さぁ、これはまだ政宗家の娘たちが子どもや甥たちの世話に四苦八苦していたころのお話……姉妹の中では末っ子に近い少女『政宗湊』は実家に集められたことに今日何度目かのため息を吐いていた。
一部が編み込まれた薄い紫色のショートヘアにルビーのような赤い瞳、可愛らしい顔立ちの華奢な彼女だが、可愛すぎるため「女装少年ですか?」・「股間にいつごろキノコが生えるのですか?」とセクハラ紛いの質問を初対面の人に言われているがそれでも元気にやっている。ちなみに趣味は料理。
閑話休題……周囲を見れば姉たちも集められており、その顔には不満だったりポーカーフェイスの笑顔だったりとそれぞれの反応をしている。
そんなことをしている間に、聞き慣れた……それでいて殴り飛ばしたくなるような大声が姉妹たちの行動を止めた。
『缶蹴りする人ーーーーーーっっ!!!手を挙げろーーーーーーーっっっ!!!!』
マイクを使わなくても充分なはずなのに、わざわざ雰囲気が出るから使っているとしか考えられない実父の声に全員が顔をしかめる。
そして現れた無駄にダンディな容姿と声を持つ元臣は気にすることなく、何処からか拾ってきた空き缶(仮面サ○ダー)を高々と掲げる。
『文句のある奴は全員纏めてかかってこいーーーーーーーっっ!!!』
その言葉を聞いた瞬間、全員の心は一つになった。
『げふっ!?』
取りあえず、目の前のバカを一斉に蹴り飛ばすことにした。
一先ず
ショートヘアのアメジストカラーでモデル並のスタイルを赤いメイド服で身を包んだ彼女は朗らかな語り口で事の経緯を話す。
『えー。今回、ダーリ…失礼。旦那様がこのような暴挙に至った理由はですね、慣れない子育てや仕事、勉強などでストレスを溜めているであろうお嬢様方のために企画したのです』
「……限りなく、余計なお世話」
かなり雑な説明ではあったが、どうやら自分たちの貴重な時間を割いてまで集めたのは他ならぬ自分たちのためであるらしい。
その言葉に返したのは長い黒髪で目の辺りを隠している華奢な女性『安高霧』……太陽の光を苦手とするほど病弱だが精霊術による魔力弾を使った弾幕戦を得意とする。
「大体、私たちのことを考えているならさっさと娘たちのところに帰してほしいわね」
「同感」
「大体、ストレスの解消なら自分たちでやりますし」
手厳しい言葉をぶつけるのは、マゼンタの長い髪を後ろに伸ばした凛としたスレンダーな女性『天堂奏多』と赤いアシンメトリーな衣装に身を包んだ小柄な女性『紅音梨華』、そして黒いセーラー服のような洋服を着た黒髪ショートの女性『左雷華』の三人。
真面目な彼女たちは子育てに関しても真剣に取り組んでいるため、娘や息子たちを置いている現状に不満を隠せないでいる。
だが、全員が全員かというとそうではなく……。
「まーまー!ここはお父さんの意志を汲んであげようよっ、お姉ちゃんたち!」
「そ、そうですよね。父さんも悪気があったわけではないですし……」
子どもが大人になったようなテンションで話すのは奏多と同じ容姿だが、胸囲が圧倒的に違う『尾上遥香』、宥めるように話すのはメガネを掛け、片目を前髪で少し隠したショートヘアの女性『政宗詩菜』。
だが、湊は不満の色を隠せない。
そもそも缶蹴りというチョイス自体に、湊も「元臣が遊びたいからでは」と思っており、限りなくテンションが下がっているからだ。
そこに、挙手をする女性がいた。
「ところで、こんな大掛かりなことをしているんだ。勝者への見返りはあるんだろうな?」
凛とした声でそう問いかけるのは姉妹の中で一番スタイルが良くカッコ良い女性『芦河唯』だ。
面白いことには率先して動く彼女は楽しそうに笑みを浮かべており、どうやら遊ぶ気満々の様子である。
その質問に「もちろん」と頷くとシャノンが宣言するように声を張り上げた。
『景品として、スイーツバイキングのチケットを差し上げますっ!!』
その一言が、甘い物に飢えていた彼女たちの目の色を変えた。
缶蹴り……まぁ大体の人が遊んだこと、もしくは聞いたことがあるかもしれないが簡単に説明しよう。
