Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
「これはこれは……。よもや、二人組の片割れが
小次郎と合流し、早速エリザベートと清姫を紹介したのだが、清姫の名を聞いて僅かに驚いてみせた彼の第一声がそれだった。
「いや失敬。女人を前にして、今の言い草は礼を失する事であった。して、清姫殿。そなたは“ばーさーかー”、という事に相違ないか? 清姫伝説を知る者であれば、それ以外には考えられぬのだが」
「ええ。わたくし、こう見えてもばーさーかーでございます。お侍様が白野さんのお仲間だったなんて、わたくしも少しばかり驚いておりますわ。倭の国の出身の者がこのような異国の地で巡り会えるなんて、奇跡のようなものですもの」
くすくすと笑う清姫。確かに、同じ国出身の英霊が外国で集うというのもすごいのかもしれない。聖杯戦争での召喚では何かしらの触媒を用意すれば、偶然や必然であっても起こりうる事だろうが、ことここに至っては正規の聖杯戦争は一切関係ない。
触媒など存在せず、可能性があるとするなら連鎖召喚くらいだが、小次郎と清姫とでは、それは有り得ない可能性だ。だって、二人には出身以外に全くの繋がりも無ければ伝承的な接点も存在しない。
生きた時代は異なれど、同じ祖国を持つ者として和風サーヴァント同士が話題に花を咲かせる一方、蚊帳の外であったエリザベートは暇なのか私にべったりで、ずっと子リス子リスと口にしながら頭を犬のようにこすりつけてくる。
愛らしいより痛いが勝るので、正直なところ止めてほしいのだが、それを言うと可哀想な気がしないでもないので、言い出せないでいる私であった。
……何だろうか。エリザベートのライバルを自称する、構ってちゃんの
さて、小次郎とも合流した事だし、まずはこれからの指針を決めるべきだろう。
目先の目的でもあった二人を仲間に引き入れられた。戦力増強は特異点の元凶に立ち向かう上で必要不可欠。ひとまず、多対一という最悪の状況だけは避けられるようになったし、逆に単独の敵を各個撃破という選択肢も選べるようになった。
「目下の標的は、この世界でよく耳にする存在───『竜の魔女』。でも、膨大な量のワイバーンを従える事、サーヴァントを支配下に置いている事……これらを踏まえても、一筋縄じゃいかない強敵だと思う」
「然り。まずそやつが単独で動く事は無かろうて。如何に強き者であろうと、効率良く配下を使っているというのであれば、それなりに頭もキレる輩だろう」
「逆に、下僕任せで本人はたいした事が無ければ嬉しいのですが……。トカゲ女の未来の姿とはいえ英霊をも支配下に置けるとなると、話は簡単には済まないでしょう」
竜の魔女がどれほどの強さを持つのか、実際に見た訳ではないので、今ある情報から推測し、仮説を立てるしかできない。
だが、特異点の主であるのは間違いないのだ。それ相応の実力は持っていてもおかしくはない。
実際、冬木の特異点では黒い騎士王や狂った桜といった難敵揃いだった。ここは違うなんて保証はどこにも有りはしないのだ。
「あとは……厄介なのは魔女ってのが従えてるサーヴァントね。多分だけど、カーミラだけとは限らないんじゃない? こっちだってアタシと蛇女が野良のサーヴァントとして複数で現界してるんだし、向こうにも複数のサーヴァントが居てもおかしな話じゃないわよ」
未だに私に抱きついたままのエリザベートが、意外にも重要な点について述べる。
基本的に残念な発言の目立つ彼女ではあるが、貴族の令嬢として英才教育を施されているのだ。エリザベート・バートリーは賢い系、というのが本来の彼女の姿と言える。
そう、賢い彼女の脳がアイドルと恋愛脳によりスイーツ化しただけで、元々のエリザベートは理知的な女性のはずなのだ。そうであってくれ、お願いします。
「わたくしとしては、気になるのは翼竜よりも屍の兵士ですわね。死んだ者が再び動き出してくるなんて、自然発生はまず有り得ない事です。人為的なもの───そうですわね、呪術師による反魂の術などでしょうか? それを扱えるきゃすたーが敵方には居るかもしれません」
