Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第六節 竜の魔女・灯火

 

 ずっと空を舞うだけで、停滞していたかに見えたワイバーンの軍勢だったが、やはり襲ってこないなんて事はなかった。

 何の前触れもなく突如、急降下して街を襲い始めたワイバーンたちは、視界に入った街の人々に向けて鋭い牙を剥く。

 家屋や地下に逃げ遅れた住人を狙って、牙と爪を使って肉を抉り、逃げられないように足で獲物を抑えつけ、貪り喰らう。

 その様は、まさしく獣だ。たとえ幻想種や魔獣といった類の末端的存在であろうとも、本質的には現代にまで残る生物と何ら変わりはない。

 ───いや、空を飛び人を襲うという点においては、現代で考えれば最悪の害獣と言えるだろう。

 

「が、ぎぇ」

 

「た、助けて……」

 

 隣人が無惨にも生きたまま喰われる姿に、より強い恐怖を刻まれ、より深く混乱に陥る街の人々。

 次は誰が犠牲になる? いいや、もしくは自分が次に喰われる番かもしれない……。

 死の恐怖が彼らの頭に付きまとい、決して逃さないのだ。安寧は既にこの地には無い。あるのは、絶対的な絶望と恐怖、そして死へのカウントダウンだけ。

 

 死からは、決して逃れられない───。

 

 

 

「恋のビートは、ドラゴンスケイルぅ!!」

 

 

 

 だが、それから逃れようと───否。

 自身が逃れるばかりではなく、他者の命でさえも救おうと足掻く者たちが居る事を、忘れてはならない。

 

 竜の角と尾、そして翼を持つ少女──エリザベート・バートリーは、手にした槍でワイバーンを次から次へと刺し貫く。

 それだけでは手が足りない。槍を払い、ワイバーンの首をへし折り、時には強靭な己の尾さえも使って敵に攻撃を繰り返していた。

 

「アンコール、トばして行くわよ子リス!!」

 

 次から次へとワイバーンは飛来してくる。それを倒して、潰して、穿って、殺す。単にそれの繰り返し。

 ただ、彼女一人が捌き切れる数にも限度はある。幾らサーヴァントと言えど、万能の存在ではないのだ。

 エリザベートが戦っている間も、対処しきれなかったワイバーンによる街の人々への攻撃は止まる事を知らない。

 飛び交う悲鳴、飛び散る鮮血。力無き人々は、常に死の恐怖に晒されているのである。

 

 襲われる人々を助けようにも、その全てをという訳にはいかない。白野は、無力な自分への歯がゆさを堪えながら、コードキャストによるガンドで、次から次へと目に映るワイバーンの牽制と撃退を続けていた。

 

「倒しても倒しても、これじゃキリがない……!」

 

「まさかとは思うけど、召喚され続けてるとか?」

 

 最初に空に見えた大群も、エリザベートの他に街へと散った小次郎、清姫が撃墜している事でその数を減らしていても良いはずだ。

 だというのに、一向に攻勢が衰える気配がない。

 

「もし召喚され続けてるんだとしたら、竜の魔女を直接叩かないとダメかもだね」

 

 近寄ってくるワイバーンをガンドで撃ち落としながら、白野は空を羽ばたく黒竜を見る。

 相変わらず、黒竜が動きを見せる気配は今のところ皆無だが、それもいつまで続くかは分からない。

 だがもし、アレが動き始めたら、確実に全てが終わるのは明白だった。

 

「居るとしたら……やっぱり、あの黒竜の背中かな?」

 

「でしょうね。というか、あそこまで行くのアタシしか無理でしょ」

 

 翼をパタパタと動かしてアピールするエリザベート。確かに、少しだけなら飛ぶ事の可能な彼女なら、黒竜の元まで行けるだろう。

 しかし、その間にもワイバーンは街を襲う。もし黒竜を目指そうものなら、街の人々がより狙われる事となる。

 

「───、」

 

 白野は悩む。黒竜の背に居るであろう竜の魔女を叩き、これ以上のワイバーン増加を防ぐか。それとも、このまま徹底抗戦を貫き耐え忍ぶのか。

 どちらにしても、街が多大な被害を被るのは免れないだろう。

 

 そして、悩んで悩んだ末に、白野は決断する。

 

「……竜の魔女を叩こう。それしか、ワイバーンを止める方法はないよ」

 

