「えっ!?消えた?」
「嘘でしょ」
光になって消えていったヨハネを見て口々に驚きの声が上がる。目の前で人が消えたのは衝撃だったのだけど、それ以上に私は言いたいことがあった。
「いろいろ疑問だけ残していかないでよー」
最後に一気に告げられた情報に私は困った。と言うか、重要そうな情報を一気に言われたせいで、全部覚えられた自信も無いんだけど。しかも、覚えている部分も、どういうことなのか確認したいところだったし。
それに、こっちが聞いた疑問の答えを聞けなかったわけだし。
「とりあえず、ヨハネが最後に言っていたことを纏めましょ?三時から始まるって言ってた以上のんびりしている時間は無いわ」
「そうだね。でも、全部覚えてるわけじゃないよ?」
「うん。所々しか流石に……」
「とりあえず、皆が覚えていることを書き出そう?そうすれば、どうにかなるかも」
でも、いつまでも引きずられている訳にもいかない。ただでさえ時間は刻一刻と迫ってきているから気持ちを切り替えて、今後の話し合いに移る。でも、みんなヨハネが喋った内容全てを覚えきれたわけじゃないらしかった。となると、リリーが言う通り、全員の覚えている情報を合わせるしかない。問題は、全員のを合わせて全てがそろうかだけど……。
「その必要はありませんわ。ヨハネさんの話した内容は全て録音しましたので、それを書き上げれば済みますわ」
ダイヤの手にはスマホがあり、それで録音していたらしかった。確かに録音しておけば済む問題だったのだけど、まさか録音しているとは思ってなかった。
「ダイヤさん、いつの間に録音を」
「まぁ、こういう重要そうなものは録音するようにしておりますので」
「そう言えば、私も理事長として出る会議だと録音してるわね。今回はすっかり忘れてたけど」
「でも、これでヨハネちゃんが言ってたことを聞き直せるから重要そうなことがまとめられるね」
「では、始めましょうか」
そう言って、私たちは机を囲む形で集まると、録音を再生させて要点をまとめていく。
その結果、わかったことはあったのだけど、困ったこともあった。
「私と一緒にいたら事故に遭うっていうことは一人でいた方がいいわよね?」
「でも、一人だったら善子ちゃんが死んじゃうんじゃ。今までがそうだったわけだし」
「そうかもしれないけど、一人でも誰かといても誰かしらが事故に遭うんだったら一緒の方がいいんじゃないの?」
「うーん。どうしようかぁ」
一緒に居たら私以外の誰かを巻き込み、私一人だと私が事故に遭う。事実だとしたらどうすればいいのかがわからない。今までの経験上一緒にいても一人でいても事故は回避できないわけだから、選択肢が無い。いつもなら過去に飛んで回避してたけど、過去に飛べないとか言っていたからいつも通りにはいかない。本当に過去に飛べないのかわからないけど、仮に本当だったら困るから、その線で考える必要がある。
「とりあえず、基本的に三時から七時の間をどうするかだよね。善子ちゃんと一緒にいるか、いないか」
「でも、善子一人だと今までの土曜日の二の舞になるわよ?」
「そうだけど、一緒に居たらそれ以外の日の二の舞になっちゃうずら。今回は過去に飛ぶことができないって言ってたし」
「でも、本当なのかな?今までできてたことが急にできなくなるとは思えないけど。それに、今日の星座が蠍座なら、誰も事故に遭わない可能性もあるでしょ?」
「確かにルビィの言うことも一理あるわね。ヨハネが色々知っていたこともわからないし。ヨハネがいた時代は私たちがいなくなった未来なんだから、これから起こることを知らないはずだし」
「え?じゃぁ、ヨハネちゃんがチカたちに嘘を付いているって言うの?」
「そう言いたいわけじゃないけど、その確証が無い以上完全に鵜呑みにすることもできないって話よ」