清姫の推測が当たっているとして、竜の魔女がそのキャスターに該当するのか。それとも他のサーヴァントがそうなのか。どちらにせよ、ワイバーンと屍を操れる者が敵に居ると考えるべきだろう。
サーヴァントだけでも厄介なのに、ワイバーンや屍の兵士が雑兵として使役されているのは、果たしてこちらにとっては良い事なのか、悪い事なのか。
生きている人間を相手にしないでもよいだけ、まだマシだと思う事にしよう。でなければ、死人なんて無尽蔵に湧いてくるであろう敵兵と戦わないといけないと思うだけで気が重くなってくる。
「白野殿の属する“かるであ”とやらとの接触は如何に手を打つのかな? 確か、今は手段が無いとの話であったが」
カルデア、か……。出来るものなら、今すぐにでも連絡を取りたいところだが、如何せん手段が無い。
オルガマリーならば所長として或いは───とも考えたのだが、よく思い返してみれば通信はいつも立香を通してだった。
確か専用の通信機を立香たちマスター候補生は持たされていたのだったか? だから、特異点でのカルデアとの通信の手段は、それを持つ立香が近くに居ないと私では不可能。そして、元々オルガマリーは特異点に送り込まれるはずもなかったので、当然ながらその通信機は持っていない。
困った。こちらからは連絡不通、しかも帰れないときた。帰りたくても帰れない。その手段が皆無。
なら、私はどうするべきか?
「……、確かに連絡の手立てはないよ。今はカルデアから助けが来るのを待つしか、帰る方法はないかな。でも、ここに飛ばされてから何日かの日数が経ってる。そろそろ、カルデアから特異点を消し去るためにマスターが派遣されてきてもいい頃合いかも」
時間の流れがどうなのか、カルデアがここの時間と流れを同じにしてくれているのなら、まだ望みがある。
実際、冬木の特異点でもカルデアは私たちの動きをモニターしていたのだから、可能性は有るには有る。それに、特異点に干渉しなければ、その特異点に流れる時間が止まったままというのもおかしな話だ。
もし時間が止まったままであるのなら、放置しても問題ないという事になる。特異点は進行形で変化していくからこそ、人理に致命的な汚点足りうるのだと私は断言しよう。
まあ、時間の流れが完全に同一であるのかは別としてだが……。
「カルデアのマスターがこの世界のどこに降り立つのかまでは、私にも分からないし推測も出来ない。だから、私たちの取るべき動きは二つ」
「二つ、ですか……?」
清姫が小首を傾げて、私の真意を探るべく真っ直ぐに見つめてくる。
「一つは、これまでと同じように竜の魔女からの魔の手をかいくぐりながら、街から街へと巡る事。カルデアが動いているなら、もしかしたら風の噂程度にでも情報が得られるかもしれないからね。もちろん、ワイバーンが街を襲っているなら全力で退けるよ」
目の前で救えなかった街、既に滅ぼされた街。ここに至るまで、多くの街や村を通ってきた。
助けられなかった命も、数知れない。戦力としては不足すぎる私、そして強いと言えども小次郎一人だけではワイバーンの群れに太刀打ちできなかった。
けど、今はエリザベートも、清姫だって居るのだ。サーヴァントが三騎も居れば、もっと救える命だって、きっと……。
「して、二つ目とは?」
「うん。二つ目、これは可能であればの話だけど……。竜の魔女の配下であると思われるサーヴァントの排除。敵の戦力がどれほどか、まだ分かっていない現状で下手に喧嘩を売るのは愚策だと理解してるよ? けど、どうあれ避けては通れない戦闘なんだし、状況によっては討ち取れると判断すれば戦おう」
出来る限り、まだサーヴァントとの戦闘は避けたいのが本音だ。現状、分かっているのは敵にカーミラが居るという事だけ。無謀な喧嘩をふっかけて、もし勝てたとしても竜の魔女から要らぬ注目を集めたくない。
