Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
騎士王は告げる。
我が宝具を真っ向から受けてみせよと。その盾が張りぼてではなく、真に何かを守るに相応しいものであると証明しろ、と。
試練、と彼女は口にした。それはマシュと、彼女のマスターである立香にとって、決して避けては通れぬ道であるのだと言っているも同然である。
「構えよ。言っておくが、生半可な覚悟で我が聖剣を防ぐ事は到底不可能だと思え。無論だが加減もしない。ライダーに放った時と同じ威力を防げねば、人理の修復など夢幻、単なる妄言でしかなくなるのだからな」
有無を言わさずに、セイバーは構えを取った。先程、ライダーとキャスターの宝具である『
立香とマシュに圧倒的な力を示し、その心に鮮烈な恐怖を刻み込んだ黒い極光。
当然、二人には理解出来ない。何故、自分たちが指名され、しかも騎士王の宝具を防ぐなどという無謀な行為を強制されるのか。
「ちょっと待ってくれ! どうして、マシュだけなんだ? 白野やアルテラ、キャスターだって居るじゃないか!? それなのに、どうして……!!」
立香の叫びは、私やオルガマリーの思いを代弁してくれていた。
そうだ、立香の言う通りだ。何故、マシュだけを名指しする。彼女がデミ・サーヴァントであると見抜いたのなら、マシュは技量を持てども戦闘には慣れていない事など、先程のライダーとの攻防で分かっているはずなのに。
私たちの中に疑問や不満、そして怒りが沸いてくる中で、キャスターやアーチャー、アサシンは沈黙を続ける。
何か事情を察したのだろうか、アルテラでさえも彼らに倣い、言葉を発さない。
やがて、莫大な量の魔力が聖剣へと集中していく中で、セイバーは端的にその答えを口にした。
「何故か、だと? それは、そこなデミ・サーヴァントが
───人理の防人として、見定める義務があるのだ。
最後の言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。絶え間ない聖剣への魔力の圧縮は、ついには荒れ狂う暴風となって、彼女の言葉さえも覆い尽くしてしまったから。
もうこの流れは止められない。マシュがその盾で、セイバーの宝具を防ぐしか道は残されていない。
逃げ道は最初から存在していなかった。
「……先輩」
マシュは、盾を構えながらも、顔だけは立香へと振り返った。
「本音を言えば……怖い、です。でも、きっとわたしは、この試練を乗り越えないといけないとも思うんです。わたしと契約してくれた“彼”が誰なのかは未だに分からないけれど……、その“彼”に盾を託されたわたしは、逃げてはいけない。そんな気がするんです」
怖い。でも、立ち向かう。この盾を持つ者として。人理を守る者として。マスターを守護する者として。
ここで逃げ出せば、全てが終わってしまうのだ。ならば、恐怖も飲み込んで、死地に立とう。
本当に怖いのは、何も為せずに、後悔だけを残して終わってしまう事だから。
「マシュ……。うん、やろう。俺はマシュを信じる。サーヴァントを信じないでマスターが務まるか、ってさ?」
立香も、マシュの意思を尊重したのだろう。必死に恐怖を押し隠して、どうにか笑顔を作っていた。不格好な強がりではあるが、私はそれを馬鹿にするつもりはない。
彼と、彼女が決めた事。どんな結果になろうと、私は彼らを信じて見届けるしかない。
マシュが立つ。立香を背に、盾を地面に突き立てて、セイバーの宝具に備える。
オルガマリーは既にその場を退避しており、私の所にまで走っていた。
傷だらけに痛めつけられた自分のサーヴァントを、心配しての事だろう。顔は多大な心配からか、今にも泣き出しそうになっていた。
マシュは自分の契約した英霊の真名を知らない。それ故に、宝具の真名解放も不可能。
だが、宝具が使用不可のままでは心許ない。その対策として、擬似展開だけでも可能にするために、仮の名を宝具に名付けたと聞いたが……。
ぶっつけ本番で成功する確率は良くて二割。もし宝具の擬似展開が発動しても、その効果の程が分からないし、真名解放には遠く及ばない事を考慮すれば、マシュが生き延びる可能性は一割にも満たないだろう。
立香は、彼女の後ろから意地でも動くつもりは無いらしい。マシュを信じて、どのような結末だろうとも、自分も運命を共にする覚悟なのだろう。
それが、立ち向かうと決めたマシュへの、彼なりの覚悟の表明なのだ。
セイバーをチラリと見やる。正面からの表情は窺えないが、微かに見えた横顔、その口元が、微笑んでいるように見えた。
それから間髪入れず、黒い聖剣が振り上げられる。魔力による圧倒的暴力の放出。黒い極光が、一直線に走る。
二度目の宝具解放。だというのに、その威力は先程のものと比較しても全く遜色ない。
恐るべきはセイバーの無尽蔵とも思える魔力量。尋常ではないその甚大なまでの魔力量は、一サーヴァントが有しているはずもない程のもの。まさに有り得ないの一言だ。
漆黒の暴威が迫る直前で、マシュは力強く叫んだ。
「どうか、どうか……!! お願い、わたしに力を……!!! 仮想宝具・擬似展開/
それは懇願にも等しい叫びだった。
どうか起動してくれ。命を懸けてもいい、先輩を守れるだけの力を。黒い極光を防げるなら、恥も外聞も、命でさえも全て投げ捨てる……!!