「わたくしも気になることがありますわ。千歌さんがヨハネさんに聞いた瞬間に、タイミングよく未来に戻ったことが。結局千歌さんの質問には答えなかったわけですし」
「ヨハネちゃんを疑うの?私たちにそんな嘘を言って、なんの得があるの?」
気づけば未来の私がそもそも怪しいという話に変わっていた。なんで、そうなるの?今はそんなことどうでもいいじゃない。
「私はヨハネちゃんを信じたい。未来のよっちゃんが私たちを騙すなんて思いたくないよ」
「私だってそう思いたいわよ。でも、未来で善子がどう変わってるかなんてわからないわ。もしかしたら、今までの話全てが嘘かもしれないわ」
「でも、マルたちが今立たされてるのは事実ずら。全部が嘘なんてことは無いよ。それに、マルも未来の善子ちゃんが嘘をついてるなんて思えないずら」
「それは結果論ですわ。結局、善子さんのペンダントだって、洞窟で見つけた物で、完全に能力がわかってるわけじゃないのですから、あれが原因かもしれませんわ。日曜日にあったのなら、あれがあるからこうなったとも取れますし」
ヨハネが私たちに嘘をついていると考える、マリーとダイヤ。
対して、そんなはずはないと言うリリーと花丸。
私たちはどっちの立場にも属さない中立の立ち位置。
そんな私たちは四人の会話に口を挟めないでいた。ルビィは自分が不用意に言った発言のせいだからと、あたふたしている。
「じゃぁ、今起きているこれはヨハネちゃんが引き起こしたって言いたいの?」
「そうですわ。そう考えれば全て辻褄が合いますわ。事の始まりはわからないとぼやかしていたのがその証拠ですわ。ヨハネさん自身が原因ならば、そうするのが最善でしょうし」
どう言う訳か、全ての原因が未来の私なのではとダイヤが言う。マリーの顔を見てもたぶん同じことを思っているように見える。確かに、情報が不足している今、未来の私が疑われるのも仕方ないとは言える。
でも、未来の私も結局私のわけだから、少し辛い。みんなに疑われるこんな状況になるなんて思っても見なかった。でも、よくよく考えれば、みんなは私が巻き込んだみたいなものだから仕方ないか。
「なんで、私たちにそんなことをするのよ!」
「そんなの分からないわ。それこそ、ヨハネ自身しか」
「じゃぁ、なんずら?未来で善子ちゃんがマルたちに死んでほしいって思って今の状況にしたって言いたいずらか?」
「ええ、そう言――」
「ストップ!ダイヤ!四人とも落ち着いて!こんな不毛な言い争いをして誰が一番傷付くか考えて!」
口論はさらに激化し、ダイヤが言おうとした直後に、普段は落ち着いている果南が大きな声でそう言ったことで部室内は鎮まりかえる。果南が言っている一番傷付く人が誰なのかみんな理解したのか私の方を見る。
「そうだよ。確かに未来の善子ちゃんの話にはまだ分からないこともある。でもね。チカは善子ちゃんが嘘をついてないって思うよ。善子ちゃんが優しいことはみんなも知ってるでしょ?自分を犠牲にして皆を助けようとしてくれたんだよ?」
「私もそう思う。屋上で会った時、未来の善子ちゃんは塀に突っ込みかけてた私と果南ちゃんを助けてくれた。ダイヤさんが言う様に私たちを死なせたいんだったら、あの場で塀に突っ込ませて怪我させてたと思う。それに私に抱きついた時、嬉しそうだったし温かかった」
今まで四人の会話に入れずにいた千歌と曜はそう言ってくれた。たぶん、まだ腑に落ちないことはいくらかあるけど、今いる私とあの時二人を助けた行動を信じてくれたことが分かってうれしい。
「すみません。少し混乱していましたわ」
「ごめん。冷静さを失ってたわ」
「ううん。二人がそう思うのは仕方ないと思う。それに……」
