Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第五節 竜の魔女・種火

 

 どうにかエリザベートの人体破壊料理から逃れた翌日。私たちは現在、来た道を絶賛後戻り中だった。

 ちなみに、昨日の清姫の料理はすごく美味でした。ただワイバーンを焼くだけだった私と小次郎と違い、燻す、蒸す、煮込む、炒める───などといった、あらゆる調理法を清姫は用いて、食卓(と呼ぶにはあまりに簡素だが)に出て来たのは、ワイバーンの出汁が利いたスープだったり、ハンバーグやシチューだったりと、それはもう久しく食べていなかった()()だった。

 あまりの美味しさに、食べた瞬間に思わず涙が溢れた程だ。清姫曰わく、

 

「実はメル友がお料理教室に通っていると聞きまして。これは、安珍様の良妻であるわたくしも負けてはいられない、と一念発起した次第でございます」

 

 と、どこかの誰か(多分、私の知ってる狐耳だと思う)に張り合って、料理の猛勉強中なのだとか。

 美人な上に器量もあって気立てもいい。更には甲斐甲斐しいときた。これらを踏まえて断言する。清姫は間違いなく良妻としての資質を持ち合わせているだろう、と。

 ……が、彼女のヤンデレ気質が見事にそれら全てを打ち消してしまっているのだから、勿体ないにも程がある。

 ……食事中、彼女からの私を見る視線に熱がこもっていたような気がするのは、きっと気のせいだそのはずだ。

 

 

 とまあ、昨晩の夕食事情についてはこの辺で置いておくとして、今のところ敵らしい敵とはまだ遭遇していない。せいぜいワイバーンが時折現れ襲ってくるくらいだ。

 エリザベートと清姫が遭遇したというカーミラの存在が気になるが、いつ襲撃されても良いように警戒だけは怠らない。

 

「………、ぅぅぅ」

 

 エリザベートが竜よろしく唸っているが、どこか体に不調があるとかではない。単に、現状に不満があるというだけだ。

 

「歌いたい! 唄いたい! 何でもいいから歌を唄いたいわ!!」

 

 今にも槍(という名のマイク)に手を掛け、歌おうとするエリザベート。だが、それは許可できない。

 私は涙を呑んで、小次郎にエリザベートを羽交い締めさせる。

 

「あのね、何度も言ってるけど、歌なんて絶対ダメ。ただでさえ目立つ一団なのに、自ら存在を敵にアピールするなんて無謀すぎるもの。今はまだワイバーンだけで済んでるけど、サーヴァント複数が一度に襲撃してくる可能性だってあるんだから」

 

「ぐぬぬ……分かってるわよ、そんなコト! でも、欲求不満なのアタシ! 分かる!? ブラッドバスも我慢してるのに、その上、歌まで禁止とか何それ拷問!?」

 

 それはあなたの専売特許でしょ───と言いたくなるのをグッと堪えて、エリザベートの言い分を却下する。

 私だって、したくて彼女に我慢を押しつけているのではない。決して、エリザベートに歌わせたくないから禁止にしている訳ではないのだ。

 

「ここは素直に諦めるべきであろう、エリザ殿。こちらがサーヴァント三騎と言えど、敵の戦力は未だ不明。更にはいつどこで襲ってくるやも分からぬときた。こちらには分からぬ事が多い以上、迂闊な行動は即死に繋がるだろうよ」

 

「わたくしも白野さんと小次郎さんに賛成ですわね。この身は“ばーさーかー”なれど、わたくしは戦闘があまり得意ではないですので。できれば、なるべく不利な状況下での戦闘は控えたいと思います」

 

 小次郎、清姫からも正論で反論され、エリザベートはぐうの音も出ない程に完封され、ふてくされたように黙り込む。

 なんだか可哀想に思えないでもないが、これは仕方のない事なのだ。

 ……安全が確保できたら、思いっきり歌わせてあげようかな。もちろん、周囲に何も被害が及ばない環境かつ独りカラオケで。

 

「……分かったわよ。確かに敵の本拠地っぽいのが割と近めだし、バカみたいに騒ぎでも起こしたら、あっという間に一網打尽にされちゃうわ」

 

 そう。噂に聞く竜の魔女が拠点としているとされるオルレアン。ここはそこから南に進んだ山中の街、ティエールに向かう山道の道半ばといった所だった。

 ティエールは別名、“刃物の街”とも呼ばれ、武具の生産が盛んな他、スプーンやフォークといった食器類もここで多く作られているらしい。

 