彼女の命を懸けた咆哮は得てして、その花を開かせた。
盾を起点として、大きな魔法陣のような方陣が展開し、押し寄せた黒い極光を受け止めたのだ。
「ぐ、うぅぅ───ッ!!!!」
火花が散る。稲妻が走る。轟音が鳴り響く。
盾の守護が外敵からの脅威を防ぎ続けている。侵攻を許すまいと必死に堪えている。
けれど黒い極光は、一切の慈悲無く徐々にその護りを削り取っていた。貫き、穿たんと、ジリジリと障壁を摩耗させるように。波が堤防を少しずつ抉っていくように。
「ううぅ、あああアアアアアアァァァァァァ!!!!!」
咆哮は絶叫へと変わる。マシュは全魔力を仮想宝具へと注ぎ込んで対抗する。無理な力の使い方は、全身の骨を軋ませ、細胞の一つ一つに渡るまで破壊の痛みをもたらし、頭は激痛で割れそうなほど。
無茶を承知での最大限の抵抗は、しかし無惨にもマシュの頑張りを喰らい尽くす。
勢いを殺しきれず、マシュの体は地へと突き立てた盾ごと後退させられていく。
全力で以てしても、宝具の擬似展開が成功しても───聖剣エクスカリバーを前にしては、全て無意味であるのか。
そう、諦めかけたマシュの手に、ふと暖かいものが重なった。
目を閉じ、己の全てを懸けて抗っていたマシュは、驚きのあまり目を見開いて、盾を持つ手を見る。
気付けば、自身の手に、後ろで見守っていたはずの
「まだだ! まだ、終わってなんかいない! 負けて、ない!!」
重ねられた手に、力が込められる。肩に手を回され、マシュが押し負けないようにと、二人の体がピッタリと寄り添った。
それだけの事なのに、マシュは百人力を……いや、それ以上の力が湧いてくるような気がしたのだ。
負けない。負けるはずがない。自分の隣に立つ人の為にも、絶対に防ぎきってみせる。
力が漲る。今なら、押し負ける気がしない。
「アアアアアアァァァァァァ!!!!」
苦痛の絶叫は、猛々しい咆哮へと回帰する。
盾の放つ輝きが、より一層増していく。
黒い極光とは真逆の、眩い白の極光と見紛うばかりに───。
ふと、先程と同じように私はセイバーの横顔が垣間見えた。
口元の微笑みは、誇らしげな笑みへと変わっていた。
黒い極光。騎士王の放ちし聖剣による魔力放出は、果たして雪花の如き淡い護りであるはずの盾を、貫く事に失敗した。
盾の守護を食い破らんと放たれたはずの極光は、最後の最後で大空洞の天井へと流れが反れ、ポッカリと大穴を作って消えた。
穿たれた大穴は綺麗に円形を描き、地表にまで達したのだろう、月光が大空洞へと差し込んでくる。
「───見事」
セイバーの呟きが、大空洞に浸透していく。
「もはや言う事はない。これまで、この特異点の維持の為に、サクラによる大聖杯への接続を妨げ続けた甲斐があったというものだ」
穏やかな笑みを浮かべ、セイバーはマシュ、そして立香へと視線を送っていた。本当に賞賛しているように見えたのは、私だけではないはずだ。
「元より、私は汚染などされていなかった。この身、この霊基。最初からオルタとしての現界をしていたに過ぎない」
衝撃の事情が暴露される。だが、それなら何故、アーチャーやランサーたちは汚染されたというのだろうか。
口にはしなかったはずだが、私の疑問に答えるようにセイバーは続けた。
「ライダー以外の倒したサーヴァントに関しては、私が手ずから聖杯により霊基を調整した。ライダーは元々サクラのサーヴァント。真に汚染されていたのは、奴だけだったという事だ。……ランサーは少々弄り過ぎたようだが」
なら、ライダー以外のサーヴァントたちは、それらしく見えるように、汚染していたと思わせるように偽装されていた、という事になる。
「サクラは───あれは死体が動いていたようなもの。自身の目的を為す事以外には気が回らなかったのだろう。だから、我が霊基を汚染出来たと思い込んでいた。私の事を御しきれないサーヴァントとしてしか認識していなかったのだ。オルタとして現界した私は、既に反転した身。汚染による霊基の反転など、今更受け付けるはずもないのに」
さて、とセイバーは歩き出す。
目指すは大聖杯の鎮座する丘の麓。
聖剣を携え、彼女は再びそれを振るった。黒い極光は、荒ぶる波のように丘諸共に大聖杯を呑み込む。それが治まる頃には、丘───があった場所は、綺麗さっぱり更地へと変貌を遂げていた。
それと同時に、サーヴァントたちに変化が表れる。足元から光の粒子が立ち上り始めたのだ。私は、これを見た事がある。月の聖杯戦争ではなく、聖杯大戦において。
それはこの場からの消滅、もしくは退去を意味していた。英霊が座に帰る───。
