聖なる夜に君を想う。 作:ふま
秋の夜の帰り道____満月が照らす道中の草むらでは鈴虫が心地良く鳴いている。
あの満月を見れば何かを思い出しそうなのだが___それが何か、考える程もどかしく。
刹那に諦め、無に成ろうとする。どうあれ私は生かされており、彼の地に残された。
・・・三代目様___これで正しかったのでしょうか?
まるで私と引換えの様に、貴方は逝ってしまわれた。
指導者を失った教え子の様___空ろなまま過ごす毎日で御座いますよ・・・。
つい最近、新たな火影様が就任されたらしいが、私の知った事ではなかった。
特に目立った事をせねば、顔を合わす事もないだろうと___
「___?」
ランタン片手に歩いていれば涼やかな風が耳元の髪を撫で梳かす。
厄介事にならなければ良いが___チラリと片隅でそう思っていた。何者だ・・・?
カサ・・・と枯葉を踏む音に立ち止まる。獣かと思うたが、匂いが違う。
殺気は皆無___だが確実に此方に近づいて来ておる様だ。
「お助けを」
虫の音に紛れそうな小さな声。草を掻き分けて現れたのは童__小さな少女である。
黒髪を震わせ、目に涙を溜めていたが___これは私だからと、見極めて声を掛けた様だ。
手を差し伸べるとその手握り、また元来た獣道を辿って行く。
「____一体・・・。」
ランタンを置くと、少女が案内した男の元へしゃがみ込む。その衣装に見覚えがあった。
事切れる寸前の息で男___青年は何か伝えようと吐血した口をヒクヒクと動かしている。
「どうやら__これで運を使い果たせそうだ・・・ゲフッ・・・! 何所かで___」
「ええ、・・・何時ぞやの者にございますよ」
「やはりか・・・もう___持ちそうになく・・・どうかこの者を_____」
「___________承知した。」
青年は力なく気力を振り絞り、指を立てて呪文を唱えると覗き込む私の額に指を当てる。
幼女の手を握り、ふわりと笑って___事切れた。
旅の途中で病に倒れたか・・・。耳を寄せるのを止め、男の目を閉じてやる。
運良く、私の気配と遭遇し___今わの際で、この者を何より先に私に託したのだ。
そう云って成仏させてやるのが良いと思った。けして安請け合いした訳ではない。
「名は何と言う・・・?」
童は息の絶えた青年の傍でシクシクと泣いておる___
一頻り泣いた幼女を立たせると服の汚れを払ってやり、真直ぐ見据えた。
「雪羽《ゆきば》と申します____」
「良い名だな___私は八香だ。」
自身の大判のストールを震える幼女に掛けてやる。かなりの薄着であった。
手を引いて家路を辿る・・・今夜のうちにテンゾウ殿にでも連絡せねばと考えながら。
「お帰りなさい・・・・・何事ですか、ソレは。」
「何かあったか?」
「・・・まず何処から攻めるべきなんでしょう___八香様、また風邪ひきますよ? アナタ」
「気になるのか?」
「と云うよりこのクッソ寒い中、ノースリーブで。世間の目の方が気になりますよ。
そしてコノ子どこの子なんです? この時間に、何で御一緒に???」
私、紫紺はこの変わったお人の、世話役だった過去を持つ。
今では八香様の経営する鍼灸院の助手と云う立場で、毎度この調子の御頭様に頭を抱える毎日だ。
この里への引越しを以前の3代目様より許され、此処へは通いで来ている。
今日は往診へ行った八香様が戻ってくる迄と、留守番をしていたが___この始末。
ご自分のストールで、幼子を包み・・・手を繋いで帰って来たのだから、そりゃ聞くだろう。
「風呂に入れてやってくれ。これを念の為に渡そう。私は着替えを調達してくる。」
「はぁ・・・・。え? これって何の御札____」
「もしもの時、何かあったら使えと云うておる。」
「え!?・・・あッ、ちょっとぉおおォ!!」
