Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第四節 傷ついた聖女

 

 

 

 地に立つ。強く足を踏みしめる。

 

 肌を撫でるそよ風、風に乗って香る土と草の香り。

 

 前回の否応なくであったレイシフトとは違い、今回は覚悟と気持ちの準備も出来ていた上での転移なので、前ほどの驚きはない。

 けれど、やはり立香は未だ慣れない不思議で未知な感覚で、心と身体とが共に満たされていた。

 決して心地良くはない。だからといって不快でもない。何とも表現の難しいこの感覚をどのように表現したものかと考えていると、カルデアからの通信が入り、意識が現実へと引き戻される。

 

『聞こえるかい? 聞こえるなら返事をしてくれ』

 

「はい。こちら藤丸立香、特に異常はありません」

 

「マシュ・キリエライトも同様です。無事、特異点へのレイシフトに成功しました」

 

 立香とマシュの返答に、通信越しでロマンが安堵の息を漏らす。レイシフトの手段が確立しているとは言えど、不測の事態は有って然るべき。故に不安感は拭えないのだろう。

 

『無事に到着したようで良かった。いや、こちらでも二人のバイタルチェックは並行して常に行っているんだけど、やっぱり声を聞いておかないと安心出来なくてね』

 

 と、ロマンが言い終わると、今度は音声だけでなく映像───ホログラムが浮かび上がる。仕様上、通信相手の胸元までしか映らないようになっているらしい。

 想定外のレイシフトだった冬木では、装備も設備の用意もままならなかったが故に、映像も雑にしか送れず、このようなホログラムも投影出来なかった。

 虚像ではあるが、ロマンの姿をこうして見る事が可能というだけで、たった二人で現地に派遣された立香たちにすれば、多大な心の安らぎと言えた。

 

 半ば胸像の映像と化した彼は安堵したのも束の間、すぐにスタッフへ指示を飛ばし、立香たちの現在地を確認させる。

 

『現在地は……ドンレミ村、の近辺か。ドンレミ村と言えば確か───ジャンヌ・ダルクの生まれ故郷だったかな? 近くに何か見えるかい?』

 

「近くに……林、いや森? とりあえず木々が生い茂ってるのが見えます。村は視認出来る範囲にはありません」

 

 村の近くに降り立ったとは聞いたものの、彼らの視界には森林と草原しか映らない。民家は無ければ、人気すら感じられなかった。

 動物の気配も無い。小動物は疎か、鳥でさえも空には見当たらなかった。

 

 自然の息吹はある。だというのに、そこに住まうものは何一つ存在していないかのような、奇妙かつ不気味な違和感。

 その違和感を、立香もマシュも、目と肌で如実に感じ取っていた。

 

「静かすぎる……」

 

「はい。わたしも、カルデアのライブラリで外の世界がどういうものかは学んでいるので、ある程度は知っています。こうして大自然と呼ぶべき環境に初めて足を踏みしめて少し感動していますが、でも何かが違うような気がしています」

 

『生体反応も確認できない。付近には植物以外の命が居ないようだ。……どういう事なんだ?』

 

 静寂が支配する中、何か、僅かでも構わないから、生物の存在を確かめようと辺りを見回す立香。

 その視界の端に、チラリとフサフサした毛先が映る。

 

「いた、生き物!! ……って、フォウくん!?」

 

 期待して追った視線の先に、ちょこんとお座りの姿勢で彼を見つめるフォウの姿が。どうやら、コフィンに潜り込んで一緒に転移してきたらしい。

 素知らぬ顔でマシュの足を伝って彼女の肩まで登り詰めると、小気味良く一鳴き。

 

「フォウ!」

 

「フォウさん、まさかまた特異点に付いて来てしまうなんて……。ですが、今回のレイシフトはコフィンに搭乗した上での正式な転移です。わたしたちのどちらかと一緒に登録されて転移した訳ですし、わたしたちが帰還すれば自動的にフォウさんも帰還できるでしょう」

 

「そういうものか……?」

 

 ならば、無事に帰還しなければと気持ちを改めて引き締める立香とマシュ。

 と、フォウの存在で話がズレたが、結局のところ付近に原生の生物は確認できなかった。

 

