繰り返される堕天   作:猫犬

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16 獣にあった

リリーに話したあの日からさらに二回程一週間を繰り返した。

私は事故が起きる前にできる限り手を打つようになった。

あの時とは違って、誰かが死ねば悲しくて涙が流れるようになった。それでもそこで立ち止まる訳にはいかないから絶対に救ってみせると心に決めて。そうすることで、どうにか過去に飛ぶことはできた。でも、いつまでも水晶頼りにする訳にもいかない。いつどんな弊害で過去に飛べなくなるかわからないから。

気持ちを切り替えたことで、日記からあることが判明した。二週目以降は朝の占いで最下位の誰かが事故に遭うこと。一緒にいると他のメンバーも巻き込まれるということ。必ず私の死は土曜日に訪れるということ。

そのおかげでいくらかは考えることができた。誰が事故に遭うか事前に分かっていれば手の打ちようはある。まぁ、わかっててもどうにもならないけど。どんな事故が起きるのかわからないし。

そして、今までの死の積み重ねである程度、そこでだとどんな危険が待っているか予測できるようになっていたのは大きかった。

でも、最悪なことに運命は私の上を行く。雨の日ならいきなり落雷が降ってくる。建物の高層階にいればいきなり床が抜けて落下など想定外の方からくる形で。

そして、もう一つ心に決めていることがある。あの日、水晶のことをリリーに話したことでリリーは怪我をした。もしかしたら死んでいてもおかしくなかった。

きっと、あれは秘密を話す事で、聞いた相手に死の危機が迫るというものだと思う。リリーに相談する前なら実験として確認の意味も込めてやっていたかもだけど、今の私はそんな気は一切無い。できる限り私は誰かの死を見たくない。できれば死なせずに乗り越えたい。水晶の力は最後の手段。使わないに越したことは無いのだから。

 

『今日の十二位は……牡牛座のあなたです!』

「ん?牡牛座なんて誰もいないわよ?」

 

で、朝の占いに私は困った。今までは誰かの星座だったのに今回は誰の星座にも該当しない星座で初めてのパターン。この場合どうなる訳?誰も事故に遭わない?それともランダムで誰かが事故に遭う?

リビングで朝ごはんを食べながら、楽観視はできないからランダムで誰かの身に危険が迫る線で考える。今日は雨が降ってなくて外は晴れているから、土砂崩れ系が起きる確率はほぼ無い。

流石に晴れてる状態で土砂崩れが起きるとは思えない。それで起きれば、もう事故の予測を立てることは不可能になってしまう。もし起きなければ、予測が立てられるという訳ではないけども。

 

「さてと。どうにかして回避しないといけないわね」

 

私は鞄に教科書類を入れると、ペンダントを首にかけて家を出た。

 

 

~☆~

 

 

授業と練習が終わった放課後。私は花丸の図書委員の仕事を手伝っていた。他の皆はそれぞれやることがあってこの場にはいないけど。

やることは返却された本を元の位置に戻すこと。そんなに仕事はないけど、一番上の段だと台が無いとしまうのが厳しい。背伸びすればギリギリ届かなくはないけど。

 

「ありがとね、善子ちゃん」

「ヨハネ!それで、この本で最後なの?」

「うん。後は、パパッと床を掃いたら今日は終わりずら」

「了解。じゃっ、私は本をしまっておくから」

「お願いね」

 

私は片手に本、もう一方に箒を持って残りの本をしまいに行き、花丸は床掃除を始める。

とりあえず、第一段階はクリアね。

私は今日誰に何が起こるのか分からないから最善の注意を払っていた。手の届く範囲で救えるものを救う。もし、別の場所で起こるのなら過去に飛ぶしかない。今回はわからなさすぎる。

もしこの場で花丸に何かが起きるとすれば、本棚が倒れてきて潰されるという事態。だから、花丸にはカウンターで本番号ごとに整理してもらって、私がそれを順次本棚にしまって行くという形を取っていた。最初は渋ってたけど、一番上の段は台無しでは届かないことを指摘すれば渋々諦めて納得させることができた。

