Fate/Grand Order 凡夫なりし月の王 作:キングフロスト
電気ショックによる荒療治もあってか、驚く事に本当に私の手足は少しなら動くようになった。
リハビリ一日目は電気ショックで少し回復した事もあり、まずは手からのリハビリが実施された。最初は簡単に、ものを掴んだり放したり。徐々に持つものが重いものへと変えられ、分厚い本くらいなら持てるまでには回復を遂げる事に成功。
これには私も素直に驚いた。時間にして4時間掛かったが、それでも全く動けなかった事を思えば、驚異的なリハビリ効果が出ていると言える。
電気ショックでこれだけ回復するなら、世の中のリハビリ治療にも取り入れるべきでは?
と、私がダ・ヴィンチちゃんに進言したところ、
「君はお馬鹿なのかな? これは私お手製の電気ショックマシーンだと言っただろう。このマシーンから発されるのが単なる電気ショックだけな訳がない。これはね、電気ショックと共に魔力を送る装置でもあるんだ。物理的刺激と魔力による刺激を与えて、体内を巡る魔力を活性化させて、新陳代謝と自然治癒力を高める効果が得られるのさ。当然、魔術回路か魔力を多分に含んだ肉体でないと効果は十全には表れないよ」
といった具合に、長ったらしい説明が返ってきた。要は、魔術回路の無い人間、ひいては魔力に乏しい一般人には効果が薄いか、全く無意味であるという事らしい。
確かに、そうだとすると一般社会に流通してもあまり意味はないだろう。しかも、製作したのはダ・ヴィンチちゃん。あの高名なレオナルド・ダ・ヴィンチが考案し作ったものだし、価格もそれなりにお高いに違いない。
なんだかんだで、リハビリ初日から好調のスタートを切った私だったが、時間と体力の都合で今日は手の回復のみで切り上げとなった。
部屋に帰るのもリハビリの一環という事で、ダ・ヴィンチちゃんと別れた私は、リハビリの途中から様子を見にきたDr.ロマンに見守られながら車椅子を漕いで、自分に割り当てられた部屋へと戻る。
無論、私だけだと迷子になりそうだったので、Dr.ロマンがついて来てくれたのは助かった。
「それにしても、初日からトバして行くとはレオナルドも言っていたけど、まさかもう手足が動かせるようになるとはね。これでもカルデアの医療部門トップを務めている僕だけど、その僕でさえ驚きを隠せないよ」
癖なのか、首の後ろに手を回して笑うDr.ロマン。どことなく頼りない印象を受けるのに、一部門のトップという意外な事実に驚きつつ、私は隣を歩く彼に恨みの念を込めて視線を向ける。
「ダ・ヴィンチちゃんから聞きました。電気ショックの許可を出したのはDr.ロマンとオルガマリーだって。すごく痛かったんですからね……?」
「うっ……!? そ、それを言われると辛いところなんだけど……。でもその分、君の回復も想像以上に早いんだし、ここはイーブンって事で許してくれると助かるかなぁ」
……む。その点については、Dr.の言う通りだし、大きな声で文句は言えないのもまた確か。とは言っても、それは結果オーライというだけで、私が痛い目を見たのは変わりない。
「……あのぅ、だからね? そんな怖い目で僕を見るのはやめてほしいんだけど。それにレオナルドのやり方を許可したのは所長だって同じなんだし、せめて僕だけを責めるのは勘弁してね?」
あ。言うだけ言って、Dr.は私から逃げるように足早に先を歩いていってしまう。というか逃げたな。
「……、ふふ」
でも、私が見失わない程度にはスピードは緩めてくれているあたり、Dr.ロマンの人間性というか、優しさが垣間見えているので、怒るのはもうやめておこう。
部屋に戻ると、私はDr.ロマンに肩を借りてベッドへと腰掛けた。足が動くと言っても、まだほんの少しという程度。手ほどは自由が利かないためだ。
「お疲れ様、白野ちゃん。さて、僕も退散するけど、これを渡しておくよ。何か困った事があれば、それを使って呼んでくれるといい。女性の手助けが必要なら、女性スタッフも手配するからね。まあ多分だけど、所長が買って出るかもしれないけど」