『ふむ、生態系に何らかの影響が及んでいるのかもしれない。これは現地住民が居るのかすら怪しくなってきたぞ。というか、フォウ!? また特異点に付いて行っちゃったのか……』

 

 周囲のスキャンを行っていたカルデアから、立香の端末にデータが送信されてくる。

 西暦にして1431年。ちょうど百年戦争の真っ只中で、ジャンヌ・ダルクが処刑された年でもある。

 

「生きたジャンヌ・ダルクには会えそうもないか。少し残念だな」

 

「そうですね。聖女と呼ばれるお方の人柄がどんなものか、少しですがわたしも興味があったので、お会いできなくて残念です」

 

 残念。そう言って、気分を紛らわそうと上を向いた二人。そこに、思いもしない光景が広がっている事を知らなかった二人は、驚愕の光景に呆然となる。

 

『ん? どうしたんだい、空を見上げてポカンとしちゃって』

 

 二人の様子に対し、呑気な風に問いかけるロマンだったが、二人揃って彼の言葉に即答できなかった。

 真面目なマシュでさえ、目を見開いて空をただただ見つめている。

 

「……ドクター、映像を送ります。確認、してください」

 

『……? どれどれ───なんだ、これは』

 

 立香が翳した端末から、空の映像を見たであろうロマンも、二人同様に絶句する。

 

 空に、大きな穴が開いていた。

 穴というよりは、とてつもなく巨大な光の帯で輪が作り上げられており、それによって穴が開いているように見えるといったほうが正しいか。

 

『光の輪……いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……? 何にせよ、とんでもない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズか……?』

 

 北米大陸と同じくらいの大きさ。それがどれほどのものか、想像するだけで圧巻の一言。

 あの光の輪は、神々しくも不気味な存在感を放ち、空に鎮座し、下界全てを見下ろしている。

 

『ここで唐突に割り込みのダ・ヴィンチちゃーん! だぜ? いやー、何とも不可思議な現象が起きてるね~』

 

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 突如乱入したダ・ヴィンチにより、ホログラムの映像がロマンから彼女へと切り替わる。

 万能の天才、万能の叡智を自称する彼女からすれば、目の前の謎は大いに興味をそそるものなのだろう。

 

『アレが魔術式によるものか、それともレフの言う人類史の焼却に伴って発生した自然現象なのか、はたまたその副産物であるのか。それはまだ分からない。ともあれ、1431年にこんな現象が起きたという記録はないんだ。まず間違いなく、未来消失の理由の一端だろう。アレについては私やロマニで解析を進めておくから、キミたちはひとまず気にしなくていいよ?』

 

 張り切って鼻息を鳴らすと、先程乱入してきた時のように、唐突に映像から姿を消したダ・ヴィンチちゃん。

 そして少し間を置いて、再びロマンが映像に現れる。心なしか疲れた顔をしているように見えた。

 

『というワケだ。なので、君たちは現地調査に勤しんでほしい。まずは霊脈の確保だね。召喚サークルを設置できれば、現地でサーヴァントを召喚できるかもだ』

 

「了解です」

 

『それじゃ、健闘を祈る。こちらも完璧ではないけど、モニターしているから、何かあればすぐに報せるよ』

 

 通信が切れ、再び静けさが戻ってくる。

 聞こえるのは、弱々しくそよぐ風の音。そして立香とマシュ、微かに聞こえる互いの息遣いだけ。

 

「では、行きましょう先輩。霊脈の確保、そして現地住民との接触を図る事。これらが急ぎ片付けるべき仕事です」

 

 張り切るマシュの姿に、立香は自然と緊張が解けていく。さっきまでの、レイシフトした直後の不思議で未知な感覚は、既に薄れ始めていた。

 

「ドンレミ村の近くって言ってたよな。なら、その村から行ってみよう」

 

 見える範囲に家屋は無いが、もしかしたら移動すれば見えてくるかもしれない。

 早速、端末からデータを引き出し、この時代の地図を展開する。地図によれば現在地から少し北東に進めば、村のある場所にたどり着けるらしい。

 