流石に床掃除なら棚に潰される可能性は無い。私が本棚の方にいることで、花丸は入り口の方から順番に掃き始めるから。

私は本をしまうと床を掃き始める。

掃除をしながら、この後起こり得る可能性を考える。階段からの落下、学外での交通事故、動物に襲われるなどなど、考えればいくらでも浮かんでくる。

 

「善子ちゃん」

 

しかしながら、こうも多いと全ての事態に対応できるようにしなくてはならず、正直対応し切れる気がしない。

 

「善子ちゃーん」

 

うーん。やっぱり、何か知らヒントは欲しいわね。せめて誰の身に危険が迫るのかさえ分かっていれば、だいぶ絞れそうだけど。これで花丸以外の誰かなら最悪の事態よね。

 

「善子ちゃん!」

「わっ!」

 

ずっと考え込みながら掃いていると、いきなり花丸に肩を叩かれ、驚いた拍子に変な声が出る。

 

「なによ、急に」

「急じゃないよ。ずっと呼んでたよ」

「そうなの?」

「うん。あらかた掃き終わったから、後は善子ちゃんの掃いたゴミを捨てるだけだよ」

「っ、ごめん。ちょっと考え事をしてたわ」

 

花丸はしゃがみながらちりとりをゴミの前に置き、私はちりとりの中にゴミを入れる。それをゴミ箱に入れると道具を片付け、図書室を一緒に出る。

 

「それで、掃除をしながら何を考えてたの?」

 

花丸はやっぱりそれを聞く。花丸の声に気付かないくらい考え込んでたから、それについて聞かれることはなんとなくわかっていた。でも、これを言ったところで、どうせ妄言か戯言としか思われずに信じられるとは思えない。ダイヤあたりが言えば普段の性格から幾分か信用されたかもしれないけど、私はダイヤほど真面目では無かったからたぶん信じてもらえない。

完全にオオカミ少年状態ね。まぁ、言えば死の危険を伴うのだから言える訳もないけど。

 

「なんでもないわ。どうやったらリトルデーモンがもっと増やせるか考えてただけよ」

 

だから、急増でそれっぽい理由をでっちあげる。これならたぶん追及されることは無いと思う。

 

「またそんなこと考えてたの?」

「まぁね。でも、リトルデーモンが増えることで統廃合もきっと」

「統廃合を回避できればいいよね」

 

予想通り、追及の回避を成功させると私たちは校門を出て坂を下る。部室に寄ったけど、すでにみんな帰っていたのかいなくて、チャットには連絡が入っていた。

いつもは……と言ってもずっと繰り返してるからあれだけど、Aqoursが九人になってからは割とたくさんで帰ることが多かったから、花丸と二人きりなのは新鮮な感じね。

 

「そう言えば、曲なかなか完成しないね」

「そうね。でも、今日は三人で泊まり込んで一気にやるんじゃないの?」

「え?そんなこと言ってたの?マルはそんな話を聞いてないけど」

「あっ……」

 

私は口にしてから気づいた。あの日常を何度も繰り返していたせいで、記憶がごちゃごちゃになっていたせいで、間違った記憶での言葉を口にしてしまった。今回のループではまだそんな話は挙がってないから、このタイミングで言うのはおかしかった。

 

「という予言よ。千歌達けっこう泊まり込みでやること多いからそろそろかなって。リリーとは隣同士のわけだし」

「なるほど。確かに、唐突にやりそうだね。よかった。マルにだけ聞かされてないのかと思っちゃった」

 

なんとか誤魔化せた。花丸が純粋だから助かったわね。今後は気を付けないと。

まぁ、この瞬間だけは油断していた。運命はその一瞬を狙ったかのように動き、私たちの前にそれは現れた。

 

「嘘……」

「なんでこんなところに……」

 

私たちは、この土地にはいないはずのそれを見て、言葉を溢す。夏休みのとある日に聞いた話では、あれはこの辺りにはいないって。

 

「花丸、逃げるわよ!」

「うん!」

 

