Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第八節 別離と再会

 

 私たちがオルレアンの城を発って、一日が過ぎていた。ジャンヌから知らされた、何人かのはぐれサーヴァントについて、名前は分かっているものの、何処に居るのかまでは分からない。

 宛もなく街から街へと渡り歩くが、一向にその足取りは掴めないでいた。

 

 マリー・アントワネットにモーツァルト、この二名は私としては優先して探す必要はないと思っている。見張りが付けられているし、遭遇してしまえば倒すしかないからだ。

 逆に、早く見つけたいのはもう一人のジャンヌ、そしてジークフリート。

 ジャンヌに関しては、竜の魔女の謎を解く手掛かりが得られるかもしれないという事が一番の理由だ。この特異点の元凶であろう黒いジャンヌには、あまりに謎が多すぎる。何も知らぬまま、分からぬままで物事を進めてしまうには、不安が大きすぎるのだ。

 そして、実のところ、私としては最も早く見つけたいのがジークフリートだったりする。彼の代名詞でもある有名な異名───竜殺しの英雄。

 かつて、悪竜ファヴニールを討ち滅ぼしたと言われ、似たような伝承を持つシグルドとしばしば同一人物ではないかと語られる事もある大英雄。

 私が彼を最も探し求める理由は、まさにそこにある。()()()()()()()()()()という伝承こそが重要となってくる。何せ、この特異点にはジャンヌの使役する黒竜───おそらく本物であろうファヴニール───が存在するのだ。竜の魔女を倒すにしても、あの黒竜をどうにかしないと、勝ち目は限りなく薄いだろう。

 

 マルタの話では、竜の魔女が関与せずに召喚されたサーヴァントで、彼女らが把握しているもの……すなわち討伐対象に名の上がっているサーヴァントたちは、一度以上は遭遇しているとの事で、中でもジークフリートには重傷を与えており、その上呪いまで掛けているらしい。この事から、その危険度が竜の魔女にとって高いというのが推測できるだろう。

 

 ネックなのは、ジークフリートの傷の具合だ。コードキャストで回復させられるなら良いのだが、呪いがどういった類いのものかによって、回復の阻害をされてしまうかもしれない。

 それに、もしジークフリートが動けない状態になっていたら、見張りの二人が居る状況で会うのは避けるべき。

 

 やはり、何をするにしても見張りが付けられているのが厄介でしかない。どうにか、マルタとファントムの監視の目から逃げたいところであるが……。

 

 

 

 

 どのようにして見張りを撒こうか悩みながら進んでいるうちに、気付けば私たちはジャンヌ・ダルクの故郷とされるドンレミ村、その近くの街であるラ・シャリテにまで辿り着いていた。

 

「何の収穫もないまま、か。ジャンヌの怒りを買うのも時間の問題かな……?」

 

「仕方の無き事かと存じます。村や街の中から探せというならまだしも、広大な大地を巡ってたかだか数人を、しかも何処に居るのかも分からない人物を探せだなんて、無理難題にも程がありますわ。婚姻の条件としてかぐや姫さんの出した無理難題よりは、幾分マシではありましょうけど……」

 

 私の力無い呟きに、清姫がさりげなくフォローしてくれる。かぐや姫を引き合いに出してくるあたり、日本の英霊らしいというか、何だかロマンチックである。

 

 さて、このラ・シャリテは戦火の中心地点となったオルレアンから、たいして離れていない距離に有り、戦いの傷痕も生々しく残っている。家屋は焼かれ、井戸は崩され、ワイバーンに食い荒らされたであろう住人の亡骸が放置されたままとなっている。

 この街に限らず、オルレアン周辺の街はほとんど全てが、このような惨状であり、私たちが捕まったティエールの街などは運が良かっただけだ。

 この特異点、冬木の地獄に比べればまだ良いほうだが、放っておけば同じか、それ以上の惨劇に成りかねない。

 

 人の気配のしない、まさにゴーストタウンを歩く私たち。ジャンヌにより狂化が付与されているとはいえ、聖女と呼ばれるマルタには平和が徹底的に破壊された光景は辛いようで、苦虫を噛み潰したかの如く歯を食い縛って街の様子を眺めていた。

 

「ここは外れだったかな?」

 

