<ミサちゃん>
「そろそろ、天川(あまかわ)君もペア制に入ってもらう」
課長から呼ばれた僕はそんな指示を受けた。
僕の所属する営業5課は、課長、課長代理、主任の総合職3人と、綾乃先輩と僕の一般職の2人の小さい課だ。
課長代理と綾乃先輩のペアと、たっちゃん、いえ、星野主任と僕とでペアを組むことになった。
星野主任の契約管理やデータ入力は、僕が専門に行なうってことらしい。
ようやく、僕も一人前扱いされたってことだろう。
ちょっと誇らしくて嬉しい。
「ミサちゃん、これコピー」
「はい、主任」
僕は素直に応じる。
年下の女に、それも元後輩に命令されるのって、屈辱感が無いって言えば嘘になるけど、これから彼女は僕の直接の上司なんだ。
それに、こないだ酔いつぶれて大迷惑をかけたっていう負い目もある。
僕は、必死に自分を納得させる。
「ミサちゃん?」
綾乃先輩が、目聡く聞きつけた。
「あっ、御免なさい。天川さん、これコピーお願い」
星野主任はうまく誤魔化した。
あの日以来、彼女はプライベートでは僕をミサちゃんって呼ぶようになった。
うっかり、職場でもその呼び方をしてしまったのだろう。
実は、彼女と僕は時々プライベートでも会うようになった。
まだ、きちんとしたデートはしてないけど、彼女の仕事が終わるのを待って、居酒屋で飲む程度だけど。
「ミサちゃん、応接にお茶3つ」
次の日から、課の全員が僕のことをミサちゃんって呼ぶようになった。
もう、恥ずかしくて仕方ない。
彼女だけにそう呼んでもらうから嬉しかったのに・・・
<給料日>
「星野君、スグ出られるか」
課長から呼ばれて、彼女は急いで外出する。
僕は今月の給与明細を印刷して共用プリンタに取りに行く。
あれっ?二回印刷しちゃったかな。
見てみると、何だか画面で見た数字よりずっと多い。
名前を見てみると星野龍子(ほしのりゅうこ)って書いてある。
急いで出かけたから、取る暇がなかったんだ。
彼女の机の上にそっと置く。
でも、内容はバッチリ見させてもらった。
僕の3倍近い給料だ。
基本給に裁量企画手当、営業手当、営業日当・・・
もっとも、今の僕は試補期間だから、残業代がつかない。
試補期間が終われば、一般職は残業代がつくから、単純な比較はできないけど。
やっぱり、総合職っていいなあ。
半年後には、総合職への転換試験がある。
今年は、ダメ元で試してみようと思う。そして、傾向と対策を練って、来年には総合職を目指すんだ。
昼休みに給与明細と睨めっこしながら、ATMで現金を少しおろす。
はぁ、家賃で給料の半分近くが消えてしまう。
一般職って、自宅通勤が前提だから、住宅手当が出ないんだよなぁ。
僕は、大学時代から部屋を借りてるから、遣り繰りには慣れてるつもりだけど、社会人になってからって、結構出費があるんだ。
「ミサちゃん、夕ご飯食べに行こっ」
彼女からの誘いだ。
嬉しい。
せっかくの給料日だ、今日ぐらい豪勢に行こう。
「ミサちゃん、今日はありがとう」
えっ?なんの事だろう、僕が不思議そうな顔をしてると、給与明細をそっと彼女の机に置いたことらしい。
なんだ、ちゃんと分かってたんだ。
気がついてくれて、ちょっと嬉しい。
酒に酔った勢いもあり、僕は給料の不満をぶちまけた。
彼女の明細を見たお詫びに、僕の給与明細も見せてみた。
「えっ、こんなに少ないの、ミサちゃんかわいそう」
彼女は、やさしく同情してくれた。
「ねえ、家賃がもったいななら、あたしの部屋に住んじゃう?」
彼女が冗談っぽく言った。
「はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
僕も冗談で返す。
今日の飲み代はいつもの割り勘と違って、彼女が全部出してくれた。
これってラッキーじゃね。