「了解。とりあえずこの辺りに街の人間が居なくなり次第、サムライか蛇女と合流するわよ。飛ぶにしたって、援護してもらわないとだし」

 

 幸か不幸か、犠牲者こそ出ているが、避難も同様に進んでおり、付近に生存者はもうさほど残っていない。

 僅かに逃げ遅れた住人の避難が完了次第、ここを動く事にした白野たち。

 それから数分と待たずして、仲間のどちらかを探し始めるが、案外簡単に見つかった。

 と言うのも、清姫が炎のブレスでワイバーンに応戦していたからであり、空に炎の柱が立っては消えてを繰り返していたのだ。

 故に、そこへ向かえば自ずと合流できるという訳だった。

 

「清姫!」

 

 その姿が視界に入るとすぐに、彼女へ声を掛ける白野。清姫もまた、白野の姿を見て満面の笑顔で出迎える。

 

「白野さん、よくぞご無事で。トカゲでも護衛の務め程度は果たせるようですわね」

 

「うるさいわよ、このヘビ!」

 

「それはそうと、ここに来たのは何か理由がおありになるのでしょう?」

 

 片手間にワイバーンを灼き殺しながら、清姫がその真意を問うてくる。住民の避難よりも、こちらに来る事を優先したのは、何か考えが有っての事だと清姫は見抜いていた。

 

「うん。ワイバーンは際限なく現れ続けてる。もしかすると、竜の魔女が喚びだし続けているからかもしれないんだ」

 

「なるほど……。では、その羽根付きトカゲに黒竜の所まで行かせるんですね?」

 

「何よそのエリマキトカゲみたいな言い方!? ……そうよ、だから飛んでる間は無防備になるから、アンタに援護してほしいって話よ」

 

 先程までの炎のブレスを見るに、これから空を往くエリザベートの援護には、やはり清姫が最適である事は間違いない。

 

「そういう事でしたら、手伝わない訳にはいきませんね。かしこまりました。不肖わたくし清姫が、白野さんのお手伝いをさせていただきます」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 清姫の了解を得た白野は、まず二人に付近のワイバーンをできるだけ殲滅させる。次のワイバーンの群れが湧く前に、エリザベートに安全に空を飛ばせる為だ。

 

「それにしても、凄いなぁ清姫……」

 

 清姫のブレス攻撃が、ワイバーンの悉くを灼き落としていく。清姫自身、戦闘は不得手と言っていたが、範囲攻撃においては優秀であると言えるだろう。

 それを目の前で実感させられた白野は、感嘆の息を漏らしていた。

 

「さあ、仕度は整えました。行くなら今ですよトカゲ」

 

「分かってるからその喧嘩腰止めさないよね、まったく……。ほら、行くわよ子リス」

 

 粗方の殲滅が終わり、近辺のワイバーンが減った今、エリザベートは白野の後ろに回ってガッチリとホールドすると、翼を大きく広げた。

 何もエリザベートのみを黒竜の元まで送り出すのではない。白野自らも、竜の魔女と対峙するため、エリザベートに連れて行ってもらうのだ。

 どうせ地上に残っても、ワイバーン相手にたいした活躍はできないし、竜の魔女と戦闘になる事を考慮すれば、直接戦闘の指揮を執ったほうがまだマシだろうとの判断だった。

 

 無論、エリザベートに抱きつかれる形となった白野の姿に、清姫は面白くないとばかりに不満そうな顔をする。

 ただ、これが必要な事と割り切って、八つ当たりとばかりに新たに襲来するワイバーンを炎で包み込んだ。

 

「面白くないですけど、仕方なき事。どうかお気をつけくださいませ。あなた様を狙う輩は、この清姫が焼き尽くしてみせましょう」

 

「任せたよ、清姫。よーし、行くよエリザ! 無限の宇宙(ソラ)の彼方まで!」

 

「そんな遠くまで行かないわよ!?」

 

 冗談を交えて、白野を抱えたエリザベートが空へと飛び立つ。エリザベートの重さの許容量は人間一人分程度であり、白野を抱えるだけで精一杯。故に、今の状態の彼女にはとてもではないが戦闘は行えない。

 だからこそ、遠距離をカバーできる清姫に援護を頼んだという訳だ。

 

「お、重い~……!!」

 

「失礼な! そこまで太ってないよ私!?」

 