「ヴラド公の報告によると、竜の魔女の召集に応じる直前まで、ドンレミ村でもう一人のジャンヌと戦闘をしていたらしいのです。あれから時間も経っていますし、確かにまだこの付近に滞在しているとは思えませんが、痕跡は残っているかもしれませんね」

 

 私の質問とは言えない問いに対し、マルタが説明付きで返してくる。ヴラド三世と戦闘になったならば、もう一人のジャンヌは手負いの可能性もあるかもしれない。

 できれば負傷していない事が望ましいのだが、聞けばヴラド三世はバーサーカー。狂戦士のクラスとして召喚された上に狂化まで付与されている。つまりは二重の狂化が掛かった状態と言っても過言ではない。そんな相手と戦って無事でいられるとは、とてもではないが考えられない。

 今のヴラド三世は、かつて見た、李書文がアサシンとバーサーカーのマルチクラスとなった時とは似たようでまるで違う状態な訳だが、それでも知性を失っていないだけ、ヴラド三世の精神力の強靭さには恐れ入る。

 というか、私の知ってるヴラド三世と見た目が違ったんだけど。これが噂に聞く英霊のオルタナティブ───いわゆるオルタ化というヤツなのだろうか?

 

「じゃあ、手分けして何か無いか探してみようか」

 

「そうさな。であれば、二組に分かれよう。白野殿、エリザ嬢、清姫嬢、マルタ殿の組。そして(それがし)にファントム殿の組で良かろう」

 

「その組分けの理由は? というか、マスターのほうはまだ分かるけど、どうして私だけ”殿“なのです? 納得のいく説明をしなさい」

 

 私も理由は気になるが、マルタさん笑顔なのに凄みヤバい……。圧を受けてるはずの小次郎は、涼しげな顔で質問に答える。

 

「ファントム殿はアサシンのサーヴァントと聞いた。そして私も、こう見えてアサシンのサーヴァント。アサシンとは隠密に長けた技能を与えられ現界するのだろう? ならば、隠密行動に適した私とファントム殿は、アサシン同士で動いたほうが都合が良い。私の気配遮断など、ファントム殿に比べればたかが知れてはいようが、持つ者が持たぬ者と行動を共にしては、まさしく無駄でしかないというものよ」

 

「それは……一理あるわね、うん。マスターのほうに戦力を多めに割くのは当たり前。それにアサシンのクラススキルを活かすなら、単独かつ隠密のほうが効果は有るでしょうし。アタシはサムライに賛成するわ」

 

「わたくしは、白野さんと離れないのでしたら何でも構いません」

 

 小次郎の説明に、エリザベートと清姫も賛同の意を示す。そしてスルーされるマルタからの“殿”についての追及。

 

「それで良いかな、ファントム殿?」

 

「おお、愛しいクリスティーヌ……。君と離れる事の辛さは、胸が張り裂けるかの如く。だが、それが運命というのならば、この苦痛を私は受け入れよう。待っていておくれ、クリスティーヌ。すぐに私は君の元に舞い戻ってみせよう……」

 

 ……えっと。私の事を見ながら言われても。前から思ってたんだけど、まさかクリスティーヌって私の事なの?

 とまあ、ファントムも異論は無いようだ……、無いんだよね? うーん、自信無い……。

 

「私の聞きたい事だけスルーとか何様……コホン。では、彼の提案の通り、二手に分かれましょうか」

 

 小次郎の案は満場一致で可決された。マルタが若干怖かったが、私も触れないでおこう。触らぬ神に祟りなし、と言うし。

 

 そして分かれる直前、

 

「白野殿」

 

 すれ違い様に小次郎が、私にしか聞こえないくらい小さな声で、こう言った。

 

「私は捨て置け」

 

「……え?」

 

 どういう意味なのかを聞こうにも、振り返った時には既に、小次郎はファントムと共に私たちとは違う方向へと進み始めていた。

 彼が残した不穏な言葉に、その真意へ思考を巡らせながらも、私も足を動かす。

 

 ……何だろう。妙な胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた街を進む。壊された街道を歩く。見える光景、視界全てに映る荒廃と破壊の残滓。これら全てが竜の魔女による爪痕なのだと思うと、恐ろしさに寒気が絶えない。

 

 後世において聖女と謳われた彼女が何故、あのような変貌を遂げてしまったのか。ジャンヌ・ダルクは当時であれば異端の魔女として扱われた事もあったが、かつて月で英霊として再現された彼女を見た事がある私は、ジャンヌからは魔女と呼ばれるような性質を一切感じなかった。

 

 だからこそ、この特異点の原因が、あまりに聖女としての性質からかけ離れてしまったジャンヌにあるのだという推測は濃厚と言える。

 

 そして、もう一人のジャンヌの存在。私が目にした訳ではないが、配下のサーヴァントを使ってまで討伐しようとしているのだから、おそらく嘘ではないだろう。

 私の予想では、二人目のジャンヌこそ、私が知っている()()ではないだろうか?

