Fate/Grand Order  凡夫なりし月の王   作:キングフロスト

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第九節 どんなダンスがお得意かしら?

 

 

 敵に位置がバレていると分かった以上、私には常に移動する必要があった。そして、敵よりも早く残りのはぐれサーヴァントを見つけだし、味方に引き入れなければならない。

 

 ファヴニールやワイバーンを使役する“竜の魔女”───黒いジャンヌがいつ再来するとも分からない。それに不安要素もある。

 私の位置は、常に敵に知れている状態だ。ゲームで例えるなら、マップ上のどこにターゲットが居るのか一目で分かる感じだろうか。なのに、本腰を入れて追っては来ていない。

 推測の一つとして、位置を把握している上で、あえて私を泳がし、はぐれサーヴァントを集めさせてから、そこをまとめて倒すつもりなのかも……?

 

 どちらにしても、このままでは彼女の思惑通りの展開に事は運ぶだろう。

 それを防ぐためにも、まずはマルタが消滅する寸前に話していた『ゲオルギウス』というサーヴァントを探しだし、呪いを解呪しなくてはならない。位置さえ把握されなくなれば、まだ挽回の余地は残されている。

 

 それにしても、ゲオルギウスか……。

 伝説では、聖剣アスカロンを手に、人々を苦しめていた悪竜を倒したとされる人物。聖人でありながら、武人としても非常に優れていたそうで、当時も騎士顔負けの武勇を誇っていたらしい。

 

 竜種や屍の怪物が蔓延り、この世界の住人を苦しめていると彼が知れば、逸話からしてきっと守ろうとするはず。

 だが、未だに存在が知られていないのは何故か? 竜殺しである彼が滞在する街は、竜種を率いるジャンヌ軍にしてみれば攻めあぐねそうなものだが……。それと同じくらい、他のサーヴァントたちも抗戦しているから、なのだろうか。

 

 

 できれば、手分けをして探したいのが本音だ。だけど、それだと各個撃破される危険は避けられない。レガリアが外せないと分かった事もあり、情けない事に私はなるべく多くの戦力に守ってもらわないといけないのである。

 オルガマリーの身を引き受ける役目たる私が、まさか敵に位置を知らせているなんて、最悪の一言に尽きる。

 

 ……現実逃避しても仕方ない。やるべき事をやる。成すべき事を成す。それだけの話なのだから。

 さて、またもや街から街へと巡る旅の再開だ。しかも、今回は急を要する。黒いジャンヌがはぐれサーヴァントたちを始末するのが先か、私たちが見つけだすのが先か……。この競争に負けた時、それは私たちの敗北を意味する。ひいては人類史の終焉に直結するだろう。

 

 だからこそ、私たちは半ば強行軍じみた勢いで、先を急いでいた。

 

 

 

 

 広大なジュラの森から、南に進んだ先にある街リヨンへと到達した私たち。

 マルタの消滅は既に敵に知られているのか、道中で竜の魔女の尖兵であろうワイバーンやゾンビ兵が度々襲ってきた。弱体化しているらしいジャンヌを除けば、こちらは健常なサーヴァントが三騎。そう簡単には倒されないが、今はまだ、なだけだろう。

 その気になれば、物量で押してくる事だってできるはず。なのに、毎回十に満たない敵の数には、ただただ追撃しているだけという印象を受ける。泳がして、集まったところをまとめて倒すという推測も、あながち間違いではないのかも。

 

「街に着いたは良いけど、ここもワイバーンに襲われてボロボロだね。さて、どこをどう探したものかな……」

 

「うーん。やっぱり、しらみ潰しに探すしかないんじゃないか?」

 

 捜査は足でするもの、と警察(ドラマ)も言っているし妥当な意見か。いや、私はサスペンスとか見た事はないのだけども。

 それしかないかと、立香と共にそれぞれに指示をどう出すか相談しようとした矢先、カルデアからの通信が入る。

 

『ちょっと待った。……うん、やっぱりだ。その街の中心で、魔力反応を観測した。魔力量からして宝具じゃなくて何らかのスキルか、それに類する魔術をサーヴァントが使用している可能性があるね』

 

「それはつまり、はぐれサーヴァントがこの街に居るって事ですか?」

 

『そういうコトだ。いや、訂正する。それが味方か敵なのかは分からない。竜の魔女の配下が何か策を講じて待ち構えているのか。それとも味方になってくれるサーヴァントが何かしているところなのか。それは行ってみない事には何とも言えない。とにかく、行くなら注意して向かってくれ』