___ガララッ・・・! ピシャ!
もう行ってしまわれた・・・。私は託されたソノコと目を合わす。
握った手は冷たいだけでけして悪意などは伝わっては来ないのだが___
ふんわりボブの黒髪、少し灰掛かった大きな目。大きくなれば間違いなく美人行きだろうか。
「兎に角___御風呂が沸いておるので入るとしましょうか・・・君、お名前は___?」
「大名様がお呼びになった高名な陰陽師らしく___名は神足静馬《こうたり・しずま》。
新しい屋敷の建築に携わった様ですよ。向こうでも驚かれていたそうです。」
連絡を貰っていた僕は朝一番で彼女の元を訪れていた。まだ開放前のキッチンは暖まっておらず肌寒いと云うのに、朝の支度をしている八香は何故かノースリーブだ。
「それで此処に来ていたと云う訳か・・・。」
木の葉崩しのあった後での___大名達の、験担ぎだったのだろう。
良い方位、鬼門など、風水上の事でアドバイスをさせる為に呼んだのだ。
「お知り合いで__?」
「昔・・・な___」
紫紺は自の国の常識で捕らえ、元・巫女である彼女が陰陽術を嗜むのは当たり前だと思っていた。
その後___ヒトガタを使った術でそれが我々にも明るみになった訳だが・・・。
彼女曰く、真面目に取組んだワケでもなく、その程度の事しか出来ないと云っている。
だが、その高名な陰陽師と顔見知りと云うならそれも怪しい。
「で___八香さん、暫く彼女を預かって頂けるのですか?」
その大名が、彼がその時連れていた子供を気に掛けていたと・・・ゲンマから聞いた。
奥のテーブル席で僕は彼女に訊ねてる。八香は割烹着を着てボールの中身を混ぜている所だ。
本当にこの人の心は解り難い・・・相変わらず無表情なのである。
「元より、そのつもりだ。」
「そうですか___助かります。後・・・1つ、貴方に謝らなければならない事が・・・。」
「解っている・・・気になさらずとも良い。」
「子供達を助けて下さって感謝しています。なのに・・・此方の不手際で・・・。」
「里の緊急事態に致し方あるまい___ヨソ者のレッテルは易々と剥がれぬと言う事だ。」
「いや____そんな事はけして・・・、!」
「お早うございます、八香様、テンゾウ様。これ、雪羽。御挨拶なさい___」
気配に言葉が遮られる。紫紺が出勤してきたついでに、その子を連れてキッチンにやって来た。
とても可愛らしい、赤いセーターとキャメルのチェック柄のミニスカートの幼女。
だが着てる本人はどこかギコチ無い。恐らく八香が選んだものなのだろう。
「お早う御座います、八香様、テンゾウ様。」
「お早う、雪羽。洋服が良う似合おうておるな。二人とも、そこにお座り。」
たどたどしく可愛い挨拶に僕は軽く頭を下げ、カウンターの方に座る彼らに微笑んだ。
八香は二つのトレイを彼らに出して、こちらにも二つ持って来た。
「テンゾウ殿も召上れ」
「有難いな・・・! お言葉に甘えますよ。」
向こうでは紫紺が手を合わせ、二人で”戴きます”をしてる。それを見ながら
吸い物を口に着ければ空っぽの胃に染みる優しい味付けで思わず微笑みたくなった。
「おぉ、栗おこわのおにぎりなんて贅沢だなぁ・・・八香さん?」
「ん? あぁ・・・・。」
上の空かと思えば雪羽の方から視線を戻してる。何か気になる事があるんだろう。
そして彼らが食べ終わった後、今度は紫紺が此方___八香に目配せをした様だ。
「_____。」
「一体、どうしたんです?」
箸を止まる事なく動かしていた僕を置いて、彼女は席を立つ。
カウンターに戻って、彼らのトレイを確認しているのだ。
「成程___きくらげとシメジが苦手か・・・・。」
「小さい子なら仕方ありませんね、その内食べれる様になりますよ。」