 本来の、聖女としてのジャンヌ・ダルク。竜の魔女は、その救国の聖女を抹消する事を望んでいる。憎悪に取り憑かれ、自らを焼き殺したフランスという国、そこに住まう人間たちに、魔女は復讐しようとしている。

 

 この特異点に降りたってから今まで見てきたもの、聞いたもの、触れたものを頭の中で統合して、私は仮説を立てた。

 聖女と魔女、二人のジャンヌ。どちらも特異点の鍵となる存在。ならば、魔女に聖女を殺させてはならない。人理修復の為にも、聖女と協力し魔女を打倒する。これが最適解だろう。

 

(月の聖杯戦争での経験が活きたかな。マトリクス埋めや真名看破は大変だったけど、おかげで状況整理が楽になった)

 

 この特異点と竜の魔女についての考察をまとめたところで、一度思考をリセットする。正直に言って、今のは現実逃避のようなものだ。本当のところは、先程の小次郎が口にした不穏な言葉と、どうにもざわめいて仕方ないこの胸騒ぎを落ち着かせるための考察だった。

 

『私は捨て置け』

 

 単純な意味でその言葉を捉えれば、小次郎を置いて逃げろ、という事になる。だけど、どうして?

 逃げるなら、一緒に逃げればいいのに。

 

 彼はここに来て最初に私が出会ったサーヴァントだった。危ないところを助けてもらった。エリザベートや清姫と合流できたのも、彼が私の旅路に付いて来てくれたからに他ならない。

 小次郎は私の命の恩人だ。そんな彼を置いて逃げるなんて嫌だ。

 

 ……けど。私は何故か今、月の裏側で命を張った男たちの事を思い出していた。

 命を懸け、道を切り開いてくれた男たち。小次郎の言葉には、その彼らを思い出させる意志が感じられたのである。

 

 ───そして、運命とは残酷なもので、白野が望まずとも、本当にそうせざるを得ない状況になってしまう。

 

 

 

「……白野?」

 

 

 

 何の前触れもなく、私の名を呼ぶ声があった。それほど長く聞いていなかった訳ではないのに、やけに懐かしくさえ思える声。

 待ち望んでいた。思い焦がれていた。何より求めていた───カルデアとの繋がりを示す証。

 

「立香……!」

 

 振り向けば、そこには一人の少年が立っていた。

 カルデアに唯一残されたマスター。人類最後のマスター。彼の名は藤丸立香。冬木の特異点を共に生き延びた戦友である。

 彼の傍らには、彼のサーヴァントであるマシュの姿もあった。やはり、カルデアもこの特異点の存在に気付き、彼らを派遣していたのだ。

 

 カルデアとの合流は、私が最も優先したかった事だ。私のマスターであるオルガマリーの安全を確保する。私はそれを願っていたはず。それは今も変わらない。

 ただ……小次郎の言葉を実行せざるを得ない事だけは明白であり、それだけは悔やまれて仕方ない。彼を置いて、私は逃げるしかない。

 

 当然ながら、マルタは突然現れた立香という存在に対し、すぐさま警戒の姿勢を取るが、私はそのがら空きの背中にコードキャスト、ガンドを撃ち込んだ。

 

「ぐっ……!!」

 

「ごめん、マルタ。やっぱり私が居るべきは、そっちじゃない」

 

 たとえサーヴァントといえど、ガンドをまともに受ければ多少は行動の阻害をできる。僅かな間だが痺れて動けない彼女を、エリザベートと清姫に拘束させた。

 図らずとも騙し討ちをする形となったが、マルタは私の言葉に、怒るでもなく黙り込んでしまう。

 