「私の役目はここで終わる。私の消滅に伴い、この狂った聖杯戦争に喚ばれ、生き残っていたサーヴァントもここを去る。後は、貴様らに任せるとしよう」
セイバーは勝手に満足して、さっさと消えるつもりだろうが、それではあまりに説明が足りてない。
どうしてキャスター以外のサーヴァントを早々に倒してしまったのか。ライダー以外とは全員で協力して事に当たれば良かったのではないか?
それに、
「そうだ。この特異点は、人理焼却と直接関わるものではない。……そうだな、最後に餞別としてこれだけは教えておこう。心して挑むがいい───グランドオーダー、聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだ」
それだけを言い残して、セイバーは消滅した。座へと還っていった。何か妙なモノ──水晶体らしきものを、その場に残して。
「……それでは、これにて御免」
アサシンもまた、簡単に別れを告げて消えていく。
「まあ、なんだ。よく分からんが、オレらはどうやらここまでだ。とりあえず、お前さんらに後は頼んだぜ。次があるなら、そん時はランサーとして喚んでくれや」
にかっ、と。最後に気前の良い笑顔を見せて、キャスターも退去する。散々世話になった彼は、しかし別れを惜しませないように振る舞って。最後まで面倒見の良い兄貴分を演じて、去った。
残ったのは、アーチャーだけ。その彼も、既に消えようとしている。
「クー・フーリンの真似ではないが、ここに縁は結ばれた。カルデアはもちろん、私と
最後まで皮肉屋な彼は、背を見せて、その場から歩き去るようにして、いつの間にか消え去っていった。後で殴ってやろうと思っていたのに、それが叶う事はなかった。
アルテラを除くサーヴァントたちの退去から、あまり時を経たずして、ようやくカルデアとの通信が繋がる。
『いやいや。やっと繋がった~! さっきまで物凄い磁場があったせいで通信が出来なかったけど、どういうワケかやっと繋がったよ』
Dr.ロマンの安堵の溜め息。だが、私はまだ安心出来ないでいた。セイバーの残した言葉が、あまりにも不穏すぎたからだ。
立香、マシュが事のあらましを報告し、報告を受けたDr.ロマンは再び安堵の息を吐いた。
『……うん。よくやったよ、みんな。映像も今度はしっかりと映ってる。どうやら本当に無事に終わったみたいで何よりだ。所長もさぞお喜びの事だろ、う……?』
彼の言葉から活気が失われていく。それもそのはず、戦いに勝った、特異点を消去出来る───というのに、オルガマリーは辛気臭い顔をしたままだからだ。
何やら考え込んでいるようだが、その様は異様とも思える程だった。
「……
「……所長? 何か気になる事でも?」
立香が話しかけて、オルガマリーは我に帰る。本当に周りの声が聞こえていなかったらしい。
「え……? あ、いや、何でもないわ。それよりも、よくやったわね、藤丸、マシュ。不明な点は多いですが、ここでミッションを終了とします」
不明な点……というには大きすぎる問題だが、ひとまずは帰還してDr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんに顔を見せて安心させたい。
私はオルガマリーから水晶体を回収するよう指示される。桜から負わされた傷については、オルガマリーから歩けるくらいには回復の魔術で治してもらっていたので、今のところ問題ない。
セイバーの居た所まで歩いて行き───私は気付いた。
水晶体が、独りでに浮遊し、それどころか移動している。
「え……?」
まさか意思を持っているとでも言うのだろうか。そして、敵対されでもしたら、とてもではないが疲労困憊の私たちでは相手にする余裕など皆無。
「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」
突如、男の声が大空洞に響き渡る。反響するように、声は位置を特定させない。
しかし、私はその声に聞き覚えがあった。
「48人目のマスター適性者。まったく見込みのない子どもだからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」
それは、アルテラ以外の全員が知っている男の声。私やオルガマリーと共に、あの管制室の爆発に巻き込まれたはずの男。
そして、彼はその姿を私たちへと晒した。
「レフ教授!?」
マシュが驚愕にたまらず叫ぶ。私は、愕然とするしかない。奴も、やはり生きていた───!
