<彼女の部屋>
「もう、大変だったのよ」
たっちゃん、いえ、星野主任によると、酔いつぶれた僕を彼女が介抱してくれたらしい。
僕がタクシーの中で眠り込んでしまったため、止む無く彼女の部屋に泊めてくれんだって。
なんて失態だ。
学生時代でも、ここまで悪酔いしたことなんてなかったのに。
僕は、土下座で謝った。
これからしばらく、彼女には頭が上がらないな。
でも、何も無かったとはいえ、ここまでしてくれるなんて、ひょっとして僕に気があるのではないかな。
うん、そうで無ければ、自分の部屋に男なんて入れないよな。
「やだ、土下座なんて、そんなに謝らないで・・・うふふ、でも先輩って、よく似合ってるのね」
改めて自分の格好をみると、僕は寝巻きとして、彼女のネグリジェを着せられていた。
なんだか、恥ずかしい。
「もう、先輩なんて言わないでくれ。今では、僕は君の部下なんだから。呼びつけにしてくれ」
僕は照れ隠しもあって、咄嗟にそんな言葉が出てきた。
でも、会社の組織から言って当然のことだし、彼女ともっと親密になるには、具合がいい。
「う~ん、そうねぇ、でも、呼びつけなんてできないわ」
その時、彼女の目が怪しく輝いた気がした。
「じゃあ、ミサちゃん」
僕はちょっと驚いた。僕の名前は操夫(みさお)。
子供の頃はよくミサちゃんって言われて、女の子に混ざって遊んでいたことを思い出した。
この名前って、女っぽくて、ちょっと恥ずかしいいんだ。
でも、この状況では断れない。
「ミサちゃん」
「はい、主任」
僕は素直に応えてみた。
うん、そんなに悪くない。
いや、彼女に呼ばれると、子供の頃に戻った気がして、むしろ心地いいかも。
<オフィスワーク>
現場配属されて、2週目になった。
今週から僕もお茶当番に入ったため、先週よりも30分ほど早く家を出る。
駅につくと、凄まじく混んでる。
この時間帯ってこんなに混んでるんだ。
先週乗ってた時間帯は、あれでも空いてたってことか。
列に並んで列車に入ろうとするが、ダメだ、とても入れない。
止む無く一本見送る。
再度トライ、ダメだ、またしても入れない。
このままでは、会社に間に合わなくなる・・・・そうだ!
僕は一計を案じた。
急いで、先頭車両まで走って、飛び込む。
えへへ、女性専用車両って、空いてて快適!
ふと、隣の一般車両を見る。
スゴイ、窓に顔がへばりついてる・・・なんか憐れだね。
給湯室の脇を抜けて更衣室へ向かうと、綾乃先輩から声がかかる。
「もう、遅いじゃない。早く支度して!」
「すみません。電車が遅れてしまって」
僕は咄嗟に嘘をついた。
電車一本の遅れは思っていたより大きかったようだ。
僕は男子トイレの個室で急いで制服に着替える。
「ここはいいから、先に布巾がけして」
綾乃先輩の指示で、ボクは机やカウンターの布巾がけ。その間に先輩がお茶を配っていく。
「今朝はすみませんでした」
一般職の先輩は、上司より怖いっていう。
僕は給湯室に戻った先輩に必死に謝った。
「お茶出しだって、立派な仕事よ、軽くみちゃダメ」
一時期消え去っていた朝や午後三時のお茶出しだが、最近では一般職の業務として復活している企業が多いという。
僕が気を落としてシュンとしていると、
「ほら、そんなに落ち込まないで。元気を出して、今日も一日頑張りましょう」
いつもの、優しい綾乃先輩の笑顔に戻った。
「はい、先輩」
そうだ、落ち込んでちゃダメだ。プラス思考だ。
席について、営業社員が取ってきた契約の補助作業の入力業務。
あーあ、 一般職の仕事ってつまらない。
子供の頃はOLのお姉さんって、綺麗な制服を着て颯爽と仕事をしているイメージだったけど。
いざ、自分が一般職になってみると、電話受付したり、コピーやFAXをしょっちゅう頼まれたり、来客のお茶出しなんかもあって、一般職って細かい仕事が多くて結構忙しい。
営業社員なら外出できるし、電話受付とかコピーやFAXは一般職に任せればいいから、仕事に集中できるし、お給料も多くて羨ましい。
一般職には昇進だって実質ないから、いつまでたっても総合職の下で、補助業務だし。
あっ、いつの間にかお昼。
僕達一般職は早番、遅番で交替でお昼をとる。
今日は、お茶当番で早起きしたせいで、お弁当は作る暇が無かった。
早番の一般職のグループに参加させてもらって、今日はイタリアン。
メニューに迷ったけど、結局、僕も皆に紛れて一緒にレディースセットにする。
小振りな二種類のパスタにパンとサラダ、食後にミニケーキと飲み物がつく。
こういうとき、一般職って嬉しい。
おしゃべりに夢中になっていると、もう一時間。
午後は総合職の社員が出払っていて結構余裕だ。
3時、おやつとティータイム。
一般職だけの気軽さから、おしゃべりしながらまったり仕事ができる。
あっという間に、もう5時。
まだまだ残業を続ける男子社員達を尻目に、僕達一般職は、軽やかな足取りで会社を後にする。
何たって今日は、女子会に僕も呼んでもらったんだもん。