 ひとまずマルタは無力化したが、いつ他の敵が現れるかも分からない。すぐにこの場を離脱したほうが良いだろう。数の利は有るようで無い。今は私たちが優勢でも、時間を掛けるだけ不利に成りかねない。

 だからこそ、小次郎はあのように言ったのだ。

 

「白野、その人は……、」

 

「今は説明してる暇はないの。すぐにここから離れないと。立香、召喚サークルの設置は?」

 

「え? えっと、してあるけど」

 

「一旦そこまで退こう。案内お願い」

 

 立香の問いかけにも私は有無を言わさず、召喚サークルまでの誘導を指示する。拘束したマルタをエリザベートたちに担がせ、すぐに移動を始めた。

 後ろ髪を引かれる思いではあるが、小次郎の無事を祈って、私は街を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ頃合いか」

 

 

 

 白野たちと分かれ、およそ彼女らとは反対の方向へ探索に進んだ小次郎であったが、空を見上げながらポツリと言葉を零す。

 彼の言葉が何を意味するのか。ファントムはその言葉に反応して彼へと振り向けば、そこには刀を抜き放った男の姿があった。

 

 刀としては長すぎる刀身。それに比例するように異例とも言うべき長身の鞘は、背負うだけでも身動きに影響をあたえるであろう。

 初めて目にする長剣ならぬ長刀に、ファントムは自然と警戒の構えを取っていた。

 西洋の剣とは違い、あまりに薄く脆そうな刃ではあるが、それは人を斬る事に特化したためのもの。

 日本で培われてきた刀の歴史をファントムは無論知らない。その見慣れぬ武器の用途は分かっても、特性までは分からない。

 けれど、一太刀でも受ければ致命的であると、本能が彼の全身に訴えかけていた。だからこそ、油断してはならない。

 

「アサシン───暗殺者の型に押し込められはしたが、生憎と辻斬りなどの類いは私の性に合わないのでな。故に、正面から堂々と死合う次第。そちらへの恨みなど特にはないが、これもまた縁。しばし、お付き合い願おうか」

 

「おお……クリスティーヌ、彼は私たちを裏切ると言う。私は悲しい。クリスティーヌ、少なからず彼は君の親しき友。その隣人を殺す私を、その罪を、どうか許しておくれクリスティーヌ……」

 

「これはまた異な事を。裏切るなどと、最初から私も白野殿もお主らに与してなどいない。あの竜の魔女に隷属を強いられただけの事よ。従いはすれど、仲間になどなってはおらぬのだ」

 

 明確な敵対の意思を示した小次郎に、ファントムもまた戦闘態勢に入る。オペラ座の怪人として座に刻まれた彼は、英霊となる際に『無辜の怪物』というスキルを獲得した。───いや、獲得したというのは語弊がある。

 名も無き人々が、”()()()()()()()()()()()()()()()()と広く認識していたが故に与えられた、呪いにも等しいスキルだ。

 

 だが、それにより彼はサーヴァントとして現界するに当たり、特殊な能力を得た。地面から少しだけだが宙に浮き、両の手の指先は巨大な鉤爪へと変貌を遂げている。それこそが、『無辜の怪物』というスキルの顕れであった。

 

 ふわり、と一際大きく浮遊した彼は、ミサイルの如く小次郎へと向けて急速発進する。

 

「む……!」

 

 正面から突っ込んできたファントムに、小次郎は長刀・物干し竿で迎え撃つ。左右交互に繰り出される凶爪による連撃。ファントム自身が武芸者でも格闘家でもないため、その攻撃にはまるで規則性が無く、不規則な猛攻に小次郎は防戦を迫られる。

 

 ファントムが浮遊している事も相まって、軌道がまったく掴めない小次郎だったが、一度大きく弾いて押し返すと、ファントムから距離を取る。

 

「中々に素早い。流石は暗殺者の型に押し込められるだけの事はある。まあ、私も人の事を言えた義理ではないのだが」

 

 稀に見るアサシン同士の戦い。通常の聖杯戦争でならまず有り得ない展開だ。亜種聖杯戦争と呼ばれるものでなら、無くはないが、それでもアサシンとはマスター殺しに特化したクラス。やはり、アサシン同士で殺し合うというのは極めて珍しいと言えるだろう。

 