私たちはすぐにそれから逃げるように走り出す。正直なところ、普通に逃げただけじゃ逃げ切れる気がしない。そういう相手。足が速ければ逃げれるとかのレベルでは無い。いや、曜と果南ならもしかするかもだけど。

 

「で、なんでこんなとこにいるのよ!」

「善子ちゃん、大声を出したらまずいずら」

「でも、大声を出せば周りに伝わって助かるかも」

「あっ、なるほど」

 

私たちは坂を下りながらそんな会話をする。

 

“熊”に追われながら。

 

なんでこんなところにいるのか謎なんだけど。ダイヤの話だと、この辺りだと熊のエサになるものが無いから生息してないんじゃなかったの?

 

「善子ちゃん!うっ……」

 

花丸の声と共に、私は背中を押されて倒れ込む。そして、花丸から苦悶の声が漏れる。

 

「花丸!」

 

私の身体に倒れ込むように倒れる花丸。花丸の背にはくっきりと熊に引っ掻かれた傷跡があり、そこから血が流れる。熊の攻撃から私をかばったせいで花丸は怪我をしてしまった。

熊はじりじりとにじり寄って来る。私は倒れ込んでいる花丸をおぶり歩き出す。

 

「善子、ちゃん?」

「なに?」

「マルは置いて逃げて。このままじゃ、善子ちゃんまで……」

「いやよ。絶対に見捨てたりはしないわよ!」

 

誰かの死を許容して過去に飛ぶなんてしたくない。まだ花丸を救える可能性はあるんだから!未然に防いでどうにかしてみせる!誰かの犠牲を許容しないって決めたんだから!だから、絶対に花丸を見捨てたりなんかしない!

しかし、怪我をした花丸をおぶった状態では速く歩くことはできない。このままでは、熊に二人とも襲われてしまう。

 

ガァァ!

「ッ!」

 

私は身をひねって熊の突進をギリギリ回避する。しかし、回避したことで私たちの進路上に熊は立つ形になり逃げることは不可能となった。

だから、私は一か八か賭けに出る。

 

「善子ちゃん?」

 

花丸を地面に降ろすと、鞄からある物を取り出す。古来から獣を相手にする際に一番多用されてきた物――それは火。だから、ライターを出すと火をつける。たかがライターの火では小さすぎて意味が無い。でも、大きくなればどうにかなる。

地面に転がっていた太めの木の枝と鞄から衣装の余りの布を取り出すと、巻き付けて火をつける。これによって松明(たいまつ)のように燃え上がる。

それによって熊は火に怯えて身を引く。効果は十分な様で熊が寄ってくる気配はない。木を使っているからあまり長時間は付けていられないけど……。

 

「花丸、行くわよ」

「うん」

 

花丸に肩を貸して、火を前にしながら歩き出す。熊は火に怯えているからこっちが近づけば下がっていく。坂を下り切れば人通りも増え始めるから、助けが来る確率も上がる。だから、せめてそこまでは行きたいところ。松明の火が消えるのが先か、たどり着くのが先か。

しかし、私たちは熊を甘く見ていたと思い知らされる。

 

「なっ!」

 

熊は火に恐れていたはずなのに、いきなり前足で地を蹴ると一気に距離を詰めてきた。さっきまで火に怯えていたのにこの変化に私たちは動きが遅れ……

 

プーー!

 

しかし、熊に襲われる直前に一台の軽トラがクラクションを鳴らしながらやってきた。その音に反応して熊は軽い身のこなしで後方に飛び、軽トラは私たちと熊の間に停車したことで熊は軽トラを警戒する。

 

「二人とも大丈夫!?てか、なんでこんなところに熊がいるのよ!?」

 

軽トラに乗っていたのは千歌のお姉さんの美渡さんで、窓から顔を出しながらそう言う。美渡さんが来てくれたおかげで助かった。

 

「って、怪我してるじゃない。急いで手当てしないと」

「お願いします」

 

私はドアを開けると花丸を助手席に座らせる。流石に椅子に血を付けるのは悪いから、間にローブを挟んでおく。そして、ドアを閉める。

 