 

 ロマニの警告に従い、ここは分散せずにあえて全員で、かつ慎重に足を進める私たち。

 街は見るも無惨な状態なのだが、不思議なことに住人の遺体がまるで見当たらない。血の跡は残っているので、間違いなく死者は出ているはずだというのに。

 その痕跡だけが、異様な不気味さを漂わせていた。ワイバーンが亡骸を残らず喰い漁ったのか、若しくは、誰かが意図的に死体を運んだのか。それとも死体が骸骨兵やゾンビにでもなってしまったのか……。

 どちらにしても、この廃墟と化した街の様子は奇妙の一言に尽きる。

 

「………ちょっと待ってくれ」

 

 と、マシュと並んで前を歩いていた立香が、手で私たちの歩みを制する。

 

「何か聞こえないか? 音楽、みたいな……」

 

 言われて、私も耳を澄ませみる。確かに、何か奏でているような耳に心地よい旋律が聞こえてきた。音色からしてピアノ───いや、オルガンか?

 

 廃墟に似つかわしくない、遠くからでも分かる心が洗われるかのような音色は、当然ながら違和感が尋常ではない。

 不謹慎ではあるが、言わばこの街は既に死に絶えている。人は居らず、家屋は崩れ、木々は焼け、視界に入るありとあらゆるものが粉砕されている。

 

 そんな所で、オルガンの音が聞こえるとか、どこの心霊スポットだと言いたい。

 

「……綺麗な音色ですね。清らかで、澄んでいて、まるで奏者の内面を表現しているみたいで……。何故でしょうか、私には、そこに居る誰かが敵とは思えないのです。それに、この演奏からは悪意が感じられません。……さあ、行きましょう皆さん。きっと敵では無いはずです。善は急げですよ!」

 

 そう言うと、ジャンヌは問題ないとばかりに、音色のほうへと歩を進める。

 

『演奏だけで敵味方が判別できるとは思えないんだけどなぁ……って、彼女どんどん先に進んでないか!? 早く追うんだ! 本当にそこに居るのが味方とは限らないんだぞ!?』

 

「あの聖女様、アレで結構な脳筋系女子ですので……」

 

 月の大海において、敵の軍勢に旗一本で突貫していくジャンヌの姿が思い出される。唯一、エリザのみが「うんうん」と私に共感していたが、エリちゃんは別の意味で頭がアレだったからね?

 頭の中がピンク色というかスイーツというかね?

 

 そんなバカな思考は頭の外へと追いやり、ジャンヌを急ぎ追いかける。音源に近づく毎に、微かに聞こえていた音色は、はっきりとした音調として耳に入るようになってくる。

 なんとなく、どこかで聞いた事があるような気のする曲。だが、どうにも思い出せない。というか、曲は聞いた事があっても名前までは知らないという可能性もある。

 と、思い出せないまま悶々と足だけを動かしていたのだが、ここでマシュが「あ」と何かに気付いたように声を漏らす。

 

「この曲、知っています! ライブラリを閲覧した時に、何度か耳にしました。たしか、曲名は『レクイエム』……だったかと」

 

『こっちでも音声を拾ったよ。マシュの言うとおり、これは世界に名高い音楽家、モーツァルトが作曲したレクイエムという名の楽曲で間違いない。僕も人並みには音楽を嗜むからね。すぐにとはいかなくとも分かったよ』

 

 Dr.ロマンの密かな嗜みは置いといて。モーツァルト、といえば知らぬ者など居ない程の有名人だ。バッハやベートーヴェンと並び、肖像画が音楽室の上のほうで陳列しており、およそ日本のあらゆる学校において飾られていて、日本人なら一部例外を除き小学生のうちから見た事が必ずあるのではないだろうか。

 

 黒いジャンヌの言葉が真実なら、彼はキャスターとして召喚されているはず。なら、この演奏は彼によるものである可能性は高いだろう。

 

 しばらく走って、ようやくジャンヌに追い付いた。彼女は足を止め、一点を見つめ動かない。

 そこは少し開けた、公園くらいの空間。街の中心、かつては噴水が有ったであろう残骸の前に、場違いにも程があるオルガンとそれを演奏する長髪の男、そして曲に合わせるようにくるくると舞い踊る一人の少女が居た。