最悪の場合、過剰なまでの戦力を私たちに向けられてしまう恐れがある。本腰を入れて戦うなら、カルデア陣営と合流してからのほうが良いだろう。
だからこそ、可能であれば、の話なのだ。それに何もデメリットばかりではない。敵サーヴァントを討ち取れたら、敵戦力に大幅な痛手を与えられるのだ。チクチクと徐々に敵戦力を削っていくというのも、立派な戦術の一つと言えるはず。
私の二つの方針を聞いて、三人は特に異論も無いようで、私が視線を送ると頷いて返してくる。
「じゃ、方針も決まったコトだし、動き始めるとしましょう? で、どこから行くのかしら子リス?」
「わたくしとトカゲ女も街で情報収集をしていたのですが、これまでそれらしき話は聞いておりません。ですので、ここは一度来た道を引き返すというのは? もしかすると、わたくしたちの通った後で、かるであの方々も現れ、こちらを目指し始めているかもしれません」
……ふむ。確かに、私たちがこちらに向かう間に、立香たちがあっちに降り立っていたかもしれない。
戻る、というのも良い選択肢の一つかも。
「よし、じゃあ清姫の案を採用します。またしばらくは長旅になると思うけど、よろしくね」
「なに、こう見えて私は元々は百姓の子であったのだ。足腰は畑仕事で鍛えられているので、心配は不要」
「ええ。わたくし、蝶よ花よと愛でられてきた身ではありますけれど、こう見えても旅は好きなのです。旅は良いですわよ……? だって、道中では素敵な発見で満ち溢れていますもの」
うん。深追いはしない。追及もしない。清姫のそれは、アレでしょ? 安珍の、ね? 絶対にそうでしょう?
でも、よく追跡中にそんな余裕があったなぁ……とも思うので、もしかして単に本当に旅行好きなのかな?
「ああ……思い出されますわ。安珍様を追って訪れた道成寺───あの日のことが……うふふふふふふふふふ」
「…………、行こうか?」
そういえば彼女、バーサーカーだった。価値観もだけど、思考回路がまず普通とは違うのだろう。
もう、この話には触れないようにしよう……。藪をつついて蛇どころか竜が飛び出しかねない。
私の漂う哀愁感を察してか、小次郎も、エリザベートも、私に倣い清姫から目を逸らして歩き出す。
それに気付いていないのは、遠き日の思い出(?)に想いを馳せながらもしっかりと付いて来るあたり、流石は日本古来よりの元祖ヤンデレストーカー系サーヴァントな清姫だけであった。
白野たちがエリザベート、清姫と合流した頃。カルデアでもようやく動きがあった。
第一の特異点、過去のフランスであり、百年戦争の舞台でもあるオルレアン。
シバに観測された年代や土地から考えても、歴史背景はちょうど百年戦争の真っ只中であると推測される。
「さて、今回で我々“人理保障機関カルデア”としては、人理修復のため二度目となるレイシフトだ。先の修復された特異点である冬木も相当に過酷な世界だったが、今度もそれに比肩しうる、もしくはそれ以上に過酷な戦いになるという覚悟をしておいてほしい」
管制室に集まったのは、カルデア唯一にして人類最後のマスターである藤丸立香。
そのサーヴァントであり、人間と英霊が融合したデミ・サーヴァントでもあるマシュ・キリエライト。
オルガマリー不在のためにカルデアの全権限を一時預かりとなったDr.ロマン。並びに彼を補助するためにコンソール前に詰めたスタッフたち。
そして、見送りのためにわざわざ自身の工房から珍しく足を伸ばした、万能の天才ことダ・ヴィンチちゃんだ。
演説がましく口上を述べるロマンだったが、真剣に耳を傾ける若輩二名と、それとは対照的に冷やかすように斜め後ろからヒューヒューとヤジを飛ばすダ・ヴィンチちゃん。
わざとらしい咳払いをして、ロマンは続ける。
「現時点で正確に観測出来ているのは、最初にカルデアスに浮かび上がった第一の特異点だ。時代と土地とを照らし合わせて、おそらくはフランス。それも百年戦争が行われている時代だと推測されている」
「百年戦争……聞いた事があるような、無いような?」