「よし、行くか!」

 

 

 

 

 

 

 歩き始めて十数分、ようやく遠目でも家屋の立ち並ぶ村らしきものが視界に入る。

 しかし、近付くにつれ異変に気がつく二人。

 

 叫び声が絶え間なく聞こえてくる。煙などは上がっていないので、火事では無さそうだが、村が盗賊に襲われているという事もあり得る。

 

「急ごう、マシュ! 村人たちが心配だ」

 

「了解しました。走りましょう、先輩!」

 

 意見が合致し、村へ急行する立香とマシュ。叫び声は大きくなる一方で、村の入り口に到着してようやく逃げてくる第一村人に遭遇する。

 

「どうしたんですか!? 何があったんですか!?」

 

「あ、ああ……ば、化け物だ。化け物が、出たんだ……!」

 

 状況を尋ねようにも、完全にパニックに陥っており、村人らしき人物は同じ事を何度も繰り返し口にする。

 

「落ち着いてください。化け物とは一体どのような?」

 

「あ、あの男は、化け物だ……。一度槍を振っただけで、まとめて何人も殺されちまった。貫いて殺したとかじゃねぇ……。一振りで、何人もの胴体が上下に分かれたんだ……。あんなの、人間にできる所業じゃねぇよ……!!」

 

 男、そして槍。化け物が人間の姿をしているのなら、立香にはその化け物に心当たりがあった。

 槍を主武装とする英霊、すなわちランサーのクラスのサーヴァント。

 冬木で見たランサーは狂化されていたが、その武勇は凄まじく、能力は狂化など関係なく苛烈極まるものだった。

 

 断言はできないが、怪物とやらがサーヴァントである可能性は否めない。だが、もしサーヴァントだったとして、またしても英霊が召喚されている事になる。

 その場合、敵がサーヴァント一騎だけとは限らない。ランサー以外のクラスも現界している可能性も考慮しなければならないだろう。

 

「マシュ、サーヴァントとの戦いになるかもしれない。覚悟だけはしておいてくれ」

 

「……はい。戦闘準備、既に完了しています。いつでも行けます、先輩!」

 

 村人に隠れているよう伝え、騒ぎの音が大きな方向へと進む立香と、彼を即座です守れるよう盾を構えながら先行するマシュ。

 

 少し進んで、曲がり角から一人の女性がいきなり前方に飛び出してきた。

 金の髪をたなびかせ、軽めの甲冑に身を包み、身の丈よりも大きな旗を抱えて、荒い息を吐きながら走る、二十歳にも届かないくらいの女性。

 

「……ッ!!」

 

 彼女も、この時代にそぐわない装いに身を包んだ二人に気付き、一瞬身構えるが、すぐにまた走り出し始める。

 まるで、異邦の二人組よりも恐ろしい何かから逃げているかのように。

 

「あなたたちも早くこの場から退避を! ()()は私一人で引き受けます!」

 

 逃げろ、と叫び立香とマシュの間を走り抜ける女性。訳も分からず、彼女の後ろ姿を見送るのも束の間、次の瞬間には()()の正体が姿を現す。

 

「逃がしはせぬ! 逃してなるものか! その命、我らが呪縛を解くための供物である!!」

 

 女性に遅れて現れたのは、血の気の失せた細身で背の高い男だった。

 長い金の髪をたなびかせ、手には血濡れの槍を携えて、獣の咆哮の如く怒声上げている。

 

「先輩……!」

 

「ああ、走るぞ!!」

 

 現れた男。彼は明らかに普通ではない。その姿を目にして、立香の頭にとある単語が過ぎる。

 冬木の地で見た、人間ならざる超上の存在。かつて存在した英雄の再現であり、魔術世界において最も高位の使い魔───“サーヴァント”。

 

 立香とマシュは、先に走り去った女性と同じ方向に、すぐさま走り出す。

 

「先輩、もしかすると彼が───」

 

「多分、そうだと思う。村の入口で会った人が言ってた事を踏まえると、あの男には当てはまる節がある」

 