 

 楽しそうに踊る少女は、曲に合わせて鼻唄を口ずさみ、ハーモニーを奏でている。

 

 少女の踊りは、セレブが踊るような社交ダンスっぽいものだ。

 決して。決して踊り自体はプロのような上手さとは言えない拙さがあったが、けれどそれを全て帳消しにするまでに、少女は美しかった。

 

 表現が難しいのだが、容姿だけを述べたのではなく、その立ち振舞い、足運び、表情、仕草、歌声───それら全てが、人間に表せる美しさの全てを体現しているというか。

 自分でも何を言っているのか理解できていないが、とにかく彼女に目を奪われてしまう。

 

 何もそれは私に限った話ではない。先にたどり着いたジャンヌを始めとして、立香もマシュも、サーヴァントたちも。全員が彼女の舞う姿から目を離せないでいたのだ。

 自称アイドルのエリザベートでさえも、まるで本物の偶像(アイドル)を目にしたかのように、瞳をキラキラと輝かせて、少女に釘付けになっていた。プライドの高い彼女の事だ。きっと無意識にそうなっているに違いない。でなければ、美しさを自負するあのエリザベート・バートリーが、自分以外の同性に見惚れるなんて有り得ない。

 

 しばらくの演奏が続き、やがて終幕の時が来る。その間、二人は余程集中していたからか、私たちには気付いていないようだった。

 

「……死んでいった、わたしの愛する民たちの魂に、どうか安らぎを。願わくば、その魂が暖かな光に包まれますように」

 

 ……、よく見てみれば、彼女を中心とした半径20mほどの円の内側には、布でくるまれた何かが数十と並んで横たわっていた。布の所々に赤い染みが散見し、おそらくアレは血痕。つまり、この街の住人の遺体だろうと思われる。

 それらの布で包まれた遺体のおよそ全てに、胸の上辺りでキラキラと何かが輝いている。少女の祈りに呼応するかの如く、その輝きは増しているように見えた。その物体は、なんとなく花の形に見えなくもない。

 

(……アレは、硝子でできた───バラの花?)

 

 彼女が祈りを捧げ終えると、少女と男はようやく、私たちの存在に気付く。

 

「あら? あらあら? ごめんなさいね、ダンスに夢中で気付かなかったわ。どなたか存じませんが、わたしたちに何かご用かしら?」

 

「おや? いつの間にか観客が訪れていたようだ。でも、すまないね。生憎だけど今の曲は鎮魂歌。生者へのものではなく死者へ手向ける為の演奏だ。それに、マリアたっての頼みだからこそ、先を急ぐというのにボクは応えたんだ。残念だが君たちへのアンコールには今はお応えできないよ」

 

「もう、アマデウスったら不躾ね。出会ったばかりの方々に対して、その言い方は失礼だわ! ごめんなさい。彼ってば、あえて空気を読まない困ったさんなの。どうかお許しになってあげてくださいな?」

 

 見ず知らずの私たちに敵意を向けるどころか、むしろ好意的にさえ取れる少女の態度からは、到底敵であるとは思えない。

 それにアマデウスと呼ばれた彼───間違いなくヴォルフガング・アマデウス・()()()()()()───が居る事から、彼女こそがライダーであるマリー・アントワネット王妃なのだろう。なるほど、納得というもの。かの貴婦人ならばこそ見惚れるのも当然だ。

 

 柔らかな微笑みを携えた王妃に、まるでそうするのが自然だと言わんばかりに、ジャンヌは膝をつき、(こうべ)を垂れる。

 

「こちらこそ、声も掛けず覗き見るような真似をし、謝罪します。そして感謝を。命を散らした民の為に祈りを捧げるべきは、本来ならば私のすべき役目なのです。……失礼ながらお聞きしますが、あなたはマリー・アントワネット王妃様で間違いありませんか? そして、そちらの男性はモーツァルト殿では?」

 

「まあ、そんなに畏まらないで? 貴女の言うとおり、わたしの真名はマリー・アントワネット。彼の真名もそれで合っています。ところで貴女……前に見た時と色や雰囲気が変わっているような気がするわ? いめちぇん? というのをしたの?」

 

「ぶふっ」

 

 およそかつてのフランス王家の王妃が口にするとは思えない単語が飛び出し、しかも的外れが過ぎる事もあって私は思わず吹き出した。

 