「先輩、百年戦争と言えば、かのフランスが誇る世界にも名高き聖女、ジャンヌ・ダルクが活躍したとされるものだったかと」
疑問符を浮かべる立香だったが、マシュがここぞとばかりに挙手をして説明する。なるほど、と頷いて返す立香に、マシュは少し満悦そうに息を吐いた。
「そうだ。世界で最も有名であろう聖女ジャンヌ・ダルクが後に処刑されるキッカケにもなった戦争さ。とはいえ、そのジャンヌ・ダルクも今では復権され、汚名は返上されている。けれど、それは現代においての話だよ? レイシフト先の時代が時代だ、もしかすると生きたジャンヌ・ダルクに逢えるかもしれないが、彼女が魔女と呼ばれている頃である可能性も考慮するべきだね」
と、マシュの説明に対し、特異点での場合を踏まえた補足をするダ・ヴィンチちゃん。マシュもまた、その懸念が抜けていたのか、ハッと顔を彼女に向ける。
「聖女ジャンヌ・ダルク。今でこそ聖人に数えられてはいるが、当時はまだ、彼女を魔女と呼ぶ者も居るだろう。その人となりは不明だけど、もし彼女と遭遇する事があり、そして行動を共にする事があっても、その事は頭の片隅に常に置いておくんだ。キミたちと違い、現地人にはその区別が無いだろうからね」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、立香とマシュは最悪の場合を想定する。
特異点の原因とは何ら関係ない現地の住人が、ジャンヌ・ダルクと行動を共にしていると知っただけで、自分たちに牙を剥く。言わば一般人である彼らと戦う訳にもいかず、戦うとしてもサーヴァントであるマシュはともかく、普通の人間である立香などは袋叩きに遭う危険だってある。
無論、罪無き人々と一戦交える気は、二人にも毛頭ない。
ダ・ヴィンチちゃんはそれを理解した上で、立ち回り方に気を付けろ、と暗に警告していたのだ。
ダ・ヴィンチちゃんの言葉の意味が理解出来ない程、二人は落ちぶれてなどいない。その真意を汲み取り、こくこくと頷く二人に、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうに微笑んだ。
もう一度の咳払いの後、ロマンが説明を続ける。
「今回のレイシフトなんだが、立香くんとマシュには申し訳ないけど……二人だけでのレイシフトになる」
「え? アルテラはどうしたんですか?」
立香は当然ながら、彼女も一緒に来ると思っていた。何せ、彼女の主人である白野が行方不明なのだ。もしかするとレイシフト先の特異点で見つかるかもしれないというのに、そのアルテラが来ないというのは疑問でしかない。
そんな立香の問いに答えたのはロマンではなく、ダ・ヴィンチちゃんだった。
「アルテラの霊基は未だ修復が終わっていないのさ。ちょっと調べてみたんだけど、彼女の霊基は通常のサーヴァントとは少し異なる点が幾つか見つかってね。詳しくは省くが、現状カルデアの設備だけでは完全修復は無理。とてもではないけどレイシフトさせて、そして戦わせるなんて不可能だ。それこそむざむざ死なせに行かせるようなものだよ」
説明の間、ダ・ヴィンチちゃんは悔しそうにそれを語っていた。
いつでも明るく前向きな彼女が、だ。
アルテラは、ボロボロの霊基でありながら、それでも白野捜索のためにレイシフトに同行を希望した。自身が消滅してしまうかもしれないというのに、彼女は自分よりも白野を優先しようとしたのだ。
それをダ・ヴィンチちゃんがどうにか説得し、納得させたのであるが……。ダ・ヴィンチちゃんにしてみれば、アルテラの痛切な想いを無理矢理にねじ伏せたようなもの。だからこそ、悔やまれるのだろう。
自らが彼女の霊基の修復さえ終えられたら、行かせてやれたのに、と。
ダ・ヴィンチちゃんの説明に、残念そうにしながらも、立香は納得する。特に何も言わず、黙ってその話題を切り上げる。
アルテラの分まで自分が頑張る。白野を絶対に助けてみせると密かに決意して。