 とはいえ、だ。小次郎はアサシンではあるが、少々特殊な理由からアサシンのクラスに割り当てられており、やはり本物とは勝手が違う。

 正々堂々を好む小次郎に対し、大概のアサシンは暗殺に長けているため、多少はトリッキーな能力を有している。ファントムも例に漏れず、オペラ座の怪人としての能力をフル活用して戦闘に臨んでいる。

 どのような奇策、特殊技能を他に隠し持っているとも知れないのだ。決して油断はできない。

 

 加えて、竜の魔女から付与されているという狂化。程度こそバーサーカーのそれよりは低いだろう。しかし、ステータスの向上。これは見過ごすには大きすぎる要素である。

 

 宙に漂うファントムの姿は、その顔の半分以上を覆う仮面や、彼の纏う空気から、まるで幽鬼を連想させてくる。

 

「捧げよう、その命。クリスティーヌ、君の為にこそ私は歌う。たとえ、我が身、我が心が黒く塗り潰され、狂気に支配されようとも。君の為だけに、私は歌い続けよう……ああ、クリスティーヌ、クリスティーヌ!!」

 

「……いやはや。私も酔狂な事をした。たかが人斬りに過ぎぬ私が、誰ぞ為に刀を振るおうとは」

 

 何事かを口走りながら、再度突進してくるファントム。小次郎には分からないが、彼は歌いながらも小次郎に攻撃を仕掛けようとしていた。

 それが宝具発動のためのトリガーであるかもしれないのに。敵が目前まで迫ってきているというのに。決して優勢でないというのに。

 

 小次郎は刀を構えたまま、楽しげに笑っていた。

 

「だが、それもまた一興。悪くはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちはラ・シャリテを離れ、街から東にあるジュラの森へと身を隠していた。霊脈が通っている事、敵から身を隠すのに良い地形である事などの理由から、召喚サークルはこの森の中で形成したらしい。

 

『本当に良かった……! 無事に白野ちゃんと合流できた事もだけど、オルガマリーの生存が確認できたのはカルデアにとって最大の朗報だよ』

 

 通信越しだけど、久しぶりに聞くロマンの声に、私は泣きそうになる。立香、マシュの姿を見た時もそうだったが、私たちは確かに生き延びたのだと、初めて実感できた気がしたのだ。

 

『……二人の無事を祝いたいのは山々なんだけど、今は聞きたい事、言わなきゃならない事がたくさんある。早速、報告をお願いできるかい?』

 

「……はい」

 

 私は促されるがままに、この特異点に飛ばされてからの経緯、これまでに起きた事の全てを話した。

 意図せず特異点に飛ばされ、小次郎と出会い、エリザや清姫とも合流。そして竜の魔女に捕まった事。

 

 私の話をしばらく傾聴していたロマンだったが、逆に私も聞きたい事があった。

 ここまで逃げる際に、街中で合流した一人の少女。おそらくは立香の仲間であろう彼女の顔を、私は知っていた。

 私は彼女と向かい合い、改めて確認する。

 

「ジャンヌ、だよね?」

 

 美しい金の髪を三つ編みにし、甲冑を身に付け、旗を手にした聖なる乙女。私が知っているジャンヌ・ダルク。

 

 彼女は私の問いに、静かに頷き、肯定の意を示した。間違いではない。彼女こそ、私の知るジャンヌその人である、と。

 

「お久しぶりですね、白野さん。───いいえ、月の新王。まさか貴方がサーヴァントとして藤丸さんたちと共に居るなんて、思いもしませんでした」

 

「そういえば白野の名前を出した時、かなり驚いてたもんな」

 

 いや、それは驚いても無理はない。立香には分からないだろうが、私は英霊になれるだけの偉業も歴史も無い。たとえ世界を救ったとしても、それにより最新の英雄と称されたとしても、私という個人が英霊の座に刻まれる事は有り得ないのだ。

 だって、私自身は何もしていない。私は単なるマスターだったに過ぎないのだから。

 

 だからこそ、私は何故ここに自分が存在しているのか、まだ理解していないし、できる気もしない。私だって自分の事なのに驚きを禁じ得なかったのだから、ジャンヌが驚くのは当然だし必然だろう。

 

「白野さんは竜の魔女に会ったのですよね。……彼女はやはり、()だったのでしょうか?」

 