「ハハッ。ボクも大手を振ってキミの意見に賛同したいところさ! けれどマリア、目の前に居る彼女は、前にボクらが遭遇した少女とは別人だろう。いやはや、見た目はまるっきり瓜二つだけどね。違うのは色と口調と性格ぐらいじゃないかい?」

 

 いや、それだけ違えば()()()程度の話ではないと思うのだが……。それにしても、だ。

 前に遭遇した。つまり、一度は竜の魔女から逃げおおせたという事。二人ともサーヴァントではあるものの、戦いが得意だったなどという逸話は無い。どちらかと言えば、アンデルセンなどと同じように戦闘力皆無なイメージしか無いのだが……。

 

「それで? 見たところキミらは竜の魔女一派じゃなさそうだけど、あらかじめボクらの真名や存在を知っていたのは何故なんだい?」

 

 笑顔で問うてくるモーツァルト───今後はマリーに倣いアマデウスと呼ぶ───が探りを入れてくる。笑顔なのだが、作り笑いにしか見えないのは、きっと気のせいではないだろう。

 名前を知っているからと言っても、初対面に変わりない。ならば言葉は慎重に選ぶべきだ。

 丸投げという訳ではないが、カルデアについての説明や私たちの状況を伝えるなら、ここはマシュが適任か。

 というワケで、マシュの肩にポンと手を置き、目配せで後を任せた私なのであった。「えー」みたいな顔をされたが、だってカルデアではマシュのほうが私より先輩だし、それくらい許してくれてもいいじゃない?

 すぐに抗議を諦めたマシュが、私たちを代表して前に出る。

 

「わたしたちは人理継続保障機関カルデアの者です。焼却された人類史、そして消失した未来を取り戻すために、この特異点を消去するべく遣わされました。あなた方の事を知っていたのは、こちらに居る岸波さん(かのじょ)が竜の魔女に捕らわれた際に、あなた方の情報を耳にしたからです」

 

「まあ! じゃあ、あのワイバーンが飛び交うオルレアンから逃げ出せたの? あなたには幸運の女神の加護があるのかも。すごいわ! これが噂に聞く“ごっずほるだー”というものなのかしら?」

 

 そんな大それた存在じゃないです、私。

 

「特異点ねぇ……。つまりアレだ、人類は未曾有の危機に晒されているってコトだ。なるほどこれで合点がいく。だからボクやマリアが召喚された、と。サーヴァントがマスターも居ないのに現界してるなんて、普通なら変な話なんだぜ?」

 

 同じはぐれサーヴァント仲間であるエリザと清姫も、うんうんとアマデウスに同意するように頷いていた。

 通常の聖杯戦争では、聖杯から令呪を与えられたマスターが、聖杯を介して英霊を召喚するのだが、では今回のイレギュラーな召喚の理由は何か。

 何にしても、英霊召喚の鍵となるのは聖杯だろう。やはり、この特異点にも聖杯は存在するという事か……?

 

「それにしても、よりによって戦闘に向いてないボクが召喚されるとか、面白いくらい笑えるね。これならまだサンソンの野郎が召喚されてたほうがマシなんじゃないか? だってアイツ処刑人だし。刃物の扱いにだって多少慣れてるだろ」

 

「あら、あなたにだって、他の誰にも負けない素晴らしさがあるじゃない。アマデウス、あなたの音楽は人に感動を与えるの。それは誰にでもできる事じゃない、素敵で無敵な最高の長所だと、わたしは思うわ!」

 

 マリーは眩しい笑顔を以て、アマデウスの全てを肯定する。その有り様は、ある種の女神の在り方にも等しいと思えるまでの神々しさや貴さを内包していた。流石は、世界一有名な王妃様である。

 

「コホン。話を戻しますが、人類を救うため、未来を取り戻すためにも、どうかわたしたちに協力を───」

 

「するわ! もちろん!」

 

 ───お願いします、とマシュが言い終えるよりも早く、マリーはとびきりの笑顔でこちらの申し出を快諾した。

 早すぎる返答に、マシュは目をぱちくりさせて少しのあいだ戸惑っていたが、すぐに平静を取り戻す。

 

「あ、ありがとうございます。まさか即答してもらえるとは思わなくて……」

 