 だが、そうだとしても疑問なのは、何故彼は先程の女性を追っているのか。

 彼女を追っているとして、このまま彼女だけに任せきりにして見殺しになんて、立香に出来るはずもない。

 ならばこそ、彼女に追いついて守る必要がある。

 

「問題なのは、こっちには戦闘要員がマシュしか居ないって事だな」

 

 せめて、あと一騎。戦力が補強出来れば、まだ彼女を助け、こちらも助かる可能性が高くなるのだが……。

 

 男はやはりサーヴァントなだけあり、次第に立香たちとの距離が縮まりつつあった。幸い、女性の姿も視界に入っている。

 彼女の走った後には血の跡が作られており、どうやら負傷しているらしく、この逃走劇は長くは続きそうもない。

 女性に限界が来れば、サーヴァントの格好の的である。その前に、あのサーヴァントをどうにか撃退する必要があった。

 

『立香くん、マシュ! 状況はこちらでもモニターしているよ。君たち───というか、あの女性を追っている男は間違いなくサーヴァントだ! それとどういう訳か、その女性からもまたサーヴァントの魔力を感知した』

 

『付け加えれば、明らかに彼女は正常で、後ろのが異常だね。数値も通常のサーヴァントのものとは違う点が幾つか有る。敵の敵は味方と言うだろう? なら、彼女を助けるのは私たちにとっても都合が良い。彼女の素性はまだ不明だけど、手を貸して損はないかもだぜ?』

 

 ロマニとダ・ヴィンチちゃんからの通信が入り、前を走る女性もサーヴァントである事に立香は少し驚いたが、それでもやるべき事は変わらない。

 女性の走る速度が落ちてきており、傷は思ったよりも深いのかもしれない。だが、サーヴァントだったからこそ、傷を負いながら逃げ続けられたのかもしれない。

 

 走りながら、前を走る彼女に聞こえるように立香は声を張り上げる。

 

「待ってください! 俺たちは人理を守る為に来た者です! 後ろのサーヴァントを倒すために、俺たちと共闘してくれませんか!?」

 

 負傷していると承知の上で、そう声を掛けた。彼女の傷の具合がどうであれ、走れるだけの余力があるなら、傷の治療さえしてしまえば、まだこちらにも分はある。

 準備してこの特異点へとやってきた立香。カルデアのマスターとして魔術礼装を身に付けている今回は、制限こそあれど、簡単な魔術の行使も可能である。

 

 立香の呼びかけに、女性は立ち止まり、くるりと身を翻す。

 驚きを隠せないといった顔で立香を見るのも束の間、すぐさま旗を構えると、

 

「どなたかは存じませんが、助力いただけるのはありがたい事です。ならば、共に彼を打ち払いましょう。私のこの霊基がどこまで持つかは分かりませんが、全霊を尽くし戦うのみ!」

 

 宣言と共に広げられる大きな旗。不思議と、あの旗を見ているだけで力が湧いてくるような感覚を立香は覚えていた。

 

「マシュ、彼女と共闘する! 反転して敵を迎え撃つぞ!」

 

「はい、マスター!」

 

 立香の指示に、マシュは反転と同時に盾を構える。既にかなり接近されていたようで、僅か数秒と待たずして槍は盾に届き、甲高い金属音を鳴らせて弾かれた。

 

 突然の防御姿勢で槍を防がれ、敵サーヴァントは一瞬面食らったようにのけぞるが、何事もなかったように体勢を整え直すと、歪んだ笑みを浮かべて槍の穂先をマシュへと向ける。

 

「邪魔立てするならば、そのか細い肢体を我が槍で穿つのみ。若い女、それも少女の血ともなれば、さぞ美味であろう。我が槍が疼いているぞ、早く貴様の血を啜らせてくれ、とな……?」

 

 さながら、映画に出てくる吸血鬼のような台詞を男が吐く。青白い肌も相まって、立香には彼が本当に吸血鬼のように見えた。

 

「マシュ、攻撃は彼女に任せ、君は防御に徹するんだ! こちらは守りを固める。だから、あなたは盾を陰にして攻撃に転じてくれ!」

 

「盾のサーヴァント……ですね。分かりました、では遠慮なく隠れさせていただきます」

 