『レフ───!? レフ教授だって!? クソ、また映像がノイズ塗れに……! 彼がそこに居るのか!?』
「うん? その声はロマニくんかな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく───」
そこで、彼の表情が豹変する。これまで温和な笑顔しか浮かべてこなかった男が、獣じみた笑顔で、歯をむき出して嗤っていた。
「どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで、吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」
明らかな敵意と侮蔑。かつての彼をよく知る者たちからすれば、信じられない光景であろう。
だが、私は彼の本性をあの時に垣間見ている。今の彼こそが、レフ・ライノールの真実に違いない。
「みんな、下がって。彼は、私たちの敵……!!」
その顔、言葉。どれを見ても敵意しか感じない。だと言うのに、一人だけ、前に歩み出てしまう者が居た。
「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ!」
その人物とは、他ならぬオルガマリー。レフを信頼し、信用し、頼りきってさえいた彼女は、男の変貌ぶりに目もくれず、彼へと近寄ろうとしていた。
私の制止の声も聞かず、オルガマリーは歩みを進める。
「良かった、あなたが居なくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」
ついには走り出すオルガマリー。私も、マシュも、立香も。全員で呼び止めるが、彼女は止まらない。止まれない。
無我夢中で、レフに救いを求めていた。
「やあオルガ。元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね」
宙を漂わせて取り寄せた水晶体を手で転がせながら、レフはオルガマリーに話しかける。
「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたが居れば何とかなるわよね? だって、今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるんでしょう?」
それは、もう洗脳とか、盲信に近い。オルガマリーはレフという人間に、完全に依存してしまっている。
いや、もしかしたらそうなるよう、長年かけて仕込んでいたのかもしれない。
「ああ。もちろんだとも。本当に予想外の事ばかりで頭にくる。その中で最も予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足下に設置したのに、まさか生きているなんて」
ピタリ、と水晶体を転がしていたレフの手が止まる。
「─────、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」
オルガマリーも、そればかりは聞き逃さなかった。嘘だ、とばかりにレフへとすがりつく。だが、彼は彼女を無視して続けた。
「勝手なサーヴァントの召喚もだが、まさかあの爆発を生き延びているとは。───岸波白野、だったかな? 本当にまさかだよ。最初に聞いた時は、全身が動かないような欠陥サーヴァントだと思っていたのに、想定外過ぎる隠し玉を幾つも持っていたとはね」
瞬間、私は全身に悪寒が走り、身動きが取れなくなる。ただ、レフに一瞥されただけ。それだけの事なのに、物理的に肉体の自由を奪われたかのような錯覚さえ覚えさせる、レフの異常なまでの威圧感。
むしろ、畏怖しているとさえ私は感じていた。
「いやはや。さしもの私も、完璧に霊子変換を可能とする礼装には驚かされた。……ふーむ、ここは礼装というより、宝具であると仮定すべきかな?」
興味深そうに、彼の視線は私から、私の指に嵌められたレガリアに移る。忌々しげに、かつ愉快げに。
「オルガ。君はレイシフトの適性がなかった。だが、適性の有る無しを無視して肉体を霊子変換し、レイシフトさえも可能にしたのが、あそこの彼女───君のサーヴァントである岸波白野くんの宝具なのさ」
絶望のままに、オルガマリーは振り返る。そして、その悲壮な瞳は、私を映していた。
「皮肉……いや、これは運命なのかもしれないね? あれほど切望していた適性だったが、その代わりとなる者を君は手に入れたんだ。そうなると知っていれば、彼女の召喚を事前に防いでみせただろうに……」
悔やまれる。私の召喚、そして召喚後も、私をのうのうと生かし続けた事が、何よりも悔やまれる。
レフはそう言って、恨めしそうに私を見据えていた。
「だが、私とてそのまま己の失態を見逃すつもりはないよ? さて、オルガマリー。そしてマシュに藤丸くん。ここで見事セイバーやそのマスターを退けた君たちに、セイバーに倣い私からも褒美を与えよう。オルガマリー、生涯をカルデアに捧げた君の為に、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげるよ」
言うや、レフは手に持っていた水晶体を上に掲げた。すると、彼の背後の空間を大きく歪み始め、やがて大空洞のソレとはまったく異なる風景を映し出す。
そこに有ったのは、カルデアス───かつて見た美しい青は失せ、太陽のように真っ赤な灼熱の球体へと姿を変えていた。
「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」
「本物だよ。君のためにわざわざ時空を繋げてあげたんだからね。なに、“聖杯”があればこんな事も出来るのさ」
……聖杯!? まさか、あの水晶体が聖杯?