 顔を真っ赤にさせて羽ばたくエリザベートの苦言に、白野もまた少し顔を赤くして怒る。

 ……白野は知らないのだが、実はここだけの話、エリザベートの翼は本来なら長時間飛べるようにはなっていない。

 そも、スキル『無辜の怪物』と潜在的に眠っていた竜の血脈とが偶然、そして奇跡的に噛み合って、エリザベートは角に尾、翼が生えているのであって、生前の彼女には無論そんなものはない。

 元々翼のある生物でもなければ、その扱い方に慣れている訳もなく、むしろ少しでも飛べるだけでも誉めて然るべきなのである。

 

 必死に空を飛ぶエリザベートだったが、当然ながらワイバーンたちの格好の的となり、続々と殺到してくる。

 今のところ清姫の援護射撃ならぬ援護ブレスだけで間に合っているが、それでも手が足りないのが現実。

 徐々に、ワイバーンの牙がエリザベートへと迫りつつあり、攻撃を受けるのも時間の問題だった。

 

「マズイかも……!」

 

 後ろから抱えられている事もあり、白野はまだ両手の自由が利くので、接近してくるワイバーンをガンドで撃ち落とせていたが、それにも限度がある。

 圧倒的な物量が、次第に撃墜数を埋め始めていた。

 

「このままじゃ、落とされるわよ子リス!」

 

「分かってる! けど、もう打てる手が……!」

 

 清姫に宝具の真名解放をさせる事も頭に浮かんだが、それは却下せざるを得ない。

 どのような効果、範囲かも分からない。それに、清姫の伝説が宝具として昇華されていると仮定した場合、おそらく彼女は完全に制御しきれない可能性がある。

 

 最悪、自分たちも宝具の巻き添えになる危険性だってあるのだから、躊躇するのが当たり前だった。

 

(どうする、どうする? 清姫の宝具にイチかバチか賭けてみる? でも、リスクが大きすぎる……。どうすれば……!?)

 

 刻一刻と、ワイバーンの魔の手は迫りつつある。考えている余裕も、もはや残されていない。

 もう賭けに出るしかないか───と、そんな時だった。

 

 白野たちに接近してくるワイバーンたちが、次々とその首を落とされていく。比喩ではない。()()()()()()()()()()

 

「おやぁ? これはまた優雅なものよ。(それがし)(あやか)りたいものよなぁ?」

 

 声がするほうに顔を向ければ、そこにはワイバーンの死骸を足場にして、宙を舞う侍の姿があった。

 

「小次郎!!」

 

「いやな、天に昇っていくお主等の姿が見えたもので、私もこちらに駆け付けたまで。おっと、安心めされよ。街の者なら粗方の避難は済んだ。あとはこの蛇竜どもを片付けるだけよ」

 

「なに!? アンタ、サムライじゃなくてニンジャだったの!?」

 

「ハッハッハ。これはまた異な事を。どこをどう見ても、ほれ、ただの剣士だろう?」

 

 エリザベートのツッコミを、涼やかにかわして見せる小次郎だったが、白野も同じ事を思ったのを呑み込んで彼に礼を言う。

 

「ありがとう。すごく助かるよ」

 

「礼には及ばんさ。そら、本丸を叩きに向かうのだろう? ここは私と清姫殿で援護を承るゆえ、後ろを気にせず前に進むが良かろう」

 

 そう言って、小次郎は白野たちに近寄るワイバーンへと斬りかかる。ワイバーンも数多い事もあって、足場に困る事は無さそうだった。

 

「今のうちに行くわよ!」

 

 障害は無視して良くなった。襲い来るワイバーンに気にせず飛翔できるお陰で、エリザベートは難なく黒竜の背後に回る事に成功する。

 

 エリザベートの存在に気付いているはずだが、黒竜は向きを変える事もなく、位置を変える事もせず、ただただその空間を羽ばたくのみ。

 まるで位置固定されているかのようにさえ見える。

 

 それもあって、簡単に黒竜の背に着地できた二人だったが、特に攻撃をされるでもなく、逆に何も起きなかった事が不気味な程だった。

 

 

 

「あら、来たのね」

 

 

 

 前方、黒竜の首もと付近からの声に顔を向ける二人。果たして、そこには居たのは一人の女。

 黒い甲冑を纏い、大きな旗を手にし、脱色したように色褪せた髪と肌には金の瞳がよく映える───見知ったはずの女性の姿が、そこにあった。

 