 マシュが盾を展開し、敵の攻撃を防ぎつつ、隙を見て女性が敵に攻撃を加える。

 マシュも単に盾を構えているだけではなく、敵の動きに合わせてシールドバッシュを交えて防御と同時に体勢崩しを狙っていく。

 マシュの動きに合わせるように、女性も怯んだ敵の隙を狙いつつ、同様にマシュにも発生した隙をカバーするように牽制の攻撃を放つ。

 

 初めて会って、互いの力量もまだ計れていないというのに、不思議な事に何故か上手く連携出来ていた。

 いや、連携出来ているのは、偶然ではなく、女性が上手くマシュに合わせてきているのだ。

 初対面でこれほどの動きが出来るというのは、よほど相手を気遣って立ち回れる証であると共に、相応の戦闘技術をこの女性は持ち合わせているのだ。

 

 立香にしても予想外の連携ぶりに、相手もまた同じだったらしく、思ったように攻撃が通らない事でその動きにも焦りが見え始めていた。

 

「何故、殺せない!? 何故、まだ生きている!? 我が槍だけでは足りぬというのか!!?」

 

「退け、狂気に取り憑かれたワラキアの王よ! こちらの援軍はすぐそこまで迫っている! 彼女こそは先駆けて助太刀に来た援軍の一人! 貴公とて、ここで無様を晒したくはないだろう!」

 

「戯言を。たとえ多勢に無勢であろうと、我が槍で貴様ら全てを抉り貫き殺すのみ。我が栄光は、貴様らと我が屍で築き上げた骸の塔である!」

 

 男が吼える。たとえ不利であろうと、向こうに退く気は更々無いのだろう。

 

 そして、女性の言う援軍というのはおそらくハッタリだ。マシュをその援軍の一人と呼んだ時点で、他に援軍は居ないであろう事は、立香もマシュも察していた。

 故に、ブラフが通用しなかったのは、かなりの痛手となる。マシュも女性も、善戦してくれているが、それでもあの男を倒すまでには届かない。

 

 このまま戦いを続けていれば、いずれ綻びが生じるのは明白だった。

 

「まずいな……。せめて、あと一騎サーヴァントが居れば……」

 

 無い物ねだりだと理解していても、“もしも”の可能性を求めてしまうのが人間だ。

 立香は祈るように戦局を見守るしかない己に、力不足と歯がゆさを感じていた。

 

 何か、戦局を変える手立ては無いか。何でもいい。何か、何か───。

 

 その折だった。彼が願った、その()()が訪れたのは。

 

 

 

 

 

『GAAAAAAAaaaaaaaa────ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 金属音を激しく打ち鳴らす中、突然それを遮るように轟く音───否。これは何かの上げる咆哮に他ならない。

 大地を、空気を。全てを震わせる咆哮は、姿が見えないというのに、腹の底から恐怖を湧き上がってこさせる程に重く異様なものだった。

 

 と、咆哮が鳴り止むと、男がピタリと攻撃を止め、それどころか槍を下ろした。

 急にどうしたのか訝しみながらも警戒する三人だったが、完全に戦意を喪失したかの如く、男は槍を消して背を向ける。

 

「残念ながら、憎き我が主君より召集が掛かった。貴様らを殺したいところではあるが、召集は強制。故に戦いはここで終わるとしよう」

 

「………」

 

 本当に撤退するのか。疑念を抱きながらも口を挟まずに男の背中を見送る立香たち。

 やがて、彼は最初から何もなかったかの如く姿を消した。おそらく、霊体化したのだろう。

 

「………ひとまず、危機は去った、のか?」

 

「そのようです。周囲にサーヴァントの気配は感じません。アサシンが居るという可能性もありますが、彼の言葉が真実であるなら、先程の咆哮は彼のみならず他の支配下にあるサーヴァントにも向けられているでしょうから。ひとまず安心していいでしょう」

 

 脅威が無くなり、女性の言葉に緊張の糸が切れる立香。マシュも盾を下ろし、胸を撫で下ろしていた。

 