___すっかり母親? 好き嫌いを把握しておこうとしてるのか。
つい笑ってしまって、僕は彼女から首を捻ったままの視線を受けている。
「いや___フフ。16歳の若さで母性本能とか・・・。」
「一兎から十兎まで___面倒を見てきたのだ。こんな私でも母性ぐらいある。」
ああ・・・だからなのか。部下である五から十兎までを失った時の悲しみの大きさは。
僕は両手を合わせて箸を置く。顔を引き締め、立ち上がるとカウンターを挟み頭を下げた。
「色々と嫌な想いをさせて、すみません___ご馳走様でした。では、僕はこれで。」
「御気になさらず___あと、大人は50両になる。」
「えーーーーーーーー!?」
次回からは「オゴリですか?」と確認した後で戴こうと心に誓う。
でもまぁ・・・あれだけの素材と味の良さ。良心的な値段ではあると苦笑いで財布を出した。
「じゃぁ、綱手様には僕から報告して置きますよ。」
「宜しく頼む___」
「ある程度シズネからも聞いているが___預かりだった少女、今は落ち着いてるのか。」
「えぇ・・・・・。」
任務の報告をし終わった後、五代目が「ところで__カカシ」と切り出したのは八香の事である。
「陰陽術を扱うそうじゃないか___我々とは別の結界を張り、”式”を使役させ・・・
お陰で暗部もあの家には易々と忍び込めない___だから聞く、大丈夫なんだろうな・・・?」
「寝耳に水ですね。結界は仕方ないとして、式を使役とは・・・俺も見てませんよ。」
大丈夫かと聞くのは、他所者が何か企んでいるのではないかと云う懸念であろう。
彼女は、暗部のリストから八香の名が消せない事を問題視しているのである。
「致し方ありません___我々が彼女の信用を損ねたんですからね。」
「・・・・お前か。」
「テンゾウ・・・・。」
テンゾウは刺々しくそう云って現れた。彼女が結界を張り始めたのも、”式”なる者を使っていると云うなら我々、木の葉の忍と必要以上に関わらない、頼らない意向を示した物ではないかと云う。
木の葉崩しの最中、抜け目のない大蛇丸はついでと云わんばかりに八香宅を襲わせ様としていた。
御札を貼っていたが、大蛇丸ほどの忍にあの家が発見できない筈はなかった。
しかし幸いにも我々とは種類の違う結界に阻まれ、音の忍も手出しは出来なかったのだが・・・。
「保護が聞いて呆れると、お思いになったでしょうね。」
「仕方あるまい___皆が、手一杯だったのだからな。」
「あの性格ですから__それで八香が恨みに思う事はないですよ。」
恐らく八香も解っているだろう。別の場所で俺達が、成すべき事をしていたと。
それに元々、護られるのが苦手だ。
そして音の奴らも、そのまま手ブラでは帰れない。
適当に人質を見繕って「出て来い」とでも言うつもりだったに違いない。
「あんなに近くに、避難場所入り口があったと云うのに__」
「それがアダにもなった。____危なかったそうだな。」
綱手様が苦々しく、そう答えたのには・・・事情を知っていると思われた。
八香宅の近くに秘密の避難通路の入り口がある。以前、御館様が彼女の為、土地を探して欲しいと
三代目に依頼された時、彼は何かあった時の為、あの土地を提供したと云うのにだ。
耳も良ければ、不穏の匂いにいち早く感づく八香の事___
避難口に急いでいた子供らの悲鳴を聞いたのか、自ら張った結界から飛び出してしまったのだ。
「僕が影分身で駆けつけた時___子供達を保護する中忍が、ドアの錠を掛けた所でしたよ。」
重厚なドアの錠が無情にも閉ざされた音を聞いた、彼女の心情を思うとキリリと胃が痛む想いだ。
テンゾウは八香を、別の入り口から避難させようと腕を掴んだがそっと手を解かれたと云う。
『___紫紺もおる。此方は心配ない』
「そう云われればもう・・・逆らえませんでした。」