 敵の主な兵力がワイバーンの他に骸骨兵やゾンビなども居るため、ティエールの武具が狙われないかという危険もあった。

 しかし、何故かティエールはあまり狙われていないらしく、行きで通った際も被害らしき被害は見当たらなかった程である。

 何か理由があるのかは分からない。だが、まだこの地方では比較的安全な街と言えるだろう。

 

「それにしても、ワイバーン以外とは全然遭遇しないよね。カーミラも来ないし、ゾンビやスケルトンも出ないし。ティエールも本腰を入れて襲われた事はまだ一度も無いらしいし」

 

「もしかしたら、この地域一帯が山だからかもしれません。刃物の街、つまりその名は鍛冶が盛んであるからこその呼び名なのでしょう。街を囲む山の中に鉱山もあるかもしれません。銀は欧州などでは聖なるものとされているそうですので、魔性に効力があるのでございましょう」

 

 あ~。そういえば、よく聞く話だなソレ。

 吸血鬼とか狼人間は銀が苦手だの弱点だのってヤツ。聖銀……だっけ? とにかく、銀は聖なる力を宿しているという説だ。

 

 海外で広く知られているとはいえ、日本の英霊なのに清姫ったら博識なのね。だがしかし、なるほど、確かに一理ある。

 地域一帯が魔性に効力を秘めているから、魔性の者共はここを避けているのかもしれない、というのは言い得て妙だ。

 

「だが、そうなれば……いずれ全力を以て滅ぼしに掛かるであろうな。厄介な要所をいつまでも残しておいては愚策ゆえにな」

 

「うん。今はまだってだけで、そのうちティエールも襲われる事になると思う。そうなる前に、竜の魔女を倒さないと」

 

 よりいっそう、決意を新たにする私たち。ちょうど同じタイミングで山道も終わりが見え始め、やっと街そのものが見えてきた。

 先を急ぐのも良いが、急いては事を仕損じるとも言う。ここで少し休憩を挟み、旅に向けての食糧や物資調達もしていこう。

 幸い、行く先々でワイバーン退治の謝礼として、この時代での通貨も幾分かあるので、お金にはさして困らないはず。

 

 街へ入り、まずは組み分けをする。食糧を担当するのは私と清姫。物資を担当は残った小次郎、エリザベート。

 この組み合わせには、きちんと意味がある。まず食事情をエリザベートに任せるのは無謀というか有り得ない。もしそれを許してしまったら、後が怖い。

 清姫なら料理も出来るし、旅が好きなら目利きもそれなりに良いとの判断だ。

 それに、基本的に食事が絶対必要なのはサーヴァントではなく、生きた人間であるオルガマリーのみ。それを加味して、私が彼女の身を預かる者として食糧調達班に自らを編入した。

 

 次に、物資調達班として小次郎を選んだ理由だが、彼もまた旅慣れているのか優れた目利きの持ち主である。

 剣士でありながら元々農民の(せがれ)というだけあって、自分たちに何が本当に必要であるのかを見極めるのが上手いのだ。

 流石は作業の効率化に秀でた農民兼、剣という一つの道を究めた侍なだけはあるといったところか。

 

 エリザベートは……まあ、なし崩し的に余った枠に収まっただけなのだが、彼女も貴族として英才教育を受けた身。物事を見極めるだけの眼は持っているに違いないので、何も問題は無い……はず。

 ………、ちょっと自信ないけど。

 

 

 早速、それぞれが目当てのものを探しに街を歩く。目指すは、どんな街でも賑やかであろう食品市場。

 

「~♪」

 

 隣を歩く清姫からは、機嫌の良さそうな鼻歌が。見れば、とても朗らかな笑顔で、私を見つめており、当然ながら目と目が合う。

 

「あら、どうかなされましたか?」

 

「いや、そっちこそ。さっきから私を見てたでしょう? 何かあったの?」

 

 私の問いかけに対し、清姫は首を横に小さく振った。

 

「いいえ。ただ、こうして二人仲良くお出かけするのも、風情があって良いものだと思いまして。何せ、わたくしにとって白野さんは安珍様の生まれ変わり候補。まだ確信を持つには至りませんが、あなた様には魂が感じる何かがございますので……」

 

 やだー。この子、うちのタマモと同じようなコト言ってるぅ……。

 え? なに? そんな何か勘違いさせるような事、あったっけ?