『敵サーヴァント反応の消失を確認した。本当に彼はそこから去ったみたいだね。いやぁ、それにしても、二人共無事で本当に良かった! どうにかなったみたいで何よりだ。……いや、運が味方したと言うべきかな?』

 

 モニター越しに様子を見ていたであろうロマニ。立香とマシュ、そして女性の無事に安堵しきっているようだった。

 

「遠見の魔術……? と、そうでした。ところで自己紹介がまだでしたね? こちらとしても傷を癒やしたいですし、色々とお聞きしたい事がありますので、どこか腰を落ち着けて話しましょうか」

 

 と、言うや女性は村の外へと向けて歩き出す。話をするなら、どこか家屋でも借りてすればいいのに、と思わなくもないが、彼女なりに何か事情があるのだろうと、立香とマシュは黙って彼女の後を追う。

 

 村を出て、少し行った林の中へと入った三人。ここなら身を隠すにはちょうど良い。負傷者が身を置く場所としては適さないが、敵の目を欺くには十分だった。

 

「それでは。サーヴァント、ルーラー。真名をジャンヌ・ダルクと申します」

 

「ジャ……!?」

 

『ジャンヌ!? ジャンヌ・ダルクだって!? いや待ってくれ、その時代はジャンヌが処刑されて間もない頃だったはず。そんな彼女がこの世界に存在する。それはつまり……』

 

「ええ。私はこの時代、この国の人々にしてみれば、既に死んだはずの人間。生きているはずのない存在です。有り体に言って、彼らからすれば私は悪魔かゴーストのようなものでしょうか」

 

 女性───ジャンヌ・ダルクの名乗りに、立香は目を丸くする。まさか、先程まで共に戦っていた相手が、世界で最も有名な聖女だとは夢にも思わなかったからだ。

 ロマニも同じだったようで、ホログラムの彼もまた大袈裟に驚いていた。

 

「あなたがジャンヌというのは分かった。でも、“ルーラー”って?」

 

「サーヴァントは基本的に七つのクラスが当てはめられますが、例外的なクラスが存在します。それらをエクストラクラスと呼称し、ルーラーはその一つであったかと」

 

『その通り。ちなみに、マシュも該当するクラスが無いから、エクストラクラスだと思われるんだ。盾の英霊だから、シールダー……とか? まあ、断言出来ないから仮のクラス名なんだけど』

 

 マシュの説明に対し、うんうんと頷くジャンヌ。

 

「では、今度はこちらの番ですね。先輩、カルデアを代表してお願いします」

 

「え、俺から言うの? えっと───」

 

 突然の指名にしどろもどろになりながらも、立香は自分たちについてジャンヌへと説明を始める。

 拙い内容になっていると自覚しながらも、それを茶化すような事もせず、ジャンヌは真剣な眼差しで、立香の話に耳を澄ませていた。

 

 一通りの説明を終え、一息つく立香。ジャンヌは聞き終えた情報を整理するためか、目を閉じて黙り込んでいる。

 

『……情報をまとめているところをすまない。ジャンヌ・ダルク、一つ聞きたい』

 

「……何でしょうか」

 

『君、もしかして本調子じゃなくないかい? 魔力反応もだけど、こちらで観測した君の霊基はその数値があまりに低い。さっきサーヴァントが異常な数値を示しているのとは逆の意味で異常だと言える』

 

 ロマニの指摘に、ジャンヌは彼のホログラムから目を背ける。まさしく、彼の指摘が図星であったためだ。

 

「……確かに、今の私は本来の力の一割程度しか、性能を発揮出来ていません。私がここに召喚された理由も不明な上に、()()()()()()()()()()()のです。残念ですが、正確な理由については私もお答え出来ません」

 

『そうか……。ジャンヌ、君はこの世界について、どこまで把握しているんだい?』

 

「詳しい事は何も。あの村は私の生まれ故郷なのですが、あそこにも何か情報が得られないかと足を運んだのです。ですが、まさか敵のサーヴァントと遭遇するなんて……。彼は私だけが狙いだったので、村人には退避するよう指示を出し、被害は大きくありませんでしたが……それでも死者を出してしまった。それが悔やまれてなりません」

