聖なる夜に君を想う。 作:ふま
「________何だ」
ゲンマは毒気を抜かれた様にポカンとしている。そして、ハッと私から手を解いた。
視線を落としてやっと見つけた小さな雪羽が、ドアからそろりと顔を覗かせていたからだ。
「雪羽、御主さては字が読めなんだか___」
「何処のコだ・・・? 聞いてないぞ・・・!」
小声で云うゲンマを振り退け、”救いの天使”である彼女を誘い一度ドアの外に出る。
表側にぶら下がるフダの「施術中にて立入り禁止」の文字を指差した。
「これはの? 治療中にて、入ってはならんと書いてあるのだ。」
「ふぁ、申し訳御座いません・・・、大きな物音がしたので開けてしまいました;」
「何、今度から気をつければ良い。そんな事でこの方は怒りはしない__ね、ゲンマ様?」
「ふ・・・、ったく___あぁ、怒りやしねぇよ。気にするな。」
「さ、紫紺の所へお戻り。」
ペコリと頭を下げるとタタタと廊下を走って行った。
神足はちゃんと仕事をして逝ったと云う事だな___ちゃんと私を主と認めておる・・・。
「で___誰なんだ・・・?」
「名は雪羽___大名が心配していた、陰陽師の連れだった子だ。」
「あのコか・・・しかし、なんでお前が____?」
「まだ聞いておらなんだか・・・。」
経緯を、廊下を歩きながら話した___幸い患者は彼のみである。
昔___陰陽師の集いに左門様に連れられて一緒に赴いた事があった。
その時、声を掛けてきたのが神足である。彼は私の後ろ姿を見てやって来たと告げた。
『____君こそ・・・此処に居るべき人だ。直ぐ左門君に弟子入りなさい。』
『神足殿___この者は既に私の弟子に御座います。但し、剣術のね___』
クスクス笑って、左門がそう云ったのを覚えている。
「私の体の回りには瑠璃色の膜がハッキリ見えるそうで___高位な霊力があるらしく
恐らく私のその色を覚えておられて、遠くから見通されたのではないかと思う・・・。」
「だが何故、霊力の強い者に彼女を託した?」
「人ではないからですよ。」
「____は? 何だって・・・?」
私は徐に廊下から庭へ出る格子戸を開く。其処に植えた一本の桃の木。
これは___あの日、カカシ殿から頂いた桃の種を植え、私が手を加え大きくしたものだ。
見上げ、葉を一枚取り、指を立てる。呪文を唱え___葉に息を吹き込めば・・・。
空気から・・・じわりと浮かび上がる女性の姿にゲンマは千本を落とし、拾う気配はなく。
ただただ、ポッカーンと口を開けたままその姿に見入っている。
私は構わず、それを実行して見せた。
「では聞こう___お前は?」
「私は桃の木に御座います___あぁ嬉しや・・・一度こうしてみたかったのです!」
そう云うと異国の装いで振袖がついた腕を伸ばし、辺りをリズミカルに舞い始めた。
ゲンマの所までひらひら舞い、相変わらず固まってる彼のそのアゴ裏を指先で擽って行く。
「名を___そうだな、夏の嵐の後に植えたので・・・”夏風”《なつかぜ》で良いか。」
「まぁ___お名前を頂けるのですか!? 素敵・・・!」
「それでは名乗ろう___私は八香。御主の主になる者だ。」
「宜しくお願い致します、八香様___!」
このやり取りを見ても尚、ゲンマは呆然としたまま___夏風と同じ様に顎裏を擽ってみた。
やっとビクリとして私と、まだ「ラララ」と謳いながら所狭しと庭で踊る女を交互に見てる。
「とまぁ___こう云う事だ。」
「つまりアノコも、こう云う何かなのか・・・?」
「何処か様子が違うと思っていた。彼女は”柊の精”らしい。
それに元の主は神足ではない。如何なる事情があって譲り受けたのだろうな・・・。」
見当も着かぬと、嘘は吐けなかった。
雪羽は自分が何者であるかは知っているが___譲渡された理由は解っていないのだ。
「む___今度は桃の精ですか・・・・・;」
畳んだタオルを運んでいた途中、この場面に出くわし、紫紺の目が糸の様に細くなってる。
庭で繰り広げられる1人ミュージカルに__ああ、また後でお小言がやってくるなと、覚悟した。
「紫紺様、只今お手伝いを・・・!」
雪羽は現れるとチョコマカと慌てた様に、ピョンピョンと。紫紺の抱えるタオルを奪おうとしてる。
咳払いついでに片目を瞑った私を見て、彼は抱えていたタオルの束、3分の1を幼女に渡した。
たった5枚ほど畳んだタオルに、満足気に紫紺の前を歩いて行く様子を微笑ましく見送ってる。
「・・・・火影様には何と___?」
「ありのまま報告するが・・・恐らく___」
「連れて参りました___」
「構わん、入れ。」
