金属の支配者 作:眼咤琉
二人の男女が俺をのぞきこむ。
妙に頭がボヤっとして、体がだるい。
転生の影響か、と思ったがどうも違う。どことなく体が熱っぽい。
男女――俺の両親曰く、四十度を越える高熱のせいで昏睡して六日目の今日、やっと俺が目を覚ましたのだという。
生死の境目をさまよっていたらしい。
そうなのか、と体の不調に納得する。
そこで一つ悲しい事実に思い至る。転生先のこの体の主。おそらく彼は死んでしまったのだ。俺とこの肉体に入れ違う形で。
体が大きい事に気付く。
転生ではなく、憑依転生と言うべきか。この際どちらでも構わないが、前の主の記憶によると七歳といったところだ。
まだぼんやりする頭に鞭を打って、前の持ち主の記憶を漁る。
この島の名前はタルム島といい、鍛冶技術が優れていること。
俺の名前が『リュウ』であること。
取り立てて特筆すべき点は少なかった。
不謹慎ではあるが、彼の記憶は面白くて。
漫画を読むように夢中になって一日中、彼の記憶を探った。
翌日。俺は父親に連れられて、仕事場――もとい鍛冶場にやってきた。
父親が金属製品を造っている。俺はそれをじっくりと見つめる。今後の能力の糧になるかもしれないからだ。
「今回はお前が刀を鍛える番だったよな」
無茶ぶりとも思える発言。
驚愕するが、リュウの記憶を辿ると確かにその記憶があった。ならば仕方ない。
父親が刀を造る為のスペースをあけ、代わりに俺が収まる。意を決して、てこ棒を手にとって、玉鋼を載せる。ちなみに玉鋼を作るのはそういう職人がやってくれている。
なぜか、わかった。どうすれば金属が応えてくれるか。
どうすれば鋭くなるか。どうすれば切れ味がよくなるか。その為に今やるべきことが。
俺はその“わかる”に従って工程を進める。
今行っている、積み沸かしと呼ばれる工程。
てこ棒と呼ぶ鉄の棒の先端に出来た欠片を積んでいく。
なるべく隙間なく、それでいて不純物の出やすいように積むことが大事だってわかる。
そして和紙で包んで、藁灰と水に溶いた粘土を掛けてほどに入れたら、千三百度から千五百度近くまで温度を上げて叩いて圧力を加えて金属同士をくっつける、鍛接で玉鋼をひとかたまりにする。
この藁灰と粘土には表面の融解や酸化を防ぎ鍛接を助けるはたらきがあるのだ。
体が自然に動いた。体に叩き込まれているのか。
知っている。俺は刀の造り方を知っている。
なぜだ。それは“リュウ”が刀を造ってきたから。その肉体を引き継いだ俺が刀の造り方を知っていたって不思議じゃない。
次の工程に入る。
折り返し鍛錬という、積み沸かししてひとかたまりになった物を形を整えつつ、長方形に伸ばして、切れ目を入れて折り曲げる工程。
これをもう一度ほどで加熱し鍛接して延ばし、切っては折り曲げて、という工程を繰り返し行っていく。鍛錬には一文字鍛えと十文字鍛えと言う方法があって、時に応じてどちらかを選ぶ。中心になる柔らかい心金で十回くらいで、心金を覆う硬い皮金で十五回程度。しかし、それは決まった回数ではなくて、適度な粘りと硬さ、そして鉄の具合を見て、どの回数が最適か、というのを決めなければならない。それには熟練の知識がいるのに、俺はそれをあっさりとやってのけた。やっぱり“リュウ”の力に依るところが大きい。
それが終わると、それぞれ数種類の硬さや粘りの違う鉄が出来上がったら、造り込みと言う内部の構造を作る工程に移る。
硬度の異なる鉄を鍛接し、内部構造を作る。
また、刀の特徴である『折れず・曲がらず・よく切れる』というのがある。
実はこれは矛盾していて、折れないというのは粘りがあって柔らかいということ。しかし、曲がらないのは硬い証でもある。両者を混在させる、刀にとっての大事な工程がこの造り込み。硬い皮金をU字方にし、そのへこみに心金をはめるのだ。
そして、基本的に硬い物は脆い。
仮にダイヤモンドで剣を造ったとしよう。
そうすれば、硬い物は脆いという法則に従い、折れる。
衝撃に耐えきれないためだ。
しかし刀は違う。柔らかい心金と硬い皮金の二重構造により、衝撃を心金で吸収し、皮金で強度を増す。
完璧な造りになっている。ちなみに今の情報のソースは“リュウ”だ。
やっぱりリュウは凄い。幼いながらに鍛冶知識が豊富にあるっていうのは。小さい頃から刀を打って来たのか、と実感する。
そう思いつつも、手だけは動かして次の段階へ。
沸かしながら粗い棒状に一度伸ばし。これを荒伸ばしというらしい。
荒伸ばしまでやった物を素延べという刀の基礎になる長方形にしていく。
続いてまず先端を斜めに切り落として、普通とは逆方向に振り、帽子を作る。
なぜ逆方向に形を作るのか、それは鉄の層の流れを帽子の形と合わせたいからだ。
次の工程で刀の形にしていくのだが、鎚で打って形を作ると当然、厚い物を薄く延ばすわけだから、長さが伸びるから、完成時に想定する長さよりも、少し短めに整形する。
次は火造りで、刀の形に鍛造整形する作業。
十五センチぐらいずつ赤くして刃側と棟側を叩いて薄い菱形のような形にする。
さらに鑢やセンを使って、火造りでできた形をさらにシャープに荒仕上げをすると、かなり刀らしい形状になってくる。
焼刃土を刀身に塗って、いよいよ焼き入れにはいる。
焼き入れと言えば、刀鍛冶の代表的な工程である。
約七百後半から九百度くらいまで熱して水で急冷するが、この二つの温度が非常に大切で、刀身の温度を色で判断するために暗闇でする。水につけた瞬間に刃部は急冷されて硬い組織になり、棟側はゆっくりと冷やされ縮んでいくので反りが生まれるのだ。
そのためどの程度反らせるか丁度良くなるように計算して伏せる。
だが。この焼き入れの時、温度が低ければ焼きが入らないし、高すぎても刃に亀裂が入る、刃切れなどといえ問題が起こってくる。
次に行う、合い取りは一種の焼き戻しで、刀を火から離してゆっくり時間をかけて百四十度から百五十度に熱する。こうすることで焼き入れの際の急激な温度変化で変化しきれなかった部分を、安定させることができる上に、粘りが出てコシが強くなり刃こぼれも防げるようにするための工程だ。
刀造りもそろそろ大詰め。鍛冶押しは刃紋を確認して粗く研ぎながら反りや刃の厚さなどの形を整える段階。
今まで俺が造ってきた刀の出来映えを確認するところでもある。
美しい。理屈抜きにそう思った。
自画自賛をするわけでもない、贔屓目で見ている訳でもない。刀本来の魅力だ。
二週間、昼夜ぶっ通しで時間を忘れて取り組んだ作刀を振り返る。
前世の、俺が趣味で知っていた方法とは違ったが、ほぼ同じ。
ただ、刀を造った事はなかったから、新鮮で楽しかった。だからこそ時間を忘れて取り組めた。
でも、これで最後。最後のひと押し。
妙な心残りがした。とても大きな“何か”を忘れてきたような。そんな名残惜しさがある。
けれど、完成させるために。このひと押しをするのだ。
しっかりとなによりも丁寧に。この最後のひと押しを。
完成だ。あとは鞘と柄を作って終了。
完成度はいかなる物かわからないが、きっと良いものに違いない。