すると、二人は私と花丸、リリーに向けてそう謝った。二人もそれぞれ今ある情報から考えた結果だから仕方ない。これは誰が悪いかという問題ではない。強いてあげるなら。
「全部説明せずに帰った未来の私が悪いから」
「あー。確かにそれだね。ちゃんと説明してくれていればこんなことにはならずに済んだよね」
「うんうん。今はそれよりもこれからのことを考えないと!」
強引に千歌が話を変えると、私たちは今後のことを話し合った。今までの日記と未来の私からもたらされた情報。この二つからどうするべきかを時間まで考える。未来の私からの情報はまだ確証が無かったけど、別にかりに嘘だったとしても関係ない。もしも明日以降も続くと言うのなら抗い続けるだけのことなんだから。
そして、私たちの長い四時間が始まるのだった。
今日の目標は全員で明日を迎えることそれだけ。その後のことはその後考える。今は手が届く範囲のことを精一杯やるだけ。
~~
「で、結局こうなるのよね」
私は今校庭のど真ん中にいた。色々な可能性を考えた結果、最も異常が起きた際に手が打ちやすい場所がここだった。屋内だと崩落の危険があり、脱出が困難だけど、外ならまずその心配がない。今日は晴れてるし。
私が一人だけなのにもちゃんと理由がある。と言っても、他のメンバーでぞろぞろいると、その分だけ誰が事故に遭いかけるか分散してわからなくなる恐れがあり、私一人なら私以外が被害に遭うことは無いからこうなった。みんなは私一人に危険があるから反対したけど、これが一番可能性が高いことを言うと、みんな渋々ではあるけど納得してくれた。
『屋上からは特に異状は見えないわ』
『校門からも特に何もないよ』
耳に付けているイヤホンからマリーとルビィの声が聞こえる。みんなには別の場所で不測の事態が起こらないかを見てもらっている。互いの連絡を容易に行う手段が必要で、どういう訳かマリーが通信機とイヤホンを持っていた。スマホも一つの手ではあったけど、バッテリー容量と三ヶ所同時に連絡する観点からこれになった。いわゆるグループ通話状態だから、回線を切り替える必要無く全員で話せている。残念ながら、通話範囲がネットの範囲内に絞られるから裏所内でしか使えないけど。
校庭での危険なものは、飛行機等の落下物と危険な動物の侵入が特に挙げられた。雨が降っていれば落雷もありえたけど、今日は晴れているからその心配はない。雲のない所では雷の発生のしようがないしね。
だから、校庭への侵入経路の一つの正門を見張ってもらうのと屋上から空と周囲の観察をしてもらう班に分かれてもらっている。前者がルビィと花丸、後者をマリーとダイヤが担当している。曜とリリーと果南と千歌の四人は別の場所にいる。
正直全校生徒を巻き込んでも考えられたけど、そのレベルになると、死傷者0を目指すのが難しくなるから早急に却下された。そもそもこんな荒唐無稽な話を信じてもらえるかもわからないし。
「それにしても、こんな何も無い場所に四時間もいたら暇死しそうね」
『あー。確かにすること無いよね。そこでトレーニングをしてもらうのも体力の消費で不測の事態に動けなくなりそうだし』
『と言うか、暇死なんてどうやって防げばいいずら?』
「真面目に取りあわなくていいわよ。それに、こうして喋っていれば暇死する心配はないから」
まさか、暇死を真面目に取りあわれるとは思ってなかった。そもそも暇死ってなによ?どんな死に方よ!
そうして何事も起こらないことを祈りながらいたんだけど、早速事は動いた。
『あっ、坂道を熊が上って来てるよ』
『だから、なんで内浦に熊がいるんですの?』
「該当無しの時は熊が出ないと気が済まない訳なの?」
残念ながら熊が来てしまったらしかった。まぁ、その為に手は打ってあるけど、果たしてうまくいくのやら?