 

 心当たりがまるでなく、何かあったか思い出そうと必死に考え込む私を見ながら、よりいっそう楽しそうに微笑む清姫なのであった。

 

「あ、白野さん。食糧以外にも調理器具なども見ておきたいのですけれども……」

 

「ん? たとえば何が必要なの?」

 

「そうですね………包丁、とか?」

 

 そう言って、意味深な笑顔を浮かべる清姫。

 やめて、色んな意味でその単語とその笑顔は怖いから。nice boatな展開だけは勘弁してください。ただでさえ、身内や知り合いにヤンでデレな気質の人が多いのに、ここでもとかホント洒落にならないから……!

 

「別に取って食べたり致しません。ですが、包丁が欲しいのは本当です。だって、いつまでも小次郎さんの刀に頼ってばかりでは申し訳ないですので」

 

 そういえば、ワイバーンの肉はもっぱら小次郎に斬ってもらっていた。あの佐々木小次郎に、刀を使って何をやらせているんだと文句を言われても、きっと言い返せないだろうなぁ。

 

「ただ……あの硬い鱗は生半可な刃物を通さないでしょうから、解体はやはり小次郎さんにお願いする事になるでしょうか」

 

「肉の調理と解体は別の領域だもんね。まあ、これまでもやってくれてたし、きっと大丈夫だよ」

 

 小次郎には悪いが、引き続きワイバーン肉の解体屋を担ってもらおう。英霊の持つ刀だし、そう簡単に刃こぼれはしないと信じたい……。したら申し訳なさすぎるし、戦闘の際には私たちの命にも関わってくる。

 幸いにして、ここは刃物の街。刃物の扱いに関して学べる機会があるかもしれないので、可能なら忘れないようにしておこう。

 研ぎ方一つで色々と違ってくるかもしれないし。いや、小次郎ならそれくらい心得ていて当たり前だとは思うけど。今後の為というか、後学の為というか。知識を得ていれば、いつかどこかで役に立つかもしれない。

 

 

 清姫の狂気の一端に触れつつも、何だかんだで市場へとやってきた私たち。露天商っぽい出店が散見し、肉以外にも魚や野菜、果物などといった様々な食材が、店ごとに並べられている。

 私たちと同じく、食材を求めてやってきた街の住人たちで市場は賑わいを見せていた。およそ特異点とは感じさせない平和な光景。

 けれど、それは錯覚でしかないと私は理解している。ここに至るまでに、多くの滅んだ村、街を見てきたのだ。問題を解決しなければ、ここもいずれ、同じ結末を迎えるだろう。

 この平和な日常を壊させてはいけない。

 

「……痩せたお野菜ばかりですね」

 

 商品を見て回る清姫だったが、あらかた見終えての一言目がそれだった。目に見えて残念そうにしており、よっぽど期待していたのかもしれない。

 

「時代が時代だからね。今は百年戦争真っ最中なんだっけ? 戦争中は万国共通で一般層が貧困に苦しむものだし。しかも、ここは特異点と化してる。ワイバーンやらゾンビやらが当たり前みたいに外に湧いてる物騒な世界だから、農作物や家畜の生育にも影響があるのかも」

 

「そういうもの、ですか……。自分で言うのも何ですが、わたくし、蝶よ花よと育てられましたので、(いくさ)に関しましてはさっぱりでして……。無智な我が身を恥ずべきばかりでございます」

 

 謙遜しているが、清姫だってなかなかに博識だし、勤勉なんだから気にする必要はないと思う。時代どころか国も違うのだし、分からなくて当たり前なのだ。

 

「知識は追々ついてくるものだよ。今は知らなくても、これから知っていけばいいんじゃないかな?」

 

「お優しいのですね、白野さんは……。やはり、白野さんが安珍様の───」

 

 うっとりと私を見つめる清姫の言葉は、最後まで続く事はなかった。

 それは何故か。理由は簡単、それを遮る事が起こったからに他ならない。

 

「ワ、ワイバーンだぁ!! ワイバーンの大群が来たぞぉ!!」

 

 どこからか聞こえてきた怒号。それを皮切りに、市場が騒然となる。混乱し、逃げ惑う人々。悲鳴が飛び交う中で、私は空を見上げた。

 