そう云って・・・指輪の暗器に滴る血を払いながら自宅へと戻って行ったと云う。
後に残った首のズレた遺体は全部で8体___出来るだけ血を見せない配慮までしていた。
「印も組ませないか・・・・どんな女か見てみたいもんだ。」
「くれぐれも___刺激は与えない様に願いますよ。」
俺はそう云って、テンゾウを残してその場を後にした。
三代目の死が、まだ彼女に影を残している。できるなら、そっとして置きたい。
「あの時は済まなかった。」
言い訳はしない。ただ、彼女を守ると云った俺自身が嘘になっちまった____
彼女は手を休める事無く、寝台に身を預ける俺の背に淡々と鍼を打っている。
アルコール臭漂う診療室で二人きり、彼女の冷えた声がする。
「ゲンマ。貴方もテンゾウ殿も__気にし過ぎです。私は誰に守られるツモリもない。」
子憎たらしいが・・・そう云われれば今回の事、ぐうの音もでない。
確かにコイツは多少強いかもしれない。感締めの作用もありメンタル面では他の女の比ではない。
以前、木の葉の子供達を彼女は”眩しい”と云い___今回も尽力してくれたと言うのにだ。
俺達、木の葉のニンゲンは・・・そんな彼女を”置いてけぼり”にしたんだからな。
なのに、彼女は”気にし過ぎ”だと云うんだ。お前が許してもなぁ・・・。
「なぁ、八香。お前___小田原の姓を、変える気はないか・・・?」
「_____? 何処かの、養子になれと__?」
「アホぅ・・・! 不知火を名乗る気はないかって聞いてんだ・・・!!」
「どう云う事だ___?」
この里の、ヨソ者と云う偏見から__彼女を守るには・・・。
「俺の嫁に___なってみないかって事だ。」
「_____唐突だな。さては向こうで御館様に何か聞いたのか。」
「自の国じゃ・・・16になれば婿探しをする歳と云うじゃねぇか。
お前が行き遅れるのを心配なさっていたもんでな___それとも俺じゃ不満か?」
「そう云うの、”ロリコン”って云うのであろ? 何を言い出すかと思えば・・・。」
「バカ、嫁になったらピッチピチの”幼妻”って云うんだ・・・・!」
全ての鍼を打ち終った所で俺は服を着る。求婚したと云うのに、この女は。
「さっさとベストに腕を通せ」と云わんばかりに後ろで用意してるだけだ。
仕方なくそれを着込むと俺は診察台から立ち上がる。
「光栄だが___私はゲンマの子供が見たい。よって辞退させて頂く。」
「何だ・・・! ___お前じゃ出来ないってのか?」
「母神は子に必ず痣を印す___不知火の子が”鬼”であっては困る・・・。」
「______!」
「御館様は能天気なのだ・・・この血は絶やねばならんと云うのに・・・。」
要らぬ鬼子母神の祝福か___後継者の証か・・・。
まぁ、ハナから良い返事は期待してなかった。
ショックが無いと云えば嘘だが、それよりも彼女のそんな覚悟が悲しく・・・。
「ガキなんて要らねェ___」
「ゲンマ、後で後悔__」
「黙ってろ___」
「・・・・・・・・!」
離れ様とする腕を掴み、俺は___硬くなる彼女にお構いなく唇を押し付けた。
突き離そうと上げたであろう八香の左手首を握り止め、小さな頭も逃がさずに。
本当にイヤなら___割り入れた舌を噛めばいい。だが、それもしないんだな?
どんどんと体が引いて行き、ガシャン!とワゴンが派手に音を立て押し退けられた。
とうとう彼女の体は壁に追いやられ、逃げ場を失い、腕の中__苦しそうに眉を寄せている。
名残惜しくもそっと唇を解けば、足を崩しそうになった彼女を抱き留めてた。
「こっちは本気で云ってんだ___少しは悩んだフリぐらいしやがれ・・・。」
「ゲンマこそ落ち着いてくれ・・・一時の感情でそんな大事な事を__」
「違う・・・! ・・・・!!」
俺はその気配に気付き___思わずドアを睨みつける勢いで振り向いた。