私はそう考えながら、用意しておいたバッグからライターを取り出し、地面に置いていた松明に火をつけておく。本当はキャンプファイヤみたいな感じで炎を作っておけば動物避けになりそうだけど、環境に悪いという理由と、それで別の危険が生まれそうということで却下された。前の時は即興で作ったから松明が消えかかったりしたけど、今回はちゃんと準備したから早々消えたりはしないはず。まぁ、熊がここまで来るとも限らないけど。
『果南なら熊倒せたりしないの?』
『流石に無理だよ。あの熊成体だから力は相当あるだろうし、むやみに接触するのは危ないよ。果南ちゃんが怪我しちゃうよ』
『バリケードは立て終わったけど、熊に対して意味あるのかな?』
『それに、今果南ちゃんいないし。あっ、校門から入って行く。何かした方がいいの?』
『いえ。観察に徹してください。それにしても、間に合いませんでしたね』
熊が校門から侵入したらしかった。そうなるとあと数分でここに来てしまうと思う。一応、倉庫から跳び箱だとハードルだのを引っ張り出して来てバリケードにはしたけど、話を聞く限り熊に対して意味が無さそうな気がした。普通に破壊して入って来そうだし。
「まぁ、松明があれば一応熊は怯えて、距離をとることは前の時に証明されてるから平気よ」
『気を付けてくださいね。本来なら猟友会の協力が得られれば一番だったのですが』
「流石に今まで熊がいなかった内浦で熊が出るなんて誰も信じないわよ。だから、仕方ないわ」
ダイヤが申し訳なさそうにそう言うと、私はそう言っておく。熊が出るかもしれないなんて話を信じろと言われて信じるとも思えないし仕方のないこと。
そうしているうちに熊が校庭にやって来る。残念ながらバリケードは瞬く間に崩されてしまった。これであとは自力でどうにかするしかない。
松明を身体の前で持って熊と一定の距離を取り、熊も火を警戒していて一定以上の距離を取り、互いに硬直状態になる。
このまま七時になるまで硬直状態を続けていればいいんだけど、そんな長い時間は松明の火はもたない。それに加え、そんなに長い時間経てば火に慣れてしまう可能性もあるから、そううまくは行かない。
そうなると、希望は今はこの場にいない彼女に賭けるしかない。私はそれまで熊とこの状態を続ける以外に選択肢が無い。
「果南はまだなの?」
『まだみたいよ。流石にそう都合よくは行かないみたい。それに、電波圏外なせいで電話でしか連絡が取れない場所にまだいるみたい。GPSだとこっちに千歌っちと一緒に来てるみたい。なんか、移動速度が遅いのが気になるけど』
「そうなると、この膠着状態はまだまだ続くのね。正直、いつ火になれるかでヒヤヒヤしてるんだけど」
『軽口が言えるだけまだ余裕はありそうですね』
「言ってないとやってらんないわよ」
この状況を打破できるのは果南と千歌な訳で、早く二人が目的を達成して戻って来てくれることを祈る。
「ガアァ!」
「うわっ!」
そうしているうちに熊の方が火に対する恐怖が無くなってしまったようで襲いかかってきた。ギリギリで回避には成功したけど、正直なところ何度も回避できるとは思えない。
「きゃっ!」
何度も回避はしていると、私は足が絡まって転んでしまった。こけたことでこの体勢から回避をすることはできない。
そして、熊は私に襲い掛かろうと手を上げて振り下ろす。
私はここまでかと諦め、攻撃を喰らった直後にどうにか脱出をしようと身構える。
ピチャッ!ピチャッ!
しかし、私が熊の攻撃を受けることは無く、私の目の前で熊の動きは止まっていた。何処からか飛んできた数種類の魚が熊の目の前を通り過ぎて地面に落ちたことで、熊の意識はそっちに行ったようでその体勢のまま顔は魚を見ていた。