ゲンマの報告を受けたが・・・俄かには信じられん。両者共に来る様に伝えておいたのだ。
深々と頭を下げた女は紺色、前開きのアオザイに上半身を覆う温かそうなストールを巻いていた。
腰まである甘栗色の長いストレートヘアからはピョコと耳が出ており、サラツヤ感が増している。
フン____確かに噂通りだ。神秘的な薄い紫の瞳、薄ら笑ってるかにも見える表情。
嘗て巫女であり、自の国の”裏方の衆”の頭を兼任してた割には血生臭さを全く感じさせない。
そして連れて来られた子供を見ればアタシの視線に怯えたか、さっと八香に身を寄せている。
「5代目火影の綱手だ___よく来た。八香と云ったな。単刀直入に聞くが___
神足氏が連れていたと言う、その子が・・・人ではないと云う証拠はあるのか。」
「_____ゲンマ様、クナイをお借りできますか」
「 「 ___? 」 」
ゲンマはクナイを貸すと、彼女は幼女のおかっぱ髪の後を手の平でざっと上げた。
髪を切るのか___? いや・・・横に薙ぐ!?
「____!! 止めろ!!!」
「八香ッ!?」
シュ・・・・ッ!! 制止も間に合わず、幼女の後ろ首にクナイを走らせた・・・・!
「貴様ッ!! なッ・・・!?」
幼女の姿は砂の様に消え落ち、ビュゥウウウ!!と、つむじ風が火影室に吹雪いたかと思えば
ザッと巻き上がる風から___柊の葉と混じりフワフワと落ちてくる綿毛の様な白。
「雪・・・・だと!?」
手に落ちるそれは冷たく、溶け消え。夢の様な光景の中、八香がその葉を一枚、指に挟む。
二本指を立て、何やら小声で唱えてはフゥッとそれに息を吹き掛けた。
「_____怖い顔をしておいでです。深ぁーい皺が、ほれココにw」
「「 _____!!? 」」
いつの間に___!?
舌っ足らずな声がしたと思えば目の前、アタシの机にちょこんと膝を抱えて座り、
小さな人差し指で眉間の皺をなぞって___ニコニコしているではないか!
しかもちゃんと靴まで脱いでる暇があったとは・・・。
「これ、止さぬか雪羽。アラフィフの悩みを掘り起こすでない、心の傷になる。」
「____悪かったな!アラフィフで!」
「まぁまぁ___火影様・・・;」
「これで・・・・納得して頂けました様で____」
八香はクナイをゲンマに返すとヒョイと幼女を机から降ろし、首を傾げて彼女を見て云った。
「しかし、良い機会になった__これで確信が持てました。」
「何をだ・・・?」
「恐らく___この子は悪戯な、冬の化生の者__陰陽師がつい、情を掛けた存在・・・。」
「物の怪だと?」
「安心召されよ。今では私が主___悪さは致しませぬ故。」
八香が云うにはその昔、悪気のない悪戯で最初の主である陰陽師に退治された化生だそうだ。
元は柊の精であり、この類の"無垢カワ系"にヤラれて”式”とするロリコン陰陽師は結構多いとか。
「そもそも、他の誰の手にも余るのでは___?」
「確かにな・・・・;」
「あと___火影様。私はヒルゼン様と共にあった彼の地がとても好きで御座います。
しかし残念にも”里の為に出て行け”と云われれば、何時でも仰せの通りにさせて頂く所存__」
「遠慮なくお申し付けを・・・」とは・・・ぐぬぬ・・・・! 内心で思わず下唇を噛む。
この女、まだ少女と云えどキモが座っている。5代目となったアタシを揺さぶるとは。
報告によれば、大蛇丸、うちはイタチにも関わるちょっとしたキーパーソンだ。
そして自然を操ると云われる”自の国の巫女”の噂は知れ渡り、欲しがる他の忍大国もある___
「解った・・・そうまで云うなら信用しよう。」
「では___これにて失礼を。」
幼女の手を取り、二人して腰を折って出て行った。
食えない・・・、完全に腹の中を見透かされてる。自身に対する、アタシの不信感を。
「"里に迷惑が掛かる"と飛び出した後、その原因になった記憶を消して貰ったのですがね。」
「山中いのいちか・・・。」
「三代目への喪失感と、里の者から疎外感を覚えて・・・益々、殻に閉じ篭った気がします・・・。」
そうか__そう云えばゲンマは三代目より遣わされた、この”要人の護衛”に当たった人物だった。
それにしても・・・いつものこの男の様子ではない。_____まさか・・・な。
(やれやれ___こんな時間になってしまうとは・・・。)
ちょっと立ち寄った墓地で、三代目にまで話し掛けちゃったもんだから・・・。
少し気になる事があった・・・お供えの花である。
先生、オビト、リンそして三代目にまで、同じ花が小菊と一緒に手向けられていたのだ。
(まさかとは思うが___いや、でも・・・何故俺のチームまで・・・?)