「……分からない。顔も声もジャンヌだったけど、中身はまるで違ってた。正直、ジャンヌを知ってる私からすれば、あれがジャンヌとは思えない」

 

 こうして、私の知るジャンヌに会えた今だからこそ、私はこれだけは断言する。

 あの竜の魔女はジャンヌの本質ではない。異端の魔女と罵られ、挙げ句の果てに処刑されたというのに、サーヴァントとして召喚されたジャンヌは恨みも憎しみも抱いていない。普通なら復讐心に駆られるだろうに、彼女にはそれがないのだ。人間としてではなく、聖女としてジャンヌは完璧すぎるのである。

 

 あの魔女はその真逆。フランス、そしてフランス国民による己への所業に対し、激しい怒りと憎しみを募らせ、今まさに報復している彼女は、あまりに人間くさいと言えるだろう。

 

 二人のジャンヌ───おそらくだが、同一人物であったとしても、同一存在ではない。

 黒いジャンヌは、復讐に燃える魔女としての存在を確立させている気がしてならないのだ。

 

『竜の魔女が本物のジャンヌ・ダルクではない、というのは間違いない。その年代は、ちょうどジャンヌが処刑されて間もなくの頃だからね。君たちと共に居るジャンヌも、竜の魔女であるジャンヌも、どちらもサーヴァントであるのは確定事項であり、おそらく竜の魔女こそが特異点の原因でもある』

 

「となれば、わたしたちの最優先事項は竜の魔女の打倒、ですね。わたしもジャンヌさんも、守りには長けているのですがパーティとしての攻撃力に欠けていたので、白野さんたちとの合流はありがたく思います」

 

 ロマンが述べた推察を元に、マシュが明確な方針を掲示する。そういえば、史実でも実際に見た戦場でのジャンヌも猪突猛進な傾向にあるが、彼女は元々後衛で旗を振って支援する系女子とか自分で言っていた。盾のサーヴァントと旗のサーヴァント……確かに、印象だけで見れば攻撃力はあまり無さそうな感じだ。

 

 

 

 

 ある程度の情報交換を終え、早速オルガマリーをカルデアに戻そうと、ロマンにレイシフトを頼んでみたのだが、ここで問題が生じた。

 何故かは分からないが、オルガマリーだけではレイシフトが不可能だったのだ。

 

『これは推測だけど、彼女は本来レイシフト適性者ではない。けれど、それを可能としたのは白野ちゃんの持つ指輪に収納されていたからなのかもしれないね』

 

 ロマンの推測では、レガリアのお陰で適性のないオルガマリーもレイシフトできた───となると、レガリアに入れたままでなければオルガマリーをカルデアに帰せないという事になる。

 

 なら、レガリアだけをカルデアに転送するのは? そう思ってレガリアを外そうとしたのだが……。

 

「あれ? 抜け、ない……!!」

 

 力一杯引いても、回すように抜こうとしても、抜けない。

 ここで初めて、レガリアが指からどうやっても抜けない事に私は気付いた。召喚されてから結構な時間が経っていたのだが、今までレガリアを外す必要性も無ければ、試した事すら無かったので、ようやく気付けた次第である。

 

 困った。こうなれば、私が一旦帰ってオルガマリーだけでもカルデアに戻すほかない。と、思いきや。

 

『悪いけど、今はできないんだ。レイシフトには膨大な電力を使うんだけど、生憎とカルデアは復旧間もない。レフの奴、念入りにも妨害工作までしていたらしくてね。発電装置もほとんどが破壊されて、電力補充が追い付いてないのが現状だ。藤丸くんたちを第一特異点に送り出した段階で、こちらも設備を動かすのがやっとなんだよ』

 

『割り込み上等ダ・ヴィンチちゃんさ! まずは無事を喜ぶよ、白野ちゃん。で、だ。ロマニの言う通り、カルデアはギリギリのところで機能している状況だ。立香くんやマシュの存在証明、君たちの周辺のモニタリング、君たちのバイタルチェックなどなど……これらの電力は割くに割けないからね。良くて帰りのレイシフト分は電力を回せるけど、今から往復分は少々厳しいというのが本音なのさ』

 

『……そういう訳で、マリーには悪いんだけど、その特異点を修復するまでは帰還できない。だから、それまで彼女を守り抜いてほしい、白野ちゃん』

 