「あのワイバーンの軍勢を凌いで、よくここまで来たわ。まあ? それくらい出来ないようなら、こちらとしても要らないワケだったけれど」

 

 不敵に笑う女は、その黄金の瞳で二人を見下ろす。見下し、蔑み、嘲笑うかのような視線は、けれど恐ろしいまでの冷たさを備えていた。

 その視線だけで、白野は腹の底から冷えるのを感じる。

 

 憎悪と絶望、何より鮮烈なまでの憤怒。白野の知るはずの彼女とは、何もかもが違っていた。

 

「竜の魔女って、あなただったの───()()()()

 

 その名を呟いた白野に対し、黒の聖女がそちらを一瞥する。それだけで、絶対的な死がちらつくような錯覚さえ起こる。

 

「ふーん。私が誰だか知ってるのね、アンタ。そうよ、そうですとも! 私が!! 私こそが!!! 竜の魔女として地獄から復活したジャンヌ・ダルクよ!!!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの大きな声で名乗りを上げた彼女は、醜悪な笑みを以て白野に応えた。およそ聖女には似つかわしくもない、歪んだ笑いが更に白野を混乱させる。

 

「ちょっと待って。ジャンヌって、あのジャンヌ? 月でアルテラ陣営に居たあのジャンヌ!? でも待って、それにしては色々ちがくない? 全体的に黒っぽいし……」

 

「月……? 何の事だか知らないけれど、私はジャンヌ・ダルクとしてこの世界に復讐する権利があるの。というか私が聖女? ふざけるのも大概にしろ。私は竜の魔女。聖女などと、綺麗事だけをほざくような輩と一緒にするな!!」

 

 怒りと敵意を剥き出しに、竜の魔女は高らかに咆哮する。あるいは、彼女が自身が竜であるかの如く。

 

 しばらくの間、互いに動かずの睨み合いが続く。互いが互いに、相手の能力が不明なためだ。

 エリザベートも、白野も、一瞬たりとも油断はできない。この黒竜の背は、言わば敵のフィールドだ。相手にとって有利に働く何かがあるかもしれない。そんな状況で、下手に動き回るのは無策すぎる。

 

 常に極度の緊張感を保ち、自然と汗が頬を伝う。白野か、エリザベートか。どちらかは分からないが、その汗が下に流れ落ちた瞬間、ジャンヌが動いた。

 

 ただ指をパチンと鳴らしただけ。それだけで、突如エリザベートの目の前で小さな爆発が生じた。

 

「ッ!!」

 

 不意打ちではあったが、予備動作のあったそれを、エリザベートは咄嗟に察知して後退する。

 

「まだよ!」

 

 指を鳴らしただけのジャンヌは、既に次の攻撃に移っていた。黒竜の首もとから跳び立ち、一気にエリザベートとの距離を詰めるジャンヌ。

 着地と同時に、手にした旗を強引に振り切り、エリザベートの胴へと重い一撃を放つ。

 

「が、はっ」

 

 細い体は、重すぎる一撃で吹き飛ばされるが、どうにか受け身を取って黒竜から振り落とされずに済んだ。

 だが、決して無視できるダメージではない。口元からは彼女の好む血が多量に吐き出される。

 

「ごぷ……ゲホッ。……ちょっとヤバいわね」

 

「エリザ!!」

 

 すぐに白野は駆け寄り、コードキャストで回復させるが、完全にはダメージが消えなかった。腹を押さえ、苦痛に顔を歪ませるエリザベート。

 たったの一撃で、エリザベートは瀕死直前にまで追い込まれたのだ。

 

「どんな剛腕よ、アンタ。内臓が一つ二つやられたわ」

 

「あら? 挨拶代わりの、軽いジャブのつもりだったんだけど。思いのほか効きすぎたのなら謝るわ? どうにも加減が難しくて、つい」

 

 謝るなど口だけで、明らかに煽ってきている。

 いつものエリザベートなら、この挑発に乗って怒り狂うところだろうが、今の彼女にはその余裕すらなかった。

 

「くっ……」

 

 竜の魔女───この特異点の元凶であろう存在。その正体がまさかジャンヌ・ダルクだという事実に驚愕した白野だったが、それ以上に一筋縄ではいかない彼女の強さにこそ驚愕する。

 白野の知るジャンヌ・ダルクは、どちらかと言えば攻撃より守備、もしくは守護を得意とした戦闘スタイルだった。

 あのような爆発は、少なくとも月でも見た事がない。

 