それに写真は知っているが名前までは知らない筈である。
ふっと飲み屋並木で顔を上げると目の前に、ドコかで見た顔が__出た・・・。
「何をなさっているんです、こんな所で;」
「アタシだって呑みにぐらい来る!丁度いい、一杯付き合え!」
「職務は終ったんでしょうねぇ・・・またシズネに叱られますよ?」
「いいからカカシ、行くぞ!」
綱手様との酒の席は、長い。今日の俺は運が悪いとしか言いようが無い・・・。
近くにあったヤキトリ屋の暖簾を潜る、テーブル席に腰を掛けると早速、瓶ごと注文だ。
手酌でなみなみに注ぐとまずはイッキ呑みである___何かあったのだろうか?
「どうされたんです___一体」
「三代目の手記を見つけてな。鍵付の日記を壊して読んだ。八香の事が色々書いてあったよ。」
乙女かッッ!てか今だにそんな物売ってるのか!?って激しいツッコミは飲み込み・・・。
昼間の事をそこで初めて聞かされた。成程、テンゾウや、ゲンマの云った事も解る・・・。
きっと、会いに来ない俺の事も彼女は___致し方なしと自分の中で消化しているんだ。
「あの顔___それこそ、まるで”根”の連中の様だな。」
「それは云わないでやって頂きたい___お読みになったんでしょ?」
「ああ___酷いものだ。あればかりは医療忍術をもってしてもどうにもならん。」
しかし___と綱手は云った。
「”微笑みを取り戻せる”可能性があるとすれば、いのいちなら何とかできるかもな。」
「____・・・。」
「顔の事はともかく・・・ん? 何だ・・・!?」
「・・・騒がしいですね。」
酔っ払いのケンカだろうか? 表から男達の、からかい声が幾つか聞こえてくる。
思わず二人席を立ち、表に出て行って見る。どうやら女を囲み、インネンでも・・・。
「__________!」
「待て、カカシ」
男達に囲まれてるのは、他でもない八香だったのだ。飛び出そうとした瞬間止められた。
「少し様子を見よう」と綱手は云うのだ。しかし・・・彼女も何でこんな場所に・・・!?