 ……、絶句する。やっとオルガマリーを安全な所に送り届けられると思ったのに、それは叶わない。

 でも、仕方ないと割りきるしかない。カルデアだって、どうにか運営している現状なのだ。特異点に派遣されている立香とマシュはもちろん、ロマンやスタッフたちだって無理をしているだろう。

 なら、私は甘えるのではなく、一刻も早く特異点を消滅させ、カルデアに帰還する。

 私たちを逃がすために自らを捨て石とした小次郎の為にも、私は全力を尽くさなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 ひとまず報告会を終了し、若干の蚊帳の外気味だったエリザと清姫を、改めて立香たちに紹介する。

 その際、清姫が立香を見る目が、何となく私に向けるものと近い感じがしたが、気のせいかもしれない。いや、むしろ本当なら助かるのだが。

 清姫は可愛いし、甲斐甲斐しくて気立ても良いので、どちらかと言えば好きなほうではあるが……やはり安珍との一件が大きすぎるくらい尾を引いている。

 仮に、安珍の生まれ変わりなどと認定(思い込み)でもされようものなら、下手をすれば清姫伝説の再現に成りかねない危険性が生まれる。

 立香には悪いが、私には安珍役は荷が重すぎるので、安珍認定が彼に下される事を祈るばかり。

 

「……安珍様候補が二人。ああ、そんな安珍様いけません。わたくしは一人ですのに、いっぺんに二人も相手にするなんて……!! わたくし、体が火照ってしまいます……!!」

 

 チラリと盗み見てみれば、清姫ちゃん、絶賛トリップなう。

 

「ところで、話は変わるのですが、拘束したサーヴァントの女性はどうするのでしょう……?」

 

 私が清姫に気を取られていると、マシュが拘束中のマルタに視線を送りながら、その処遇について問うてくる。

 確かに、マルタの扱いには正直に言えば悩んでいた。その場をすぐにでも離れる為には、マルタと戦闘になるより拘束してしまったほうが早かったからなのだが、後の事を何も考えていなかった。

 どうするべきか悩む私を尻目に、ジャンヌがマルタの前で膝をつき、彼女に語りかけ始める。

 

「あのマルタ様が竜の魔女に使役されているのは、本当に残念でなりません。どうにか彼女との契約を破棄できれば良いのですが……」

 

「残念ですが、それはできません。召喚の際に付与された狂化により、私たちは彼女からの契約に縛られていますから。私が死ぬか、竜の魔女が契約を切らない限りは永劫に解けない呪いのようなものなのです」

 

 呪い、か……。いかにも魔女が好んで使いそうな言葉ではある。呪いを解くには、とある条件や聖なる力が必要とかはゲームでよくある話だ。

 

 それにしても、少し気になるのはマルタたちに付与されているという狂化に関してだ。

 狂化という割には、会話も成立しているし、理性も残っているように見える。もっとバーサーカー的な印象があっても良いはずなのだが。狂化が強すぎないからこそ、マルタは多少であっても竜の魔女に抗えているのだろうけど……。

 私と同じ事を思ったのか、立香もその疑問を口にする。

 

「狂化されてる感じがしなくないか? 俺やマシュが最初に遭った敵サーヴァントは、確かに()()()()感じだったけど」

 

「そこは程度によります。狂化で完全に理性が失われてしまえば、流石の竜の魔女でも御しきれない。反英雄だけではなく、真っ当な英霊を従わせるには、狂化を与えた上で知恵と理性を残す必要があったのでしょう」

 

 ふむ。だから狂化が与えられていても、バーサーカーのように意志疎通ができないという事もないのか。マルタの説明に納得していると、不意に視線を感じた。

 見れば、マルタがじっと私を見つめている。

 

「な、何か……?」

 

 何を言われるのだろうとビクビクしていると、彼女は神妙な面持ちで、衝撃の事実を口にした。

 

「呪いで思い出したのですけど……あなた、やっぱり呪われてるわね」

 

「………えっ?」

 

「竜の魔女と仮とはいえ、契約を交わしたでしょう。その契約はあなたを縛りはしませんが、あなたと竜の魔女を確かに繋いでいます。有り体に言えば、常に位置バレしている感じ、でしょうか?」

 

 えっと、それはつまり、ヤバくない?