そう言ってDr.ロマンから渡されたのは、腕時計のような端末だった。ボタンが幾つか付いており、軽く使い方の説明を受ける。
どうやら画面はホログラム式で、操作も宙に浮き出た画面をタッチするといった、かなり近未来的な端末だ。
これを見ていると、月の王権を行使する時に操作したコンソールを思い出す。
Dr.ロマンが退室して、私はどうにか枕の元まで行くと、仰向けになってベッドに寝そべった。
「…………、」
少し震える腕を伸ばし、手が見えるところまで持ち上げる。
指先、正確には中指に、かなり見覚えのある物が嵌められていた。
月の王権を所有する事を示す、唯一無二の王者の証。ムーンセルの全権限が集約された指輪───レガリア。
ダ・ヴィンチちゃんに対抗する訳ではないが、可能な範囲内であれば、まさしく万能の礼装と言えるだろう。
それは、時間を越える事さえも可能とした程に。
……とは言っても、過去へ遡ったのは『岸波白野の記憶』だけではあったが。
「レガリア……月の王権、か」
その輝きは変わらない。けれど、そこには中身が伴っていなかった。ムーンセルへとアクセス出来るかと試してみたが、どうやっても接続されず、単なるお飾りと化していたのだ。
ただ、うっすらとではあるが、このレガリアからは魔力を感じるので、単純に装飾品であるとは断言出来ないだろう。
───もし。
もしも、月の聖杯戦争を共に戦ったサーヴァント達を喚ぶ事が出来れば。
きっと、この世界を、人類を救う為に力になってくれるだろう。
「……ううん。それは、きっと叶わない」
でも、それが無理だというのは頭で理解している。彼ら、彼女らとの繋がりはここまでは及ばない。
魔力の枯渇が起こったという私の世界の地球。だが、この世界では魔力の枯渇は起こらなかった。
つまり、私の世界では魔術の名門など既に廃れているはずなのだ。
しかし、この世界はそうではない。私を召喚したというオルガマリー。彼女が魔術の名門の生まれであるのなら、この世界では
以上の事から仮定するとしたら、ここは私が居た世界ではないのだろう。
もしかしたら、ムーンセルすらも存在しない世界なのかもしれない。とすれば、ムーンセルが無い以上はレガリアは効力を持ち得ないのである。
故に、ムーンセルに居るであろう私のサーヴァントともやりとりは困難を極めるどころか、不可能に近いかもしれない。
「……だとしても、私が為すべき事は変わらない。こうして、オルガマリーのサーヴァントとして召喚されたんだから、今の私が出来る事をするだけ」
決めたのだ。この世界を見捨てて、ムーンセルに帰るつもりはない、と。
それに、まだ可能性が完全に潰えたという訳ではない。英霊とは、世界と契約し、世界を超えた“座”と呼ばれる所に召し上げられると聞く。
ならば、全くの同一存在とまではいかないだろうが、もしかしたら記憶の一部を保持したかつてのサーヴァントとも、この世界で再び逢えるかもしれない。
今度、英霊召喚をする機会に立ち会ったら、レガリアを触媒に使ってみようか。
まあ、レガリアと縁があるのは私が知る限りは四騎のみ。しかも、触媒として召喚するには、あまりに逸話として成立していないので、期待通りにはならないだろう。
「はあ……」
疲れてきた腕をそろそろ下ろし、私は溜め息をつく。召喚され、覚醒してから今日で二日。今日だけでも色々と衝撃だったが(主にダ・ヴィンチちゃんの件で)、まだ何も始まってはいないのだ。
物語で例えるとすれば、今、私が立っているのは序章。それも物語がやっと動き始めた辺りだろう。
目を閉じ、思考を放棄する。
とにかく疲れた体と脳を今はただ休めたい。そう思い、私は頭を空っぽにして、深呼吸をした。
何も考えていなければ、疲れた体には案外あっさりと眠気がやってくる。
それに抗う必要はない。惰眠を貪るのでなく、休息の為の睡眠だ。ならば、素直にこの睡魔に
閉じた瞼はもはや重く、開く気もなかったので、そのまま私は気付けば深い眠りに落ちていた。
微睡みの中で、誰かの声を聞いた気がする。
何故か、ひどく懐かしいその声。
──ああ、この夢は……いつ覚めるのか。