「だって、世界を救う戦いなのでしょう? それってすごいわ! まるで物語に登場する正義の味方みたいで、とてもとてもかっこいいもの! それに、それだけじゃないわ。愛するフランスの民の未来を守るためなら、わたしは戦う事を躊躇なんてしない。たとえ生きた時代が違っても、ここがフランスである事は変わらない。この時代の罪無き民の命がこれ以上奪われないようにするのは、この国の王妃として当然の務めだもの」

 

 彼女は堂々と断言してみせた。かつて、愛したはずのフランス国民から弾劾され、挙げ句は処刑までされたというのに。

 恨み言の一つも有るだろう。憎しみを抱いてもおかしくはないはずだ。

 だが、それを一切表には出さず、フランスに住まう者たちの未来さえをも守ると、彼女は笑顔で答える。

 

 私だったら、彼女のように自らや家族の命さえ奪った人々の為に、そんな風に微笑んで言えるだろうか……?

 

 マリー・アントワネット。かつてのフランス王権の象徴。貴くも儚き貴婦人。その真髄、その一端を、僅かながらも私はここに垣間見た。

 

 屈託ない彼女の慈愛の笑みに、やれやれ、と分かっていたかのように、アマデウスも諦めたように小さく笑った。

 

「マリアが話に乗るならボクも乗るさ。手を貸そうじゃあないか。もっとも、ボクは非力なキャスターだ。戦闘面ではあまり期待しないでくれたまえよ。あと、割りとサポートも得意なほうではない自負があるから、そこのところヨロシク」

 

 これまた邪気のない笑顔で以て、自分から使えないアピールしてくるアマデウス。これには私たちも渇いた笑いを禁じ得ない。

 と、とにかく、仲間が増えたのは素直に嬉しいしありがたい。この調子で他のはぐれサーヴァントも仲間に引き入れられると良いのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『話はまとまったかな? というワケで、今まで事の成り行きを見守っていたけど、ボクからも自己紹介を。カルデア所長代理をしているロマニ・アーキマンだ。よろしくお願いするよ』

 

「まあ! 姿が見えないのに声だけが聞こえてくるわ! 一体どんな魔法なのかしら?」

 

 カルデアとの通信に、未知に遭遇した子どものようにはしゃぐマリー。彼女の時代、電子機器なんて存在しなかったし、当然の反応ではある。

 ちなみに、まだ設備の修復が万全ではないため、今は声だけの通信となっているが、整い次第姿も映した通信ができるようになるらしい───と、ダ・ヴィンチちゃん談。

 

『白野ちゃんが竜の魔女から得た情報によれば、はぐれサーヴァントで残っているのは分かるだけだと、あとはジークフリート。そしてマルタが消滅の間際に伝えたゲオルギウスだね。特にジークフリートはファヴニールを討ち果たした英雄だから、敵がファヴニールを従えているなら、何としても彼と合流したいところでもある。そこにゲオルギウスというもう一人の竜殺しが加われば、まさに百人力なんだけど……』

 

「ゲオルギウス? ……んー、そんな名前をどこかで聞いたような。どこだったか……。マリアはどうだい?」

 

「わたし覚えているわ! ついこの前にティエールを通ったのだけど、街が襲われたところを助けてくれた人たちが居たんですって。その人たちが居なくなってからは、入れ替わりでゲオルギウスという方がティエールの街を守っているって聞いたわ。残念ながら、わたしたちは会えなかったのだけど……」

 

 ティエール? ティエールってたしか、私たちが黒いジャンヌに捕まった所では?

 

「街……ワイバーン……襲撃……うっ。頭が痛いわ……。具体的には、アタシがあの女に不様にコテンパンにされた的な! 思い出したらムカムカしてくるわ……!!」

 

「エリザベートカゲさんの悔恨と頭痛は置いておきまして。またティエールに向かう、という事でよろしいのでしょうか? わたくしたちが助けた街の方々の無事を確認するという意味でも、向かって損はありませんね」

 

 清姫がナチュラルにエリザをディスるのはこの際目を瞑り、ゲオルギウスがまだティエールに滞在している可能性も考慮するなら、目的地に指定して問題ないだろう。

 

『ゲオルギウスに会えれば、白野ちゃんの呪いを解く事ができるのなら、行かない手はない。ただ、解呪に成功すれば敵にもその事は知れるはずだ。最悪の場合、解呪してすぐの襲撃も有り得ると覚悟したほうがいいだろう』

 

「どちらにしてもリスクはある、か……。どうする、白野? 所長と君の安全を考えれば呪いは早々に解くべきだろうけど。ちなみに俺は行くのに賛成」

 