「お前、アレだろ? 亡命して来たっつんなら俺達に守って貰ってるんだよな?」
「そーそー。ならそんなツッパンねぇで、ちょっとは恩返ししてもイイんじゃねェか?」
「_____!」
八香の体に纏わり着く、中忍らしき酔っ払い。後ろに回っては彼女の体を撫でようとしてた。
俺は堪らず、飛び出そうとする所を「待て!」と尚も綱手は羽交い絞めで引き止めるのである;
「おい・・・! 止めろ!!」
「お~、アカデミーの先生のご登場かー!?」
「イルカ先生ェ~! 僕、このコとエッチな事したいんですゥ~!」
「放せ・・・・!」
グイ!と囲まれてた彼女の手を引き、自分の後ろにやったのはイルカであった。
せせら笑う、三人のうちの1人が彼の胸倉を掴み出した。
「オイ、この女が木の葉崩しの要因のヒトツだって云われてるの、知ってんのかぁ!?」
八香の目が曇る___そんな根も葉もない噂が、彼女を苦しめていたと・・・その時悟った。
ぐッと歯を食いしばり、相手を睨みつけるイルカ。彼も恐らく聞いた事があったのだろう。
「出鱈目だ! 彼女に罪なんか無い・・・!!」
「ほー・・・、ヨソ者に随分肩入れするじゃねーか・・・?」
「八香さんはもう、この里の人だ! 何も知らないクセにいい加減な事を云うんじゃない!」
「アア!? 何を知らないって・・・云うんだよッ・・・!!」
「俺が____教えてやろうか?」
「え_____!?」
「か、カカシさん・・・・!!」
やっと綱手の許可が下ろされ、自由になった俺は振り下ろされようとしてた拳を受け止める。
ふと後ろの野次馬の中で、目を殺気立て「殴れ!殴れ!」とジェスチャーしてる五代目を見た;
「いや、無駄か。酒の勢い、しかも公衆の面前で未成年に猥褻行為を働く・・・変質者だしな。」
「わ、ワイセツって・・・・!」
「しかも変質者って!!」
野次馬がまたザワつく。__「やだ、忍のクセに変態ですって!?」とか「しかもロリコンかよ」
などなど___非難のヒソヒソ声の数々に、3人はすっかり酔いが醒めた様子だった。
「今、俺にはお前達を粛正できる権限がある___」
「オイオイ、いくら上忍だからってそんな事、火影様の耳に入れば・・・、ぐわァアアアア!!!」
「ヒデブ!!」
「ブオォオオア!!」
「その権限、アタシがたった今与えた!! とっくに聞いておるわ!!戯けが!!」
「ま・・・! その権限、たった今、台無しになっちゃいましたけど・・・ネ!;;」
気が短くて困る。どーしてもう少し待てないんだろ;
鼻息を荒くしたまんま拳を握る綱手に俺は頭を抱える。ああ___やっちまったよ、このヒトは。
飛び込んで来たかと思えば拳ひとつで3人とも阿鼻叫喚させ__全員を顔面ピカソ状態にした。
「お前達___火影の名において、全員下忍に降格だ!! おって沙汰を待てぃ!!!」
「いや、もうアレ、意識不明で全員聞いてないでしょ;;」
「そしてイルカ! 良くぞ言った!!」
「え??? あ、はぁ・・・・;」
親指を立てた貴方こそ聞いてない___ふふ。彼女の事で、どんだけ腹を立てたんだか・・・。
視線を送った、イルカの後ろにいた彼女の肩を軽く叩く__目の色がやはり暗い。
「やぁ・・・大丈夫? でも、なんでこんなトコに?」
「___この2軒先のご主人がギックリ腰になったと・・・呼ばれて参った次第で・・・。」
往診だったのか___それにしても、とんだ災難だったな・・・。
ストールをキュと握り締めてた様を見て、俺はさっきの嫌な場面を思い出してしまう。
あのまま・・・もし、後ろから迫った魔の手に彼女が辱められでもしていたら___俺は。
「お礼を申し上げます____色んな意味で救われました。」
「八香・・・。」
そう云って頭を下げた。・・・解るよ。
君が悲しんでいたのは三代目の死だけじゃなかったって事が。
「私を頼って呼んで下すった方もおられれば、イルカ様や、カカシ殿、
そして私の為に自ら拳を振るって下さった五代目もいる___悪い事ばかりではない・・・。」
彼女を自宅へ送る、その途中の道で彼女は歩を止めて俺達にそっと振り返る。
大人びた・・・熱の帯びる目を一瞬見せては目蓋を閉じていた。
3人共が察した事だろう___八香を失望させる、あんな連中が他にもいたって事を・・・。
「ああいう事に迄なると・・・実は無抵抗で遣り過すツモリでおりました。」
「馬鹿か___! お前には抵抗どころか、手痛い目に合わす事ができただろ・・・!」
そう云う綱手に彼女は目を細めた。
「かも知れませぬが・・・見極めたかったので御座います。
三代目様が、私を此処に置いたは・・・間違いであったか、そうでなかったかを___」
「や、八香さん____!?」
真っ赤になったのは、ランタンを預けられたイルカである。徐に八香はストールを取り、
アオザイのチャイナボタンをプチプチと外し始め、長い髪を片方に寄せては後ろを向いた。
「”貴様のせいだ!!”と___これを。」
「 「 「 !! 」 」 」