「……ぁ、」

 

 まさに大群と呼ぶに相応しく、無数のワイバーンが空を覆うかの如く乱雑に飛翔している。今までに見た群れの比ではない程の物量だ。

 

「清姫、すぐに小次郎たちと合流するよ!」

 

 清姫の手を引き、急ぎ道を引き返す。多分、小次郎たちも別れた地点まで戻るはず。

 運良く、まだワイバーンが街へと襲い掛かる様子はない。だが、それにしては奇妙だ。これまで遭遇したワイバーンに知能らしきものは感じなかったというのに。

 この感じ……何というか、何かを待っているような……?

 

 

 街中がパニック状態に陥り、何度も人にぶつかりそうになりながらも、どうにか目的の場所にまで辿り着く。見れば、既に二人も到着していた。

 

「小次郎、エリザベート!」

 

「子リス! 見た!? あのワイバーンの数!」

 

「空を埋め尽くす程の(おびただ)しい数よな。あれではまるで風情が無くてつまらぬ。景色というものは、かような無粋者なくして見るものだ」

 

 この場の全員が、初めて目にするワイバーンのあまりの物量に、息を呑む。今はまだ襲い掛かってきていないが、それも時間の問題だろう。

 

「……ねぇ。あのワイバーンども、ちょっと変じゃない?」

 

「あら、トカゲ娘でも気付けるとは。やはり余程の不可思議な状況なのですわね?」

 

「こんな時までケンカ売るとかバカなの!?」

 

 この二人の喧嘩はもはや日常茶飯事なので、あえて無視して話を続ける。

 

「確かに変だよね。これまで見てきたワイバーンは、どれも見境無く人を襲ってた。あんな風にずっと旋回してるだけなんて、普通に考えておかしいもの」

 

「……ふむ。すると、この襲撃はこれまでのものとは違う、と?」

 

「多分。もしかしたら、ワイバーンを束ねる者が近くに居るのかも。ティエールは他の町村と違って襲われる機会が少なかった。その理由ははっきりと分かっていないけど、それを潰す意味でも指揮者が直接出向いてきたのかも」

 

 ───だとすれば、それは最悪の事態と言える。私たちが予想したワイバーンの大元、つまり特異点の元凶。それこそが“竜の魔女”。

 

 仮に、もし竜の魔女がティエールに来ているとして、今の時点で私たちに勝算はない。ゼロではない、けれど限りなくゼロに近い勝率だ。

 相手の素性、能力、兵力が分からないまま戦うなんて、無謀でしかない。

 それに、元々はカルデアと連絡を取って、合流してから攻略に移る算段だった。

 

 ゆえに、この襲撃が竜の魔女本人によるものではないようにと祈る私だったが、それを嘲笑うように祈りは無視される。

 

「…………なに、あれ」

 

 ワイバーンの大群が跋扈する空。それが急に中心へ大砲でも撃ち込まれたかのように、ドーナツ状に大きな穴を開けたのだ。

 そこからゆっくりと下へ舞い降りてきたのは、ワイバーンを遥かに超える巨大な体躯を持った竜───漆黒のドラゴンだった。

 

「竜種よ、アレ。アタシの中の血が疼いてるわ。あのドラゴン、多分ドラゴンの中でもかなりの上位種よ」

 

「……あれが西洋の竜。底知れない力を感じます」

 

 竜に連なるエリザベートと清姫だからこそ、あのドラゴンが規格外の存在であるのだと肌で感じたのだろう。

 いや、ドラゴンという存在がまず普通は規格外なのに、それすらも凌駕するドラゴンとはこれ如何に?

 勝てる気がまるでしない。

 

「……お逃げなされよ、白野殿。彼奴はただの魔性に非ず。(それがし)、ただの侍ではあるが、アレの禍々しい魔力は私にでも分かる。下手に手出しするのは得策ではないだろう」

 

「逃げる……? でも、そうしたらこの街の人は───」

 

 きっと、助からない。あの数のワイバーン、そして巨大なドラゴン。あれらが生存者を一人たりとて逃がすとは思えなかった。

 ここで私が逃げれば、確実にティエールは地図から姿を消すだろう事は目に見えている。

 

「致し方ない犠牲となるだろうな。しかし、白野殿の身は一人のものではないはず。その指輪に大切な御仁を仕舞われているのを忘れるべきではなかろうて」

 