だが、もしそれが本当ならば、あれくらいの事は出来て当然なのか……!?
「さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前たちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一欠片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」
まさか。まさか、セイバーがこの特異点の維持に努めていたのは、こうならない為……?
でも、ならば何故、彼女はこうなると知っていて、私たちに後を託したの?
それは、これを解決させるため……?
カルデアスの無惨な有り様を見せつけられたオルガマリーは、膝から崩れ落ちた。
「わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしが悪いんじゃない……!」
腰が抜けてしまったらしく、未だにオルガマリーは立ち上がる事が出来ないが、それでも、顔だけは果敢にレフへと向けて、反抗の意を示してみせた。
「アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!!」
「アレは君の、ではない。まったく───最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」
鬱陶しい───その一声で、オルガマリーの身に異変が起きる。
「なっ……体が、宙に───何かに引っ張られて───」
「言っただろう、そこは今カルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう。
「ちょ───なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと?」
途端、尋常でない程に焦り出すオルガマリー。これは、拙いかもしれない。
私は、レフがオルガマリーに意識を集中している間に、レガリアを操作する。レフ、さっき彼が言っていた事が本当であるのなら、或いは───。
「や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」
「ああ、ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ……人間が触れれば分子レベルで分解される。まさしく地獄の具現だろう。遠慮なく、生きたまま無限に続く死を味わいたまえ」
───拙い。それは、拙すぎる。アレに触れたら、それだけでアウトとか……!!
オルガマリーの体はどんどんカルデアスに引き寄せられていく。彼女もどうにか逃れようともがくが、まるで効果がなかった。
「いや───いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、わたしを褒めてくれていないじゃない……!」
カルデア所長としてではなく、魔術の名門の末裔としてでもなく、ただ一人の人間として、オルガマリー・アニムスフィアとしての悲痛な叫びが空間中に響く。
「どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた!」
そんな事はない、と叫びたい。けれど、それをしてはいけない。出来るだけ、こちらにレフの注意を向けさせる訳にはいかないから。
「やだ、やめて、いやいやいやいやいや……!! だって、まだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに───!! 助けて、助けて─────白野ッ!!!」
「っ!!」
もう、耐えられなかった。その叫びを聞いて、私は動かずにはいられなかった。
気付けば、私はアルテラに命令していた。
「アルテラ、私をオルガマリーの所まで放り投げて!!」
「……勝算があると見て従う。言っておくが、無謀な行為を見過ごせるほど、私は
仕方ない、とばかりにアルテラは私の首根っこをひっつかむ。自ら皮肉を口にしてまで、彼女は私の意を汲んで、命令に従い私を力一杯投擲した。
「む!?」
流石にレフにとっても、私の自滅にも取れる行動に驚きを隠せなかったようで、声を漏らしていた。
勢いのままに、私はオルガマリーの手を掴む。今にもカルデアスに触れようというところで、何とか彼女を私の胸元に手繰り寄せると、私はレガリアを起動した。
次の瞬間には、オルガマリーの体が光の粒子となってレガリアの中に収められていく。
ひとまずはクリア。だが、このままでは私もカルデアスにぶつかる。せっかく助けたのに、私ごとオルガマリーも死んでしまう!
最後の手段しかない。レガリアを弄っていて、たまたま見つけた、ムーンセルでの私の遺産。
───取り出したリターンクリスタルを、私は躊躇なく握り潰した。
そして、私の記憶はそこで途絶えた。次に目が覚めた時、私はまたしても、たいへんな状況に陥っているとは露も知らずに。
次話で序章終了です。
それに伴って、活動報告で述べたように、通常投稿は終了させていただきますので、よろしくお願いいたします。