 立香の問いかけに、私は一瞬考えたが、すぐに答えは出た。

 

「もちろん。行こう、ティエールに!」

 

 元々、ここに飛んでからの私の旅は、仲間を集める為の旅のようなものだった。小次郎と出会い、エリザや清姫とも合流し、こうしてカルデアの皆やジャンヌたちとも再び巡り会えた。

 

 足を止める事だけはしない。これまでも。これからも。

 それだけが、何も持たない私にできる、唯一の事なのだから。

 

「決まりね! それじゃあ、遺体を埋葬したらすぐに出発しましょう! わたしの馬車なら、あっという間に到着しちゃうわ!」

 

 マリーは意気込むと、その細い腕で遺体を包んだ布袋を一体ずつ運び始める。文句を言う事なく、アマデウスも彼女に倣い動き始めていた。

 

 敵の襲撃の頻度からして、少しの猶予くらいならあるだろう。私とて、数多くの亡骸を放置するのは良くないと思う。ここは彼女に協力して、遺体の埋葬をしようか……。

 

 ───誰からでもなく、気付けば私たちは自然とマリーを手伝い出していた。Dr.ロマンも、特に口を挟むことなく静観している。火急の時とはいえ、倫理や道徳を軽んじてはいけないと彼も理解しているのだろう。

 

 立香は───あの冬木の地獄を見たとはいえ、きっとこれまで死とは無縁な世界で生きていたのだろう、やはり顔が強ばっていた。

 ……いや。私だって、同じだ。私も死には慣れていない。

 

 七回。月の聖杯戦争で自らの手に掛け、命を奪ったのは七人だった。だが、結論からして私は、それより多い、百を越えるマスターたちの屍の上に立っている。

 多くの骸を踏んで、私は月の王として君臨したというのに。未だに生き死にの世界から遠い場所に立っているという認識があった。

 電脳世界で生まれた私にとって、死者は消滅するもの。故に死体は見慣れないものだ。だから余計に、私は死への現実味を持てないのかもしれない。

 

 死への恐怖は知っていても、実像を持った死への耐性が、私には欠如しているのだ───。

 

 

 

「白野さん」

 

 

 

 いつの間にか、ジャンヌが隣に居た。私の顔を心配そうに覗き込んでいる。もしかしたら、思っていた事が顔に出ていたのかもしれない。

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもない。ただ、死体には慣れないなって。電脳世界だと死体は残らなかったし。……この手で何人もの命を奪ってきたのに、薄情な話だよね」

 

「……それは仕方のない事です。少なくとも、月の聖杯戦争に参加したマスターは皆、命懸けであると承知で参加したはず。もちろん、そんなつもりのない者も居たでしょう。ですが、だからって貴女が何もかも背負う必要なんてありません。命を奪った事は事実だったとしても、貴女は生きる為に戦った。生き残る為に勝ち続けた。それを誰が責めましょう?」

 

 私は悪くない、と。彼女はまるで聖女かのように諭す。

 ───否。彼女は、彼女こそは聖女である。本人は否定しているが、その精神は、心は、魂の有り様は、たとえ彼女自身が認めないとしても、私は聖者のものであると断言しよう。

 

「本来、人は死に慣れる必要など無いのです。それは戦士の本分。貴女は戦う者ではありますが、戦士ではない。けれど、貴女にしかできない役割がある事にも変わりない。貴女は貴女の戦うべき場所で戦えばいいのです。直接敵と戦う事、死との隣り合わせなんて、私たち他のサーヴァントに任せてしまえばいい。たとえ、今の貴女が同じサーヴァントであったとしても」

 

「……うん。そうだね。私には、私のやるべき事がある。それまでは──絶対に死ねない」

 

 きっと、私は死に慣れる事はないだろう。もしも、死に慣れてしまった時が来るとすれば、それは私が人である事を辞めた時。

 人の心を捨てて、悪鬼に堕ち果てる時がいずれ来るとしても、今はまだその時ではない。

 

 

 オルガマリーに。立香に。マシュに。カルデアのみんなに。

 私が僅かでも彼らの力になれている間は、全力で走り続けよう。

 だから私は死ぬ訳にはいかないし、これから先もきっと死に慣れる事はないし、そのつもりもない。

 

 たとえサーヴァントになろうとも、岸波白野(わたし)の在り方は変わらないのだから。

 

 

 

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