 

『ちょっと待ってくれ! 白野ちゃんをスキャンしたけど、そんな痕跡は見当たらなかったぞ!?』

 

「呪いと言っても、パスにへばりつく程度の微弱なもの。だから、観測できなかったのでしょう」

 

「隠れていても無駄って事か? なら、ここもすぐに見つかるな……」

 

 一時とはいえ、せっかく安全な場所を確保できたと思ったのに、私が居るだけで敵の位置を知らせているとは……。

 これはまずい。となれば、一ヵ所に留まるべきではないだろう。

 必然的に事を急がねばならないが、元々は竜の魔女の指示で、はぐれサーヴァントを探すために動いていた私たち。彼女の目的を果たすようで癪ではあるが、戦うためには仲間が一人でも多く必要だ。

 なら、やはり私がすべき事は変わらないだろう。

 

「小休止の後に、はぐれサーヴァントを探しに行こう。召喚が確認されてる中でも取り分け、竜殺しの逸話を持つジークフリートは重要度が大きい、敵よりも早く見つけて合流しないと」

 

「決まりだな。所長をカルデアに帰すためにも、早くこの特異点を修正しよう!」

 

 方針が決まり意気込む私と立香。そんな私たちを、マルタは何故か複雑な表情で見つめていた。微笑ましく、それでいて悲しげに。側に居たジャンヌも、不思議そうにマルタの様子を見守っていた。

 

「あなたたち、私の弟妹にどことなく似ています……。だからこそ、私はあなたたちを傷つけたくない」

 

「マルタ様……?」

 

 マルタは意を決したように、口を開く。私は何度か見た事があるから分かる。彼女は、何かを覚悟した顔をしていた。

 

「あなたたちにとって、私は所詮は敵。だから、私を討ちなさい。躊躇わず、遠慮せずに。いつ、あなたたちに狂気を向けてしまうかも分からない私など、今のうちに始末なさい」

 

「マルタ様……」

 

 殺せ、と。マルタは私たちに、自らを殺してくれと頼んでいる。後の世で、同じく聖女と呼ばれたジャンヌも、マルタの決意に思うところがあったのだろう。止める事はなく、静かにマルタに視線を送るのみだった。

 

 もはや竜の魔女の契約は切れない。ならば、自分が動けない今のうちに、引導を渡してほしいと。

 もちろん、私も立香も、それには抵抗があった。けど、躊躇っていられる状況ではない事も分かっている。

 

 彼女は死ぬ覚悟を決めている。どうあっても束縛から助けられないというのなら、その意思を尊重し、命を奪う事で救いとする。それもまた、彼女にとって救済となるのかもしれない。

 立香と二人、互いに目配せをして、マルタの望みを叶える事にした私は、この中では唯一明確な武器を手にして召喚されているエリザに、介錯をお願いする。

 

「じゃ、リクエストに答えてサクッとやるわ。言っておくけど、楽には死ねないわよ。それだけは覚悟してちょうだい」

 

「この望まぬ第二の生を終えられるのなら、構いません。この手を罪無き人々の血で染めた私には、苦痛の中で死ぬ罰を与えられて然るべきなのです」

 

 目を瞑り、静かにその時を待つマルタ。まるで、裁定が下されるのを今か今かと待ち続ける罪人の如く。

 が、ふと何かを思い出したように顔を上げると、

 

「最後に一つだけ。私はもう一人、この時代に召喚されたサーヴァントを知っています。これは竜の魔女にも隠してきた秘密。彼女さえもまだ存在を知り得ないサーヴァント。聖人の一人に数えられ、聖ジョージの名で知られるもう一人の竜殺し。───『ゲオルギウス』。彼に会いなさい。呪いは聖人が二人居れば解ける。その時こそ、あなた()()も呪いから解放されるでしょう」

 

 そこまで言って満足したのか、マルタは頭を下げた。その華奢な背に、エリザの槍が突き立てられ、一突きで心臓を刺し貫く。

 彼女の胸元から生えた槍の先端、そして傷口から大量の血が流れ出して、大地へと吸い込まれていく。

 

「これで……私も……解放され、る……………」

 

 死の苦痛を味わっているはずなのに、最期まで微笑みながら、安らかな表情のままにマルタは消滅していった。

 

 

 

 私たちに探すべきだという、もう一人の竜殺し。ゲオルギウスの名を残して。

 

 

 

 


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