 エリザベートとて、サーヴァントとしては上位の存在だ。あの円卓の騎士であるガウェインをして、Aランク程度のサーヴァントと呼ばれ、月でも散々白野を苦しめた実力者。

 それが、たかだか数手で圧倒されるなど、白野にしてみれば考えたくもない現実でしかなかった。

 

「はあ~あ。にしても、もっと打ち合うかと思ってたのに、期待はずれも甚だしいわ。竜属性持ちサーヴァントならって期待してたのに、これじゃ駒にすらならないじゃない」

 

「駒……?」

 

「まあ、いいか。確かもう一騎居たものね? あの炎の息吹……フフフ。あちらのほうがまだ使えるだろうし」

 

 既にエリザベートなど眼中に無し。ジャンヌは端まで歩くと、黒竜の真下を見下ろす。その視線の先には、ワイバーンと戦う清姫の姿があった。

 

「さて」

 

 クルリと体を反転させ、白野とエリザベートに手の平を向けるジャンヌ。

 何をしようとしているのかは、すぐに分かった。

 

「邪魔者はここで消えなさい。あなたたちは私には不要。安心していいわよ? 跡形もなく、塵も残さず、灰すらも灼き滅ぼしてあげるから」

 

 ジャンヌの手の平から炎が立ち上る。今にも火炎放射が白野とエリザベートに放たれるかという時、傍らのエリザベートが痛みを堪えながら叫んだ。

 

「待って……! アンタ、サーヴァントよね? なら、マスターが居たほうが都合がいいわよ。サーヴァントはマスターが居て初めて本来の力を発揮するもの。アンタの狙いが何かは知らない。けど、駒を集めてるなら、サーヴァントの力を引き出すマスターは格好の存在でしょう?」

 

「エリザ、何を……!?」

 

 白野にすれば、何の思惑があってエリザベートがこのような事を言っているのか分かったものではない。

 しかし、エリザベートにとってこれは必要な事なのだろう。口を挟もうとした白野の口を無理やり手で塞いで、ジャンヌと会話を継続した。

 

「マスター……? なら、そっちの小娘がそうだとでも?」

 

「そうよ。強さを求めるなら、マスターの存在はアンタにとっても都合が良いはずよ。ここでコイツを殺すには、少し早計すぎるんじゃない?」

 

「………、」

 

 エリザベートの言葉に、少し思案するジャンヌだったが、ジッと白野を見つめると、またも歪んだ笑みを浮かべる。何か悪い事でも思いついたかのように。

 

「……そうね。ここで殺すには惜しいかも。あの女が最優先排除対象だけど、手負いとはいえ竜殺しも厄介だし。念には念を、か……」

 

 どうやらエリザベートの提言で気が変わったらしく、ジャンヌは早足で白野の元まで歩を進めると、その顎に手を添える。

 必然的にジャンヌを見上げるような形になる白野。間近に見えたその黄金の瞳には、自身の顔が映っていた。

 

「今から私がお前の主人よ。せっかくのマスターだもの。たっぷりと可愛がってあげる……」

 

 舌なめずりするその唇は、年不相応な妖艶さを漂わせ、同時に邪悪さをも伴っていた。

 

「さてと、目当て以上のものも手に入った事だし、さっさと帰るとしようかしらね。あ、ついでに下のサーヴァントも連れていくわ。逆らえば、どうなるか……分かるわよね?」

 

 白野の頬を冷たい手が撫でる。先程まで炎を吹き出していたとは思えない程に、氷みたいに冷たい手。

 

「………っ」

 

 考えるまでもない。もし逆らおうものなら、白野を殺すだけの話だ。今の白野には、下に居る二人にとっての人質としての役割がある。

 小次郎も清姫も、白野がジャンヌの手の内にある以上、彼女に従う他に道はないのだから。

 

「アッハハ! わざわざこんな山の中にまで来た甲斐があったわ! 早速召集の号令を掛けなきゃね。()()()()()()!!」

 

 ファヴニール、と呼ばれた黒竜がジャンヌの命令に従い、天高くその咆哮を轟かせる。

 大砲よりも、爆弾よりもなお巨大な轟音は、それだけで国一つ滅ぼしてしまうのではないかとさえ思わせる力があった。

 

 

 この時を以て、岸波白野ならびに小次郎、エリザベート、清姫の四名は、竜の魔女の虜囚となったのである。

 

 


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