「善子ちゃん?」

「二人乗りだから、私は乗れないからね。美渡さん、花丸のことお願いします」

「あんた、どうするつもりなの?熊相手じゃ走って逃げきれないわよ」

「大丈夫です。手はありますから」

 

私は二人に心配させないようにそう言うけど、二人とも私を置いていく気はさらさらないと思う。そうしているうちに熊が軽トラに体当たりをする。

 

「早く!」

「あー、もう!」

 

美渡さんは勢い良くアクセルを踏むと走り出す。これで、とりあえず二人への危険は無くなった。今回は花丸の身に危険が来たわけだから、花丸を危険から遠ざけるしかない。

さてと、見栄を張った訳だけど、どうやって切り抜けようかしら。

二人を送り出したのはいいけど、実のところ熊への対抗策なんてない。ああでも言わないと二人が行ってくれなさそうだし、花丸の傷は早く手当てしないとまずそうだったから仕方がなかった。

 

「流石に今回は水晶も輝かないわよね。土曜日じゃないし」

 

松明の火もだいぶ弱くなり始めているからどうしたものか。

海に飛び込む?いや、熊も泳げるだろうから厳しい。

走って逃げる?熊の方が速いから無理。

熊を倒す?そんな力なんてない。

完全に手詰まりね。はぁ、やっぱり荷台にでも飛び乗っておけばよかったかしら?

 

バッ!

「えっ!?」

 

すると、茂みの中からこげ茶色の物体が飛んで来て、熊の背中に当たる。何が飛んできたのかわからず警戒していると、それはずるずると熊の背から降りる。

 

「小熊?」

 

それは小さな熊だった。まるで、あの熊の子供のような。いや、やっぱりこの辺りに熊がいるのは謎だけど。

小熊は親熊にじゃれつくと、親熊は小熊の首元を噛んで背中に乗せると、四足歩行でのそのそと森の中に歩いて行った。私に対する興味が失せたかのように。

 

「ふぅ、よくわからないけど助かった?」

 

私は倒れ込むようにして地面に座る。あはは。やっぱり、熊は怖いわね。今になって足が震えてきたわ。

 

 

あの後、十千万に行くと、花丸は志満さんに手当てを受けて普通にしていた。背中をがっつり引っ掻かれたはずだけど、制服の下にカーディガンを着ていて普通の制服を着ている人よりも厚かったことで、傷は浅く済んだようだった。

あれなら数日で治るだろうから安心かしら。流石にずっと残るような傷だったら、私を庇った手前気まずい。いや、庇われて無くても心配はするけど。

 

「あっ、善子ちゃん。無事だったんだね」

「ええ。小熊があの後現れて助かったわ。たぶん、小熊を探していて、その途中で私たちを見かけて、小熊に何かしたとでも思ったみたいね」

「あー。だからマルたちを襲ったんだ」

「それにしても、どうしてあんなところに熊がいたのやら?一応、周辺の人たちには熊が出たことを伝えたから今日は皆気を付けると思うよ」

「二人とも危ないから帰りは送って行ってあげるわ」

「ありがとうございます」

「お願いします」

 

志満さんのありがたい提案に私たちはお礼を言ってお言葉に甘える。流石に帰り際にまた熊と会うのは嫌だし、次また無事に切り抜けられる保証もない。もしかしたら、この帰り際に花丸が襲われて命を落とす可能性もあるし、最大限できる限り安全を確保しておきたいわね。

 

「それじゃ、手当ても終わったし二人を送るわね。美渡ちゃんは花丸ちゃんの家に連絡しておいてちょうだい」

「了解。しま姉たちも気を付けてね」

 

そんなこんなで、花丸の手当てが完了すると旅館にあった車に乗せてもらい、私たちは家に無事帰ることができた。

結果として花丸はその日死ぬことは無く、誰も死ぬようなことは無かった。いや、誰も死なないのが一番だけど。もしかして、今回は運良く死なずに回避できたってことかしら?それとも、他の星座だと危険は迫るけど、死なないってこと?それとも偶然回避の選択肢を引き当てたってこと?

謎は深まるばかりだった。

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