「それでは、これよりレイシフトを開始する。現地に到着次第、またこちらから連絡するよ。特異点にレイシフトさえしてしまえば、君たちを基準にこちらもモニターしやすくなるからね。白野ちゃんや所長の反応も運良く拾えるかもだ」
レイシフト準備のため、コフィンに搭乗する立香とマシュ。
過去のフランスで何が待ち構えているのか。白野と所長はそこに居るのか。
様々な思いを胸に、レイシフトは実行される。青い光に包まれ、光の先に見えたものとは───。
ふと、光の先に出る直前で、視界の端に白いモフモフが見えたような、そんな気がした立香であった。
走る。
走る。痛む体を引きずりながら、それでも足を止めることなく走り続ける。
もはや走れているのか、それすらも分からないけれど。
それでも、歩みだけは前へ。
「……はぁっ、はぁっ」
傷は決して浅くはない。抉られた脇腹から血が流れ落ちていく。放置して良いものではないが、今は治療している時間が惜しい。
無様に、滑稽に逃げている今の私の姿を見たら、かつて我が旗の下に集った彼らはどう思うだろう。
余計な思考が頭を過ぎる。
頭を振ってそれを追い出す。逃げることも戦術だ。形勢が不利な上に、守るべき民は近くに居ない。ならばこそ、今は活路を見出すためにも、この命を繋がなくてはならない。
今こうして、私がここに居ること。それにはきっと、何か意味があるはずなのだ。
敵へと勇敢に立ち向かう事、または無謀に挑む事。それらを今すべきではない。それは、私の背に守るべきモノがある時だけにする事。
なぜ、私はここに立っている?
それを考えろ。戦って、そのまま簡単に死んでしまうのは、きっと良くない。
為すべきこと、それを見つけないままに死ぬのは、まだ早い。
そうだ。だから、逃げる。なりふり構わず、走る。
気を抜いたら、そこで終わる。
だって、それを見逃すほどに
「血を。血を! 血を!! 流れ出るその清らかなる血を以て、この大地を満たせ! 貴様が死に絶えたその時こそ、我が内を支配する狂気は消え去るのだから!!」
振り返り、絶叫を上げる男を見る。
蒼白な肌、ぎらついた瞳。長い髪を揺らし、走る勢いはまるで衰えを知らない。
その手にしている槍は、私の血で僅かに赤く濡れていた。
私は、彼を知っている。正確には、今よりはまだ理知的で理性的であった頃の彼を。
「くっ……しつこい!」
不意打ちで受けた傷が痛む。これさえ無ければ、まだ追跡を振り切る事も出来たであろうに。
彼は、私の姿を見失う事は決してない。流れた血が、私へと通じる道標となっていたからだ。
「諦めを知る事だ! 今の貴様ではサーヴァント相手にまともに戦えまい。聖女よ、貴様が聖人であるのならば、我らに慈悲を与えてみよ! すなわち、貴様の死こそが我らへの慈悲であり、救いとなるのである!!」
理路整然としているようで、その実まったくの暴論。
誰かに死を求める慈悲など、有って良いはずがない。我らが主の名の下に、それを許して良いはずがないのだ。
まるで血を求める悪鬼のように、彼はひたすらに私を追う。さながら、その姿は血に飢えた吸血鬼のようである。
吸血鬼───世界で最も知られるのは、ドラキュラ伯爵。そして、そのドラキュラ伯爵にはモデルとなる人物が存在した。
ワラキア公国の王にして、当時最強と謳われたオスマン帝国の侵攻を幾度も阻んだ、護国の大英雄。
敵国の兵を見せしめのように串刺しにして、西欧においては悪魔とまでに称された男。
その者の名を、『ヴラド三世』。
そう、今、私を追っているこの男こそ、ヴラド三世その人である。
「汝に死を! 我らに救済を! 魔女の支配から解放されるのであれば、喜んで貴様を殺そう!!」
もはや理性など飛んでいる。彼は全身を、心さえも狂気に蝕まれてしまっている。
おそらくは
「クハハ! そうである、王侯貴族とは狩りを嗜むものだ。ならば、良かろう。貴様は獲物だ。余は狩人だ。これよりは、余と汝、それすなわち狩る者と狩られる者である! さあ、死を与えようぞ! 苦痛なく殺してやるとも!! 泣いて喜ぶがいい、世界に名高き救国の英雄────
───聖女ジャンヌ・ダルクよ!!」