 初めて向けられる小次郎の真剣な眼差し。いつも、刀を握った時に見せる剣士の顔。

 そこには一切の冗談も、付け入る隙も存在していない。それは有無を言わさぬ警告だった。

 

「世の中、何事も犠牲とは付き物だ。それに、此度の襲撃は必然であり、我らは偶然居合わせたに過ぎない。ならばこそ、私は白野殿を逃がす事だけに専念するのだ。貴殿らを失うのは、かるであとやらも大きな痛手となるだろうからな」

 

「でも……!」

 

「子リスには悪いけど、アタシもそこのサムライに賛成ね。この街の人間たちは遠からず死ぬはずだった。それがたまたま今だったってだけの話。アタシたちがここにこのタイミングで来た事は偶然よ。構う必要なんて無いわ」

 

「申し訳ありません、白野さん。あなた様をここで死なせたくないと願うわたくしを、どうかお許しくださいませ。この街の人々より、わたくしはあなた様の命のほうが重く感じるのです。人理を救うお立場であるのならば、大局をお見据え下さいませ……」

 

 意見は私以外が一致しているらしく、多数決には勝てそうもない。私が逃げないと言ったとしても、きっと誰かが無理にでも私を連れてこの場を離脱するのだろう。

 

「……」

 

 三人の視線が私に集まる。意見を求めているのではない。私が逃げると言うのを待っているのだ。

 ……本当に、このまま逃げてしまっていいのか? 日々を懸命に生きていたティエールの人々を、見捨てても良いのか?

 

 あの平和な光景を、壊させてしまっても良いのか?

 

「……うん。逃げよう」

 

「よし、ならば私が殿(しんがり)を───」

 

「ただし、先に街の人たちを避難させる。可能な限り、救える命は救う。逃げるのは、その後だ」

 

 何もしないで逃げるなんて、私には無理だ、出来ない。助けられるかもしれない命があるのに、自分だけが助かるなんて、そんなのは嫌だ。

 

「……ま、そう言うと思ったケド。あーあ、仕方ないわねぇ~。なら、久しぶりの仮契約、行っとく?」

 

 呆れたように、エリザベートは槍を手に持ち、尻尾をブン、と力強く地面へと叩きつける。その様は、気合いを入れ直すように見えた。

 

「何を馬鹿な事を。無駄死にさせる訳にはいかぬのだぞ」

 

「止めても無駄よ。子リスったら、一度言い出したら聞かないし。それに、子リスってこんなに愛らしい見た目してるけど、内面は鉄の精神だもの。説得するだけムダよムダ」

 

 小次郎から再度の眼差しを受ける。でも、私は彼の視線を真っ向から受け止め、目を逸らさなかった。

 やがて、私がどうあっても動じないと分かったのか、根負けしたように彼は呟く。

 

「……フッ。どうしても信念は曲げぬ、か。そういう若者と、かつて会った事がある。ならば、私が口出しするだけ無意味か」

 

 フォローありがとう、エリザベート。小次郎は私をすぐさま逃がすのは諦めたようだ。

 あとは清姫だけだけど……。

 

「では、わたくしも。白野さんが残るとおっしゃるのでしたら、わたくしも残りますとも。いざとなれば、転身して(あまね)く敵を滅ぼしましょうや」

 

「ありがとう。でも転身ってアレだよね。竜になって灼き殺すっていうアレだよね。頼もしいけどね、すごく怖いんだけど」

 

 ふんす、と鼻を鳴らして意気込む清姫。そういえばバーサーカーだった、彼女。普段から竜っぽい事をしてるけど(料理の際に火を吐くなど)、本領発揮した彼女は恐ろしくも頼もしい存在となるだろう。

 

「さあ、行動開始と行こうか」

 

 そうと決まれば、早速動き出す。

 街の人たちを避難させるにも手分けして動くべきであり、それぞれがバラけて行動する事にした。

 小次郎、清姫はそれぞれ単騎で動いてもらい、戦闘能力のない私はエリザベートと一緒に避難活動を行う。

 

「みなさーん、落ち着いて私の指示に従ってくださーい! 出来るだけ大きくて頑丈な建物に待避を! 家に地下室があるという方は、そこへ隠れて下さい! 助かる為には必要な事です!」

 