まず参加者は鬼と缶を蹴る役に別れ、缶を倒すか缶を蹴る、または缶を守り倒さずに終えるかを争う遊びの一つであり、鬼が参加者を見つけた後、缶を踏んでから10カウント数えることで見つかった参加者は鬼に拘束、全員を拘束することで勝利となる。
逆に参加者に缶を蹴られる・倒されると鬼の負けになり捕まった者が全員解放される……以上がルールである。
今回は特別ルールとして『精霊術の使用は可能(ただし幾分か制限される)』・『行動範囲は政宗家のみ』・『連絡の際はスマホの通話かRINE(LINEのようなもの)を使用する』が追加され、無駄に本格的になっている。
守備側は湊・霧・梨華・野上紫音・小野寺葵・唯・遥香・奏多・剣立京香・詩菜……。
攻撃側は門矢美緒・辰巳加奈子・雷華・政宗愛奈・政宗美海・政宗真希奈・政宗絵里奈……これが缶蹴りを行うメンバーたちである。
「まずは作戦を立てよ」
長女である京香の提案に遥香は「ちょい待ち」と挙手する。
「作戦って言ってもさー、ただ缶を守るだけしょ?そんな必要…」
「それはどうかな?」
彼女の言葉に異議を唱えたのはフリフリの衣装から動きやすい黒いジャージに着替えている紫音……半目のようなポーカーフェイスと編み込まれている銀髪が特徴の彼女は言葉を続ける。
「相手が攻撃を仕掛けた際、相手の攻撃に気を取られている間に缶を蹴り飛ばされる可能性がある。それに相手チームには美緒がいる。どんな絡め手をしてくるかは見当もつかない」
「そうね。なら、こっちも対抗するための戦略が必要になってくる」
(この人たちどうして缶蹴りでここまで真剣になれるの?)
湊は真剣な表情で話し合いを始めた二人に心の中でツッコミを入れる。
チケットに釣られた自分も人のこと言えないが、本格的なまでの会議にツッコミを入れざるを得ない。
ちなみに攻撃側も愛奈が似たような状況にツッコミを入れていたが、両チームの会議は止まることなく進行していく。
いくら遊びで報酬が絡むとはいえ、彼女たちを動かすのはたった一つ。
(この勝負……絶対に勝つっ!!)
勝利への渇望、ただそれだけであった。
そしてついに雌雄を決する時が近づいてきた。
『さぁ、お嬢様方。間もなく開戦のベルが鳴る時間となりました。小便は済ませましたか?神様へのお祈りは?もはや部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備などはありませんよ』
シャノンのアナウンスが聞こえ、その挑発染みた言葉は彼女たちの闘志を燃やす。
攻撃側はそれぞれの作戦で指示された配置で息を殺すように隠れ、守備側は代表として京香が片足で缶を踏んでこの場にいない敵を見据えている。
ちなみに空き缶は精霊術で風や攻撃の余波で倒れないようになっているため、せっかく捉えた人間が解放されるという涙目な展開が起きない仕様になっている。
万が一不正が起きた場合などは、強制退場+恥ずかしいほどのお仕置きを味わうことになるため絶対に不正をしないようにと釘を刺されていたため、進んで反則行為はしないだろう。
そして守備側は捕まえたことを審判側にも分かりやすくするため音声認識のカラーボールを所持し、それにヒットした者の名前を呼ぶことで『拘束した』という判定がされるのである。
そして、シャノンがカウントを告げる。
『本来なら、缶を蹴ってから取ってきて踏んでからの10カウントですが時間の都合上のためこのままカウントをさせていただきます』
「1」と最初のカウントは始まる。
それは徐々に2・3・4・5と続き、全員の高揚感が高まっていく。
その感覚に湊の身体は自然と缶を守るように戦闘態勢へと変わっていく。
『6……』
唾を飲む。
『7……』
周囲を睨む。
『8……』
心臓が早鐘を打つ。
『9……』
そうした緊張を解くように、ゆっくりと息を吐く。
『10っ!これより、「キック・ザ・缶」のスタートですっ!!』
「「……て、何で英語に言い直したっっ!!!」」
そんな湊と愛奈のツッコミと共に、史上最大の缶蹴り対決が幕を開けるのであった。
続きました。次回は未定。