのがやっと……、バーサーカーを遠ざけたのは失策だったか」
大英雄ヘラクレス。彼ならば、或いは……。だが、バーサーカーである彼を制御するのは至難の
本当なら、キャスターの宝具を頼りにしていたアーチャーだったのだが、それすらもライダー討伐に用いるには難しい今、完全に手詰まりだった。
「アルテラの宝具……いや、令呪の使用は避けさせるべきか。こうなれば、逃げの一手のみか……」
逃げたとして、ライダーが魔力不足で自滅するまで逃げ続けられるかと言えば、答えはノーだろう。
とうに全員が疲労困憊で体力も魔力も尽きかけている。英霊でない立香やオルガマリーの足で、いつまでも走る事など不可能。サーヴァントが抱えて走るにも、追撃への対処が出来なくなる。
この際、ライダーの魔力切れまで粘るのが最善か───。
「退け。貴様ら」
その時だった。
響き渡る凛々しくも冷たい声音。
今まで傍観に徹していたはずの、騎士の王。
セイバー。
今のは、他の誰でもない彼女の声だ。黒く染まった聖剣を後ろ手に、騎士王は攻撃の構えを取っていた。
「まさか、今頃になって参戦するってのか!? 冗談キツいぜ、オイ!!」
「……、」
怒鳴るキャスターと比べて、アーチャーは何も言わなかった。ただ、セイバーの言葉の通りに、彼女の直線上から離れるのみ。
「そうだ。それでいい、アーチャー。そして勘違いするな、キャスター。今から行うは、貴様らの後始末。そして、サクラを倒した勇者と、ライダーの猛攻を凌ぎ切った盾の英霊への褒美と知れ」
言い切って、突如セイバーを中心に莫大な魔力の渦が発生する。渦の中心、正確には黒き聖剣へと、それら全てが収束していき、途轍もない量の魔力の塊へと化していく。
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め、『
光すらも呑み込む黒き光───闇が、振り上げられた聖剣より放たれる。
ライダー目掛けて黒き極光は走り、炎の巨人ごと一瞬でその全身を呑むや、大空洞の端にまで激突した。迸る魔力の奔流は、やがて大空洞を破壊しながら収まっていき、後には瓦礫が残るのみ。
ライダーも、炎の巨人も、跡形もなく綺麗さっぱり消し飛んでいた。
その圧倒的な破壊力を目にして、マシュも立香も、自らの手が無意識に震えている事に気付く。
ライダーは強敵だった。そんな存在を、セイバーはいとも簡単に倒してしまった。
もし、アレを自分たちに向けて放たれていたら、きっと助からなかっただろう。
「強いなんてもんじゃない。次元が違う……違いすぎる」
「……あれが、ブリテン最後の騎士王の力。世界で最も有名な聖剣による、魔力放出」
唖然とするほかない。魔術の素人である立香はともかく、マシュまでもが恐怖を禁じ得ない程の力。
本能が告げていた。戦ってはいけない、と。
驚愕する二人の後ろでは、オルガマリーが今の光景に息を呑んでいた。
聞き及んでいた騎士王のサーヴァントとしての格。それは全英霊の中でもトップクラスとされているが、実際に目にして、それが嘘偽りのない真実であると再確認する。
しかし、仲間であるはずのライダーを、何故倒したのか。その意図がまるで分からない。セイバーは何を思って、こちらに助力したのだろうか。
だが、セイバーはそんな事など気にも留めず、一足跳びで彼女らの近くにまで降り立った。その手には、未だに黒き極光の聖剣を携えて。
そして、彼女は無慈悲にも言い放つ。立香とマシュを絶望させるには、あまりにも十分すぎる言葉を。
「さあ、最後の試練だ。盾を構えろ、デミ・サーヴァント。我が聖剣の一撃、黒き極光。死力を尽くして防ぐがいい」