 大きな建物と言うと、この街だと教会あたりだろうか。それと地下室なら、たとえ上の建物が壊されたとしても難を逃れられる。もし生き埋めになったとしても、機を見計らって救助に当たれば良い。

 

 見ず知らずの小娘が何を、と普段なら一蹴されるところだろうが、今は緊急事態であり、助かる道があるならそれに従いたくなるのだろう。私の指示を聞いた人々は、少しだけ顔を見合わせて、すぐに指示に従い始める。

 

「教会だ、急げ! あそこなら簡単には壊れやしない!」

 

「俺の家に地下室がある。十数人くらいなら入れるぞ!」

 

「うちの酒蔵も使える! こっちだ!」

 

 自分だけが助かろうとするのではなく、隣人に手をさしのべる姿勢は嫌いじゃない。むしろ、私が望む光景でもある。

 この分だと、人伝に私の指示も広がっていくだろうけど……ワイバーンが襲ってくるのも時間の問題か。

 

「エリザ、いつでも行けるよう戦闘準備!」

 

「分かってるわ。フフ、オーディエンスがワイバーンだけなのは残念だけど、仕方ないからアタシのライブに招待してあげる!」

 

 翼を伸ばし、槍の上へと飛び乗るエリザベート。ワイバーンが地表に降りて来ようとすれば、即座にソニックブレスをお見舞いするためだ。

 

「竜の魔女だか何だか知らないけど、アタシの歌声が聞ける事を光栄に思いなさい?」

 

 エリザベートは準備できたようだ。さて、ワイバーンはいつ仕掛けてくるのだろうか……?

 小次郎と清姫も無事に切り抜けてくれると良いんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒竜は静かに街の上空から、その様子を傍観していた。矮小なる人間どもは、恐怖に煽られ無様に逃げ惑うしかできない。

 その気になれば、こんな街など一息で火の海に沈められる。しかし、それを彼は許されてはいなかった。

 

「……面倒よね、ホント」

 

 彼の背で、一人の女が不満を漏らす。竜の首元から覗き込むようにして、喧騒に包まれた街をつまらなそうに見下ろしながら。

 

「スケルトンとゾンビはここだと十全に使えないし、サーヴァントどもは()()()の討伐に出してるし、かと言ってワイバーンだけじゃ攻め(あぐ)ねるし……」

 

 心の底から呆れ、溜め息を吐く女。不満による苛つきが、徐々に募り始める。

 

「だからって、どうして私が手が空いているってだけで、わざわざこんな山の中まで出向かないといけないのかしらね? ねぇ、アンタもそう思うでしょう?」

 

 女の問いに、黒竜は何も答えない。彼女もまた、黒竜の無反応ぶりに動じる事もなく、淡々と言葉を続ける。

 

「まあいいわ。カーミラが見つけたっていうサーヴァントを探すついでに、この街も滅ぼすだけの事よ。角の生えた二人の娘……竜に連なる者であるのなら、私が活用しない手はないものね?」

 

 女が語る目的こそが、黒竜が街を即座に滅ぼせない理由であった。サーヴァントの拿捕、ひいては捕獲こそが第一の目的であり、この街を襲うのはそのついでなのだ。

 ワイバーンが殺されている量の多い経路を逆算し、件の二人がこの街付近にまで来ているであろう事は、既に敵の陣営の首領たる()()に知られていた。

 要するに、この街は運が悪かったのだ。そのうち滅ぼされる事は確定していたが、それが早まってしまった。避難する暇もなく、人間たちはここで死にゆく運命を決定付けられた。

 もうそれは覆らない。彼女がそうと決めた以上は。

 

「さて、そろそろ炙り出すとしましょうか。聞け、ワイバーンたちよ! 楽しい楽しい遊びと食事のお時間よ! 存分に喰らい、存分に蹂躙なさい?」

 

 ワイバーンの軍勢へと命令が下される。次の瞬間には、一斉に数の暴力と化したワイバーンが街へと降り注いでいった。

 

 人間ではひとたまりもないだろう。だが、サーヴァントなら話は別だ。

 最後まで生き残っている者、それこそがターゲットに他ならないはずなのだから。

 

 

 ───さあ、これより竜の魔女による、縦横無尽の殺戮ショーの幕開けだ。流れ出る無数の血を以て、この山岳地帯全てを鮮血の朱で染め上げようぞ……。

 

 

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