 

 あ、と思い出す立香とマシュ。最初に会った村人が言っていた、槍の一振りで殺された数人の犠牲者の事を。

 

『ふむ……。ところで、先程のサーヴァントが撤退する直前に聞こえた、あの大きな咆哮。それにも心当たりは無いのかな?』

 

「……分かりません。ですが、アレは召喚されてからも何度か耳にしました。おそらくは竜種のものかと」

 

 竜種。その言葉に、ロマニだけでなく、マシュでさえも目を見開き、唖然となる。理解が及んでいないのは立香ただ一人のみだ。

 

『竜種だって!? それは、つまり、ドラゴン!?』

 

「この世界には、本来この時代に居るはずのないワイバーンが存在しています。それも数え切れない程に。もしかすると、それらをまとめているドラゴンが潜んでいるのかもしれません」

 

 ワイバーンにドラゴン。どちらも物語の中でよく登場するモンスターだ。立香とて、これまでそういったマンガやゲームにも幾度となく触れて、その存在がどういうものか大体は理解しているつもりだった。

 だが、ロマニの驚きようから考えを改める必要があると思い直す。おそらく、サーヴァントに匹敵する超上の生物なのだろう、と。

 

「竜種……。あの咆哮が何によるものかは不明ですが、ドラゴンに遭遇する可能性も考慮しなければなりませんね、先輩」

 

『それだけじゃないよ、マシュ。敵にサーヴァントが居て、おそらくは先程の咆哮の主との関わりもあると見て間違いない。ジャンヌも万全ではなく、マシュもまだ未熟───やっぱり戦力増強が望ましいね。立香くん、早急に霊脈を確保してくれ。もしくは、ジャンヌのように味方となってくれる英霊が他にも召喚されていると仮定して、その時は彼らを仲間に引き入れるんだ』

 

 霊脈の確保が何より優先事項として、ジャンヌとの情報交換は終了となる。

 

 ジャンヌの傷は浅くはなく、よくその状態で戦闘を続行出来たと言える程だった。現在は立香の魔術礼装による応急処置で回復し、疲れが溜まっていたのか、死んだように眠っている。

 

 時刻も、もうすぐ夜になる。あれから敵の襲撃はなかったが、ジャンヌの証言通りワイバーンが空を飛んでいるところを、立香とマシュは目撃していた。

 

「……静かだな」

 

「はい……。もしかすると、動物が見当たらないのは、ワイバーンに捕食されてしまったからかもしれませんね」

 

『君たちも休める時に休んでおきなさい。とりあえずジャンヌが起きるまではマシュが見張りをするといい。立香くんはマスターとして、いつでも行動出来るようにすぐ休むように。こちらでもモニターしているし、周囲に異変があればすぐに報せるから安心してくれ』

 

 ロマニの言葉に頷くマシュに甘えて、立香も少し横になる。

 ジャンヌ・ダルクとの邂逅、敵性サーヴァントとの遭遇、ドラゴンやワイバーンの存在……。色々な事を頭の中で反芻させて、立香は眠りへと落ちていく。

 果たして、この特異点の元凶とは何なのか。そして白野とオルガマリーはこの特異点に居るのか。

 

 意識はいつの間にか、完全に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その白野はと言えば───。

 

「今日こそはアタシがディナーを振る舞うわよ、子リス!」

 

「いけない、それはいけない! エリザに料理をさせてはいけない! 小次郎、全力でワイバーン肉を死守! 小次郎が止めている間に清姫が晩御飯を用意して!」

 

「承知。という訳だ、エリザ殿。悪いが、あの肉には手出し無用。どうだ、ここは一つ私と得物を打ち合うというのは。なに、腹ごしらえ前の運動と思っていただければ結構」

 

「仕方有りませんわね。わたくしも、ゲテモノ料理なんて食べたくありません。ではご指名いただいた事ですし、早速調理いたしましょう。あ、ご安心を。良妻たるもの、料理が出来なくてどうしましょうか。愛情たっぷりのお料理を用意いたしますね、白野さん?」

 

 また違った脅威との戦いを繰り広げているのだった……。

 

 

 

 

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